ヒロインと呼ばれても〜自称悪役令嬢に王子をお勧めされましたが、私の好みは貴女の従者様です

春日千夜

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第一章 人生が変わった7日間

32:ヒロインの専属メイドになるなんて(リジー視点)

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 初めて足を踏み入れるモルセン子爵家のお屋敷は、意外にも広々としていた。モルセン子爵は代々魔法管理局の管理官を務めているらしいから、当然といえば当然なのかもしれない。
 わたしがお世話する事になったシャルラお嬢様のお部屋は今朝完成したばかりだそうで。「私もちゃんと入るのは初めてなの!」と言いながら部屋の扉を開けるシャルラ様は、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 年相応のはしゃぎぶりを見せるシャルラ様は、大人びた雰囲気を持つアルフィールお嬢様とは雲泥の差だと、つくづく感じる。けれど、今はそれにイライラする事もない。
 わたしは穏やかな心で、楽な服に着替えたいというシャルラ様を手伝い、化粧を落として髪を解いてさしあげた。

(ついさっきまでは、あんなに嫌だったのに。わたしも単純よね)

 イールト兄様のようにアルフィールお嬢様の側付きになりたくて。一生懸命頑張った結果、ようやく去年からお嬢様の専属メイドとしてお仕えする事が出来た。
 そんなわたしだから、お嬢様から直々にヒロインの専属になるよう命じられた時は途方に暮れた。
 アルフィールお嬢様は自らの死を回避するためとはいえ慕ってらっしゃる殿下を諦めなければならず、これからたくさん傷付かれる。そんなお嬢様をどうやってお支えしようかと考えていた矢先だったから、なおさら受け入れ難い話だった。

(お嬢様がわたしを信頼して下さってるからこそ、命じられたのは分かってるけれど。お嬢様を傷付ける女の手伝いをするなんて、最悪だと思ってたのよね……。でもむしろ、これはチャンスなんだわ)

 まさかヒロインが、イールト兄様を好きだなんて思わなかった。王子殿下とお会いすれば、心変わりする可能性もないとはいえないけれど……。でも、ようやく見えた希望だから失いたくなかった。

(シャルラ様の願いは、わたしの願いと同じだもの)

 わたしの願いは、アルフィールお嬢様が幸せになる事。そのためなら何だってすると、あの日誓ったから。

 わたしがお嬢様と出会ったのは、七年前。まだ八歳の秋頃だった。あの年は王国中の気候がいつもと違ってめちゃくちゃで。わたしが住んでいた田舎町も旱魃や洪水に見舞われた。
 先祖代々守ってきた家はもちろんの事、みんなで大切に育てていた家畜も畑もダメになって。食料不足で困っている中、疫病まで流行り始めた。迅速な国の支援を受けて流行病はどうにか収束出来たけれど、何もかも失ったわたしたちに明日への希望なんてなかった。
 そんな時にやって来たのが、八歳のアルフィールお嬢様だった。

 疲弊した田舎町にはそぐわない、煌びやかなドレス姿で現れた小さなご令嬢に、最初は何をしにきたのかと誰もが訝しんだ。けれどアルフィールお嬢様はそのドレスが汚れるのも厭わずに、荒れ果てた畑の中へ入り込んだ。
 そして僅かに生き残っていた土蔓豆ソイルビーンズに目を輝かせて『見つけた! やっぱりダイズだわ!』と歓声を上げ。ぽかんとして見ていたわたしたちに『これはね、畑のお肉なのよ! 良かったわね、ダイズが残ってて』と輝くような笑顔を向けてきた。

 ソイルビーンズは元々、雑草の一種で。繁殖力が強くて、長年、駆除するのに苦労していた植物だ。それが近年、油が取れると分かって。それならたくさん油が取れるようにしようと、父様が中心になって品種改良している最中だった。
 でも、まだまだ改良途上で油は取れないし、その頃のわたしたちに必要なのは油じゃなくて食料だった。〝畑の肉〟と言われても、みんな理解出来なかった。

 でもお嬢様が連れてきた料理人の手で、そのソイルビーンズは美味しい料理になって。疲れ切っていたわたしたちのお腹と心を満たしてくれた。
 そしてさらに公爵家の財で仮の家を次々に建ててくれて。おかげでわたしたちは、豪雪となったその冬も乗り切る事が出来た。
 その後ソイルビーンズはお嬢様の願いを受けて作付けを増やし、ミソやショーユという新しい調味料にもなって。王国中で取引されるようになり、町の復興に役立ったんだ。

 そんなわけでアルフィールお嬢様は、わたしたちにとって女神のような存在になった。お嬢様に恩返ししたいという思いは、故郷の町の誰もが持っている。
 だから、まだ復興の最中だった六年前。強い魔力を持ち、お嬢様と年齢も近いからと、イールト兄様が公爵家に取り立てられた時もみんなが羨んだ。もちろん、わたしも羨ましかった。

 わたしには兄様と違って魔力がない。だからアルフィールお嬢様のお側に仕えるなんて、夢のまた夢だろう。それでもやっぱり諦めきれなくて、わたしは復興作業を手伝う傍ら、公爵家のメイドになれるようにと必死に勉強した。
 そうして十歳になった時、イールト兄様を通じてどうにか見習いメイドとして公爵家に入る許可を頂いて。そこからはもう、とにかく無我夢中で頑張って、お嬢様の専属メイドになったんだ。

 そんなわたしがお嬢様の秘密を知ったのは、お嬢様付きとなってからだ。イールト兄様はすでに聞いていたみたいで、受け入れていたけれど。わたしにはどうしたって納得出来なかった。
 だって見習いメイドとして公爵家に来た時から、何度も見たんだもの。王子殿下が何かと理由を付けて公爵家を訪ねて来られて、アルフィールお嬢様をお探しになる様を。そしてその度に、急な訪問を窘めながらも、嬉しそうに頬を染めるお嬢様のお顔を。

 お二人はどう見たってお似合いで、相思相愛だった。お嬢様が王子殿下に対して一歩引いてるのは、恥ずかしがってるようにしか見えなかった。
 だからまさか、王子殿下の婚約者でいるとお嬢様が死んでしまうなんて思わなかった。生きるためには王子殿下をヒロインに渡さなくてはならないなんて、そんな酷い話があっていいんだろうか。ううん、絶対にダメだと思う。

 だからわたしは、お嬢様が助かるためには仕方ないのだと自分に言い聞かせつつも、ヒロインを許せなかった。でもそのヒロインであるシャルラ様は、イールト兄様を好きだと話してくれて。諦めたくないんだと、真っ直ぐに前を向いていた。
 こんな幸運、絶対に逃すわけにはいかない。ヒロインがこういう子だって知る前は、最低限しか動かないつもりだったけれど。こうなったら、シャルラ様が心変わりしないようにきっちり見張りつつ、全力でサポートしていくつもりだ。

(イールト兄様も、シャルラ様のことは気に入ってるみたいだしね)

 わたしの一つ上の兄、イールト兄様は、ヒロインの手がかりを探すため、一ヶ月前から毎週ゴルドの日に下町へ行き始めたのだけれど。初日からずいぶんご機嫌で帰ってきていた。
 理由を聞いてもはぐらかされたけれど、次の週から服装や香水にかなり力が入ってたから、何となく理由は察した。
 それなのに、ヒロインが見つかったとボロボロになって帰ってきた日はとんでもない落ち込みようで。ヒロインにマナーを教えるようお嬢様に命じられた時も、陰でずいぶん苦しそうにしてたから不思議だった。

 でもそれも、今日のイールト兄様を見て一目で分かった。シャルラ様を見るイールト兄様は、アルフィールお嬢様が王子殿下を見つめている時と同じ顔をしてたから。

(あのイールト兄様が、あんな目をするなんて。出会った時はただの平民だったはずなのに、シャルラ様のどこがそんなに良かったんだか)

 イールト兄様は妹のわたしから見ても、なかなか整った顔をしていると思う。うちは兄弟が多くて、イールト兄様以外にも兄や姉、弟もいるけれど。イールト兄様は一番カッコいいんだ。
 だからイールト兄様には、いつもたくさんの女の子が集まってきていた。田舎でもそうだったし、公爵家に来てからもそうだ。でもいつだって、イールト兄様は素っ気ない態度だった。

(てっきりイールト兄様も、アルフィールお嬢様みたいな人が好みなのかと思ってたのにな。恩人だから本気で敬ってただけだったんだね、兄様)

 すぐそばにアルフィールお嬢様という完璧な美少女がいるから、他の女の子たちは視界にすら入らないのかと思ってたのに。むしろお嬢様とは真逆の、素朴なシャルラ様みたいな子が好みだったとは。

(まあ確かに性格は良いみたいだし、くるくる動く素の姿は小動物みたいで可愛らしいもんね。髪や瞳の色は地味だけれど顔の形は悪くないから、化粧するとすごい化けるみたいだし。小柄で細身だけれど引き締まってるから、スタイルだって悪くない。イールト兄様からすると、このギャップが良いのかなぁ?)

 会ったばかりのシャルラ様は、アルフィールお嬢様の前でこそ子爵令嬢らしい振る舞いをしていたけれど。実際は飾らない人柄で、腹の底まで丸見え。王都に住む年頃のご令嬢とは、とても思えない子だった。
 警告したわたしの手を握ったり抱きついたり。挙げ句の果てに『友達になろう!』なんて言ってくるから、笑ってしまったぐらいだ。
 こんな子に、たった一週間で淑女らしい作法を身に付けさせたなんて、イールト兄様は相当苦労したと思う。

(そのシャルラ様に絆されちゃったんだから、わたしもイールト兄様のことを言えないわよね)

 イールト兄様がシャルラ様のどこに惹かれたのかは、正直よく分からない。でも友人とするには何の問題もない……むしろ好ましい子なのはよく分かった。

(アルフィールお嬢様の恋は、この身に代えても必ず成就させる。イールト兄様の恋は……まあ、本人たち次第ね)

 今のわたしは、アルフィールお嬢様のために動くので精一杯。それでもその先に、大好きな兄と、新しい友人の未来があるなら……おまけとして見ていてあげてもいいと思う。

(そのためにはまずシャルラ様に、王子殿下とお話しする機会を持ってもらわないと)

 王族である殿下と直接言葉を交わせるのは、ほんの一握りの人間だけだ。魔力を持たないから学園にも通えず、メイドでしかないわたしでは、王子殿下にアルフィールお嬢様の事情を明かすなど出来るはずもなかった。
 けれど、シャルラ様は違う。アルフィールお嬢様から聞いた話を忘れないうちに書き留めようと、真剣な顔で机に向かうシャルラ様は、わたしの唯一の希望の光だ。

「どうしたの? リジー」
「何でもありません。わたしは制服の確認をして参りますね」
「ありがとう。よろしくね」

 シャルラ様とになったけれど、だからこそわたしは、専属メイドとしてきちんと仕えるべきだろう。
 新しい主人となったシャルラ様に丁寧に礼をすると、わたしは気持ちを新たに一歩を踏み出した。
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