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第1章
その6
しおりを挟む仕立て屋と長々話して約3時間。
ハルベルト家は
よく贔屓にしていたこともあり
快く布地と糸を数点譲ってくれた。
まだ作ってもいないものを
話すのは躊躇ったので
とりあえず今度自分でドレスを作ってみたいからと言って譲ってもらったのだ。
仕立て屋は公爵令嬢が?と
訝しく思っていたみたいだが
貴族の嗜好に興味もなかったようで
すんなりと色々と教えてくれた。
しかし、Tシャツに多く使われている
コットン素材はこの世界にはなく
限りなくそれに近い布地を頂いたが
少しばかり伸縮性にかけるかもしれない。
「まぁとりあえずやってみることね。」
部屋中にありったけの布地と糸が
散乱している。
それをリリアは部屋を見回した後
胸が高鳴った。
(早くTシャツがきたい!)
リリアは久しぶりに高揚した。
記憶をなくしてから
知識をつけることがとても楽しかった。
だけどあれ以上に今は自分を
ときめかせていた。
しかし今から始めようとしていることは
これまで培ってきた教養とは
全く別の世界。
王妃になるか違う貴族の殿方に嫁ぐだけの淑女としての教養など無縁の世界。
公爵家に関わらず貴族は
それぞれ領民から得た税か王宮での政務などで生活を送っている。
貴族がものを作りそれを商売しようと
いうのはこの国では恥ずべきことだった。
どんな時でも特に女性貴族は働かない。
そうやって秩序を保っていた。
リリアの夢はきっと
周りを驚かし蔑まれるかもしれない。
それでも自分が夢見た未来を
この手でどうしても掴みたかった。
前世の夢。この国で幼き日に見た夢。
その最初の扉を今開けようとしている。
(これで確実婚約破棄になるわね。
こんな醜聞晒しの女は特に殿下には不釣り合いね。)
一瞬パッと脳裏に浮かんだのは
アベルとにこやかに話していた
幼い頃の自分。
(…あれ、こんな殿下と仲良く話したことあったかしら?)
その記憶は一瞬にして消えて
再び霞がかかったように
リリアの記憶に蓋をした。
(気のせいよね。)
「リリア様。公爵様がお戻りになられたみたいです。」
ナナがそう言ったので
少しだけ耳をすませると
聞き慣れた馬の蹄の音が聞こえた。
これは父の愛馬の蹄の音だった。
「早速お父様にミシンのことお願いしなくちゃ!ナナ!玄関ホールに向かうわよ!」
ドレスの裾を持ち上げ廊下に出ると
軽く小走りで向かった。
「リリア様!走るのはよろしくないです!」
ナナはそんなリリアの後を追いながら
リリアを窘めた。
昨日までのリリアならどんなに
急いでいても走ることは絶対にしなかった。
しかし記憶が戻った以上
淑女の嗜みなどどうでもよかった。
こんな風に走るのは6歳までのリリアだ。
「そんなの気にしてられないわ!ほら!ナナ!早く!」
小走りから少し早めに走ると
通りすがりの使用人達は目を丸くして
二人を見やる。
それもそのはずだ。
リリアが走ってるのだ。
そんなみんなの顔が面白くて
走ってる自分が面白くて
リリアは笑いながら走った。
これまでの11年間はなんだったのか。
必死で身につけたマナーなど
この汗と共に流れていくかのようだ。
自分を好いていない殿下との
政略的な婚約。
それもいつ破棄されるかわからないのに
王妃としての教育。
学ぶことは楽しかったし
淑女としての自分ももちろん大好きだった。
だけど心の底には
こんな自分は自分ではないと
どこかで思っていた。
本当の自分はもっと自由だ。
走りながらリリアはどんどん
気分が晴れていき
その足の速さも次第に加速していった。
3階奥にある自分の部屋から
玄関ホールにつく頃には
小走りから全速力で走っていた。
リリアは新しい何かが始まる
ような気がした。
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