ヒロインと呼ばれても〜自称悪役令嬢に王子をお勧めされましたが、私の好みは貴女の従者様です

春日千夜

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第二章 諦めない70日間

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 アルフィール様を怒らせてしまったラステロくんだったけれど、へこたれる事なく昼食をそのまま一緒に食べて。午後の授業の間もずっと私のそばを離れなかったから、結局アルフィール様とお話する時間は取れなかった。

 そうして迎えた放課後。みんなが下校の準備をする中、私は一人、補習を受けに行こうと荷物をまとめてたんだけれど。ラステロくんが至極残念そうに眉を下げた。

「今までずっと授業なんてつまらないって思ってたけど。シャルラちゃんといると楽しくて、あっという間だったな。もうお別れだなんて寂しいよ」
「そんな大げさな。明日も学校はあるよ?」
「そうなんだけどね。もうちょっとシャルラちゃんと一緒にいたかったなって。王宮なんかに行きたくないなぁ。シャルラちゃんも補習なんてサボってさ、このまま放課後デートに行かない?」

 中途入学だった私はイールトさんから学校の授業内容を教えてもらっていたけれど、魔法の練習とか自宅学習では補えない事もあるわけで。しばらくの間、放課後に補習を受ける事になっている。
 そしてラステロくんは第一王子の側近候補だから、補佐の仕事を覚える必要があって。放課後は王宮に上がってるそうだ。

 王国では十八歳で成人になるから、第一王子もまだ未成年だ。でも王族にしか出来ない仕事はたくさんあって、侯爵家に婿入りされた王弟殿下や、お年を召された王太后陛下の御手を借りる事も多いんだとか。
 そのため第一王子と第二王子は、将来政務を行う練習も兼ねて、十歳を過ぎた頃から仕事をいくつか任されているそうで。ラステロくんはそのお手伝いもしているらしい。

 それなのにサボりたいなんてラステロくんは言い出したから、私は思わずムッとしてしまった。

「そういうの、良くないと思うよ。お仕事はちゃんとしないと」
「……シャルラちゃん、怒ってる?」
「ちょっとね。ラステロくんがお仕事をサボったら、その分誰かが困るんだよ? それを考えずにそんなこと言うなんて。私、お仕事をきちんとしない人は嫌い」
「えっ……」
「それに私、補習受けるの楽しみにしてるの。だからまた明日ね、ラステロくん」

 私は一方的に言って、さっさと教室を出た。ラステロくんはショックを受けたみたいな顔をしてたけれど、後悔はしていない。
 言ったのは全部正直な気持ちだし、そもそも私はイールトさんの事が好きなわけで。ラステロくんとデートなんてする気は全くないから、誘われても困るんだ。

(イールトさんはその辺、大人だよね。従者のお仕事は完璧だし、あんなにアルフィール様のために動いてるんだもん。……アルフィール様が羨ましいな)

 今日はずっとラステロくんがそばにいたけれど。私はどうしても、自然とイールトさんを目で追ってた。アルフィール様が快適にお勉強出来るように、イールトさんはずっとそばでお世話していて。その仕草一つ一つも公爵家の従者らしく洗練されたもので、とにかくカッコ良かった。
 仕事に真面目なイールトさんだから、アルフィール様をずっと目で追ってて。必要な時以外、私と目線が合う事もなかったんだ。
 アルフィール様を見る目に恋愛的なものは一切なく、純粋な主従関係だって分かってはいるけれど。それでもやっぱり、好きな人に目を向けてもらえないっていうのは寂しかった。

(早く直接アピールするためにも、頑張らなきゃ!)

 私がイールトさんに近付くためには、まずアルフィール様を助けないといけない。魔物を倒すにしろアルフィール様を守るにしろ、魔法の練習は大事だ。だから私は気合いを入れて補習を受けに行った。

 そうして補習を終えた私は、馬車乗り場ではなく校舎内のとある部屋に向かった。
 学食の近くにいくつかあるサロンと呼ばれるその部屋は、希望すれば貸切にする事が出来るそうだ。周りの目を気にせずのんびりお茶を飲んだり、友人同士で集まってテスト勉強をしたりするのに使われるのだそう。
 そんな小部屋をアルフィール様とイールトさんが借りてくれたので、私は補習終わりに合流する事になっていた。

「アルフィール様、イールトもお待たせしました!」
「シャルラさん、お疲れ様。これでようやく話せるわね」
「お疲れ様です、シャルラ様。どうぞこちらへ」

 サロンには見るからに座り心地の良さそうな、すごく立派なソファセットが置かれていた。優雅に微笑んだアルフィール様の向かいに、私はいそいそと腰を下ろす。
 イールトさんが温かい紅茶を入れてくれて、有り難く思いながら一口飲めば、強張っていた体がホッと緩むのを感じた。

「ごめんなさいね、遅くまで引き止めてしまって」
「いえ、私こそすみません。なかなか一人になれなくて」
「相手はラステロだもの、仕方ないわ」

 アルフィール様は言いながら、円球のガラスで出来た小さな置物をテーブルの中央に置いた。スノードームみたいなそれは、キラリと光の粒を揺らめかせた。

「うわぁ、綺麗ですね。これ、何ですか?」
「防音の魔道具よ。これがあるから、学園内でもゆっくり話せるの」
「ここには私たちしかいないのに、必要なんですか?」
「ええ。わたくしの前世のことわざで、壁に耳あり障子に目ありという言葉があるのだけれど。どこに影が潜んでるか分からないし、風魔法を使えば盗み聞きすることも出来るから」

 影が潜むとかショージニメアリーとか、ちょっとよく分からない話もあったけれど。魔法で盗み聞き出来るっていうのは納得出来る。

 これから話すのはもちろん、第一王子やラステロくんとの出会いイベントに関する事で。アルフィール様の秘密にも関わってくるから、誰かに聞かれるわけにはいかないんだ。特別な魔道具を使うのも当然だよね。

「誰もいないと思ってても、気を抜いちゃいけないんですね。でもそれなら、この前うちで話した時は大丈夫だったんですか?」
「ええ。あの部屋には、元から防音魔法がかけられていたから。貴族家の応接室は大体そうよ」
「そうなんですね」

 そっか。あの部屋は大丈夫なんだ。……って、あれ? 私、リジーと自分の部屋でもお話しちゃってたけど、大丈夫だったのかな⁉︎

 きっと私の顔色は、悪くなってたんだろう。イールトさんが穏やかに声を挟んだ。

「シャルラ様のお部屋も大丈夫ですよ。私がいた時は魔法で防音結界を張ってましたし、リジーも防音の魔道具を持っていますから」

 魔道具は元々、魔力のない人間でも魔法に似た力を使えるようにと作り出された品々だ。リジーが持っているなら間違いなく使ってくれてただろうし、安心出来る。
 それにしても魔法で防音も出来るのか。私も覚えたら便利だろうな。

 ちなみに今、魔法ではなく魔道具を使ってるのは、防音以外にも効果があるからなんだとか。魔法で作る結界シールドに複数の性質を持たせるのはかなり難しいらしく、イールトさんもアルフィール様も練習中なんだって。
 もしラステロくんが学園に戻ってきても、私たちがここにいると知られないようにしてあるそうだ。よく分からないけれど、すごいという事は分かった。

「それでシャルラさん。昨日の殿下とのイベントと今日のこと、教えていただけるかしら」
「はい、もちろんです!」

 第一王子に口止めされてる事は、もちろん黙っておくけれど。それ以外は正直に全部話した。
 ゲームとは違う流れがあった事を改めて確認すると、アルフィール様は考え込むように目を伏せた。

「ラステロのこともあるものね……。ゲームとの違いが、どんどん大きくなってるのかしら」
「それってやっぱり、よくないことなんですか? アルフィール様が死んでしまう未来も変わるなら、良いことだと思うんですけど」
「そこが分からないから困るところなの。予測がつかないとなると、対策の取りようがなくなるから。わたくしとしては、出来る限り変わらない方がいいのよ」

 アルフィール様が恐れているのは、唯一生き残れる王子ルートでも死んでしまう事になったら……という事だろう。その不安は、痛いほど理解出来た。

「ラステロが何を企んでるのか、少し不気味ではあるけれど。どちらにせよ今日と同じようでは、殿下との次のイベントも起こせないわ。明日から、わたくしとイールトで出来る限りラステロを引き離すから、シャルラさんは殿下の出現ポイントに行くようにしてちょうだい」
「分かりました」

 私は大人しく頷いたけれど、内心はヒヤヒヤして仕方なかった。だってあの第一王子とゲーム通りに恋仲になるなんて、天地がひっくり返っても無理だと思うから。

(どうにかして第一王子に協力してもらわないといけないよね。表面上だけでもジミ恋と同じにしてもらえたら、アルフィール様はきっと安心出来ると思うし)

 もうすでにゲームの流れとはだいぶ違ってると思うけれど、何をしてでもアルフィール様を救うって事だけは諦めるつもりはない。
 そこを諦めたら、アルフィール様に真摯に仕えているイールトさんにだって嫌われてしまうと思うから。

 真面目に頑張る二人を裏切るようで居た堪れないけれど。きっと最後は助けてみせるからと気合いを入れて、私は静かに紅茶を飲み干した。
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