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117.豹変①
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管理部に異動して一ヶ月少し経つ。私は課長代理の補佐とここでの事務仕事になかなか慣れず、苦戦中だった。そのうえ、課長代理の講座アシスタントを今は任されている為、ますます隣のデスクの山本さんを頼りにせざるおえない。
そんな今日も居残りみたいな残業中。たまたま同じように残業中の山本さんが席を外しており、戻ってくるのを今か今かと待ちわびている状況で、山本さんの姿が目の端にとまるなりこちらからデスクから身を乗り出すように声をかけた。
「お忙しい中すみません、ちょっとこの意味が...」
「どれ...?」
私がいつものように質問を投げかけると営業部から戻ってきた彼は、自席のデスクに座る事なく、私の背後にまわりパソコン画面を覗き込んでくる。自分の仕事も後回しにして、いつもすぐに教えてくれようとする山本さんは優しい人ったけれど、今日は少し...勝手が違った。
「あー、ここはこうするんだよ」
パソコン画面を直接指差しつつ、かなりの至近距離で背後から。画面に夢中になっているせいかグッと顔を近づけてくる。それも耳許のすぐ近く。その位置のままで話すものだから、息遣いまで聞こえてきそうだ。
...わ、こんな近く...?良いのかな?
私は藤澤さん以外こんな風に至近距離に来られた経験はないに等しく、わざわざ丁寧に教えてくれる彼を意識をしては申し訳ない。けれども、私は男性慣れしていない分、画面どころではなくななってしまう。その動揺を見透かされたのか不意に質問された。
「わかった?」
「...あ、は、はい...」
「...んー、その返事だと分かってないみたいだね」
そのあやふやな返答に山本さんは眉を顰め、今度はマウスを持つ私の手の上から自分の手を重ねてくる。そして、自分の意のままに私のマウスを操作し始めた。
え、ちょっと、これは...。
親切に教えてくれようとしているのは分かっているけれど、ここまでとされてしまうと鈍感な私にも、ほんの小さな疑問が生まれる。ただ、それはほんのひと時思っただけのことで、たまたま教えるのに夢中になってこうなったと思った。彼は親切に教えてくれているだけで他に意味はないと自分の中で言い聞かせ、ありがとうございましたと御礼を言った。
それからというもの数回に一度、同じような状況下に置かれてしまう。しかも人気のない時に限って、それにはずっとなかなか仕事を覚えない自分が悪いと思っていた。
そうこうしている慌ただしさの中で、私はようやくほぼ一人前の仕事をこなせるようになり、管理部の人たちとは適度に距離を保つ術を身につけてゆく。だから、山本さんとも変に臆する事なく、当たり障りのない会話をする事も日常茶飯事。そのせいか以前のような過度の接触はされなくなり、仕事も順風満帆のように思えた。
※※※
「...三浦さん。悪いけどこれを資料室に片付けてきてもらえますか?」
そう言われ課長代理から手渡されたのは、今日の講座で使用していた教材本、数冊。今日は山本さんが所用があったので、その代わりに課長代理が片付けを手伝ってくれていた。
「はい、分かりました」
受け取りながら足早に資料室に向かおうとすると、申し訳なさそうな顔をしていた真央ちゃんに呼び止められる。
「ごめん。今日は松田さんと帰りに本屋さんに行く用事があって...」
彼女には講座の日に待っててもらい、その後いつも一緒に帰っていた。それは片付け時に山本さんと2人きりになりたくない私がお願いしていた事だった。けれど、彼女にだって都合というものがあるし、幸い、今日は山本さんと一緒ではない。それならばと。
「分かった。いつもごめんね。気をつけて」
「うん、じゃあね~」
私はいそいそと帰り支度を済ませた彼女を笑顔で見送り、気を取り直し、預かっていた本を抱えながら資料室へと急ぐ。そして、小走りに通り過ぎてゆく窓から、外のオレンジの風景が目に飛び込んできた。
...陽が延びたなぁ。
初夏の夕暮れを見ながらふと立ち止まる。以前、こんな時間を藤澤さんと共有した事を思い出して少しメランコリーな気持ちなりつつも、腕時計の時間を見て我に返った。
...やだ!もう、こんな時間!?
黄昏ている場合じゃないと資料室へ猛ダッシュをしてみたものの、あの場所は人気が殆どないので少し苦手だ。
そんな今日も居残りみたいな残業中。たまたま同じように残業中の山本さんが席を外しており、戻ってくるのを今か今かと待ちわびている状況で、山本さんの姿が目の端にとまるなりこちらからデスクから身を乗り出すように声をかけた。
「お忙しい中すみません、ちょっとこの意味が...」
「どれ...?」
私がいつものように質問を投げかけると営業部から戻ってきた彼は、自席のデスクに座る事なく、私の背後にまわりパソコン画面を覗き込んでくる。自分の仕事も後回しにして、いつもすぐに教えてくれようとする山本さんは優しい人ったけれど、今日は少し...勝手が違った。
「あー、ここはこうするんだよ」
パソコン画面を直接指差しつつ、かなりの至近距離で背後から。画面に夢中になっているせいかグッと顔を近づけてくる。それも耳許のすぐ近く。その位置のままで話すものだから、息遣いまで聞こえてきそうだ。
...わ、こんな近く...?良いのかな?
私は藤澤さん以外こんな風に至近距離に来られた経験はないに等しく、わざわざ丁寧に教えてくれる彼を意識をしては申し訳ない。けれども、私は男性慣れしていない分、画面どころではなくななってしまう。その動揺を見透かされたのか不意に質問された。
「わかった?」
「...あ、は、はい...」
「...んー、その返事だと分かってないみたいだね」
そのあやふやな返答に山本さんは眉を顰め、今度はマウスを持つ私の手の上から自分の手を重ねてくる。そして、自分の意のままに私のマウスを操作し始めた。
え、ちょっと、これは...。
親切に教えてくれようとしているのは分かっているけれど、ここまでとされてしまうと鈍感な私にも、ほんの小さな疑問が生まれる。ただ、それはほんのひと時思っただけのことで、たまたま教えるのに夢中になってこうなったと思った。彼は親切に教えてくれているだけで他に意味はないと自分の中で言い聞かせ、ありがとうございましたと御礼を言った。
それからというもの数回に一度、同じような状況下に置かれてしまう。しかも人気のない時に限って、それにはずっとなかなか仕事を覚えない自分が悪いと思っていた。
そうこうしている慌ただしさの中で、私はようやくほぼ一人前の仕事をこなせるようになり、管理部の人たちとは適度に距離を保つ術を身につけてゆく。だから、山本さんとも変に臆する事なく、当たり障りのない会話をする事も日常茶飯事。そのせいか以前のような過度の接触はされなくなり、仕事も順風満帆のように思えた。
※※※
「...三浦さん。悪いけどこれを資料室に片付けてきてもらえますか?」
そう言われ課長代理から手渡されたのは、今日の講座で使用していた教材本、数冊。今日は山本さんが所用があったので、その代わりに課長代理が片付けを手伝ってくれていた。
「はい、分かりました」
受け取りながら足早に資料室に向かおうとすると、申し訳なさそうな顔をしていた真央ちゃんに呼び止められる。
「ごめん。今日は松田さんと帰りに本屋さんに行く用事があって...」
彼女には講座の日に待っててもらい、その後いつも一緒に帰っていた。それは片付け時に山本さんと2人きりになりたくない私がお願いしていた事だった。けれど、彼女にだって都合というものがあるし、幸い、今日は山本さんと一緒ではない。それならばと。
「分かった。いつもごめんね。気をつけて」
「うん、じゃあね~」
私はいそいそと帰り支度を済ませた彼女を笑顔で見送り、気を取り直し、預かっていた本を抱えながら資料室へと急ぐ。そして、小走りに通り過ぎてゆく窓から、外のオレンジの風景が目に飛び込んできた。
...陽が延びたなぁ。
初夏の夕暮れを見ながらふと立ち止まる。以前、こんな時間を藤澤さんと共有した事を思い出して少しメランコリーな気持ちなりつつも、腕時計の時間を見て我に返った。
...やだ!もう、こんな時間!?
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