社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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89.again②

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...わ、長風呂しちゃった。

次に入る藤澤さんに申し訳ないと、慌てて、借りていたバスタオルとドライヤーを髪を乾かす。こういう時ロングは本当に不便で面倒で、もう少し暖かくなったら、バッサリ肩くらいまで切ろうかと悩みながら、ようやく着替えに差し掛かる。
いつもより今日は少しだけ大人っぽい下着をつけて、借りたパジャマに着替えようとしたら、彼から用意してもらっているはずのあるものがなかった。きっと彼がたまたま忘れたのねと、パジャマのシャツを着て顔と上半身だけを浴室のドアからのぞかせる。

「あのぅ...」

「どうかした?」

藤澤さんはちょうどキッチンに立っていてグラスやらおつまみを用意してくれていた所で、そこで頼むのは気が引けたけれど背に腹はかえられない。

「その...パジャマのズボンが見当たらないので...渡してもらえたら」

私が言いかけると、彼はそれはさも当然とばかりに。

「うん。必要ないと思って渡さなかった」

...え、え、え?


予期せぬ答えに驚いてしまったものの。言われてみれば、腕も私より全然長くて余るし、シャツの裾も長いから...大丈夫といえばそうなのかもと自分の姿を省みる。

...ど、どう見ても、ミニスカート丈なんですけど?

その格好のままで浴室から出るのを渋っている私に、彼は満面の笑みでおいでと促す。私は仕方なしに、荷物を片手に抱きながら出てきたけれど、どうも裾が気になって足元をチラチラ確認してしまう。それなのに、彼はその格好にご満悦の様子で終始口元を押さえている。

「ずっとベタな格好だと思ってだけど...。実際に見ると、うん、悪くない(笑)」

...ちょっと、藤澤さん!?

普段の私の格好はリクルート時代そのまんまの真面目な膝丈下のスカートが多くて、その肌の露出は最低限、こんな足元スースーな格好は心許なかった。

「...やだ。もう、早くお風呂に入ってきてください」

彼の視線に耐えきれなくなった私は彼に切実に訴える。彼は可愛く「はーい」と言いながら浴室に入ってくれた。その間、私はソファーで脚がなるべく見えないように悪足掻きをしながら座り、お風呂を終えた藤澤さんがあるもの手に持って私の隣に当たり前のように座る。

以前は必ずあった間隔が、今は0センチというよりどこかが触れていた。そのことに気がついてドキドキしていると、彼が持っていたものを無造作に目の前のテーブルに置く。それに心当たりのある私は色めき立つ。

「もしかして...」

「うん。頼まれていた卒業アルバム。中、高のしかないけどね」

さっきまでのドキドキも一瞬にしてどこかに吹き飛ぶ興味がそのアルバムに注がれる。私は彼の中、高時代を写真でも良いから見たかったのだ。その理由は彼の幼馴染の真奈さんの言葉にあった。

『黙っていれば、ぱっと見は王子さまな感じ』

彼女はそう冗談のように笑い飛ばしていたけれど、『王子さま』なんて渾名をつけられるような人を今までお目にかかったことがない。この人を除いては。チラリと見る横顔は、相変わらず整っていてその片鱗をうかがわせる容姿。それに私の知らない時代の藤澤さんを見てみたかった。はやる気持ちを抑え、アルバムに手を伸ばそうとすると。

「...さぁ、飲もうか」

彼からグラスを渡され、お互いの飲み物を注ぎ乾杯。お風呂上がりという事もあり、藤澤さんがあまりに美味しそうに飲むので私もつられて。一口どころか、何口も。ビールと違い全然苦くもなく口当たりが良かったので飲めた。

ただ、アルコールに殆ど耐性のない私はすぐに身体が熱くなり、酔っ払うのにそう時間はかからない。彼の方は既に缶を1巻空けてもまだケロっとしており、ぼーっとしだした私の為に烏龍茶を用意してくれた。

「優里はちょっと飲み過ぎ。これ飲んで」 

「はぁ、すみません...」

受け取った烏龍茶を喉に流し込むといくらかアルコールが中和した気がする。彼はそれを見計らうかのように、卒業アルバムを膝の上に置き開いて見せてくれた。

まずは中学のから、クラスの集合写真と個別写真。彼が教えてくれたおかげですぐに見つかる。その写真はあどけない笑顔での満面の笑み。可愛いの一言だった。

...うちの弟も可愛かったけれど、別次元。なんていうかその。

「女の子みたいで可愛いですね...」

アルコールが手伝いぽろっと口が滑る。それには藤澤さんは苦笑い。それを誤魔化すように高校の時のアルバムへと進むと、私は自らそれを膝に乗せ嬉々として開いた。すぐに藤澤さんを発見。私の隣でアルバムを覗き込む彼をチラリと見ると、面影が重なる。そこには中学時代のように満面の笑みではなく、憮然と不機嫌な感じの。その為か、余計に顔のパーツ1つ1つが整っているのが分かった。色も白くて、綺麗な感じの。

「わぁ、本当に王子さま...」

真奈さんに禁句だと言われていたフレーズが思わず出てしまう。彼はそれを聞き逃すことなく「あいつか」と、何かを察したみたいだった。それでも高校時代のアルバムを手放すことができず、『ウォーリーを探せ』状態。写真の真ん中でなく、端に収まることが多い藤澤さんを見つけるのが楽しくて仕方なかった。彼もそんな私から卒業アルバムを奪うことはせず、すごーく堪能した後、ある一枚の写真が気にかかる。

「藤澤さんって、高校は男子校ですよね?」

「そうだけど?」

「じゃぁ、この人達は...どなたでしょう?」

私が指し示したのは文化祭なのか、何やら楽しそうな雰囲気の女の子たちが写っている一枚の写真。その中のとても綺麗な人がどことなく彼に似ていた。さっきまでチーズをつまんでいた藤澤さんはその写真を見るなり、狼狽する。

「それ以上はダメ!」

気がつくと彼の大きな手がアルバムの上に目いっぱい広げられ、私に見るなと遮った。その突飛な行動に目を真ん丸くして驚くと、アルバムが奪い取られる。ポーンとフローリングの床に投げ置かれてしまった卒業アルバム。それを拾い上げようと立ち上がると、お腹に彼の腕が回された。

「きゃっ!」

その勢いで彼の膝の上に瞬く間に身体がのせられ、何事かと驚いて彼を見る。

「ふ、藤澤さん!?」

「なんで、そんなに昔のアルバムを見たがるの?」

低い声で耳元で問われると、かあーっと身体が熱くなる。それはアルコールのせいではないって自分でも分かっているから、後ろめたい気持ちと恥ずかしい気持ちが交差する。

「その...藤澤さんの事がもっと知りたくて...」

「今の俺じゃダメなの?」

「...今の藤澤さんをですか?」

「ほら、すぐそうやって他人行儀なるしさ。たまには名前を呼んでくれてもいいと思うけど?」

間近で見る藤澤さんの瞳の色がとても深くて今にも吸い込まれそう。私は熱に浮かされたみたいに辿々しく、名前を呼んだ。

「...た、立さん?」

好きな人の名前を口にして、心臓のドキドキが加速する。
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