ヒロインと呼ばれても〜自称悪役令嬢に王子をお勧めされましたが、私の好みは貴女の従者様です

春日千夜

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第二章 諦めない70日間

66:嫌いになんて(イールト視点)

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 ホールから少し離れた空き教室を、ラステロ様が残していった魔法の光が柔らかく照らす。未だ続くダンスパーティーの音楽が、窓辺から微かに響いてくる。
 さすが王子殿下というべきか、空き教室の鍵を持っているという事で、俺たちは庭から移動していた。

「つまり……俺はうまく乗せられたということですか」

 部屋の中にいるのは、俺とシャルちゃん、王子殿下とジェイド様の四人だけだ。ラステロ様とゼリウス様は廊下に立ち、邪魔が入らないようにしてくれている。
 話を聞いて項垂れた俺に、向かいに座るジェイド様が苦笑した。

「そうなるね。予想以上の結果になったが」

 具合の悪そうなシャルちゃんもいるし立ち話もなんだからと、ここへ連れてこられたのだが。聞かされた話は、思いがけないものだった。

 曲順を変えた理由は俺の予想していた通り、お嬢様が不動の婚約者であると示すという意図もあるにはあったが、それはあくまで付随する事柄で。王子殿下としては、お嬢様と二曲連続で踊りたいという純粋な欲求を優先させただけだった。
 そしてシャルちゃんとのダンス中に急に踊り方を変えたのは、お嬢様に仲の良さを知らせるためだけでなく、俺を煽るためでもあって。ジェイド様が俺の話に付き合って庭に出たのも、俺がシャルちゃんをどう思っているのか確かめるためだったらしい。
 とはいえそれがきっかけで、シャルちゃんから情報が流れている事を気付かれるとは思わなかったようだが。

「だからラステロ様とゼリウス様が、シャルラ様をダンスに誘ったんですね」
「いや、あれは違う。自由にしていいと殿下は仰っていたが、それだけだ。もちろんシャルラ嬢も、これに関与はしていない」

 ラステロ様たちは、純粋にシャルちゃんと踊りたかっただけらしい。それがお嬢様が取り乱す事に繋がったわけだが、どうやらそれも想定外の出来事だったようだ。

「あの場にシャルラ様がいたのは偶然だったと?」
「そうだよ。僕も気付いたのは、ラステロがシールドに干渉してからだ」
「シールドに干渉? そんなことが出来るんですか」
「ラステロだけだけどね。かなりの魔力と繊細なコントロールが必要らしいよ。……殿下、シャルラ嬢も僕とイールトの話を聞いてたんですよね?」
「ああ。イールトが掴みかかる少し前……シャルラ嬢から聞いたのかと、ジェイに問い質していた辺りからだな。シャルラ嬢とはダンスの後別れたが、庭に出ていたようでね。たまたま近くにいたから、そのまま一緒にいただけだ」

 未だ青ざめたままのシャルちゃんは、王子殿下の上着を羽織らされ、ぎゅっと拳を握りしめて座っている。その隣の机に寄りかかっている殿下の言葉に、俺はため息を吐きたくなった。

「分かりました。ですが、なぜ俺の気持ちを知る必要が?」

 あえてシャルちゃんには目を向けず、殿下を見据え問いかける。殿下は肩をすくめ、淡々と応えた。

「シャルラ嬢に任せるだけでは心許なかったからだ」
「シャルラ様に任せる? 何をさせるおつもりだったんですか」
「君しか知らない情報を引き出したかった。アルフィールが亡くなる時の詳細までは、シャルラ嬢は知らないのだろう?」
「そうですね。大まかなことしか」
「君もアルフィールも、私には何一つ明かしてくれなかった。ならばそれを聞き出せるのはシャルラ嬢だけだ。だが、聞き出すよう言い含めてから何週間と経つのに進展が見られなくてね。それで君が彼女をどう思っているのか、確かめようと考えたんだ」
「もしシャルラ様への好意が認められれば、それを利用したということですか」
「そう睨むな。もうそんなことは考えていない」

 話を聞く限り、シャルちゃんが明かしたのはほんの一部のみ。お嬢様の前世やジミ恋について、殿下以外の攻略対象については話していなかったようで。
 お嬢様は自身が亡くなる未来を予知し、その解決策として殿下の婚約者を下りたがっていると伝えていたらしい。

(だからシャルちゃんは、あの時俺に聞いてきたのか。奇妙なご褒美も、これを聞くためだったんだな……)

 誰にも言わないと約束していたにも関わらず、お嬢様の秘密を勝手に殿下に明かしてしまった事。そして、殿下とお嬢様との接点作りにシャルちゃんが関わっていた事も分かり、ショックを受けた部分もある。
 だが俺は、シャルちゃんが一人で頑張り続けていたのかと思うと、怒る気にはなれなかった。

(お嬢様に忠誠を誓ったというのに。俺は従者失格だ)

 自嘲の笑みが溢れそうになるが、正直に言えば肩の荷が下りたような気がしていた。
 王子殿下の協力を得るべきだという話は、俺も何度かお嬢様にした事があった。だがその都度、お嬢様は頑なに拒否されて、その理由も納得出来るものだったから俺も諦めた。
 けれどお嬢様だって、助けを求められるならそうしたいと思っていたはずなんだ。

(お嬢様があんなに嬉しそうに笑ったのを見たのは、あの時が初めてだった)

 思い出すのは、子猫を通じて殿下と過ごされていたお嬢様の笑顔だ。お嬢様が本当は殿下を心からお慕いされていることは、俺が誰より知っている。
 色々と問題は山積みだが、結局こうして知られてしまったのだから、もう隠す意味はない。俺から言うわけにはいかない事もあるが、こうなれば殿下のお力を最大限にお借りするべきだ。

(殿下に訴え出るなんて、一歩間違えればシャルちゃん自身が消されてたかもしれないんだ。それなのにたった一人で、殿下を味方に付けた。シャルちゃんがここまでやったのに、俺が何もしないなんてカッコ悪すぎる)

 今にも泣きそうで、でも泣かずに気を張っているシャルちゃんが、愛おしくて仕方ない。俺を諦めきれずに頑張ってくれてたなんて知って、嬉しくないわけがなかった。

(シャルちゃんはきっと俺が怒ると……俺に嫌われると思ってるんだろうな。嫌いになんて、なるわけがないのに)

 落ち込むシャルちゃんをどう慰めようか。今までの頑張りをどう労おうか。殿下やジェイド様の話を聞きながらも、そればかりが俺の頭を巡っていた。
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