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ナハト様だけのセラフィナイトでいたいのです
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嫌な予感。
虫の知らせ。
胸騒ぎ。
悪い予感ほど良く当たるとは言い得て妙です。
ブラックアウト後に目を覚ました時、最初に目に入ったのは長い金糸の髪。見るからにサラサラと音がしそうな程の素晴らしいキューティクルです。
「…精…霊…王」
眩暈はまだ続いておりましたが、その見知った輝きで目の前の存在が誰なのか直ぐに分かりました。
「おや。良く分かりましたね」
すらりとした長身に白い貫頭衣形式の寛裕服を纏い、額にはサークレット。透明度の高い緑の瞳。光輝く金の髪。繊細な美貌は女性的でもありますが、醸し出す気配が統べる者のそれで、彼が王である事が分かります。
『闇乙』のヒーロー候補の一人である精霊王です。ただ、彼だけは特別枠のヒーローで、彼単体とのラブラブエンディングはございません。何故なら彼は精霊王だからです。精霊王はこの世界の神に近い存在で、ヒロインとヒーローをお助けするキャラでもあるからです。
精霊王を一番の推しにし、両想いになるとストーリーを進めやすくなる利点はございましたが、エンディング自体は物議を醸すカップリングだったかと思います。
何故なら、ヒロインは人間枠のヒーローと婚姻後に精霊王とも婚姻する、とんでもエンディングとなるからです。
『闇乙』は全年齢向けのゲームですから、多少の物議は生じても致し方なかったのでしょう。もっとも、この精霊王と両想いになるのはとても難しく、私も一度だけ奇跡的にエンディングを見る事が出来ただけです。ナハト様の登場回数が殆んどございませんでしたから、精霊王をヒーローに選んだのは一度だけで、余り記憶には残っておりません。
「……ここは…」
目の前の精霊王の肩越しに見える景色は白い天井です。
何故私の目の前に精霊王がいるのか謎です。
何故この方は横たわる私の上に覆い被さり、私の顔を覗き込んでおられるのでしょう。
「貴女と私のスウィートホームだよ」
優しい声音と優しい笑みで、意味不明な発言をされる精霊王をぼんやりと見つめ、私は視線を周囲に移して状況確認をいたします。
白い天井と白い壁。私が横たわる場所は寝台の上で、敷布も掛布も白一色。家具は寝台のみ。空気は澄み、気温も適温。窓の外の景色はキラキラし過ぎていて良く見えません。ゲームで観たスチルに良く似ています。ここは恐らく、エンディングで観た精霊界と人間界の狭間の世界にあるヒロインと精霊王が過ごす為に用意された場所です。確かにスウィートホームと言うのは間違いではないでしょう。けれど、私はヒロインではございません。
「…おや、不服かな?確かに白一色では味気ないか。花で彩りを加えようか」
精霊王は右手を一振りし、何も無い空間から色とりどりの花を出現させます。手品のように花が現れては部屋に散って行き、まるで新婚初夜の寝台の演出のようです。
この方は一体何をなさっておられるのでしょうか。花は美しいですが、今の私には不要です。私の上に覆い被さる今の姿勢も好ましくはございません。
「…失礼を承知で申しますが、離れて頂けますでしょうか」
精霊王は私の言葉が聞こえているはずですが、にっこりと微笑まれながら私の額にそっと唇を落とされました。
ふわりと、柔らかな感触は直ぐ離れて行きましたが、私の要望はしっかりと無視されました。
ゲームでも少々エキセントリックな方ではございましたが、このように言葉が通じないお方だったでしょうか?
「うるさいのが来る前に、既成事実を作ってしまいましょうね」
今度は深い笑みを私に向けられ、上半身を起こされて私のお腹の辺りを衣服の上からそっと掌で撫でられました。
うるさいの?既成事実?本当に意味が分かりません。
「ふむ、中々に厄介な魔法を組んだものだ。このまま強引に貴女に触れたら、呼んでしまうね…」
精霊王は私のお腹を撫でながら小首を傾げました。いや、何ですか、その邪気の無いご様子は。普通に考えたら、やっている事は犯罪者のそれですわ。
「セラフィナイト、貴女が私を受け入れてくれれば無駄な争いをせずに済むのだが」
「断固拒否致しますわ。おどきになって」
「困ったね、どうしても駄目かい?」
「私をここに呼ばれた理由は何ですの?私と貴方様とは面識はございませんのに、何故私を望まれますの?何故ナハト様を傷つけたのですか?」
私の脳内は疑問符だらけです。何故、ゲームでは協力者であるはずの精霊王がナハト様や私に仇をなす立場にいるのか分かりません。
「セラフィナイト…貴女が貴女でいる限り、この世界の秩序は乱されるのだよ」
「……え…?」
精霊王は慈愛の籠った眼差しを私に向け、言葉を選ぶように一度口を引き結ばれました。
「貴女は世界が幾つ存在しているか、知っているかな?」
「…世界?」
「そう。私や貴女が存在している、この世界を含め、世界は無限に存在している。私はこの世界の精霊王として、この世界を破滅から護る手伝いをしなければならない」
随分とSFチックなお話ではありますが、つまりは多重宇宙論的な概念ですね。確かに、ゲーム自体を一つの宇宙と捉え、多種多様なルートとエンディングは無限に広がり存在する宇宙の世界と捉えられます。
む?むむむ?つまり、何ですか?私の存在が世界の秩序を乱すとおっしゃられたと云う事は、私は世界から排除されなければならないと云う事ですか?私、お邪魔虫?え、お待ち下さい、もしや、一連のナハト様や子供達に起きた危機の原因を作ったのは私の存在と云う事ですか?
「ナハトは特別な存在だ。…彼の魔力は甚大だ。貴女と云う存在がいる限り、ナハトはいずれこの世界の理を変えてしまう」
「…どういう事ですの?」
「世界の秩序では無く、理を変えてしまう。理が変われば、この世界がどうなるかは、神さえも予測できない」
理を変えてしまうナハト様の存在とは、どういう事なのでしょうか。ゲームでは、ナハト様には常に破滅が付きまとっておりました。つまり、世界は世界を存続させるためにナハト様を排除させたかったと云う事ですか?甚大な力をお持ちのナハト様を排除するには、ナハト様の自滅が最も効率が良いから、彼の最愛を世界が排除した。つまり、セラフィナイトの死は世界によって仕組まれた死と云う事ですか?
何ですか、それは。喧嘩を売ってますわね。私達の愛を引き裂く権利は、世界や運命であろうともございませんわ。
精霊王の言葉は、私の反骨精神を刺激致しました。私は一度死を経験し、再び授かった生を真摯に精一杯全うしようと努力してまいりました。
世界の理など知りませんわ。
私はただ、思う存分唯一無二で最愛のナハト様と彼の血を継ぐ私達の愛の結晶達と穏やかに楽しくラブラブライフを送りたいだけです。
「貴女が以前のままであったなら…私の介入など必要無かったが…貴女は変わった」
「それは…っ」
まさかの精霊王の言葉に私は瞠目致しました。精霊王は、私が新生セラフィナイトである事をご存知なの?
「…本来、貴女の魂は違う器に入る予定であった」
「…え?」
魂?器?ちょっとお待ち下さい。理解が追い付きません。
「闇の乙女として転生する宿命を、貴女の魂はねじ曲げ、入る筈ではなかった器で生まれ変わってしまった。貴女はセラフィナイトとしてではなく、次代の闇の乙女であるモーント王国の王女として転生する筈だった」
………は?
頭は真っ白です。
いやいやいや、お待ち下さい。つまり、私は、本来であればヒロインとして転生する筈だったと?
私は未だに私の上にいる精霊王を見上げながら、茫然自失となっております。
「貴女がセラフィナイトとして転生してしまったが故に、ナハトの闇は抑えられ、ゲルブ王は本来の務めを全うしない」
「務め…」
「子作りだ。貴女に懸想し、本来ならば孕ませなければならない王妃との閨を疎かにしている」
なんと!それはいけません。閨事は大事です。けれど、矛盾が生じませんか?ヒロインになる筈の私がセラフィナイトとして生きているのに、ゲルブ様達が子作りを頑張っても、ヒロインは生まれないのではないでしょうか。それとも、モーントの王女として生まれた存在がヒロインとなると云う事ですか?
「…あ」
困りました。閃いてしまいました。戻って来られた時のナハト様のご様子が脳裏に過ります。ナハト様は私を必ず護ると、切実なご様子でおっしゃって下さいました。ナハト様は拐かされた時に精霊王から全てを聞かされたのではないでしょうか。だから、あのように切実だった。つまり、私は、生命の危機に今直面していると云う事です。
「私を…殺すおつもりですか?」
精霊王は私の言葉を聞いても、微笑まれながら私の下腹に手を充て続けておりました。
犯されるのも、殺されるのも、全力で拒否させて頂きたいです。
恐らく私を亡き者にしたい理由は、再びこの魂をヒロインとなる筈の器に入れる事です。ヒロインが生まれれば、運命の歯車は決められた終着地まで回り続けるのでしょう。
けれど、私を犯す意味は推測できません。そろそろ私に触れる手を退けて頂きたいものです。いくら衣服の上からとはいえ、ナハト様以外の方に触れられるのは不快です。
「貴女がいなくなれば、秩序は保たれると思っていた。ナハトが貴女の傍にいる限り、貴女を排除する事は不可能に近く、だから…貴女を護るナハトを排除するために動いたが、出来た事は不完全な封印のみ」
精霊王は麗しい顔に苦笑を滲ませ、再び上半身を屈ませて私の顔に顔を寄せてきます。
いや、本当に、美しいのは理解出来ますが、ナハト様以外の方との性的な接触は無理です。
「…や」
顔を横に向け、精霊王の唇を避けます。彼の人の唇が露になった私の首筋に触れ、皮膚を吸われる感触にゾワゾワしました。
嫌悪とは違いますが、快感でもございません。一番近い感覚は、恐怖でしょうか。
ゲルブ様にも触れられた事はございましたが、このように恐怖を感じた事はございませんでした。
私を亡き者にするのではなく、犯す意味は、もしかしたら魂がヒロインである事を加味した代案策なのかもしれません。
もしかしたら、今のままでは私は精霊王に犯されてしまうかもしれません。何故なら、私がこの方に抱いている感情は嫌悪ではなく恐怖で、この方は私に劣情を抱いて触れていないから。
「セラフィナイト…私を受け入れてはくれまいか?私には…伴侶が必要だ」
「伴侶…」
精霊王は私の顔を見つめながら、困ったように綺麗な瞳を揺らしました。
「本来、私の伴侶は乙女と依り代の娘でなければならない…何故なら乙女は依り代以外を愛せない筈なのだから。だが、貴女は依り代ではなくナハトを愛した。そんな貴女なら…貴女が私を受け入れて、唯一無二の愛を注いでくれるなら、乙女の器に拘る必要は無いのではと」
「それこそ無理難題と云うものですわ…」
なるほど、詳細は分かりませんが、そのような制約がございましたか。それに、精霊王自身も私を害する事は極力避けたいご様子。苦肉の代案のようですが、かなり無理がございます。
「今すぐにとは言わない。共に時を過ごし、私自身を想うようになってくれれば良いのだ。貴女が私を受け入れてくれなければ、私は貴女を亡き者にしなければならないのだ」
宝石のような、とは使い古された比喩ではございますが、精霊王の緑の瞳は宝石のように美しく澄み、それ故に底が見えない恐ろしさがございます。
このまま私が儚くなれば、ナハト様は病みます。けれど、私が精霊王の手を取っても、ナハト様は病むでしょう。
どちらを選んでもナハト様のお心を護れないのであれば、私はこのまま儚くなる方を選択を致します。その選択が世界を破滅に導くとしても、私はナハト様だけを選びます。
だって、私はヒロインではなく、悪役令嬢の母、セラフィナイトなのですから。悪役令嬢の母は悪役サイドとして利己的に生きますわ。
「私の愛はナハト様だけのもの。私が貴方様を愛する事はございませんわ」
私は精霊王のお顔を真っ直ぐ見つめ返しました。視界がぶれる程の距離です。近過ぎて精霊王の表情は分かりませんが、苦笑されたように見えました。
「……っ」
唇が塞がれ、何かが口腔内に拡がり、お胸を掴まれました。
すらりとして、性差を感じさせないお方ですが、私に触れる手も、掛かる体の重みも男性のそれで、私の恐怖は膨れ上がります。
私も攻撃魔法は一通り記憶いたしましたが、使用した事はございません。使って私の体が耐えられるのか、そもそも私の魔法が精霊王に効くのかも不確かです。けれど、このまま何の抵抗もせずに儚くなるのも、犯されるのもご遠慮させて頂きます。
「…っ、あ…」
抵抗しようと精霊王の肩を掴んだ瞬間、私の心臓が強く拍動いたしました。攻撃魔法を試みようとしましたが間に合いませんでした。
「…あ、あ、な、何…っ」
ドクドクと心臓が強く拍動し、痛みを感じます。けれど全身が発熱したように熱くなり、覚えのある疼きを体の奥で感じて混乱いたしました。
「…憎んでも恨んでも良い…。今は体だけでも構わない。貴女をこのままナハトの下に帰すわけにはいかないのだ…っ」
「や……っ、はっ…うっ…、ん…っ」
下半身が信じられないくらい熱く、下着が張り付く程濡れています。
お胸の先端が尖り、触れられてもいないのに痛みを感じる程に凝り、毛穴から汗が吹き出してきます。
呼吸が乱れ、苦しいです。
熱く硬い物で激しく掻き回され、穿たれたいと体の奥が蠕動し、腰が無意識にくねるのを止める事が出来ません。
この感覚は覚えがあります。
あの触手の分泌液を摂取した時の感覚です。あの口腔内に拡がった何かは媚薬だったのかもしれません。
愛とは一体何なのですか?
愛の無い行為の果てに生まれた子が、精霊王に必要な愛を与える事が出来るのでしょうか。
「ナハト様…っ」
欲しいのはナハト様だけです。
けれど体は濡れ、精霊王の手を悦んでいます。
私が着ている簡易ドレスはコルセットが不要の、ゆったりとした締め付けの無いワンピースのようなドレスです。
生地は軽くお胸の尖りが布地の上からでも分かってしまいます。
「あ!」
布地の上から尖りを精霊王の口に含まれ、舌先で刺激を与えられ、頭が真っ白になりました。
媚薬のせいか、まともに何かを考える事も出来ず、快楽と言うには強すぎる刺激に苦しさを感じて涙が止まりません。
自身の体がこれ程快楽に弱い事が恥ずかしく、そして情けなくもございます。媚薬ごときに翻弄されるなんて、ナハト様に顔向けできません。
「セラフィナイト…」
「い、や…っ」
底の見えない美しい瞳には、熱の一欠片さえございません。彼の方の瞳に見えるのは愛ではなく、哀、です。
私が僅かでも嫌悪感を抱き、精霊王が僅かでも欲を抱いてさえいればナハト様をこの場所にお呼びする事ができますが、何故か嫌悪を抱けないのです。
「私が触れて、果たして彼は来るのか…」
精霊王は私の右足を掴んで拡げ、露出した素肌の脚に指が触れました。乾いた精霊王の指の感触が触れられてはならない場所に近付き、濡れた下着のクロッチ部分に辿り着きました。
「んんっ」
濡れて防御力が限りなくゼロの紐パンツの布地の上から、彼の方の指は私の花園に侵入してこようとしております。
ナハト様に愛される事に慣れたそこは、布地の感触と共に指の侵入を許しています。
自分でも分かる程に濡れそぼり、とろとろと蜜を溢れさせている花園は、不法侵入である指を従順に受け入れています。
体は快楽を欲して火照り、布地ごと指を食い絞めるように淫らに動きますが、心は哀しみで一杯です。
何故だか分かりませんが、哀しくて堪りません。この哀しみは何処から来るのでしょうか。
私の魂がヒロインだと云う精霊王の言葉を信じるならば、ヒロイン属性による慈愛からくる感情なのでしょうか。
ナハト様、ナハト様、ナハト様。
私はヒロインになどなりたくありません。
私はセラフィナイト。
ナハト様だけのセラフィナイトでいたいのです。
虫の知らせ。
胸騒ぎ。
悪い予感ほど良く当たるとは言い得て妙です。
ブラックアウト後に目を覚ました時、最初に目に入ったのは長い金糸の髪。見るからにサラサラと音がしそうな程の素晴らしいキューティクルです。
「…精…霊…王」
眩暈はまだ続いておりましたが、その見知った輝きで目の前の存在が誰なのか直ぐに分かりました。
「おや。良く分かりましたね」
すらりとした長身に白い貫頭衣形式の寛裕服を纏い、額にはサークレット。透明度の高い緑の瞳。光輝く金の髪。繊細な美貌は女性的でもありますが、醸し出す気配が統べる者のそれで、彼が王である事が分かります。
『闇乙』のヒーロー候補の一人である精霊王です。ただ、彼だけは特別枠のヒーローで、彼単体とのラブラブエンディングはございません。何故なら彼は精霊王だからです。精霊王はこの世界の神に近い存在で、ヒロインとヒーローをお助けするキャラでもあるからです。
精霊王を一番の推しにし、両想いになるとストーリーを進めやすくなる利点はございましたが、エンディング自体は物議を醸すカップリングだったかと思います。
何故なら、ヒロインは人間枠のヒーローと婚姻後に精霊王とも婚姻する、とんでもエンディングとなるからです。
『闇乙』は全年齢向けのゲームですから、多少の物議は生じても致し方なかったのでしょう。もっとも、この精霊王と両想いになるのはとても難しく、私も一度だけ奇跡的にエンディングを見る事が出来ただけです。ナハト様の登場回数が殆んどございませんでしたから、精霊王をヒーローに選んだのは一度だけで、余り記憶には残っておりません。
「……ここは…」
目の前の精霊王の肩越しに見える景色は白い天井です。
何故私の目の前に精霊王がいるのか謎です。
何故この方は横たわる私の上に覆い被さり、私の顔を覗き込んでおられるのでしょう。
「貴女と私のスウィートホームだよ」
優しい声音と優しい笑みで、意味不明な発言をされる精霊王をぼんやりと見つめ、私は視線を周囲に移して状況確認をいたします。
白い天井と白い壁。私が横たわる場所は寝台の上で、敷布も掛布も白一色。家具は寝台のみ。空気は澄み、気温も適温。窓の外の景色はキラキラし過ぎていて良く見えません。ゲームで観たスチルに良く似ています。ここは恐らく、エンディングで観た精霊界と人間界の狭間の世界にあるヒロインと精霊王が過ごす為に用意された場所です。確かにスウィートホームと言うのは間違いではないでしょう。けれど、私はヒロインではございません。
「…おや、不服かな?確かに白一色では味気ないか。花で彩りを加えようか」
精霊王は右手を一振りし、何も無い空間から色とりどりの花を出現させます。手品のように花が現れては部屋に散って行き、まるで新婚初夜の寝台の演出のようです。
この方は一体何をなさっておられるのでしょうか。花は美しいですが、今の私には不要です。私の上に覆い被さる今の姿勢も好ましくはございません。
「…失礼を承知で申しますが、離れて頂けますでしょうか」
精霊王は私の言葉が聞こえているはずですが、にっこりと微笑まれながら私の額にそっと唇を落とされました。
ふわりと、柔らかな感触は直ぐ離れて行きましたが、私の要望はしっかりと無視されました。
ゲームでも少々エキセントリックな方ではございましたが、このように言葉が通じないお方だったでしょうか?
「うるさいのが来る前に、既成事実を作ってしまいましょうね」
今度は深い笑みを私に向けられ、上半身を起こされて私のお腹の辺りを衣服の上からそっと掌で撫でられました。
うるさいの?既成事実?本当に意味が分かりません。
「ふむ、中々に厄介な魔法を組んだものだ。このまま強引に貴女に触れたら、呼んでしまうね…」
精霊王は私のお腹を撫でながら小首を傾げました。いや、何ですか、その邪気の無いご様子は。普通に考えたら、やっている事は犯罪者のそれですわ。
「セラフィナイト、貴女が私を受け入れてくれれば無駄な争いをせずに済むのだが」
「断固拒否致しますわ。おどきになって」
「困ったね、どうしても駄目かい?」
「私をここに呼ばれた理由は何ですの?私と貴方様とは面識はございませんのに、何故私を望まれますの?何故ナハト様を傷つけたのですか?」
私の脳内は疑問符だらけです。何故、ゲームでは協力者であるはずの精霊王がナハト様や私に仇をなす立場にいるのか分かりません。
「セラフィナイト…貴女が貴女でいる限り、この世界の秩序は乱されるのだよ」
「……え…?」
精霊王は慈愛の籠った眼差しを私に向け、言葉を選ぶように一度口を引き結ばれました。
「貴女は世界が幾つ存在しているか、知っているかな?」
「…世界?」
「そう。私や貴女が存在している、この世界を含め、世界は無限に存在している。私はこの世界の精霊王として、この世界を破滅から護る手伝いをしなければならない」
随分とSFチックなお話ではありますが、つまりは多重宇宙論的な概念ですね。確かに、ゲーム自体を一つの宇宙と捉え、多種多様なルートとエンディングは無限に広がり存在する宇宙の世界と捉えられます。
む?むむむ?つまり、何ですか?私の存在が世界の秩序を乱すとおっしゃられたと云う事は、私は世界から排除されなければならないと云う事ですか?私、お邪魔虫?え、お待ち下さい、もしや、一連のナハト様や子供達に起きた危機の原因を作ったのは私の存在と云う事ですか?
「ナハトは特別な存在だ。…彼の魔力は甚大だ。貴女と云う存在がいる限り、ナハトはいずれこの世界の理を変えてしまう」
「…どういう事ですの?」
「世界の秩序では無く、理を変えてしまう。理が変われば、この世界がどうなるかは、神さえも予測できない」
理を変えてしまうナハト様の存在とは、どういう事なのでしょうか。ゲームでは、ナハト様には常に破滅が付きまとっておりました。つまり、世界は世界を存続させるためにナハト様を排除させたかったと云う事ですか?甚大な力をお持ちのナハト様を排除するには、ナハト様の自滅が最も効率が良いから、彼の最愛を世界が排除した。つまり、セラフィナイトの死は世界によって仕組まれた死と云う事ですか?
何ですか、それは。喧嘩を売ってますわね。私達の愛を引き裂く権利は、世界や運命であろうともございませんわ。
精霊王の言葉は、私の反骨精神を刺激致しました。私は一度死を経験し、再び授かった生を真摯に精一杯全うしようと努力してまいりました。
世界の理など知りませんわ。
私はただ、思う存分唯一無二で最愛のナハト様と彼の血を継ぐ私達の愛の結晶達と穏やかに楽しくラブラブライフを送りたいだけです。
「貴女が以前のままであったなら…私の介入など必要無かったが…貴女は変わった」
「それは…っ」
まさかの精霊王の言葉に私は瞠目致しました。精霊王は、私が新生セラフィナイトである事をご存知なの?
「…本来、貴女の魂は違う器に入る予定であった」
「…え?」
魂?器?ちょっとお待ち下さい。理解が追い付きません。
「闇の乙女として転生する宿命を、貴女の魂はねじ曲げ、入る筈ではなかった器で生まれ変わってしまった。貴女はセラフィナイトとしてではなく、次代の闇の乙女であるモーント王国の王女として転生する筈だった」
………は?
頭は真っ白です。
いやいやいや、お待ち下さい。つまり、私は、本来であればヒロインとして転生する筈だったと?
私は未だに私の上にいる精霊王を見上げながら、茫然自失となっております。
「貴女がセラフィナイトとして転生してしまったが故に、ナハトの闇は抑えられ、ゲルブ王は本来の務めを全うしない」
「務め…」
「子作りだ。貴女に懸想し、本来ならば孕ませなければならない王妃との閨を疎かにしている」
なんと!それはいけません。閨事は大事です。けれど、矛盾が生じませんか?ヒロインになる筈の私がセラフィナイトとして生きているのに、ゲルブ様達が子作りを頑張っても、ヒロインは生まれないのではないでしょうか。それとも、モーントの王女として生まれた存在がヒロインとなると云う事ですか?
「…あ」
困りました。閃いてしまいました。戻って来られた時のナハト様のご様子が脳裏に過ります。ナハト様は私を必ず護ると、切実なご様子でおっしゃって下さいました。ナハト様は拐かされた時に精霊王から全てを聞かされたのではないでしょうか。だから、あのように切実だった。つまり、私は、生命の危機に今直面していると云う事です。
「私を…殺すおつもりですか?」
精霊王は私の言葉を聞いても、微笑まれながら私の下腹に手を充て続けておりました。
犯されるのも、殺されるのも、全力で拒否させて頂きたいです。
恐らく私を亡き者にしたい理由は、再びこの魂をヒロインとなる筈の器に入れる事です。ヒロインが生まれれば、運命の歯車は決められた終着地まで回り続けるのでしょう。
けれど、私を犯す意味は推測できません。そろそろ私に触れる手を退けて頂きたいものです。いくら衣服の上からとはいえ、ナハト様以外の方に触れられるのは不快です。
「貴女がいなくなれば、秩序は保たれると思っていた。ナハトが貴女の傍にいる限り、貴女を排除する事は不可能に近く、だから…貴女を護るナハトを排除するために動いたが、出来た事は不完全な封印のみ」
精霊王は麗しい顔に苦笑を滲ませ、再び上半身を屈ませて私の顔に顔を寄せてきます。
いや、本当に、美しいのは理解出来ますが、ナハト様以外の方との性的な接触は無理です。
「…や」
顔を横に向け、精霊王の唇を避けます。彼の人の唇が露になった私の首筋に触れ、皮膚を吸われる感触にゾワゾワしました。
嫌悪とは違いますが、快感でもございません。一番近い感覚は、恐怖でしょうか。
ゲルブ様にも触れられた事はございましたが、このように恐怖を感じた事はございませんでした。
私を亡き者にするのではなく、犯す意味は、もしかしたら魂がヒロインである事を加味した代案策なのかもしれません。
もしかしたら、今のままでは私は精霊王に犯されてしまうかもしれません。何故なら、私がこの方に抱いている感情は嫌悪ではなく恐怖で、この方は私に劣情を抱いて触れていないから。
「セラフィナイト…私を受け入れてはくれまいか?私には…伴侶が必要だ」
「伴侶…」
精霊王は私の顔を見つめながら、困ったように綺麗な瞳を揺らしました。
「本来、私の伴侶は乙女と依り代の娘でなければならない…何故なら乙女は依り代以外を愛せない筈なのだから。だが、貴女は依り代ではなくナハトを愛した。そんな貴女なら…貴女が私を受け入れて、唯一無二の愛を注いでくれるなら、乙女の器に拘る必要は無いのではと」
「それこそ無理難題と云うものですわ…」
なるほど、詳細は分かりませんが、そのような制約がございましたか。それに、精霊王自身も私を害する事は極力避けたいご様子。苦肉の代案のようですが、かなり無理がございます。
「今すぐにとは言わない。共に時を過ごし、私自身を想うようになってくれれば良いのだ。貴女が私を受け入れてくれなければ、私は貴女を亡き者にしなければならないのだ」
宝石のような、とは使い古された比喩ではございますが、精霊王の緑の瞳は宝石のように美しく澄み、それ故に底が見えない恐ろしさがございます。
このまま私が儚くなれば、ナハト様は病みます。けれど、私が精霊王の手を取っても、ナハト様は病むでしょう。
どちらを選んでもナハト様のお心を護れないのであれば、私はこのまま儚くなる方を選択を致します。その選択が世界を破滅に導くとしても、私はナハト様だけを選びます。
だって、私はヒロインではなく、悪役令嬢の母、セラフィナイトなのですから。悪役令嬢の母は悪役サイドとして利己的に生きますわ。
「私の愛はナハト様だけのもの。私が貴方様を愛する事はございませんわ」
私は精霊王のお顔を真っ直ぐ見つめ返しました。視界がぶれる程の距離です。近過ぎて精霊王の表情は分かりませんが、苦笑されたように見えました。
「……っ」
唇が塞がれ、何かが口腔内に拡がり、お胸を掴まれました。
すらりとして、性差を感じさせないお方ですが、私に触れる手も、掛かる体の重みも男性のそれで、私の恐怖は膨れ上がります。
私も攻撃魔法は一通り記憶いたしましたが、使用した事はございません。使って私の体が耐えられるのか、そもそも私の魔法が精霊王に効くのかも不確かです。けれど、このまま何の抵抗もせずに儚くなるのも、犯されるのもご遠慮させて頂きます。
「…っ、あ…」
抵抗しようと精霊王の肩を掴んだ瞬間、私の心臓が強く拍動いたしました。攻撃魔法を試みようとしましたが間に合いませんでした。
「…あ、あ、な、何…っ」
ドクドクと心臓が強く拍動し、痛みを感じます。けれど全身が発熱したように熱くなり、覚えのある疼きを体の奥で感じて混乱いたしました。
「…憎んでも恨んでも良い…。今は体だけでも構わない。貴女をこのままナハトの下に帰すわけにはいかないのだ…っ」
「や……っ、はっ…うっ…、ん…っ」
下半身が信じられないくらい熱く、下着が張り付く程濡れています。
お胸の先端が尖り、触れられてもいないのに痛みを感じる程に凝り、毛穴から汗が吹き出してきます。
呼吸が乱れ、苦しいです。
熱く硬い物で激しく掻き回され、穿たれたいと体の奥が蠕動し、腰が無意識にくねるのを止める事が出来ません。
この感覚は覚えがあります。
あの触手の分泌液を摂取した時の感覚です。あの口腔内に拡がった何かは媚薬だったのかもしれません。
愛とは一体何なのですか?
愛の無い行為の果てに生まれた子が、精霊王に必要な愛を与える事が出来るのでしょうか。
「ナハト様…っ」
欲しいのはナハト様だけです。
けれど体は濡れ、精霊王の手を悦んでいます。
私が着ている簡易ドレスはコルセットが不要の、ゆったりとした締め付けの無いワンピースのようなドレスです。
生地は軽くお胸の尖りが布地の上からでも分かってしまいます。
「あ!」
布地の上から尖りを精霊王の口に含まれ、舌先で刺激を与えられ、頭が真っ白になりました。
媚薬のせいか、まともに何かを考える事も出来ず、快楽と言うには強すぎる刺激に苦しさを感じて涙が止まりません。
自身の体がこれ程快楽に弱い事が恥ずかしく、そして情けなくもございます。媚薬ごときに翻弄されるなんて、ナハト様に顔向けできません。
「セラフィナイト…」
「い、や…っ」
底の見えない美しい瞳には、熱の一欠片さえございません。彼の方の瞳に見えるのは愛ではなく、哀、です。
私が僅かでも嫌悪感を抱き、精霊王が僅かでも欲を抱いてさえいればナハト様をこの場所にお呼びする事ができますが、何故か嫌悪を抱けないのです。
「私が触れて、果たして彼は来るのか…」
精霊王は私の右足を掴んで拡げ、露出した素肌の脚に指が触れました。乾いた精霊王の指の感触が触れられてはならない場所に近付き、濡れた下着のクロッチ部分に辿り着きました。
「んんっ」
濡れて防御力が限りなくゼロの紐パンツの布地の上から、彼の方の指は私の花園に侵入してこようとしております。
ナハト様に愛される事に慣れたそこは、布地の感触と共に指の侵入を許しています。
自分でも分かる程に濡れそぼり、とろとろと蜜を溢れさせている花園は、不法侵入である指を従順に受け入れています。
体は快楽を欲して火照り、布地ごと指を食い絞めるように淫らに動きますが、心は哀しみで一杯です。
何故だか分かりませんが、哀しくて堪りません。この哀しみは何処から来るのでしょうか。
私の魂がヒロインだと云う精霊王の言葉を信じるならば、ヒロイン属性による慈愛からくる感情なのでしょうか。
ナハト様、ナハト様、ナハト様。
私はヒロインになどなりたくありません。
私はセラフィナイト。
ナハト様だけのセラフィナイトでいたいのです。
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