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95.布石③
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見るからにビジネスマンって格好で頬杖をつきながら窓の外を眺めているみたい。その佇まいですら絵になる人だ。そして、ここからどうやってあそこまでいこうかと悩んでいたら、よほどおかしな様子だったのか後ろから「お客様」と声をかけられてしまう。
「は、はいっ!?」
驚きすぎて反射的に背筋が伸びてしまった私に対し、黒服のウェイターさんは淡々と自分の業務に励んでいた。
「一名様ですか?それともお連れの方がいらっしゃいますか?」
「...お、お連れの方は、あそこに」
声をかけてくれたウェイターさんに藤澤さんらしき人の場所を教えると、ソツなく彼の元まで案内してくれ、私たちが近づくと藤澤さんも気がついてくれて、小さく手を上げる。
「優里?」
顔を見ながら久しぶりに名前を呼んでもらえるのが嬉しくてたまらない。向かいの席に座り、思わず笑みを浮かべると、彼も微笑んでくれた。
「なんか、すごく久しぶりの気がする」
「はい...私も。お元気でしたか?」
「優里こそ、元気だった?」
考えてみれば、会えなかったのは約2週間足らず。それなのにお互いに懐かしそうに話してしまうのは、それすら長いと思っていたせいだ。
「確か優里は夕食は友達と済ませたんだよね?何か飲む?」
「私は...」
以前、藤澤さんに家族以外の男性と2人きりでは飲まないでねと、釘を刺されたことを思い出して躊躇う。その躊躇った所を何故か彼に笑われて。
「ははは、ごめん。俺が変なことをお願いしたのを守ってくれているんだよね。それの例外を言い忘れていたよ」
「例外ですか?」
「うん。俺と2人きりでは俺がいるから飲んでもいいよってね」
端整な顔で可愛くウィンクする藤澤さんは、なるべくアルコールが少なさそうなものを私の為にウェイターさんに聞いて頼んでくれた。彼は場所が違うせいかいつも飲むビールとは違い、ウィスキーを飲んでいる。それから、私の飲み物がくるとグラスを合わせて2人で「お疲れ様」と、乾杯した。
大きな手で、まん丸の氷の入った琥珀色の飲み物のグラスを回して飲む藤澤さんは、いつもよりも大人な雰囲気。本当にこの人は私の彼氏なの?と、疑いたくなるほど素敵で、目のやり場に困ってしまう。彼はいつも通り私の話をよく聞いてくれて、穏やかに笑ってくれるので、私はとても楽しい時間を過ごしていた。
「そういえば...」
藤澤さんが飲み物をグラスを空にしたところで、私の方をじっと見ながら首を傾げる。
「いつもの優里の服装と少し違う?今日は会社帰りだよね?」
「あ、いや...その、一度家に帰ったもので」
いつもは営業先にも行くから、かっちりとした暗い色目の上下のスーツが多いけれど、今は、着替えてきたから濃紺のビジューの飾りのついた華美なワンピース。どう見たって仕事帰りではなかった。そう言う藤澤さんも、よく見るとビジネス向きではないような光沢のあるオシャレなスーツの上着を椅子に引っ掛けて、白いシャツにスーツと同色のベストを着ている。どうしてこんな格好しているのかはよくわからないけれど、2人とも今日はデートしてますって感じがしないでもない。
そして、目の前の彼は、手を組んだその上に顎を乗せ私の答えに目を細める。
「俺に会うからわざわざオシャレしてきてくれたの?そう言うのって、嬉しいかも」
何度も「可愛い」って褒めてくれて、お世辞だと分かっていたけれど、好きな人に褒められるのは照れるけど嬉しかった。それから、私の飲み物はウーロン茶に変え、彼のお酒もほどほどに進み、少し経つとウェイターさんがラストオーダーだと告げてくる。
「...もう?」
話に夢中になっていたのでそんな時間になっているとは、2人とも気がつかなかった。2人で各々の腕時計を確認してみると、遅かったけれど終電のある時間帯。とりあえず、ここはラストオーダーだからと彼がお会計をスマートに済ませてくれている間、私はお店の外で待つ。
松浦から聞いていたことによると藤澤さんは今はいつも以上に忙しい時期みたいで、きっと今日はここでお別れって思っていた。忙しい中、時間を作って会ってくれただけで充分って自分に言い聞かせていたら、会計を終えて彼が戻ってきた。
「お待たせ」
そう言って、私の手をいつもみたいに手に取り繋ぐ。さりげなく繋がれた手は嬉しいから、振りほどけなかったけれど、私はすぐ帰ることを自己申告。
「あの...私、この後、帰りますよ?」
「え!?明日、何か用事でも?」
藤澤さんは何故か私が帰ることに驚きを隠さない。私はそんな彼にその理由をとても言い辛かった。
「いえ、私の方の用事はないんですけれど。その...藤澤さんの方のお仕事がお忙しいと聞いているものですから、ここで帰った方が...」
私が言い終わらないうちに、彼は「あぁ」と、それには否定しなかったけれど。
「明日はホワイトデーだし、今日ぐらい優里と過ごしたってバチは当たらないと思うよ。その為に前倒しして帰国したようなものだし」
「え?でも、最初、帰れないって...」
「まぁ、確証がなかったので約束ができなかったんだよ。クリスマスイブの前科もあるし」
それから、こそっと耳元で。
「明日までずっと一緒にいようと思ってこのホテルを予約してあるんだ」
その甘い囁きに、会うまで期待してしまった事が現実になりそうで信じられない。私は何度も瞬きを繰り返し、彼をみると「信用していない」と笑いながら怒られた。
それから、エレベーターに乗せられて、連れて行かれたのは高層階のツインルーム。
部屋のソファーで座って待つように言われ、しばらくして目の前のテーブルの上にポンと白いリボンの小さな箱を置かれる。
「はい。ホワイトデーのプレゼント。なんか、お土産みたいになっちゃったけど」
「いいんですか?私、バレンタインの時チョコレートしか...」
今日は会えるだけで良かったのに、プレゼントまで。バレンタインの時、ホテル代など殆ど奢ってもらったので私としては素直にうけとるのは躊躇う。それでも隣に座った藤澤さんは、躊躇している私を尻目に、その箱のリボンを解いてゆく。
「...でも、あの日は俺にとっても忘れられない日になったんだ。だから、これはそのお礼のつもり」
彼が箱から取り出したのは、ピンクの色の石がついた華奢なチェーンのネックレス。そのまま私の首に当ててくれる。
「ほら、似合う」
「...わ、可愛い」
それを見て、思わず私が声を上げると彼は私の首に手を回し、つけてくれた。私は自分の首でキラキラ光っているネックレスを指先で触りながら、その綺麗さにウットリする。
「いいんですか?本当にいただいても...?」
「もちろんだよ。でも、思った通り。優里の白い肌に映えるな、その色」
彼も私の首の辺りを覗き込みながら、指先で、そのネックレスに触れる。その時、僅かに鎖骨に触れたみたいでピクッと身体が反応してしまった。
「なんか、顔が赤い...」
彼が口角を上げ意地悪く聞いてくると、殆ど飲んでいないはずなのに、一気にアルコールが駆け巡ったみたいに身体中が火照る。
「そんな事...ない...です」
私が目を伏せ、顔を俯けると頭を撫でられた。
「...恥ずかしがるユリも可愛い」
頭の上でため息まじりに言われると、今度はぐっと彼の方に身体が引き寄せられてしまう。彼のいつもの香りがぐっと強く感じ、香りに酔いそうになる。
「ふ、ふじ...?」
突然のことで、彼の顔を見上げると。
「んっ.....んん...」
腕の中に閉じ込められた状態の、窮屈で、それでいて初めからの深いキス。彼に翻弄されるには大して時間がかからなくて、息継ぎが上手く出来ずに腕の中でもがく。何かに縋ろうとすると、彼のネクタイに指が引っかかる。
「んっ....あっ...」
それにも構ってられず、無我夢中で舌を絡ませあい、水音だけが耳に響いてくると身体がフワリと宙を浮いた感覚。ソファーから抱き上げられたようだった。
キスをしながら、されながら、身体が彼の手により移動して。ベッドに寝かされた時には、いつの間にか彼のネクタイが手に絡まっており、履いていたはずのパンプスはどこかに脱げていた。
覚束ない視線の先には大好きな藤澤さん。
彼は私を見下ろしながら、ネクタイのない首元のボタンをその長い指で緩めている。その仕草がやけに艶っぽく映り、私は彼から目がはなせないでいた。
「は、はいっ!?」
驚きすぎて反射的に背筋が伸びてしまった私に対し、黒服のウェイターさんは淡々と自分の業務に励んでいた。
「一名様ですか?それともお連れの方がいらっしゃいますか?」
「...お、お連れの方は、あそこに」
声をかけてくれたウェイターさんに藤澤さんらしき人の場所を教えると、ソツなく彼の元まで案内してくれ、私たちが近づくと藤澤さんも気がついてくれて、小さく手を上げる。
「優里?」
顔を見ながら久しぶりに名前を呼んでもらえるのが嬉しくてたまらない。向かいの席に座り、思わず笑みを浮かべると、彼も微笑んでくれた。
「なんか、すごく久しぶりの気がする」
「はい...私も。お元気でしたか?」
「優里こそ、元気だった?」
考えてみれば、会えなかったのは約2週間足らず。それなのにお互いに懐かしそうに話してしまうのは、それすら長いと思っていたせいだ。
「確か優里は夕食は友達と済ませたんだよね?何か飲む?」
「私は...」
以前、藤澤さんに家族以外の男性と2人きりでは飲まないでねと、釘を刺されたことを思い出して躊躇う。その躊躇った所を何故か彼に笑われて。
「ははは、ごめん。俺が変なことをお願いしたのを守ってくれているんだよね。それの例外を言い忘れていたよ」
「例外ですか?」
「うん。俺と2人きりでは俺がいるから飲んでもいいよってね」
端整な顔で可愛くウィンクする藤澤さんは、なるべくアルコールが少なさそうなものを私の為にウェイターさんに聞いて頼んでくれた。彼は場所が違うせいかいつも飲むビールとは違い、ウィスキーを飲んでいる。それから、私の飲み物がくるとグラスを合わせて2人で「お疲れ様」と、乾杯した。
大きな手で、まん丸の氷の入った琥珀色の飲み物のグラスを回して飲む藤澤さんは、いつもよりも大人な雰囲気。本当にこの人は私の彼氏なの?と、疑いたくなるほど素敵で、目のやり場に困ってしまう。彼はいつも通り私の話をよく聞いてくれて、穏やかに笑ってくれるので、私はとても楽しい時間を過ごしていた。
「そういえば...」
藤澤さんが飲み物をグラスを空にしたところで、私の方をじっと見ながら首を傾げる。
「いつもの優里の服装と少し違う?今日は会社帰りだよね?」
「あ、いや...その、一度家に帰ったもので」
いつもは営業先にも行くから、かっちりとした暗い色目の上下のスーツが多いけれど、今は、着替えてきたから濃紺のビジューの飾りのついた華美なワンピース。どう見たって仕事帰りではなかった。そう言う藤澤さんも、よく見るとビジネス向きではないような光沢のあるオシャレなスーツの上着を椅子に引っ掛けて、白いシャツにスーツと同色のベストを着ている。どうしてこんな格好しているのかはよくわからないけれど、2人とも今日はデートしてますって感じがしないでもない。
そして、目の前の彼は、手を組んだその上に顎を乗せ私の答えに目を細める。
「俺に会うからわざわざオシャレしてきてくれたの?そう言うのって、嬉しいかも」
何度も「可愛い」って褒めてくれて、お世辞だと分かっていたけれど、好きな人に褒められるのは照れるけど嬉しかった。それから、私の飲み物はウーロン茶に変え、彼のお酒もほどほどに進み、少し経つとウェイターさんがラストオーダーだと告げてくる。
「...もう?」
話に夢中になっていたのでそんな時間になっているとは、2人とも気がつかなかった。2人で各々の腕時計を確認してみると、遅かったけれど終電のある時間帯。とりあえず、ここはラストオーダーだからと彼がお会計をスマートに済ませてくれている間、私はお店の外で待つ。
松浦から聞いていたことによると藤澤さんは今はいつも以上に忙しい時期みたいで、きっと今日はここでお別れって思っていた。忙しい中、時間を作って会ってくれただけで充分って自分に言い聞かせていたら、会計を終えて彼が戻ってきた。
「お待たせ」
そう言って、私の手をいつもみたいに手に取り繋ぐ。さりげなく繋がれた手は嬉しいから、振りほどけなかったけれど、私はすぐ帰ることを自己申告。
「あの...私、この後、帰りますよ?」
「え!?明日、何か用事でも?」
藤澤さんは何故か私が帰ることに驚きを隠さない。私はそんな彼にその理由をとても言い辛かった。
「いえ、私の方の用事はないんですけれど。その...藤澤さんの方のお仕事がお忙しいと聞いているものですから、ここで帰った方が...」
私が言い終わらないうちに、彼は「あぁ」と、それには否定しなかったけれど。
「明日はホワイトデーだし、今日ぐらい優里と過ごしたってバチは当たらないと思うよ。その為に前倒しして帰国したようなものだし」
「え?でも、最初、帰れないって...」
「まぁ、確証がなかったので約束ができなかったんだよ。クリスマスイブの前科もあるし」
それから、こそっと耳元で。
「明日までずっと一緒にいようと思ってこのホテルを予約してあるんだ」
その甘い囁きに、会うまで期待してしまった事が現実になりそうで信じられない。私は何度も瞬きを繰り返し、彼をみると「信用していない」と笑いながら怒られた。
それから、エレベーターに乗せられて、連れて行かれたのは高層階のツインルーム。
部屋のソファーで座って待つように言われ、しばらくして目の前のテーブルの上にポンと白いリボンの小さな箱を置かれる。
「はい。ホワイトデーのプレゼント。なんか、お土産みたいになっちゃったけど」
「いいんですか?私、バレンタインの時チョコレートしか...」
今日は会えるだけで良かったのに、プレゼントまで。バレンタインの時、ホテル代など殆ど奢ってもらったので私としては素直にうけとるのは躊躇う。それでも隣に座った藤澤さんは、躊躇している私を尻目に、その箱のリボンを解いてゆく。
「...でも、あの日は俺にとっても忘れられない日になったんだ。だから、これはそのお礼のつもり」
彼が箱から取り出したのは、ピンクの色の石がついた華奢なチェーンのネックレス。そのまま私の首に当ててくれる。
「ほら、似合う」
「...わ、可愛い」
それを見て、思わず私が声を上げると彼は私の首に手を回し、つけてくれた。私は自分の首でキラキラ光っているネックレスを指先で触りながら、その綺麗さにウットリする。
「いいんですか?本当にいただいても...?」
「もちろんだよ。でも、思った通り。優里の白い肌に映えるな、その色」
彼も私の首の辺りを覗き込みながら、指先で、そのネックレスに触れる。その時、僅かに鎖骨に触れたみたいでピクッと身体が反応してしまった。
「なんか、顔が赤い...」
彼が口角を上げ意地悪く聞いてくると、殆ど飲んでいないはずなのに、一気にアルコールが駆け巡ったみたいに身体中が火照る。
「そんな事...ない...です」
私が目を伏せ、顔を俯けると頭を撫でられた。
「...恥ずかしがるユリも可愛い」
頭の上でため息まじりに言われると、今度はぐっと彼の方に身体が引き寄せられてしまう。彼のいつもの香りがぐっと強く感じ、香りに酔いそうになる。
「ふ、ふじ...?」
突然のことで、彼の顔を見上げると。
「んっ.....んん...」
腕の中に閉じ込められた状態の、窮屈で、それでいて初めからの深いキス。彼に翻弄されるには大して時間がかからなくて、息継ぎが上手く出来ずに腕の中でもがく。何かに縋ろうとすると、彼のネクタイに指が引っかかる。
「んっ....あっ...」
それにも構ってられず、無我夢中で舌を絡ませあい、水音だけが耳に響いてくると身体がフワリと宙を浮いた感覚。ソファーから抱き上げられたようだった。
キスをしながら、されながら、身体が彼の手により移動して。ベッドに寝かされた時には、いつの間にか彼のネクタイが手に絡まっており、履いていたはずのパンプスはどこかに脱げていた。
覚束ない視線の先には大好きな藤澤さん。
彼は私を見下ろしながら、ネクタイのない首元のボタンをその長い指で緩めている。その仕草がやけに艶っぽく映り、私は彼から目がはなせないでいた。
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