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1巻
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「ッく、狭いな」
イリアスは顔を歪ませながらさらに奥へと押し進ませる。額から滴り落ちる汗が私の頬を伝う。
それは私の涙をそっと隠してくれた。
イリアスの汗と私の涙が合わさって頬を伝い落ちたと同時に奥深くで繋がり合った。
「クッ! ミレイナ、苦しくないか?」
彼自身も辛いくせに珍しく労ってくる。
王城で私がコケても気にもしなかったのに、突然人が変わってしまったのかしら?
汗で張り付いた髪の毛を優しく払ってくれた。
彼の仕草に切なくなる。ギュッと彼の背中に抱きついて首を横に振る。
「少しだけ。少しだけ痛いけど大丈夫よ。イリアス様こそ、お辛くはないですか?」
私も恐らく初めて彼を労わる言葉を言った気がする。
それにイリアスも気づいたのか、少し驚いたようだ。
「俺も大丈夫だ。……動いていいか?」
はいと小さく答えると、イリアスは労りながらゆっくりと引き抜いていく。
狭い中が引き攣れて痛み、顔が歪む。
「っツ」
イリアスは私の声を敏感に察知した。抜きかけていたのを止めて声をかけてくれる。
「本当はすごく痛いのだろう? 和らぐまで待ってやる」
優しい言葉にフルフルと首を振る。
「大丈夫ですわ。こうしてあなたとひとつになれて嬉しいの。だから少しくらい痛くても平気」
痛みを我慢しながらも微笑んで言うと、彼は繋いだ手をギュッと強く握ってくれる。
「お前はッ。どうしてこういう時だけッ、くそっ! 少しでも痛くないようにしてやる」
イリアスの肉棒が私の言葉を聞いたからなのか、一段と中で大きくなる。
圧迫感が増し、先ほどより痛みもひどくなったけれど、イリアスにギュッと抱きついて気を逸らそうとした。
再びゆっくり抜かれていく。そしてギリギリのところまでいくとまたゆっくりと奥へと挿入される。私が痛みを感じなくなるまで、イリアスは何度も辛抱強く繰り返した。
顔を顰めていた私を見て、イリアスは自分の指を少しだけ舐め、秘所の少し上にある小さなマメを擦る。
「ふぁっ」
クリュックチュ。
そこを摩られると、痛みと共に小さな悦楽が体を支配する。
痛いのに気持ち良くてわけがわからなくなりそうだ。
「アッあ、ん。んぁ」
しばらく続いた痛みが消え、自然とつやめいた声に変わる。
イリアスはすぐにそれを感じ取り、少しずつ抽送を早めていく。
「あぁ、アアン。アッン。んんぁ」
私の声が完全に嬌声に変わる時、イリアスの抽送がより激しいものへと変わった。
パチパチと皮膚がぶつかり合う音と、グチュ、グチャと混ざり合う蜜の音。
そして私の嬌声とイリアスの熱い吐息。
私の腰に手を当て、イリアスは何度も自分の腰を打ち付けていく。
「もうッ、痛くないだろう?」
そう聞かれるも、ただ頷くしかできない。
話したくても襲ってくる快楽に、喘ぎ声しかでなかった。
「あぁっあぁんっあぁ!」
一心不乱に高みに昇りつめる。
「ミレイナッ、ミレイナッ!」
イリアスは激しく腰を振りながら、ツンと上に向く胸の先端を片方は指で押し潰したり弾いたりする。片方はパクリと口に含んで、ペロペロと舐めた。
胸の刺激がとても気持ち良くてついアソコがキュンとしてしまう。
そのたびに中が締められるのかイリアスはより官能的に顔を歪める。
「あぁ、ミレイナ! 俺の、俺だけの! ッ出すぞ!」
戯言のように呟いたイリアスの動きはより一層激しさを増して、私の最奥に精を吐き出した。
「あぁ! あぁあ! イリアぁッスさまぁ!」
ドクドクと中に出され、熱いもので満たされていく。
とうとうイリアスにバージンを捧げてしまった。
足の間からは白濁液と赤い血が混じりお尻を伝う。
私は余りにも激しい行為に、ふらりと目の前が真っ暗になり、そこで意識を手放してしまう。
最後に見えたのは優しく微笑んでいるイリアスの笑顔だった。
◇ ◇ ◇
俺は意識を失ったミレイナの体を優しく労わりながら拭きあげていく。
しっとりと汗で頬にはりついた髪をどける。
うっすらと赤みを帯びた頬は先ほどの行為中の表情を思い出させた。
その柔らかな頬を抓る。
「俺の前で挑発するから悪いんだ」
強く抓っても起きないミレイナ。
そんなミレイナにはぁとため息がこぼれる。
「とりあえず一眠りしてまた明日来るか」
綺麗になったミレイナの隣で横たわりギュッと強く抱きしめ、俺もまた眠りについた。
そしてまだ日の出前に俺は娼館ルージュを後にした。
第二章 殿下は足繁く通われています。
カーテンの隙間からさす光が眩しくて、静かに目を覚ます。
「んー。ん? どこ? ここ?」
微睡む目を擦りながら、むくりと上体を起こす。いつも寝起きしていた部屋とは間取りも家具も随分と違う。
「どこよ、ここ? ……あぁそうだったわ」
部屋の変わりように寝ぼけまなこもすっかり冴えた。同時に、自分が昨日のことを思い出す。
「ッ!!」
そして昨夜イリアスに純潔をあげたことも思い出し、途端に恥ずかしくなる。
「そうだったわ! 昨日はイリアス様と!」
昨夜の一部始終を思い出して熱くなった頬を覆うように両手で顔を隠して身悶える。
始めはこんなところでと思って拒んだけれど、今は最後までできてよかったと思う。
「うん。昨日のことは思い出にしましょう。一生忘れないわ」
嫌われているはずなのに、イリアスは昨夜の情事で私をとても大切にしてくれた。
痛がる私を辛抱強く労ってくれた。
彼がこんなに優しく抱いてくれるなんて。
「はぁ……どうして私娼婦になったのよ」
三角座りになるとズキリと腰が痛くなった。
自分の膝に顔を置く。
もう少し早く記憶が戻っていたらいじめたりなんかしなかったし、わがままだって言わなかった。
もっとイリアスに寄り添えば、今頃もっといい関係になれていたかもしれないのに。
「無理ね。だってミレイナは気性の激しい女だもの」
前世の記憶が戻ったところで、この負けず嫌いと高飛車は恐らく変わらないだろう。
少しでも傲慢さが薄れたらそれで充分だ。
「……イリアス様はなぜ私を抱いたのかしら」
娼婦行きにした張本人なのに。
今まで散々わがままを言われたから、恨み辛みをはらすために私を抱いたのだろうか。
「それにしては優しかったわ」
またイリアスとの情事を思い出し顔が火照り出す。
一人で狼狽えていたけれど、ハッとしてまた落ち込んでしまう。
「イリアス様はここには二度と来ないわよね。それに私は今日から娼婦としていろんな方と……」
想像をして怖くなる。ここでお金を稼いでイリアスに返すと決めたけれど、好きでもない人とすることに躊躇いがないわけではない。
はっきり言えば嫌だ。
イリアス以外と褥を重ねるなんて考えただけでも鳥肌が立つ。
それでもここで頑張ると決めたから。
だから少しでも考えないようにって、頭の隅に追いやっていた。
だけど昨日イリアスに抱かれたことで私の心はイリアス以外の男を拒もうとする。
「ミレイナ。たかが体だけ。自分の心は誰にも汚されない。私の心は私だけのものよ」
自分にそう言い聞かせないと、すぐにでもこの部屋から飛び出したくなる。
「ミレイナ様。おはようございます」
その時トントンと扉がノックされ、キャリアが入ってくる。
「キャリア、おはよう!」
キャリアは恭しく頭を下げた。
「ミレイナ様。今日はこの屋敷のご案内と今後のお話がありますので、午後にライラ夫人がお訪ねになります。午前中はお体がお辛いでしょうし、このままこちらでお休みください。ご朝食をお持ちしましたのでどうぞ」
そう言ってサービングカートにのせた朝食を部屋まで持ってきてくれる。
「ありがとう!」
キャリアの言う通り、主に腰が痛くて歩くのが辛い。前世でも未経験だ。
本当にイリアスが最初の相手。
前世で耳かじっていたけれど、初体験の次の日は節々が痛いというのは本当だったみたい。
痛む体を我慢しながらなんとかソファまで辿り着く。
キャリアが持ってきた朝食は、クロワッサンとスクランブルエッグとサラダ。シンプルだけど美味しそうだった。
お腹がぐぅとなって咄嗟にかかえる。
チラリとキャリアを見るとプルプル震えていて、今にも吹き出しそうだった。
「笑うなら笑ってくれてもいいわよ」
キャリアは笑いを堪えながら、てきぱきと朝食をテーブルの上に置いていく。
「ミレイナ様はなんというか、ご令嬢らしいようでらしくないというか」
キャリアはカトラリーを用意しながら言う。
「なぁに。そんなにがさつに見えるかしら?」
腰に手を当てて言えば、キャリアは私が怒ったと思ったのか、慌てて頭を深く下げた。
「とんでもございません! すみません! 不快に思われたのなら謝ります」
慌てたキャリアを見ながらぷぷっと吹いて笑う。
「大丈夫よ。怒ってないから。お腹すいたわ! さぁて食べましょう。ありがとうキャリア! いつもキャリアが運んでいるの?」
テーブルに置かれた朝食プレートからクロワッサンを取り、一口大にちぎって齧る。
「はい。お嬢様の食事は私が提供しています。この屋敷にはお嬢様達とライラ夫人、それから料理人と掃除夫しかいません。ですから、お髪をといたり、お身体を清めたりはご自身でしていただきます」
「あまり人がいないのね。わかったわ。その、……お嬢様達は何人いるのかしら?」
「お嬢様はミレイナ様を合わせて十三人でございます」
「そんなにいるの!?」
驚いてスプーンで掬ったスクランブルエッグをお皿にこぼしてしまう。
「ええ。いろいろ事情があるお方ばかりです」
「そうなの」
いろいろな事情ね。
領地経営が難しく、困窮して首が回らなくなった家から売られた娘。
あまりにも素行が悪くて勘当された娘。
なんだか複雑な気分になる。
「どのお嬢様も始めは悲しんでおられましたが、皆素敵な旦那様にお身請けされて幸せにここを発たれています。だからミレイナ様、そんな悲しいお顔をなさらないで」
キャリアが膝をついて私の手を取る。
悲しそうに私の顔を見上げていた。
私はできるかぎり優しく笑ってキャリアの小さな手を握った。
「私は大丈夫よ、平気」
「ミレイナ様」
今にも泣き出しそうなキャリアをソファから下りて抱きしめる。
まだまだ幼い子が、この屋敷でどれだけ嫌なものを見てきたのだろう。
触れた手はカサカサで抱きしめた体はあまりに細すぎる。
まだ出会ったばかりだけど、この小さな女の子を守ってあげたい。
他のお嬢様の元にも朝食を運ぶからとキャリアはまだ赤い目をして部屋から出ていく。
キャリアが部屋から出た後、少し冷めてしまった朝食をポツリポツリと食べ始めた。
朝食を食べ終えてから、浴室で腰を痛めつつ初めて一人で顔を洗った。髪の毛は自分でどうすることもできず巻くのをやめた。サラサラのストレートヘアになって昨日までの自分とだいぶ印象が変わったなと鏡をマジマジと見つめた。
ドレスはここに来た時に着ていたものしかなかったから、仕方なく同じものを着る。けれど初めて一人で着るドレスに苦戦し、最終的に背中のホックが留められず諦めた。
背中が開きっぱなしでもしばらくは誰も見ることはないでしょ。
そして今に至る。
身の支度だけで疲れきった私は午前中ベッドでダラダラと過ごした。
昨日までは朝早く起きてお父様とお母様と朝食を頂いた後、すぐ王城に行きイリアスの後を追いかけ回していた。
執務中だろうが休憩中だろうが、どこでもついて回った。
もちろん怠けてばかりではマナーもダンスも下手になるから、それなりに教育係をつけてもらって励んでいた。
「イリアス様に無理やりダンスのお相手をさせていたわね」
忙しい彼を引っ張り出して相手をしてもらい、アーノルドに彼の仕事を押し付けた。
「彼女の名前はなんて言ったかしら?」
イリアスと目が合って頬を染めた侍女がいたが、嫉妬を覚えた私は、後でその侍女を呼び出してキッチンから持ってきた玉ねぎの皮を大量に投げつけて罵り、その場で解雇した。
「なんて最低な女なのかしら、私」
自分自身に呆れてしまうが、思い出しただけでも侍女にまたムカムカする。
「今更嫉妬してもどうしようもない。これからそんなことたくさん起こるわ。彼はもう私の婚約者じゃないのに」
はぁとため息をついて目を瞑り、時間が来るまで眠りについた。
「ミレイナ。起きなさいな」
スヤスヤと眠っていた私をライラ夫人が起こす。私は目を擦りながらライラ夫人を見た。
「キャリアに屋敷を案内させるつもりだったけれど、夕方から旦那様がお見えになるわ。とりあえず先にルージュの説明をするわよ」
その言葉で一気に覚醒する。
「昨日に続いてまたすぐにお仕事なんですか……?」
昨日はイリアスだったけれど、今度こそ……
心の整理がつかないまま誰かに抱かれるのかと思うと、途端に体が強張る。
「安心しなさい。昨日と同じ旦那様よ」
ライラ夫人はニヤリと不敵に笑う。
私は安堵したものの、イリアスがまた来ることに驚いた。
「い、イリアス様が来るんですか!?」
私の言葉を聞いたライラ夫人は片眉を吊り上げ、持っていた扇子を勢いよく私の手に振りかざす。
「イタッ」
「ミレイナ。お前は昨日来たばかりで仕方ないけれど、今日からきちんとこのルージュの掟に従いなさい。ここに来られる方の呼び名は皆旦那様。決して名前で読んではいけないよ。いいね?」
「はっ、はい」
ライラ夫人の威圧に気押され、コクコクと頷いた。
「さぁ、さっさとこちらに来なさい。ルージュの館の説明をするわよ」
ライラ夫人は納得したのか、ソファの方に向かった。
私も慌ててベッドから下りてライラ夫人を追う。
ローテーブルにはすでにティーセットと書類が置かれていた。ライラ夫人が綺麗な指でカップを持ち上げ、コクリと一口飲む。
「もうすでにこの屋敷名は知っているわね。ここは王侯貴族専門サロン、ルージュ。表向きはサロンとして届けているわ。でもここが高級娼館というのは誰もが知っているわ。知らないのはそうね、あなたみたいな箱入りのお嬢様達くらいかしら」
たしかにここに来るまでルージュのことは知らなかった。
だけど私をここに送り届けたアーノルドはライラ夫人と顔見知りだったし、娼館送りにしたイリアスはもちろん存在を知っていたのだろう。
「ここにいる旦那様のお相手をする娘達はみんな家にいられなくなった貴族の子女達ばかり。揉め事を起こさず、この部屋からはなるべく出ないこと、それから石鹸などの必需品に関しては全てキャリアに言いなさい。着るもの以外はキャリアが全て届けてくれるわ。ドレスや宝飾類に関してはここに通われる旦那様から頂戴なさい」
貴族専門の娼館。高級な石鹸を必需品として頼んでもいいのは流石というべきか。
「どうして旦那様からなんですか? 家から持ってきてはダメなんでしょうか?」
「ダメよ。だって必需品は手に入る、着るものも実家から送られてくるとなれば、旦那様のお相手なんてしたくなくなるでしょう? あなた達貴族に生まれた女は皆着飾るのが当然のはず。だからこそ旦那様に貢いでもらえるよう頑張れるんじゃない」
確かにライラ夫人の言っていることは当たっている。
貴族に生まれた女は皆、子供の頃からいかに着飾ることが大事かを刷り込まれている。
貴族の娘という矜恃に縛られ、必死になって旦那様におねだりをするのだろう。
「きたないシステムね」
私は気に食わなくて思わずボソリと呟いた。
「それで旦那様がお金を落として経済を回すのだからよいのではなくて?」
私の呟きを耳聡く聞いたライラ夫人は勝気に言い返した。
目の前に座るライラ夫人に言い返せなくてつい睨みつけてしまう。
この目の前にいる夫人は、見たところ四十もいっていないように見える。ドレスから今にもこぼれ落ちそうな胸はしっとりとしていて年齢を感じさせない。
同じ女のはずなのに、なぜか彼女はここに来る旦那様達の味方のような口ぶりだ。
まぁ、お金を落としてくれればこのライラ夫人に入るお金も増えるからだろうし、経営者としては当たり前なのかもしれない。
「噂は耳にしていたけれど、実際はそこまで傲慢なお嬢様じゃなくてよかったわ。これからよろしくね。ミレイナ」
こんなところまで私の噂は広まっているのかと内心辟易しながら、ライラ夫人に微笑み返した。
「とりあえず今説明した分はこの書類に全て綴っているわ。目を通してここにサインを頂戴。旦那様が来るから早く用意しないといけないの、さっさとサインして」
ライラ夫人の言葉に、昨日のイリアスを思い出し頬に熱が溜まる。
少しでもお手入れに時間をかけたい。私は書類を簡単に流し読みしてからサインをした。
「フフッ。じゃあ旦那様が来るまでゆっくり丁寧にお手入れしなさいな」
書類を手にしたライラ夫人が笑顔で言う。一瞬もっとちゃんと読めばよかったかと思ったけれど、イリアスのことで頭がいっぱいになってすぐに気を逸らした。
ライラ夫人が退室した後、慌てて浴室に駆け込んだ。
昨日初めてを経験したばかりでまだアソコがヒリヒリと痛む。
本当なら今日はしたくない。だけどもう来てくれないと思っていたイリアスが来てくれるなんてこんなに嬉しいことはない。
嬉しくて慣れない手つきで念入りに体を洗い上げていった。
そうして時を待たずしてイリアスが私の部屋に訪れる。
早すぎるイリアスの訪問に、どうしようかとおろおろした。
「ミレイナ、そんな姿でうろつくな。ここが娼館だとわかっているのか? 客が来たらすぐにベッドに押し倒されるぞ」
「いえ、あの髪の毛がうまく拭けなくてッ、それで……というかイリアス様、随分お早いのね」
そう言う間にも髪から滴がポタポタと胸の隙間に落ちる。
イリアスは私の持っていたタオルを奪うと強引に私の頭を拭き出した。
イリアスは黙々と無骨な手で私の髪を拭きあげる。巻いていない髪は乱暴に拭かれてもサラサラに保ったまま。
私はそんなイリアスを下から覗き込む。
イリアスは口をへの字にして、何かを堪えるように無言で拭く。嫌ならしなければいいのに。
しっかり拭き終えると、私をソファに座らせ、彼もまたその隣に座る。
「もうそろそろ懲りただろ。いい加減、一言謝ればこのまま連れて帰ってもいいぞ」
イリアスが単刀直入にはっきりと私に言う。
そして隣に座る私の反応を窺ってくる。
ここまで言えば泣きついて一緒に帰ると言うと思っているのだろう。
返事を待っているイリアスに私は下を向いて肩を震わせた。
イリアスが私に触れようとした時――
「どうして私が謝らないといけないんですの? 反省はもちろんしております。ですのでここで償うって昨日言いましたわよね。わたくし」
ギュンと勢いよく横に向いて、片眉を吊り上げながら言った。
彼は失念していたのだろう。私が、ドがつくほどの負けず嫌いだということを。
私はイリアスの上から目線の態度に怒りが爆発しそうだった。
連れて帰ってもいいぞ、ですって?
一言謝れば、ですって?
どうして私がイリアスに謝らないといけないの! 謝るならピンク頭にですわ!
ええ、確かに今までの行いを、悔い改めてイリアスに謝罪をするのは当たり前。
当たり前でも、謝れと上からの物言いは私の矜恃が許さなかった。
前世の記憶が蘇り己の性格を見直しはしたが、十数年ミレイナとしてやってきた性格はそう簡単には変えられない。
己がしたことは悪いことだとも、自分の性格が傲慢で負けず嫌いなことも、重々承知だ。
それでもふとした瞬間に、私は今までのミレイナ・ルーティアスに戻ってしまう。
分別がつくようになっただけで私はミレイナ・ルーティアスなのだ。
「私は帰りません。昨日から娼婦になりました。私は絶対に帰りませんからね!」
イリアスは顔を歪ませながらさらに奥へと押し進ませる。額から滴り落ちる汗が私の頬を伝う。
それは私の涙をそっと隠してくれた。
イリアスの汗と私の涙が合わさって頬を伝い落ちたと同時に奥深くで繋がり合った。
「クッ! ミレイナ、苦しくないか?」
彼自身も辛いくせに珍しく労ってくる。
王城で私がコケても気にもしなかったのに、突然人が変わってしまったのかしら?
汗で張り付いた髪の毛を優しく払ってくれた。
彼の仕草に切なくなる。ギュッと彼の背中に抱きついて首を横に振る。
「少しだけ。少しだけ痛いけど大丈夫よ。イリアス様こそ、お辛くはないですか?」
私も恐らく初めて彼を労わる言葉を言った気がする。
それにイリアスも気づいたのか、少し驚いたようだ。
「俺も大丈夫だ。……動いていいか?」
はいと小さく答えると、イリアスは労りながらゆっくりと引き抜いていく。
狭い中が引き攣れて痛み、顔が歪む。
「っツ」
イリアスは私の声を敏感に察知した。抜きかけていたのを止めて声をかけてくれる。
「本当はすごく痛いのだろう? 和らぐまで待ってやる」
優しい言葉にフルフルと首を振る。
「大丈夫ですわ。こうしてあなたとひとつになれて嬉しいの。だから少しくらい痛くても平気」
痛みを我慢しながらも微笑んで言うと、彼は繋いだ手をギュッと強く握ってくれる。
「お前はッ。どうしてこういう時だけッ、くそっ! 少しでも痛くないようにしてやる」
イリアスの肉棒が私の言葉を聞いたからなのか、一段と中で大きくなる。
圧迫感が増し、先ほどより痛みもひどくなったけれど、イリアスにギュッと抱きついて気を逸らそうとした。
再びゆっくり抜かれていく。そしてギリギリのところまでいくとまたゆっくりと奥へと挿入される。私が痛みを感じなくなるまで、イリアスは何度も辛抱強く繰り返した。
顔を顰めていた私を見て、イリアスは自分の指を少しだけ舐め、秘所の少し上にある小さなマメを擦る。
「ふぁっ」
クリュックチュ。
そこを摩られると、痛みと共に小さな悦楽が体を支配する。
痛いのに気持ち良くてわけがわからなくなりそうだ。
「アッあ、ん。んぁ」
しばらく続いた痛みが消え、自然とつやめいた声に変わる。
イリアスはすぐにそれを感じ取り、少しずつ抽送を早めていく。
「あぁ、アアン。アッン。んんぁ」
私の声が完全に嬌声に変わる時、イリアスの抽送がより激しいものへと変わった。
パチパチと皮膚がぶつかり合う音と、グチュ、グチャと混ざり合う蜜の音。
そして私の嬌声とイリアスの熱い吐息。
私の腰に手を当て、イリアスは何度も自分の腰を打ち付けていく。
「もうッ、痛くないだろう?」
そう聞かれるも、ただ頷くしかできない。
話したくても襲ってくる快楽に、喘ぎ声しかでなかった。
「あぁっあぁんっあぁ!」
一心不乱に高みに昇りつめる。
「ミレイナッ、ミレイナッ!」
イリアスは激しく腰を振りながら、ツンと上に向く胸の先端を片方は指で押し潰したり弾いたりする。片方はパクリと口に含んで、ペロペロと舐めた。
胸の刺激がとても気持ち良くてついアソコがキュンとしてしまう。
そのたびに中が締められるのかイリアスはより官能的に顔を歪める。
「あぁ、ミレイナ! 俺の、俺だけの! ッ出すぞ!」
戯言のように呟いたイリアスの動きはより一層激しさを増して、私の最奥に精を吐き出した。
「あぁ! あぁあ! イリアぁッスさまぁ!」
ドクドクと中に出され、熱いもので満たされていく。
とうとうイリアスにバージンを捧げてしまった。
足の間からは白濁液と赤い血が混じりお尻を伝う。
私は余りにも激しい行為に、ふらりと目の前が真っ暗になり、そこで意識を手放してしまう。
最後に見えたのは優しく微笑んでいるイリアスの笑顔だった。
◇ ◇ ◇
俺は意識を失ったミレイナの体を優しく労わりながら拭きあげていく。
しっとりと汗で頬にはりついた髪をどける。
うっすらと赤みを帯びた頬は先ほどの行為中の表情を思い出させた。
その柔らかな頬を抓る。
「俺の前で挑発するから悪いんだ」
強く抓っても起きないミレイナ。
そんなミレイナにはぁとため息がこぼれる。
「とりあえず一眠りしてまた明日来るか」
綺麗になったミレイナの隣で横たわりギュッと強く抱きしめ、俺もまた眠りについた。
そしてまだ日の出前に俺は娼館ルージュを後にした。
第二章 殿下は足繁く通われています。
カーテンの隙間からさす光が眩しくて、静かに目を覚ます。
「んー。ん? どこ? ここ?」
微睡む目を擦りながら、むくりと上体を起こす。いつも寝起きしていた部屋とは間取りも家具も随分と違う。
「どこよ、ここ? ……あぁそうだったわ」
部屋の変わりように寝ぼけまなこもすっかり冴えた。同時に、自分が昨日のことを思い出す。
「ッ!!」
そして昨夜イリアスに純潔をあげたことも思い出し、途端に恥ずかしくなる。
「そうだったわ! 昨日はイリアス様と!」
昨夜の一部始終を思い出して熱くなった頬を覆うように両手で顔を隠して身悶える。
始めはこんなところでと思って拒んだけれど、今は最後までできてよかったと思う。
「うん。昨日のことは思い出にしましょう。一生忘れないわ」
嫌われているはずなのに、イリアスは昨夜の情事で私をとても大切にしてくれた。
痛がる私を辛抱強く労ってくれた。
彼がこんなに優しく抱いてくれるなんて。
「はぁ……どうして私娼婦になったのよ」
三角座りになるとズキリと腰が痛くなった。
自分の膝に顔を置く。
もう少し早く記憶が戻っていたらいじめたりなんかしなかったし、わがままだって言わなかった。
もっとイリアスに寄り添えば、今頃もっといい関係になれていたかもしれないのに。
「無理ね。だってミレイナは気性の激しい女だもの」
前世の記憶が戻ったところで、この負けず嫌いと高飛車は恐らく変わらないだろう。
少しでも傲慢さが薄れたらそれで充分だ。
「……イリアス様はなぜ私を抱いたのかしら」
娼婦行きにした張本人なのに。
今まで散々わがままを言われたから、恨み辛みをはらすために私を抱いたのだろうか。
「それにしては優しかったわ」
またイリアスとの情事を思い出し顔が火照り出す。
一人で狼狽えていたけれど、ハッとしてまた落ち込んでしまう。
「イリアス様はここには二度と来ないわよね。それに私は今日から娼婦としていろんな方と……」
想像をして怖くなる。ここでお金を稼いでイリアスに返すと決めたけれど、好きでもない人とすることに躊躇いがないわけではない。
はっきり言えば嫌だ。
イリアス以外と褥を重ねるなんて考えただけでも鳥肌が立つ。
それでもここで頑張ると決めたから。
だから少しでも考えないようにって、頭の隅に追いやっていた。
だけど昨日イリアスに抱かれたことで私の心はイリアス以外の男を拒もうとする。
「ミレイナ。たかが体だけ。自分の心は誰にも汚されない。私の心は私だけのものよ」
自分にそう言い聞かせないと、すぐにでもこの部屋から飛び出したくなる。
「ミレイナ様。おはようございます」
その時トントンと扉がノックされ、キャリアが入ってくる。
「キャリア、おはよう!」
キャリアは恭しく頭を下げた。
「ミレイナ様。今日はこの屋敷のご案内と今後のお話がありますので、午後にライラ夫人がお訪ねになります。午前中はお体がお辛いでしょうし、このままこちらでお休みください。ご朝食をお持ちしましたのでどうぞ」
そう言ってサービングカートにのせた朝食を部屋まで持ってきてくれる。
「ありがとう!」
キャリアの言う通り、主に腰が痛くて歩くのが辛い。前世でも未経験だ。
本当にイリアスが最初の相手。
前世で耳かじっていたけれど、初体験の次の日は節々が痛いというのは本当だったみたい。
痛む体を我慢しながらなんとかソファまで辿り着く。
キャリアが持ってきた朝食は、クロワッサンとスクランブルエッグとサラダ。シンプルだけど美味しそうだった。
お腹がぐぅとなって咄嗟にかかえる。
チラリとキャリアを見るとプルプル震えていて、今にも吹き出しそうだった。
「笑うなら笑ってくれてもいいわよ」
キャリアは笑いを堪えながら、てきぱきと朝食をテーブルの上に置いていく。
「ミレイナ様はなんというか、ご令嬢らしいようでらしくないというか」
キャリアはカトラリーを用意しながら言う。
「なぁに。そんなにがさつに見えるかしら?」
腰に手を当てて言えば、キャリアは私が怒ったと思ったのか、慌てて頭を深く下げた。
「とんでもございません! すみません! 不快に思われたのなら謝ります」
慌てたキャリアを見ながらぷぷっと吹いて笑う。
「大丈夫よ。怒ってないから。お腹すいたわ! さぁて食べましょう。ありがとうキャリア! いつもキャリアが運んでいるの?」
テーブルに置かれた朝食プレートからクロワッサンを取り、一口大にちぎって齧る。
「はい。お嬢様の食事は私が提供しています。この屋敷にはお嬢様達とライラ夫人、それから料理人と掃除夫しかいません。ですから、お髪をといたり、お身体を清めたりはご自身でしていただきます」
「あまり人がいないのね。わかったわ。その、……お嬢様達は何人いるのかしら?」
「お嬢様はミレイナ様を合わせて十三人でございます」
「そんなにいるの!?」
驚いてスプーンで掬ったスクランブルエッグをお皿にこぼしてしまう。
「ええ。いろいろ事情があるお方ばかりです」
「そうなの」
いろいろな事情ね。
領地経営が難しく、困窮して首が回らなくなった家から売られた娘。
あまりにも素行が悪くて勘当された娘。
なんだか複雑な気分になる。
「どのお嬢様も始めは悲しんでおられましたが、皆素敵な旦那様にお身請けされて幸せにここを発たれています。だからミレイナ様、そんな悲しいお顔をなさらないで」
キャリアが膝をついて私の手を取る。
悲しそうに私の顔を見上げていた。
私はできるかぎり優しく笑ってキャリアの小さな手を握った。
「私は大丈夫よ、平気」
「ミレイナ様」
今にも泣き出しそうなキャリアをソファから下りて抱きしめる。
まだまだ幼い子が、この屋敷でどれだけ嫌なものを見てきたのだろう。
触れた手はカサカサで抱きしめた体はあまりに細すぎる。
まだ出会ったばかりだけど、この小さな女の子を守ってあげたい。
他のお嬢様の元にも朝食を運ぶからとキャリアはまだ赤い目をして部屋から出ていく。
キャリアが部屋から出た後、少し冷めてしまった朝食をポツリポツリと食べ始めた。
朝食を食べ終えてから、浴室で腰を痛めつつ初めて一人で顔を洗った。髪の毛は自分でどうすることもできず巻くのをやめた。サラサラのストレートヘアになって昨日までの自分とだいぶ印象が変わったなと鏡をマジマジと見つめた。
ドレスはここに来た時に着ていたものしかなかったから、仕方なく同じものを着る。けれど初めて一人で着るドレスに苦戦し、最終的に背中のホックが留められず諦めた。
背中が開きっぱなしでもしばらくは誰も見ることはないでしょ。
そして今に至る。
身の支度だけで疲れきった私は午前中ベッドでダラダラと過ごした。
昨日までは朝早く起きてお父様とお母様と朝食を頂いた後、すぐ王城に行きイリアスの後を追いかけ回していた。
執務中だろうが休憩中だろうが、どこでもついて回った。
もちろん怠けてばかりではマナーもダンスも下手になるから、それなりに教育係をつけてもらって励んでいた。
「イリアス様に無理やりダンスのお相手をさせていたわね」
忙しい彼を引っ張り出して相手をしてもらい、アーノルドに彼の仕事を押し付けた。
「彼女の名前はなんて言ったかしら?」
イリアスと目が合って頬を染めた侍女がいたが、嫉妬を覚えた私は、後でその侍女を呼び出してキッチンから持ってきた玉ねぎの皮を大量に投げつけて罵り、その場で解雇した。
「なんて最低な女なのかしら、私」
自分自身に呆れてしまうが、思い出しただけでも侍女にまたムカムカする。
「今更嫉妬してもどうしようもない。これからそんなことたくさん起こるわ。彼はもう私の婚約者じゃないのに」
はぁとため息をついて目を瞑り、時間が来るまで眠りについた。
「ミレイナ。起きなさいな」
スヤスヤと眠っていた私をライラ夫人が起こす。私は目を擦りながらライラ夫人を見た。
「キャリアに屋敷を案内させるつもりだったけれど、夕方から旦那様がお見えになるわ。とりあえず先にルージュの説明をするわよ」
その言葉で一気に覚醒する。
「昨日に続いてまたすぐにお仕事なんですか……?」
昨日はイリアスだったけれど、今度こそ……
心の整理がつかないまま誰かに抱かれるのかと思うと、途端に体が強張る。
「安心しなさい。昨日と同じ旦那様よ」
ライラ夫人はニヤリと不敵に笑う。
私は安堵したものの、イリアスがまた来ることに驚いた。
「い、イリアス様が来るんですか!?」
私の言葉を聞いたライラ夫人は片眉を吊り上げ、持っていた扇子を勢いよく私の手に振りかざす。
「イタッ」
「ミレイナ。お前は昨日来たばかりで仕方ないけれど、今日からきちんとこのルージュの掟に従いなさい。ここに来られる方の呼び名は皆旦那様。決して名前で読んではいけないよ。いいね?」
「はっ、はい」
ライラ夫人の威圧に気押され、コクコクと頷いた。
「さぁ、さっさとこちらに来なさい。ルージュの館の説明をするわよ」
ライラ夫人は納得したのか、ソファの方に向かった。
私も慌ててベッドから下りてライラ夫人を追う。
ローテーブルにはすでにティーセットと書類が置かれていた。ライラ夫人が綺麗な指でカップを持ち上げ、コクリと一口飲む。
「もうすでにこの屋敷名は知っているわね。ここは王侯貴族専門サロン、ルージュ。表向きはサロンとして届けているわ。でもここが高級娼館というのは誰もが知っているわ。知らないのはそうね、あなたみたいな箱入りのお嬢様達くらいかしら」
たしかにここに来るまでルージュのことは知らなかった。
だけど私をここに送り届けたアーノルドはライラ夫人と顔見知りだったし、娼館送りにしたイリアスはもちろん存在を知っていたのだろう。
「ここにいる旦那様のお相手をする娘達はみんな家にいられなくなった貴族の子女達ばかり。揉め事を起こさず、この部屋からはなるべく出ないこと、それから石鹸などの必需品に関しては全てキャリアに言いなさい。着るもの以外はキャリアが全て届けてくれるわ。ドレスや宝飾類に関してはここに通われる旦那様から頂戴なさい」
貴族専門の娼館。高級な石鹸を必需品として頼んでもいいのは流石というべきか。
「どうして旦那様からなんですか? 家から持ってきてはダメなんでしょうか?」
「ダメよ。だって必需品は手に入る、着るものも実家から送られてくるとなれば、旦那様のお相手なんてしたくなくなるでしょう? あなた達貴族に生まれた女は皆着飾るのが当然のはず。だからこそ旦那様に貢いでもらえるよう頑張れるんじゃない」
確かにライラ夫人の言っていることは当たっている。
貴族に生まれた女は皆、子供の頃からいかに着飾ることが大事かを刷り込まれている。
貴族の娘という矜恃に縛られ、必死になって旦那様におねだりをするのだろう。
「きたないシステムね」
私は気に食わなくて思わずボソリと呟いた。
「それで旦那様がお金を落として経済を回すのだからよいのではなくて?」
私の呟きを耳聡く聞いたライラ夫人は勝気に言い返した。
目の前に座るライラ夫人に言い返せなくてつい睨みつけてしまう。
この目の前にいる夫人は、見たところ四十もいっていないように見える。ドレスから今にもこぼれ落ちそうな胸はしっとりとしていて年齢を感じさせない。
同じ女のはずなのに、なぜか彼女はここに来る旦那様達の味方のような口ぶりだ。
まぁ、お金を落としてくれればこのライラ夫人に入るお金も増えるからだろうし、経営者としては当たり前なのかもしれない。
「噂は耳にしていたけれど、実際はそこまで傲慢なお嬢様じゃなくてよかったわ。これからよろしくね。ミレイナ」
こんなところまで私の噂は広まっているのかと内心辟易しながら、ライラ夫人に微笑み返した。
「とりあえず今説明した分はこの書類に全て綴っているわ。目を通してここにサインを頂戴。旦那様が来るから早く用意しないといけないの、さっさとサインして」
ライラ夫人の言葉に、昨日のイリアスを思い出し頬に熱が溜まる。
少しでもお手入れに時間をかけたい。私は書類を簡単に流し読みしてからサインをした。
「フフッ。じゃあ旦那様が来るまでゆっくり丁寧にお手入れしなさいな」
書類を手にしたライラ夫人が笑顔で言う。一瞬もっとちゃんと読めばよかったかと思ったけれど、イリアスのことで頭がいっぱいになってすぐに気を逸らした。
ライラ夫人が退室した後、慌てて浴室に駆け込んだ。
昨日初めてを経験したばかりでまだアソコがヒリヒリと痛む。
本当なら今日はしたくない。だけどもう来てくれないと思っていたイリアスが来てくれるなんてこんなに嬉しいことはない。
嬉しくて慣れない手つきで念入りに体を洗い上げていった。
そうして時を待たずしてイリアスが私の部屋に訪れる。
早すぎるイリアスの訪問に、どうしようかとおろおろした。
「ミレイナ、そんな姿でうろつくな。ここが娼館だとわかっているのか? 客が来たらすぐにベッドに押し倒されるぞ」
「いえ、あの髪の毛がうまく拭けなくてッ、それで……というかイリアス様、随分お早いのね」
そう言う間にも髪から滴がポタポタと胸の隙間に落ちる。
イリアスは私の持っていたタオルを奪うと強引に私の頭を拭き出した。
イリアスは黙々と無骨な手で私の髪を拭きあげる。巻いていない髪は乱暴に拭かれてもサラサラに保ったまま。
私はそんなイリアスを下から覗き込む。
イリアスは口をへの字にして、何かを堪えるように無言で拭く。嫌ならしなければいいのに。
しっかり拭き終えると、私をソファに座らせ、彼もまたその隣に座る。
「もうそろそろ懲りただろ。いい加減、一言謝ればこのまま連れて帰ってもいいぞ」
イリアスが単刀直入にはっきりと私に言う。
そして隣に座る私の反応を窺ってくる。
ここまで言えば泣きついて一緒に帰ると言うと思っているのだろう。
返事を待っているイリアスに私は下を向いて肩を震わせた。
イリアスが私に触れようとした時――
「どうして私が謝らないといけないんですの? 反省はもちろんしております。ですのでここで償うって昨日言いましたわよね。わたくし」
ギュンと勢いよく横に向いて、片眉を吊り上げながら言った。
彼は失念していたのだろう。私が、ドがつくほどの負けず嫌いだということを。
私はイリアスの上から目線の態度に怒りが爆発しそうだった。
連れて帰ってもいいぞ、ですって?
一言謝れば、ですって?
どうして私がイリアスに謝らないといけないの! 謝るならピンク頭にですわ!
ええ、確かに今までの行いを、悔い改めてイリアスに謝罪をするのは当たり前。
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それでもふとした瞬間に、私は今までのミレイナ・ルーティアスに戻ってしまう。
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「私は帰りません。昨日から娼婦になりました。私は絶対に帰りませんからね!」
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