ヒロインと呼ばれても〜自称悪役令嬢に王子をお勧めされましたが、私の好みは貴女の従者様です

春日千夜

文字の大きさ
67 / 102
第二章 諦めない70日間

67:心の底から謝りました

しおりを挟む
 パーティーを抜け出して庭に出て。第一王子たちに捕まった私の耳に響いたのは、イールトさんの冷たい声だった。

(知られちゃった……私が話したってこと)

『シャルラ様ですか』
『シャルラ様からお聞きになったのでしょう?』

 周囲の音も温度も、何もかもが消え去って。頭の中を何度も何度も、イールトさんの声が巡る。
 呆然とする私の目の前には、怒りの形相でジェイド様に掴みかかっているイールトさんの姿があって。木の幹に押し付けられ苦しそうに顔を歪めるジェイド様が、私自身に重なって見えた。

(怒ってる……嫌われた。当然だよね。だって秘密を勝手にバラしたんだから……)

 恐怖と絶望とで足の力が抜けていき、涙が込み上がってくる。けれどここで倒れたり、泣いたりしちゃダメだ。

(ここで泣いたら、もっと最低になっちゃう)

 唇をギュッと噛んで、震える肩を掴んで。そうしていたら、急に暖かな何かに包まれて。

「シャルラ嬢、行くぞ」

 気が付けば、第一王子の上着を羽織らされていて。そのまま第一王子に支えられつつ、ただ足だけを動かした。

(行くってどこへ? ああ、そうか。イールトさんに事情を説明しなきゃいけないんだもんね。そして私は……どうなるんだろう)

 連れて行かれたのは、入学当日、第一王子に連れ込まれた空き教室だった。椅子に座らされた私は、まるで断頭台に立っているような気分になった。

 死ぬ運命にあった母さんを助けてくれて、入学準備を色々と手伝ってくれて。アルフィール様はたくさん良くしてくれたのに、私は裏切った。
 どんな言い訳をしても、それは何も変わらない。イールトさんだけじゃなく、アルフィール様も怒るだろう。
 ……ううん、怒るだけで済むんだろうか。

(アルフィール様の希望を、私は奪ったんだ)

 つい先ほど見送った、真っ青な顔のアルフィール様を思い出す。アルフィール様が何をしてでも掴みたかった希望を、私が打ち砕いてしまった。これをアルフィール様にも知られたら、アルフィール様はどうなってしまうんだろう。

(謝って許されることじゃない。必ず助けるなんて、そんな都合のいいことばかり考えて。私はただ、イールトさんを諦めたくなかっただけ)

 私のどこが、心優しく純粋で頑張り屋なヒロインだというのだろう。「私らしくない」とかもっともらしい言い訳をして、自分に都合の悪い考えから目を背けてきた。
 本当の私はこんなに汚くて自分勝手で、逃げてばかりだ。

 終わらない後悔に沈んでいると、不意に肩にかけられていた上着が取り払われた。

「殿下、こちらをお持ちください。後は私のをお貸ししますので」

 イールトさんの声と共に、再び肩にかけられた上着。そこからは、柑橘系の香りがふわりと漂ってきて。

(なんで……?)

 イールトさんの上着を借りる資格なんて、私にはない。驚いて顔を上げると、いつの間にか話は終わっていたようで。教室を出ようとする第一王子とジェイド様を、イールトさんが見送ろうとしていた。

「ミュランには私からうまく伝えておく。鍵は明日返してくれ。馬車の手配もしておくから、話を終えたら送ってやるといい」
「ありがとうございます」
「イールト。シャルラ嬢をあまり責めるなよ。殿下も僕たちも、話してもらえて感謝してるんだ」
「お気遣いありがとうございます。ですがご心配なく。心得ておりますので」
「えー、二人きりにする気なの? ボク、シャルラちゃんが心配だな。ゼリウスも残りたいよね?」
「俺はシャルラ嬢の気持ちを優先する。お前と一緒にするな」

 去っていく第一王子とジェイド様に、イールトさんは頭を下げて。渋るラステロくんをゼリウス様が引っ張って消えていった。
 二人きりになると、イールトさんは静かに扉を閉めて鍵をかけた。

「シャルちゃん、寒くない?」

 あまりに穏やかに問いかけられて、何と答えていいのか分からない。気まずくて思わず俯いてしまったけれど、私が言うべきことは一つしかないんだ。

「……ごめんなさい」
「ん?」
「ごめんなさい。私……勝手に話しました」

 謝っても取り返しはつかないし、ただ私の中にある罪悪感を吐き出す事にしかならない。許される事じゃないんだから、謝られたってイールトさんも困るだろう。それでも、言い訳じみた言葉は止まらなくて。

「アルフィール様のことを見捨てたわけじゃないんです。殿下は最初からアルフィール様のことしか見てなくて、出会いイベントも本当は失敗していて。もっと早くに話すべきだったし、私一人で勝手なことをするべきじゃないって分かってたけど、でも私……」
「そうだね。まさかシャルちゃんが話すとは思わなかった。正直、ショックだったよ」

 私の前に立ったイールトさんの言葉に息を飲む。その声は特に冷たいわけでもなく淡々としたものだったけれど、それがかえって恐ろしかった。

「ごめ……なさい」

 ずっと堪えてた涙が、堰を切って溢れ出す。泣いちゃいけないって何度も言い聞かせて涙を拭っても、全然止まらなかった。
 そうしたら、イールトさんが膝をついて涙に濡れた私の手を握ってきた。

「そんなに目を擦ったら腫れるよ」
「でもこんなの、卑怯だから」
「それなら俺も卑怯だよ」
「……え?」

 何を言われてるのか分からずに、鼻をすすった。顔を上げれば、イールトさんはどうしてか、困ったように眉を下げながらも微笑んでいて。

「俺はお嬢様にお仕えしてるんだから、本当なら裏切ったシャルちゃんを怒るべきだ。でも俺は、そういう気になれないから」
「……どうしてですか」
「悔いても嘆いても、知られてしまったことはどうにもならない。シャルちゃんを責めても仕方ないだろう?」

 どうしてこんな時にも、イールトさんは優しいんだろう。慰めるように微笑まれると、胸が痛んで苦しかった。

「でも私は、アルフィール様の唯一の希望を潰したんです」
「そうだね。だからこれから償おう。俺と一緒に」
「償う? イールトさんと?」
「シャルちゃんはお嬢様を見捨てるつもりじゃなかったんだろう? それならちゃんと、最後までやらなきゃ」
「最後までって……イールトさんも、手伝ってくれるんですか?」
「もちろん」

 真っ直ぐに私を見つめて言うイールトさんの目は、真剣なもので。まさかこんなにあっさりと、私のしでかした事を受け入れてもらえるなんて信じられなかった。
 そんな私の気持ちを読み取ったかのように、イールトさんは苦笑を浮かべた。

「俺もね、本当は諦めたくなかったんだよ。この二ヶ月、俺がどんな想いでシャルちゃんを見ていたか知らないだろう?」
「どんなって……」
「今はまだ言えない。でも、俺の本音を言えるように、俺にも協力させてほしいんだ」

 イールトさんの本音を言えるように? それって、まさか……。

「イールトさん、もしかして私のこと」
「それ以上はダメだよ、シャルちゃん」

 言いかけた私の言葉を、イールトさんは以前のように指先で止めた。

「こうなったなら、俺だってもう諦める気はないよ。でもだからって、すぐに言うわけにはいかないんだ。お嬢様にお仕えする身として、俺はケジメをつけなきゃいけないから」

 ケジメを付ける……つまり、アルフィール様をきちんと助けるまでは、気持ちを表には出さないって事だろう。それは私も同じ気持ちだ。
 今まではただ、イールトさんを諦めたくないって気持ちだけでいっぱいだった。でも今は、本当の意味で自分が何をしてしまったのかを感じている。
 だからアルフィール様がどうなっちゃうか分からないままじゃ、罪悪感でいっぱいで。もしイールトさんと気持ちが通じ合っても、純粋に喜ぶ事なんて出来そうになかった。

「だからシャルちゃん。俺と一緒に頑張ってくれないかな」

 唇に当てられていたイールトさんの指が離れていく。私は深く息を吐いて頷いた。

「もちろんです。もし全部ちゃんと終わらせられたら……その時は、私の気持ちを聞いてもらえますか?」
「それは約束出来ないな」
「え……」
「このままシャルちゃんに全部先を越されるなんて、俺は嫌なんだよ。シャルちゃんはずっと一人で頑張ってきたんだから、次は俺から先に言わせて」
「イールトさん……」

 こんな風に言ってもらえるなんて、想像もしてなかった。イールトさんは本当に、私を許してくれるの?

「もう一人で勝手に動いちゃダメだよ。俺にちゃんと相談してね。これからは俺も共犯者なんだから。いい?」
「……はい。必ず言います。イールトさん……ありがとう」
「どういたしまして」

 またポロポロと勝手に涙が溢れ出したけれど、私が顔を覆う前にイールトさんに抱き寄せられた。シャツの染みになっちゃうのに、イールトさんがギュッと抱きしめてくれたから、私は子どもみたいに声を上げて泣いた。
 私の髪を優しく撫でながら、イールトさんは耳元で「俺を諦めないでくれてありがとう」と囁いてくれた。

 いくらイールトさんが許してくれたからといって、私がやってしまった事は何も消えてない。でも冷え切った心と体がじんわりと温まっていくのを感じて、ここを終わりじゃなく始まりにしようと、強く強く思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...