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第二章
逃げろ
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止まった馬車の窓から、おそるおそる外を覗くと、先日の灰色の軍服の一団と第1王子、それにもうひとり、肌の色の浅黒い、グレイの髪をオールバックに撫で付けている背の高い男、そんな面々がずらりと並んでいる。
第1王子がまず口を開く、
「この馬車の一団に、第2王子であるフレデリックに類する者が乗車しているはずだ。 おとなしく降りてこい。 従わなければ、乗客を順番に殺す」
え?
(じょうきゃくをコロす?)
意味が理解できなくて、一瞬パニックになる。
まさか、一国の王子が国民を殺すなんて。
「ひとり目―!」
第1王子が言うと、肌の浅黒い男がニヤリとして指をはじく、と、
ブシャアァァアァァッッ!!
目の前の、さっきミカンをくれた老婦人が、首から鮮血を吹き出しはじめる。
ぼうぜんとその血を浴びながら、意識を手放しそうになるのを堪えて、慌ててその喉元を押さえる。
止血をしながら、回復魔法で破れてしまっている血管や皮膚を繋ぎ合わせ、飛び散った血液を浄化しながらその血管に少しずつ戻していく。
そうしている内に、
「ふたり目―!」
第1王子の無情な声が響く。
今度は、別の馬車で悲鳴があがる。
(すぐに処置しないと!)
夢中で馬車から転がりでる。
悲鳴のあがっている馬車の扉を開いて、やはり鮮血を滴らせている男性の首元を押さえ、止血しながら、さっきと同じように血管を繋いて皮膚を修復し、流れ出た血液を浄化しながら血管に少しずつ戻す。
そうして、ふらつきながらも外に出ると、ヒルダがすでに、男達の前に仁王立ちになっていた。
「我は、ヒルダガルデ・フォン・メイヤード。 メイヤード侯爵家の者である。 此度の仕業は如何に」
そう朗々と告げると、浅黒い肌の男が嬉しそうな笑顔になる、
「これは、これは。 わが師、オズワルド先生の最後の弟子と名高いヒルダガルデ殿ですか。 お会いできるとは光栄至極」
「お主は、我の記憶が正しければ、師匠にとうに破門されておるはずじゃが? オズモワール殿。 でよろしいか?」
「わっはっは、これは手厳しい。 幼く見えても、中身は一人前のようですな。 いかにも私がオズモワールです」
そこで第1王子が割って入る。
「ヒルダガルデ殿、貴殿は先日の王家の谷でも、フレデリックと共におられましたな。 奴は今どこですか?」
「さぁ、我は、いつも王子と一緒という訳ではないのでの。 今どこにいるのか、なぞ知りませぬ」
するとオズモワールが ずずいっ、と前にのりだして、
「嘘はいけませんよ、ヒルダガルデ殿。 私の事は、師匠にお聞き及びでしょう? 私が・何と・契・約・を・交・わ・し・て・い・る・の・か」
脅すように言う。
その表情は、額に影が差し、目が不自然なほどに見開かれる。
「貴女は嘘を付いた。 私の契約している、あのお方は、決して間違いません」
その様子を見ているだけで、背筋がゾクッと寒くなる。
「ああ、ところで、後ろの血まみれのお嬢さん。 回復魔法の使い手なんですね。 治療をご苦労さま。 自分のその返り血を、洗浄で綺麗になさった方がいいですよ。 時間が経つと血は落ちませんからね」
オズモワールが見ているのは、わたし?
あの不自然な見開かれた目ではなく、もうすでに普通の顔付きに戻ってはいたが、じいっと探るように見られている。
怖い。
目を逸らして下を見ると、確かに血まみれだ、慌てて洗浄で洗い流す。
オズモワールは、しばらくわたしを見ていたが、やがて、ふいっと目線を外すと、
「さて、ヒルダガルデ殿は嘘をついた。 あの後ろの女性は、貴女の侍女ですか?」
「ち、違う」
「ふぅん。 また、嘘をついているのか?」
「嘘ではない。 本当にあの者は、我の侍女などではない!」
「…………。 まぁ、いいでしょう。 侍女ではないが、近しい間柄のようですね。 では、そこのお嬢さん」
オズモワールは、またわたしに向き直る。
「嘘つきなヒルダガルデ殿には、お仕置きが必要なようです。 助けたければ、貴女がフレデリック王子の居場所を教えてくださいね」
にこやかに言うと、視線はそのままに、右手の指をピンっとはじく。
すると、
「いやぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
ヒルダの両腕が高々と空に持ち上がり、足が地を離れる。
何度も足を蹴りつけているが、空を蹴るばかりになる。
なに?
何をするの?
「…………」
何やらオズモワールが第1王子に耳打ちすると、王子はその周りの軍服姿の男達に合図をする。
男達は一斉に自分の帯刀している剣を抜くと、ヒルダに近づいてくる。
「待って、待って下さい! いったいなにを?」
わたしがそう言い終わるよりも早く、ひとりの男がヒルダに切りかかる。
ッザッシュッッッ!
「っいやぁぁぁぁぁ!」
ヒルダの甲高い悲鳴が上がる。
そのままふたり目の男も、ヒルダを袈裟懸けに切り付ける。
ズザッッッッ!
「ギャァァァァーー!」
「やめて! お願いやめてください!」
叫びながらヒルダの元に、躓きそうになりながらも駆けつける。
泣き喚くヒルダの、切られたであろう箇所を検めるが、おかしい、どこも切れてはいない?
「ヒルダガルデ殿は、身代わり石のネックレスを身に着けておいでだ。 とても運がいい」
オズモワールの言葉に、下を見ると、砕けたヘマタイトのビーズがパラパラと落ちている。
これは、命に関わる怪我を負った時などに、身代わりに砕けるはずだ。
本来なら、今の斬撃で、ヒルダは2度、命に関わる怪我を負っているという事だ。
ぼろぼろと涙をこぼして、泣いているヒルダに、
「ヒルダ、ヒルダごめんね、大丈夫?」
そう言いながらも、わたしも涙が溢れてくる。
抱き締めて、その拘束から解いてあげたくても、頑として腕も体も空中から降ろせない。
「さあ、どうしますか? お嬢さん。 貴女も嘘をつかれるのでしたら、このままヒルダガルデ殿へのお仕置きが続いてしまう事になりますが」
オズモワールは、さも気の毒だといわんばかりの、同情的な声音で言っている。
「別にいいのですよ? 身代わり石が底をついて、ヒルダガルデ殿が致命傷を負ったら、そのあとはまた、馬車の中の乗客を一人ずつ血祭にあげていきましょう。 貴女の回復魔法でも追い付かないほど早く、次々とね」
どうしたら?
どうしたらいいの?
こんな状況、許せるはずがない。
でも、ここでフレッドを渡してしまえば、すぐに殺されてしまうんじゃないの?
何か、何かいい手はないの?
すると、様子を見ていた第1王子が口を切る、
「フレデリックをこちらが捕えても、すぐに殺すような事はしない。 保証する」
ハッ、とそちらを見ると、
「私の戴冠式までは、生かしておくと誓おう。 あいつには、私の即位の瞬間を見せたいのでね」
にやにやと満足そうな笑みを貼りつけて、こちらを見ている。
すると、ヒルダが涙ながらにこう言った。
「お主等、メイヤード家の者である我に、これだけの仕打ちをして、ただで済むと思うておるのか。 お主の即位などあり得ぬわ」
しかし、第1王子の余裕の表情は崩れない。
「メイヤード家ねぇ。 錬金術の道に進んだ事で、その貴族の道からは大きく外れてしまった君がそんな事を言うの? 面白いね。 それに今の貴族制度は、僕はもうナンセンスだと思ってる。 国の重要な役職なんかも、貴族の世襲制では、どんなボンクラでも貴族の生まれだというだけで重用されてしまう現状は、間違っていると思うからね。 今後は、そういう制度は全て廃止して、能力のある者に役職に就いてもらえるよう改革していくつもりだよ」
周りの軍服姿の男達が、うんうんと頷いて聞き入っている。
ああ、この人達は第1王子のこういう所に心酔しているのか、確かにその考え方は間違ってはいないと思う。
でも、決定的に間違っているのは、それを成すために、他の人が血を流しても構わないというそのやり方だ。
貴族の姫であるヒルダを、馬車の乗客の一般の人々を、犠牲にしても成し遂げようなんて、絶対に間違いだ。
でも、今、わたしにはそれに抗う力も才覚もない。
「さぁ、どうする? このままお仕置きを続けてもいいのかな?」
オズモワールの駄目出しに、
「待って、待って下さい。 一度、馬車に戻らせて下さい」
そう言うと、
「どうぞ、お嬢さん。 あ、言っておくけどそのまま逃げても無駄だからね。 どこまでも追いかけるよ」
と、気味の悪いニタっとした笑顔を浮かべる。
「ヒルダ、ごめん。 一度離れるけど、すぐ戻るからね」
小さく囁くと、
「ぅぐっ、マナ、すまぬ。 っ我が油断していたばかりに」
泣きながらヒルダも答える。
「早くしないと、お仕置き再開しちゃうよー」
意地悪く言うオズモワールの言葉を無視して、馬車へと駆け戻る。
中に入って、扉を閉めて。
震える手で魔法バッグを開ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら、フレッドとセイに出てもらう。
様子を見て察したのか、すぐにわたしの肩を撫でながら、
「マナ、大丈夫、大丈夫だから」
フレッドが、そう言ってなだめてくれる。
涙ながらに、今の状況を説明すると、ふたりはお互いに顔を見合わせて頷き合う。
「マナ、辛い思いをさせてごめんね。 あとは任せて」
フレッドが言うと、セイも続けて、
「マナさん、俺達がヒルダ殿を取り戻しますから、馬車にヒルダ殿が戻ったら、すぐに帰還石でオズワルド先生の小屋に戻ってください」
と、言い聞かせるように静かに話す。
「でも、ふたりは? ふたりはどうするんですか?」
「大丈夫だから。 とにかく、ヒルダが戻ったらすぐ逃げるんだよ」
そう言い残して、ふたりは馬車を降りていく。
馬車の窓から外を見ると、喜色満面のオズモワールと、対照的にフレッドを見る目の苦々しい第1王子の顔が見える。
少しして、空中からの拘束を解かれたヒルダが、よろよろと馬車の方へ戻ってくる。
そして、フレッドとセイは何の抵抗もなく両腕を後ろ手に拘束されて、軍服姿の男達に囲まれる。
やっと馬車へと辿り着いたヒルダを助けて乗り込ませながら、もう1度彼等の方を見ると、
セイがこちらを見ていた。
目が合うと、口元で、
(逃げろ)
と言っている。
涙で視界がぼやけていくが、うんうん頷いて見せて、すぐさま魔法バッグから、オズワルド先生の小屋への帰還石を出し、ヒルダを抱えながら一緒に手を触れる。
景色がザザッと流れ、わたしとヒルダは、オズワルド先生の小屋の前に倒れ込んでいた。
第1王子がまず口を開く、
「この馬車の一団に、第2王子であるフレデリックに類する者が乗車しているはずだ。 おとなしく降りてこい。 従わなければ、乗客を順番に殺す」
え?
(じょうきゃくをコロす?)
意味が理解できなくて、一瞬パニックになる。
まさか、一国の王子が国民を殺すなんて。
「ひとり目―!」
第1王子が言うと、肌の浅黒い男がニヤリとして指をはじく、と、
ブシャアァァアァァッッ!!
目の前の、さっきミカンをくれた老婦人が、首から鮮血を吹き出しはじめる。
ぼうぜんとその血を浴びながら、意識を手放しそうになるのを堪えて、慌ててその喉元を押さえる。
止血をしながら、回復魔法で破れてしまっている血管や皮膚を繋ぎ合わせ、飛び散った血液を浄化しながらその血管に少しずつ戻していく。
そうしている内に、
「ふたり目―!」
第1王子の無情な声が響く。
今度は、別の馬車で悲鳴があがる。
(すぐに処置しないと!)
夢中で馬車から転がりでる。
悲鳴のあがっている馬車の扉を開いて、やはり鮮血を滴らせている男性の首元を押さえ、止血しながら、さっきと同じように血管を繋いて皮膚を修復し、流れ出た血液を浄化しながら血管に少しずつ戻す。
そうして、ふらつきながらも外に出ると、ヒルダがすでに、男達の前に仁王立ちになっていた。
「我は、ヒルダガルデ・フォン・メイヤード。 メイヤード侯爵家の者である。 此度の仕業は如何に」
そう朗々と告げると、浅黒い肌の男が嬉しそうな笑顔になる、
「これは、これは。 わが師、オズワルド先生の最後の弟子と名高いヒルダガルデ殿ですか。 お会いできるとは光栄至極」
「お主は、我の記憶が正しければ、師匠にとうに破門されておるはずじゃが? オズモワール殿。 でよろしいか?」
「わっはっは、これは手厳しい。 幼く見えても、中身は一人前のようですな。 いかにも私がオズモワールです」
そこで第1王子が割って入る。
「ヒルダガルデ殿、貴殿は先日の王家の谷でも、フレデリックと共におられましたな。 奴は今どこですか?」
「さぁ、我は、いつも王子と一緒という訳ではないのでの。 今どこにいるのか、なぞ知りませぬ」
するとオズモワールが ずずいっ、と前にのりだして、
「嘘はいけませんよ、ヒルダガルデ殿。 私の事は、師匠にお聞き及びでしょう? 私が・何と・契・約・を・交・わ・し・て・い・る・の・か」
脅すように言う。
その表情は、額に影が差し、目が不自然なほどに見開かれる。
「貴女は嘘を付いた。 私の契約している、あのお方は、決して間違いません」
その様子を見ているだけで、背筋がゾクッと寒くなる。
「ああ、ところで、後ろの血まみれのお嬢さん。 回復魔法の使い手なんですね。 治療をご苦労さま。 自分のその返り血を、洗浄で綺麗になさった方がいいですよ。 時間が経つと血は落ちませんからね」
オズモワールが見ているのは、わたし?
あの不自然な見開かれた目ではなく、もうすでに普通の顔付きに戻ってはいたが、じいっと探るように見られている。
怖い。
目を逸らして下を見ると、確かに血まみれだ、慌てて洗浄で洗い流す。
オズモワールは、しばらくわたしを見ていたが、やがて、ふいっと目線を外すと、
「さて、ヒルダガルデ殿は嘘をついた。 あの後ろの女性は、貴女の侍女ですか?」
「ち、違う」
「ふぅん。 また、嘘をついているのか?」
「嘘ではない。 本当にあの者は、我の侍女などではない!」
「…………。 まぁ、いいでしょう。 侍女ではないが、近しい間柄のようですね。 では、そこのお嬢さん」
オズモワールは、またわたしに向き直る。
「嘘つきなヒルダガルデ殿には、お仕置きが必要なようです。 助けたければ、貴女がフレデリック王子の居場所を教えてくださいね」
にこやかに言うと、視線はそのままに、右手の指をピンっとはじく。
すると、
「いやぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
ヒルダの両腕が高々と空に持ち上がり、足が地を離れる。
何度も足を蹴りつけているが、空を蹴るばかりになる。
なに?
何をするの?
「…………」
何やらオズモワールが第1王子に耳打ちすると、王子はその周りの軍服姿の男達に合図をする。
男達は一斉に自分の帯刀している剣を抜くと、ヒルダに近づいてくる。
「待って、待って下さい! いったいなにを?」
わたしがそう言い終わるよりも早く、ひとりの男がヒルダに切りかかる。
ッザッシュッッッ!
「っいやぁぁぁぁぁ!」
ヒルダの甲高い悲鳴が上がる。
そのままふたり目の男も、ヒルダを袈裟懸けに切り付ける。
ズザッッッッ!
「ギャァァァァーー!」
「やめて! お願いやめてください!」
叫びながらヒルダの元に、躓きそうになりながらも駆けつける。
泣き喚くヒルダの、切られたであろう箇所を検めるが、おかしい、どこも切れてはいない?
「ヒルダガルデ殿は、身代わり石のネックレスを身に着けておいでだ。 とても運がいい」
オズモワールの言葉に、下を見ると、砕けたヘマタイトのビーズがパラパラと落ちている。
これは、命に関わる怪我を負った時などに、身代わりに砕けるはずだ。
本来なら、今の斬撃で、ヒルダは2度、命に関わる怪我を負っているという事だ。
ぼろぼろと涙をこぼして、泣いているヒルダに、
「ヒルダ、ヒルダごめんね、大丈夫?」
そう言いながらも、わたしも涙が溢れてくる。
抱き締めて、その拘束から解いてあげたくても、頑として腕も体も空中から降ろせない。
「さあ、どうしますか? お嬢さん。 貴女も嘘をつかれるのでしたら、このままヒルダガルデ殿へのお仕置きが続いてしまう事になりますが」
オズモワールは、さも気の毒だといわんばかりの、同情的な声音で言っている。
「別にいいのですよ? 身代わり石が底をついて、ヒルダガルデ殿が致命傷を負ったら、そのあとはまた、馬車の中の乗客を一人ずつ血祭にあげていきましょう。 貴女の回復魔法でも追い付かないほど早く、次々とね」
どうしたら?
どうしたらいいの?
こんな状況、許せるはずがない。
でも、ここでフレッドを渡してしまえば、すぐに殺されてしまうんじゃないの?
何か、何かいい手はないの?
すると、様子を見ていた第1王子が口を切る、
「フレデリックをこちらが捕えても、すぐに殺すような事はしない。 保証する」
ハッ、とそちらを見ると、
「私の戴冠式までは、生かしておくと誓おう。 あいつには、私の即位の瞬間を見せたいのでね」
にやにやと満足そうな笑みを貼りつけて、こちらを見ている。
すると、ヒルダが涙ながらにこう言った。
「お主等、メイヤード家の者である我に、これだけの仕打ちをして、ただで済むと思うておるのか。 お主の即位などあり得ぬわ」
しかし、第1王子の余裕の表情は崩れない。
「メイヤード家ねぇ。 錬金術の道に進んだ事で、その貴族の道からは大きく外れてしまった君がそんな事を言うの? 面白いね。 それに今の貴族制度は、僕はもうナンセンスだと思ってる。 国の重要な役職なんかも、貴族の世襲制では、どんなボンクラでも貴族の生まれだというだけで重用されてしまう現状は、間違っていると思うからね。 今後は、そういう制度は全て廃止して、能力のある者に役職に就いてもらえるよう改革していくつもりだよ」
周りの軍服姿の男達が、うんうんと頷いて聞き入っている。
ああ、この人達は第1王子のこういう所に心酔しているのか、確かにその考え方は間違ってはいないと思う。
でも、決定的に間違っているのは、それを成すために、他の人が血を流しても構わないというそのやり方だ。
貴族の姫であるヒルダを、馬車の乗客の一般の人々を、犠牲にしても成し遂げようなんて、絶対に間違いだ。
でも、今、わたしにはそれに抗う力も才覚もない。
「さぁ、どうする? このままお仕置きを続けてもいいのかな?」
オズモワールの駄目出しに、
「待って、待って下さい。 一度、馬車に戻らせて下さい」
そう言うと、
「どうぞ、お嬢さん。 あ、言っておくけどそのまま逃げても無駄だからね。 どこまでも追いかけるよ」
と、気味の悪いニタっとした笑顔を浮かべる。
「ヒルダ、ごめん。 一度離れるけど、すぐ戻るからね」
小さく囁くと、
「ぅぐっ、マナ、すまぬ。 っ我が油断していたばかりに」
泣きながらヒルダも答える。
「早くしないと、お仕置き再開しちゃうよー」
意地悪く言うオズモワールの言葉を無視して、馬車へと駆け戻る。
中に入って、扉を閉めて。
震える手で魔法バッグを開ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら、フレッドとセイに出てもらう。
様子を見て察したのか、すぐにわたしの肩を撫でながら、
「マナ、大丈夫、大丈夫だから」
フレッドが、そう言ってなだめてくれる。
涙ながらに、今の状況を説明すると、ふたりはお互いに顔を見合わせて頷き合う。
「マナ、辛い思いをさせてごめんね。 あとは任せて」
フレッドが言うと、セイも続けて、
「マナさん、俺達がヒルダ殿を取り戻しますから、馬車にヒルダ殿が戻ったら、すぐに帰還石でオズワルド先生の小屋に戻ってください」
と、言い聞かせるように静かに話す。
「でも、ふたりは? ふたりはどうするんですか?」
「大丈夫だから。 とにかく、ヒルダが戻ったらすぐ逃げるんだよ」
そう言い残して、ふたりは馬車を降りていく。
馬車の窓から外を見ると、喜色満面のオズモワールと、対照的にフレッドを見る目の苦々しい第1王子の顔が見える。
少しして、空中からの拘束を解かれたヒルダが、よろよろと馬車の方へ戻ってくる。
そして、フレッドとセイは何の抵抗もなく両腕を後ろ手に拘束されて、軍服姿の男達に囲まれる。
やっと馬車へと辿り着いたヒルダを助けて乗り込ませながら、もう1度彼等の方を見ると、
セイがこちらを見ていた。
目が合うと、口元で、
(逃げろ)
と言っている。
涙で視界がぼやけていくが、うんうん頷いて見せて、すぐさま魔法バッグから、オズワルド先生の小屋への帰還石を出し、ヒルダを抱えながら一緒に手を触れる。
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