社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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101.迂闊という名の油断。③藤澤視点

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デスクに座ると、先ほどまで嬉々として眺めていた卓上カレンダーが目に入り、自分が付けた印がやけに空々しく映る。それというのも浮かれて考えていた未来のプランニングが大幅に狂ってしまったせいだ。

...優里には何て話せばいいのだろう?

先ほどまでの威勢の良さは降って湧いたイレギュラーな出来事海外赴任により、削がれ途方にくれる。この異動を断るなんてことは、研究員なら余程のことがない限りあり得ない。現に課長は俺が受ける事を前提として話し、俺だって、聞いた時は天へも昇る気持ちだったのだから。

彼女にそれを理解してもらえるのだろうか?

ずっと、カレンダーだけ眺めても答えは出そうになかった。

「................にん?主任!!」

背後から呼ばれて気がつかなかったらしい。うわの空で振り返ると松浦が。

「依頼されていた解析データのまとめができましたが、どうかしましたか?」

「...あぁ、悪い」

気もそぞろに書類を受け取ると、松浦は首をかしげながらも自分の席に戻った。受け取った書類をデスクに放り、腕を組み、また長考。流石にその姿は隣の真田さんには不審に思われたようだ。

「どしたの?」

「あ、いや...何も」

口を濁すと真田さんはすぐに俺の考えに思い当たり、周囲に聞こえないように小声で耳打ちした。

「...もしかして、辞令出た?」

 「はい、まあ...」

やはり真田さんは知っていたかと暗に思う。俺の心中を想像もつかない彼は屈託のない笑顔を作る。

「それにしては浮かない顔だけど?」

「いや、そんな事ないですよ。ただ、突然の事で、全く予想外だったものですから」

「ははは、あの課長もタヌキだからねぇ。藤澤っちに本当の事言えば、変に構えられると思ったんじゃない?だから、適当な理由つけて出張させてさ」

「...当たりです。俺はずっと期間限定のピンチヒッターみたいな事を言われてましたから」

「相変わらず...裏がある人だねぇ。だから、俺にも藤澤っちに言うなって口止めしたんだ」

「真田さん、それを早く...」

ここまで聞いてしまうと彼も課長と共犯ではないか思われたのだが。

「でもね、俺と課長は藤澤っちがどこまでできるか、期待していたんだよ。だから、余計な雑音は聞かせたくなかったし、プレッシャーを与えたくなかったんじゃない?」

「そうだったんですか...」
 
2人の真意を知り、反論なんておこがましい。ただ、俺が迂闊だっただけの話なのだ。
最初から、自分で何かを感じていればそれなりの準備をしただろうに。

今はそれが悔やまれてならないのだ。

※※※

結局、自分はどうしたいと自問自答し、限られた時間が迫っている中で1週間も経たずに結論を導き出した。もともと自分はポジティブ思考、行動しないで後悔するのは性に合わない。仕事も私生活も順風満帆な今だからこそ、優里も仕事も両方手に入れる結論に至ったのは、至極当然の成り行きだった。

そうと決まれば、即行動。温泉に行くのは決定事項、中止、延期はありえないのですぐに予約を入れる。そこで予定よりもかなり時期尚早だが、プロポーズをしようと思った。決して、彼女は断る事はないだろうと何となく分かってはいたから。

仮に彼女が断る理由として挙げるならば、結婚後の生活への不安だろうと考えを巡らせていた。

その解決策として最初に予定していた結婚を前提とした期間限定の同棲を提案する。これを今回の俺の海外赴任により、期間限定の遠距離婚に変化させる事を思いついた。最短で1年、最長でも2年位待たせてしまう事にはなりそうだが、別れてしまうよりずっとマシ。その期間を経て、彼女が心細くないような生活環境を整え、向こうに呼べばいい。

そうすれば、5年だろうが10年だろうが、俺の赴任が伸びたってなんの問題もない話になる。我ながらナイスアイデアと自画自賛していたのだが、この考えは一般的に通じるものなのかと、ふと不安になった。

こと、結婚生活に関してだけは、俺の今までの人生経験が全く役に立たない。
もしかすると、まだこれ以上にいい案があるかもしれないと迷い始めた。

...どうしようか...?誰かに教えを請うべきなのだろうか?

そんな時、隣で頬杖をつきながらパソコン画面をぼんやり眺めている真田さんの薬指のリングに目がいく。彼は産まれたばかりの子の夜泣きがひどいと笑いながら欠伸をしており、やたら眠そうだったが、彼に白羽の矢を立てた。

...真田さんに、頼んでみるか。

「すみません。お忙しい所申し訳ないのですが、ひとつ頼みがあります」

「うん?なに?」

「実は...」

周りに聞こえないように用件を小声で話すと、真田さんは指でOKのサイン。

「なんだ、その位お安い御用。藤澤っちが頼みごとなんて珍しいから、なんだろうって構えちゃったよ」  

「すみません...」

「ま、環境が変わるって何かと不安だし。何事にも動じない藤澤っちもやっぱり人の子なんだね。今回の転勤で不安になるなんてさ」 

「そうかもしれませんね」

「でも、安心して。松浦と三浦さんの行く末は藤澤っちの代わりに見守っておくから」

「ははは...」

こちらから頼みごとをしておいて何だが、それには心の中で同調しかねる。

真田さんに頼んだこと。

それは、ある人と会う機会を設けてもらう事だった。
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