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102.迂闊という名の油断。④藤澤視点
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俺が真田さんに頼んだ人物。
それは真田さんの同期の岡田さんという同じ社の男性で、一度だけ面識があった。時は遡り、彼と出会ったのは海外出張以前の事。たまたま俺が向こうとのトラブルで途方に暮れていた時、真田さんが彼を紹介してくれた。彼は去年こちらに赴任してきたばかりではあったが、向こうの事情に詳しく、俺の案件を瞬く間に解決してくれたのである。
今回、俺が今度赴任するところは奇しくも彼が以前いた部署だった。赴任先での事を聞くには今の時点で彼が一番の適任者だと思える。
待ち合わせた場所は以前会った時に利用した個室がある居酒屋。俺は待ち合わせの時間よりも早く着いてしまったが先にオーダーはせず、ひたすら彼を待つ。岡田さんは何かと多忙な営業部の課長職を担っているせいか、待ち合わせより遅れてきた。
「悪い、遅くなった」
慌てて俺が待っている部屋に慌てて入ってきた岡田さん。畏る俺の向かいに彼は入る早々ここは座敷なので胡座をかいた。早速、熱いおしぼりで徐ろに手を拭う。
「こちらこそお忙しいのにお呼びたてしてすみません。何飲まれますか?」
「いや、こっちは一向に構わんよ。あ、ビールで」
2人分のビールを注文して、飲み物はすぐに届く。俺は彼のグラスにビールを注いだ。
「真田は?」
岡田さんはビールが注がれてゆくグラスを持ちながら気がついたようで、キョロキョロと辺りを見渡している。そこで間髪入れず。
「...真田さんにはこの場のセッティングをお願いしただけなので。今日は自分と2人です」
「そっか...あいつ、子供が産まれたばっかりだものな。そりゃー、早く帰るわ。じゃあ、今日のは藤澤君が?」
「...はい。実は私事で恐縮なのですが、再来月に◯◯◯への転勤が決まりまして」
「へぇ、それはおめでとう。君の希望が早々に叶ったというわけか。じゃあ、相談もその辺り?」
俺が入社当初に異動届を出していたという情報を入手している彼は、大して驚くこともなく、カチンと俺のグラスに自分のグラスを軽く当てる。こういう所が頭のきれる人間だと思われる所以、話が早くて非常に助かる。流石、キレる営業と旧友の田山が謳っていることだけはあった。
「はい。そこで折り入ってご相談が...」
「うん...」
彼は注文して運ばれてくる料理に箸をつけず、俺のために話を聞く体勢を整えてくれる。そこでまず、海外赴任にあたり向こうの生活環境はどうなのかと問うた。彼は自分が住んでいた頃の話だけどと、前置きをしていたが。
「環境は悪くないと思うよ。治安はいい方だし、日系企業の施設もあの辺りは多いから、わりと日本人も多いし」
俺は住環境には大して拘りはないが、日本から見ると海外は何かと治安が物騒だと思われがち。優里は海外生活を全くした事がないようだったのでその情報には一安心。そんな偏見を払拭できそうだと手応えを感じた。それから、ようやく本題に入る。
「言葉が多少話せなくても、その中で生活は出来ますか?」
優里は多分話せない。1、2年の遠距離はその準備の為が大きい。準備してもらうにしても、現地で住むにはどうだろうと、今の俺は少し懐疑的だった。ただ、俺がいない間の生活において、日本語がある程度通じるならと思い、だからこその、この質問だった。
「君ならそこらへんは全く問題ないと思うけど...?」
さっきまで淡々と話を聞いていた岡田さんがその質問には難色を示す。彼は俺の語学力がどの程度かを知っているのだ。それには黙って頷いたが、親身になってくれている岡田さんに嘘をつくのは良心が痛む。
「すみません。実は向こうに連れて行きたい人がいます」
「...あー、そっちの方での相談だったのか」
本当に何て察しがいいのだろう。だから俺はこの人を選んだ。この人ならきっと自分が考えていた事を瞬時に理解して、更に素晴らしいアイデアをくれるのではないかと密かに期待していた。岡田さんは難しい顔をしたまま、グラスに半分くらい残っていたビールを一気飲み。そのグラスが空っぽになった途端、今度は矢継ぎ早に質問される。
相手本人に了解を得たのかとか。そのうえでなんと言っているのかとか。
いつ結婚してどんなタイミングで連れて行くのか。
相手の親御さんには、話したのかとか。
まるで尋問だった。
しかも、これから行動を起こそうとしている事ばかりを先回りして聞かれ、まだそれらを実行できていない俺は殆どの答えに詰まってしまう。そんな俺に、呆れたかのように彼はため息をついた。
「...君、歳いくつだっけ?」
「28...いや、今年29になります」
「そう...相手はうちの会社の子?」
「えぇ、まあ...」
「...研究職?それとも?」
「あ、いや...営業部で...入社2年目の...」
優里のことを詳しく言いかけ口をつぐむ。まだ、本人にも話していない事が万が一他所から伝わったら困ると咄嗟に思ってしまったからだった。それを不思議と追及はされずに。
「ふうん。じゃあ今年24...」
即座に彼は彼女の年齢を叩きだし、そのうえで舌打ちしたのが聞こえた。俺には難しい顔をされて舌打ちされる意味が全く分からない。
それは真田さんの同期の岡田さんという同じ社の男性で、一度だけ面識があった。時は遡り、彼と出会ったのは海外出張以前の事。たまたま俺が向こうとのトラブルで途方に暮れていた時、真田さんが彼を紹介してくれた。彼は去年こちらに赴任してきたばかりではあったが、向こうの事情に詳しく、俺の案件を瞬く間に解決してくれたのである。
今回、俺が今度赴任するところは奇しくも彼が以前いた部署だった。赴任先での事を聞くには今の時点で彼が一番の適任者だと思える。
待ち合わせた場所は以前会った時に利用した個室がある居酒屋。俺は待ち合わせの時間よりも早く着いてしまったが先にオーダーはせず、ひたすら彼を待つ。岡田さんは何かと多忙な営業部の課長職を担っているせいか、待ち合わせより遅れてきた。
「悪い、遅くなった」
慌てて俺が待っている部屋に慌てて入ってきた岡田さん。畏る俺の向かいに彼は入る早々ここは座敷なので胡座をかいた。早速、熱いおしぼりで徐ろに手を拭う。
「こちらこそお忙しいのにお呼びたてしてすみません。何飲まれますか?」
「いや、こっちは一向に構わんよ。あ、ビールで」
2人分のビールを注文して、飲み物はすぐに届く。俺は彼のグラスにビールを注いだ。
「真田は?」
岡田さんはビールが注がれてゆくグラスを持ちながら気がついたようで、キョロキョロと辺りを見渡している。そこで間髪入れず。
「...真田さんにはこの場のセッティングをお願いしただけなので。今日は自分と2人です」
「そっか...あいつ、子供が産まれたばっかりだものな。そりゃー、早く帰るわ。じゃあ、今日のは藤澤君が?」
「...はい。実は私事で恐縮なのですが、再来月に◯◯◯への転勤が決まりまして」
「へぇ、それはおめでとう。君の希望が早々に叶ったというわけか。じゃあ、相談もその辺り?」
俺が入社当初に異動届を出していたという情報を入手している彼は、大して驚くこともなく、カチンと俺のグラスに自分のグラスを軽く当てる。こういう所が頭のきれる人間だと思われる所以、話が早くて非常に助かる。流石、キレる営業と旧友の田山が謳っていることだけはあった。
「はい。そこで折り入ってご相談が...」
「うん...」
彼は注文して運ばれてくる料理に箸をつけず、俺のために話を聞く体勢を整えてくれる。そこでまず、海外赴任にあたり向こうの生活環境はどうなのかと問うた。彼は自分が住んでいた頃の話だけどと、前置きをしていたが。
「環境は悪くないと思うよ。治安はいい方だし、日系企業の施設もあの辺りは多いから、わりと日本人も多いし」
俺は住環境には大して拘りはないが、日本から見ると海外は何かと治安が物騒だと思われがち。優里は海外生活を全くした事がないようだったのでその情報には一安心。そんな偏見を払拭できそうだと手応えを感じた。それから、ようやく本題に入る。
「言葉が多少話せなくても、その中で生活は出来ますか?」
優里は多分話せない。1、2年の遠距離はその準備の為が大きい。準備してもらうにしても、現地で住むにはどうだろうと、今の俺は少し懐疑的だった。ただ、俺がいない間の生活において、日本語がある程度通じるならと思い、だからこその、この質問だった。
「君ならそこらへんは全く問題ないと思うけど...?」
さっきまで淡々と話を聞いていた岡田さんがその質問には難色を示す。彼は俺の語学力がどの程度かを知っているのだ。それには黙って頷いたが、親身になってくれている岡田さんに嘘をつくのは良心が痛む。
「すみません。実は向こうに連れて行きたい人がいます」
「...あー、そっちの方での相談だったのか」
本当に何て察しがいいのだろう。だから俺はこの人を選んだ。この人ならきっと自分が考えていた事を瞬時に理解して、更に素晴らしいアイデアをくれるのではないかと密かに期待していた。岡田さんは難しい顔をしたまま、グラスに半分くらい残っていたビールを一気飲み。そのグラスが空っぽになった途端、今度は矢継ぎ早に質問される。
相手本人に了解を得たのかとか。そのうえでなんと言っているのかとか。
いつ結婚してどんなタイミングで連れて行くのか。
相手の親御さんには、話したのかとか。
まるで尋問だった。
しかも、これから行動を起こそうとしている事ばかりを先回りして聞かれ、まだそれらを実行できていない俺は殆どの答えに詰まってしまう。そんな俺に、呆れたかのように彼はため息をついた。
「...君、歳いくつだっけ?」
「28...いや、今年29になります」
「そう...相手はうちの会社の子?」
「えぇ、まあ...」
「...研究職?それとも?」
「あ、いや...営業部で...入社2年目の...」
優里のことを詳しく言いかけ口をつぐむ。まだ、本人にも話していない事が万が一他所から伝わったら困ると咄嗟に思ってしまったからだった。それを不思議と追及はされずに。
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