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第二章
プラヴァシの守護
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それから、ヒルダは寝込んだままだ。
致命傷を2度も受けたのだ、傷自体は身代わり石のおかげで残っていないとはいえ、体への衝撃や精神的なショックは大変なものだろう。
まだ11才の女の子にあんな酷い事ができるなんて、本当に信じられない。
小屋に逃げ帰ったわたしの話を聞いたオズワルド先生は、すぐにヒルダに精神安定の治癒術を施したあと、ベッドに寝かせるようおっしゃった。
「まさか、あやつ等がそこまで堕落しておるとは……。 申し訳なかった、わしの見立てが甘すぎた」
そう謝られたが、オズワルドさんのせいではない、悪事をおこなったのはあくまでも第1王子とその取り巻き、そしてオズモワールだ。
そしてオズワルドさんは、ヒルダの実家であるメイヤード侯爵家に、伝書鳩ならぬ鳥型の伝書デク人形で、急ぎ手紙を送った。
このたびの第1王子の所業と、ヒルダの容体、ついては今後の第1王子の動きに注意されたし、としたためたものだった。
今後の政治的な改革とやらが、どのように行われていくのか、あの様子では血の粛清は免れないだろう。
とりあえずは第1王子の戴冠式までは、フレッドの命は大丈夫なはずだが、その戴冠式がいつになるのか、わかり次第に教えてほしい旨も、メイヤード侯爵家への手紙にお願いしてあった。
そう、フレッドの命の保証は、それまではすると言われたが、セイは?
セイの命は、どうなるのだろう?
ヒルダの快癒を待つあいだ、わたしはオズワルドさんにお願いして、オズモワールが契約したという悪魔について教えてもらう。
「あやつが召喚したのは、地獄の仕事を司る、ダエーワという悪魔です。 混沌、破壊、混乱を招くためなら、何でもやる悪魔であるといわれておりますな」
「弱点などは、ないのでしょうか?」
長い髭を撫でながら考え込むオズワルドさん、だが、
「いや、残念ながら弱点といえる弱点は、聞いた事がないですな」
それでも、わたしは食いさがる
「では、天敵や、対抗できる存在などはいないのですか?」
「ふむ。 でしたらアフラ・マズダーという神に仕える、守護霊プラヴァシならば、その力を借りる事が可能かもしれません」
「守護霊様ですか?」
「さよう。 オズモワールが召喚した悪魔は、魔王クラスではありません。 その下位にいる、地獄の仕事を司る悪魔です。 なので、こちらも上級の神クラスの力を借りるのは無理であっても、守護霊ならば何とかなるかもしれません」
「オズワルドさんは、その方法をご存知ですか?」
「すぐに文献を調べてみましょう。 マナ殿もお手伝いくだされ」
「もちろんです、よろしくお願いします」
そうして、守護霊プラヴァシについての文献を探して調べること2日、
「どうやら火の寺院にて 【ジャシャン】 という祈りの儀式を捧げる必要があるようですな」
という結論に達した。
幸いロランにも、火の寺院は存在するという。
「以前、研究のために行った事がありましてな。 帰還石も、近くの村までのものがあります。 しかし、行かれるならば、寺院の中に犬達を入れる事はなりません。 おひとりで儀式を執り行い、達成しなければなりませんが、よろしいですかな?」
「わかりました。 ひとりで儀式を行い、プラヴァシの守護をいただけるように頑張ってみます」
どうしても何とかしなければならないのは、あのオズモワールの悪魔の力による残酷な行いだ。
悪魔に対抗できる守護霊プラヴァシ様が、どうか、わたしに力を貸してくださいますように。
火の寺院に出かけるにあたって、まず馬小屋を元の場所に戻させてもらい、馬達と犬達の世話をクルルにお願いする。
また、犬用のお弁当を小屋の食糧庫にいくつか置かせてもらって、クルルには、そこから犬達に食事をあげてくれるように頼んだ。
ココ達には、ついて行きたいとせがまれたが、今回はお留守番をしてね、と説得をした。
プラヴァシ様の守護がいただけるまでは戻ってこないつもりだが、それは言わずに、
「すぐに帰ってくるから、いいコで待っててね」
と言い聞かせる。
オズワルドさんにも、
「では行ってきます、みんなをよろしくお願いします」
と頭を下げる。
「マナ殿、くれぐれも気を付けて。 成功を祈っておりますぞ」
そう言って送り出してもらう。
貸していただいた帰還石を取りだして手を触れると、景色がザザッと流れる。
着いた先は、荒涼とした緑のない石や砂ばかりの場所だった。
どうやら近くの村というのは、とっくになくなっているらしい。
けれど、目当ての火の寺院はその先の岩山の上の方に見えていた。
「ふぅっ」
と大きく深呼吸をすると、その岩山の火の寺院目指して歩き始める。
途中、何度か休みながらも5~6時間は歩いただろうか、砂や小さな石に足を取られそうになりながらも、なんとか寺院の前に辿りついた。
火の寺院は天然の洞窟に作られていて、入り口だけ扉が取りつけられている。
ここで一旦魔法バッグの中に入って、家のお風呂でシャワーを浴び、体を清浄にする。
そうして、オズワルドさんに錬金術で作ってもらった白い肌着と白いワンピース、そして白い布を頭に巻き付ける。
足元も白い履物に履き替えて、外に出る。
寺院の入り口の前で履物を脱ぎ、裸足になると扉を開けて奥へと進む。
天井から、
ポチャン、ポチャン
と、水滴が落ちている音がする。
見るとその水滴の落ちる先には、受け止める金属製の容器が置いてあり、わざとその音を響かせるようにしているようだ。
ぼうっと光る最奥へと進むと、前方の壁面に三角形に大きな窪みがあり、そこにそれぞれ燭台が灯されている。
真ん中には沢山の蝋燭が灯された祭壇があり、周りの岩壁が、その火に照らされてチラチラと蠢くようにみえる。
わたしは祭壇へと近づくと、持ってきていた蝋燭を置いて火を灯す。
ここで捧げるジャシャンの儀式とは、感謝の儀式なのだそうだ。
生まれた事への感謝、今、生きている事への感謝。
その感謝の念を捧げるのだ。
祭壇の前に立ち、両手を少し広げた状態で上に持ち上げ、手のひらを上に向ける。
そうして目を瞑り、頭の中で、感謝について考える。
現世で生まれて、両親を亡くしてから、わたしは感謝をする事があっただろうか?
からかわれて、誤解されて、いじめられて、あげく職も追われて、
あまりに辛い事が多くて、ずっと後ろ向きにばかりなっていた。
向こうの世界に未練がない、と言われるほどに……。
もちろん、平和な日本という国に生まれて、おばあちゃんに大切に育ててもらって、学校だってきちんと行かせてもらったし、犬達との生活は楽しかった。
嫌な事ばかりだと思っていたけれど、感謝するべき事って、本当は沢山あったのかもしれない。
でも、日常の中で、改めて感謝って考えた事すらなかったな。
今、改めて、自分の心の中を見つめなおす。
そもそもの、わたしの生まれてきたそのルーツを思う。
そこには、わたしの両親がいた。
お父さん、お母さん、今はもういないけれど。
もう、直接お礼を言うことはできないけれど。
わたしを産み育ててくれてありがとう。
そして、おばあちゃん。
苦労してわたしを一人前になるまで、見守ってくれてありがとう。
ココ、ハク、ミルク。
ずっと一緒に居てくれて、いつも癒してくれてありがとう。
この世界にきてからも、沢山の出会いがあった。
コータ、ミミア、リム、イシュリー、アニタさん。
そしてセイとフレッド。
ヒルダにオズワルドさん。
会えてよかった人達ばかり。
それに、セイもフレッドも、こんなわたしを好きだと言ってくれた。
その気持ちに、今はどう答えていいのかわからないけれど、好意を持ってもらえるのは本当に嬉しい。
今までのような、恐怖や嫌悪の対象ではない男の人。
そんな人に出会えるなんて、思ってもみなかった。
……わたしを、生かしていただいて、ありがとうございます。
……みんなに会わせてくれて、ありがとうございます。
そうして、少しだけ目を開けて、祭壇の蝋燭の火を見つめる。
ゆらゆらと揺らめきながら、赤く熱を発して燃えるその火。
この火は太陽の火だ。
この地の根源、宇宙の根源、数多の命の根源。
その全てをあるがままに受け入れ、その全てを生かし育んでくれる太陽。
すると、うわぁっと意識が上昇していくような、不思議な感覚に見舞われる。
暖かな太陽の光に全身を柔らかく包み込まれて、どんどん、どんどん、上へ上へと昇っていく。
その昇った先に、とても安心感のある、真っ白い空間があった。
そして、フワフワと浮かんでいるのは、光?
小さな太陽とでもいうべき、暖かな、でも力強い無数の光がフワフワとわたしの周りを踊っているかのように漂う。
意識をその光に集中させると、歌っているような、話しているような?
(アリンガトウ~)
(ありんがとう~)
ありがとう? って言っているの?
お願い。
わたし、生まれてきて。
この世界にこられて。
セイやフレッドに出会えて。
とても、とても感謝しています。
ありがとうの思いでいっぱいです。
だから、彼等を助けたい。
助けたい、助けたい、助けたい。
感謝の思いと、助けたいという思いと、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって、ぐっと涙がこみ上げてくる。
光達は、キラキラと瞬いて、
(タスケタイ~)
(たすけたい~)
と歌い出す。
わたしに、正しい行いをさせてください。
大切な彼等を、取り戻させてください。
こうしてここで、お願いをさせてくださって、ありがとうございます。
きらきら、きらきら、ふわふわ、ふわふわ、沢山の光がわたしを取り囲む。
(アリンガトウ~)
(タスケタイ~)
歌うような囁きと、キラキラした瞬きが、とても心地よくわたしを包み込む。
何だか胸がぽかぽかと暖かいような、じわっとするような感覚があって、ふと見ると、わたしの胸の真ん中から少し右側にずれた辺りが、フワフワの光と同じようにポウっと光っていた。
(わたしの胸の中にも、小さな太陽がある)
ぽかぽか、じわじわと暖かいその胸の光からの、何ともいえない安らかな安心感。
その安心感と、暖かさに身を任せて、無数の光達と繰り返す。
(ありがとう、ありがとう、……ありがとうございます)
────────────────────────
……気が付くと。
わたしは、祭壇の前で眠り込んでいたようだ。
慌てて起き上がると、まだ祭壇の蝋燭はたくさん灯っている。
そして、わたしの横たわっていた場所に、赤い魔宝石の美しい腕輪がポツンと置いてある。
きょろきょろと辺りを見回すが、他に人はいない。
これは、わたしが授かったものなのだろうか?
わからないけれど、一応、持ち帰ってオズワルドさんに見てもらおう。
間違いだったら、返しにこなくちゃだけど。
改めて、
「ありがとうございました」
と声に出して、大きく礼をする。
外に出ると、もう真っ暗な夜だった。
魔法バッグの中で着替えて、外に出ると、オズワルドさんの小屋への帰還石に手を触れる。
ザザッと景色が流れ、オズワルドさんの小屋の前に着く。
「ただいま戻りましたー」
そう声をかけてドアをノックすると、中から出てきてくれたのはヒルダだった。
「マナ! よくぞ無事で! お帰りなのじゃ」
そう言って抱き付いてくる。
わたしも、ヒルダが起き上がっているのが嬉しくて、
「ただいま、ヒルダ、もう体の調子は大丈夫なの? 起きて平気?」
そう言いながら抱き返す。
「もう全部で5日は寝ておったから、大丈夫じゃ。 それよりも、あの時はすまなかったな、マナ」
「そんな事。 わたしこそ、あんな風にしか助けられなくてごめん」
「いや、できる限りの事をしてくれたと思っておる。 次は、フレッドとセイを助けねばな」
「うん」
そう言ってまた、しっかりと抱き締め合う。
「しかしお主、3日も帰ってこないとは、心配したぞ」
ん?
わたし的には1日で帰ってきたつもりだったんだけど、3日も経ってたの?
あの火の寺院の中で、3日間ものあいだ、眠りこけていたんだろうか。
でも蝋燭は、たくさん残っていたしなぁ。
誰かが、寝てるわたしをそのままに、蝋燭だけ供えていった、とか?
んー、よくわからないな。
とりあえず、もって帰った腕輪を見てもらわなければ。
「心配かけてごめんね、オズワルドさんは?」
「うむ。 師匠―! マナが帰ってきましたー!」
本当に元通りと言っていいくらいに、元気になっているみたい、よかった。
奥の作業部屋から例の車椅子に乗って、オズワルドさんが出てくる。
「マナ殿、ご無事で何より」
「ありがとうございます。 さっそくなんですが、火の寺院で感謝の儀式をしたら、いつの間にか寝てしまったようで、気付いたらこの腕輪があったのですが」
そう言いながら、赤い魔宝石の付いた腕輪を出して見せる。
「ふむ、おめでとうマナ殿。 無事に、プラヴァシの守護を受けられたようですな。 これはルビーの魔宝石の【退魔の腕輪】です」
その時、キラリと光った赤いルビーの、その煌めきの中に、火の寺院で見たあの無数の光が見えた気がした。
致命傷を2度も受けたのだ、傷自体は身代わり石のおかげで残っていないとはいえ、体への衝撃や精神的なショックは大変なものだろう。
まだ11才の女の子にあんな酷い事ができるなんて、本当に信じられない。
小屋に逃げ帰ったわたしの話を聞いたオズワルド先生は、すぐにヒルダに精神安定の治癒術を施したあと、ベッドに寝かせるようおっしゃった。
「まさか、あやつ等がそこまで堕落しておるとは……。 申し訳なかった、わしの見立てが甘すぎた」
そう謝られたが、オズワルドさんのせいではない、悪事をおこなったのはあくまでも第1王子とその取り巻き、そしてオズモワールだ。
そしてオズワルドさんは、ヒルダの実家であるメイヤード侯爵家に、伝書鳩ならぬ鳥型の伝書デク人形で、急ぎ手紙を送った。
このたびの第1王子の所業と、ヒルダの容体、ついては今後の第1王子の動きに注意されたし、としたためたものだった。
今後の政治的な改革とやらが、どのように行われていくのか、あの様子では血の粛清は免れないだろう。
とりあえずは第1王子の戴冠式までは、フレッドの命は大丈夫なはずだが、その戴冠式がいつになるのか、わかり次第に教えてほしい旨も、メイヤード侯爵家への手紙にお願いしてあった。
そう、フレッドの命の保証は、それまではすると言われたが、セイは?
セイの命は、どうなるのだろう?
ヒルダの快癒を待つあいだ、わたしはオズワルドさんにお願いして、オズモワールが契約したという悪魔について教えてもらう。
「あやつが召喚したのは、地獄の仕事を司る、ダエーワという悪魔です。 混沌、破壊、混乱を招くためなら、何でもやる悪魔であるといわれておりますな」
「弱点などは、ないのでしょうか?」
長い髭を撫でながら考え込むオズワルドさん、だが、
「いや、残念ながら弱点といえる弱点は、聞いた事がないですな」
それでも、わたしは食いさがる
「では、天敵や、対抗できる存在などはいないのですか?」
「ふむ。 でしたらアフラ・マズダーという神に仕える、守護霊プラヴァシならば、その力を借りる事が可能かもしれません」
「守護霊様ですか?」
「さよう。 オズモワールが召喚した悪魔は、魔王クラスではありません。 その下位にいる、地獄の仕事を司る悪魔です。 なので、こちらも上級の神クラスの力を借りるのは無理であっても、守護霊ならば何とかなるかもしれません」
「オズワルドさんは、その方法をご存知ですか?」
「すぐに文献を調べてみましょう。 マナ殿もお手伝いくだされ」
「もちろんです、よろしくお願いします」
そうして、守護霊プラヴァシについての文献を探して調べること2日、
「どうやら火の寺院にて 【ジャシャン】 という祈りの儀式を捧げる必要があるようですな」
という結論に達した。
幸いロランにも、火の寺院は存在するという。
「以前、研究のために行った事がありましてな。 帰還石も、近くの村までのものがあります。 しかし、行かれるならば、寺院の中に犬達を入れる事はなりません。 おひとりで儀式を執り行い、達成しなければなりませんが、よろしいですかな?」
「わかりました。 ひとりで儀式を行い、プラヴァシの守護をいただけるように頑張ってみます」
どうしても何とかしなければならないのは、あのオズモワールの悪魔の力による残酷な行いだ。
悪魔に対抗できる守護霊プラヴァシ様が、どうか、わたしに力を貸してくださいますように。
火の寺院に出かけるにあたって、まず馬小屋を元の場所に戻させてもらい、馬達と犬達の世話をクルルにお願いする。
また、犬用のお弁当を小屋の食糧庫にいくつか置かせてもらって、クルルには、そこから犬達に食事をあげてくれるように頼んだ。
ココ達には、ついて行きたいとせがまれたが、今回はお留守番をしてね、と説得をした。
プラヴァシ様の守護がいただけるまでは戻ってこないつもりだが、それは言わずに、
「すぐに帰ってくるから、いいコで待っててね」
と言い聞かせる。
オズワルドさんにも、
「では行ってきます、みんなをよろしくお願いします」
と頭を下げる。
「マナ殿、くれぐれも気を付けて。 成功を祈っておりますぞ」
そう言って送り出してもらう。
貸していただいた帰還石を取りだして手を触れると、景色がザザッと流れる。
着いた先は、荒涼とした緑のない石や砂ばかりの場所だった。
どうやら近くの村というのは、とっくになくなっているらしい。
けれど、目当ての火の寺院はその先の岩山の上の方に見えていた。
「ふぅっ」
と大きく深呼吸をすると、その岩山の火の寺院目指して歩き始める。
途中、何度か休みながらも5~6時間は歩いただろうか、砂や小さな石に足を取られそうになりながらも、なんとか寺院の前に辿りついた。
火の寺院は天然の洞窟に作られていて、入り口だけ扉が取りつけられている。
ここで一旦魔法バッグの中に入って、家のお風呂でシャワーを浴び、体を清浄にする。
そうして、オズワルドさんに錬金術で作ってもらった白い肌着と白いワンピース、そして白い布を頭に巻き付ける。
足元も白い履物に履き替えて、外に出る。
寺院の入り口の前で履物を脱ぎ、裸足になると扉を開けて奥へと進む。
天井から、
ポチャン、ポチャン
と、水滴が落ちている音がする。
見るとその水滴の落ちる先には、受け止める金属製の容器が置いてあり、わざとその音を響かせるようにしているようだ。
ぼうっと光る最奥へと進むと、前方の壁面に三角形に大きな窪みがあり、そこにそれぞれ燭台が灯されている。
真ん中には沢山の蝋燭が灯された祭壇があり、周りの岩壁が、その火に照らされてチラチラと蠢くようにみえる。
わたしは祭壇へと近づくと、持ってきていた蝋燭を置いて火を灯す。
ここで捧げるジャシャンの儀式とは、感謝の儀式なのだそうだ。
生まれた事への感謝、今、生きている事への感謝。
その感謝の念を捧げるのだ。
祭壇の前に立ち、両手を少し広げた状態で上に持ち上げ、手のひらを上に向ける。
そうして目を瞑り、頭の中で、感謝について考える。
現世で生まれて、両親を亡くしてから、わたしは感謝をする事があっただろうか?
からかわれて、誤解されて、いじめられて、あげく職も追われて、
あまりに辛い事が多くて、ずっと後ろ向きにばかりなっていた。
向こうの世界に未練がない、と言われるほどに……。
もちろん、平和な日本という国に生まれて、おばあちゃんに大切に育ててもらって、学校だってきちんと行かせてもらったし、犬達との生活は楽しかった。
嫌な事ばかりだと思っていたけれど、感謝するべき事って、本当は沢山あったのかもしれない。
でも、日常の中で、改めて感謝って考えた事すらなかったな。
今、改めて、自分の心の中を見つめなおす。
そもそもの、わたしの生まれてきたそのルーツを思う。
そこには、わたしの両親がいた。
お父さん、お母さん、今はもういないけれど。
もう、直接お礼を言うことはできないけれど。
わたしを産み育ててくれてありがとう。
そして、おばあちゃん。
苦労してわたしを一人前になるまで、見守ってくれてありがとう。
ココ、ハク、ミルク。
ずっと一緒に居てくれて、いつも癒してくれてありがとう。
この世界にきてからも、沢山の出会いがあった。
コータ、ミミア、リム、イシュリー、アニタさん。
そしてセイとフレッド。
ヒルダにオズワルドさん。
会えてよかった人達ばかり。
それに、セイもフレッドも、こんなわたしを好きだと言ってくれた。
その気持ちに、今はどう答えていいのかわからないけれど、好意を持ってもらえるのは本当に嬉しい。
今までのような、恐怖や嫌悪の対象ではない男の人。
そんな人に出会えるなんて、思ってもみなかった。
……わたしを、生かしていただいて、ありがとうございます。
……みんなに会わせてくれて、ありがとうございます。
そうして、少しだけ目を開けて、祭壇の蝋燭の火を見つめる。
ゆらゆらと揺らめきながら、赤く熱を発して燃えるその火。
この火は太陽の火だ。
この地の根源、宇宙の根源、数多の命の根源。
その全てをあるがままに受け入れ、その全てを生かし育んでくれる太陽。
すると、うわぁっと意識が上昇していくような、不思議な感覚に見舞われる。
暖かな太陽の光に全身を柔らかく包み込まれて、どんどん、どんどん、上へ上へと昇っていく。
その昇った先に、とても安心感のある、真っ白い空間があった。
そして、フワフワと浮かんでいるのは、光?
小さな太陽とでもいうべき、暖かな、でも力強い無数の光がフワフワとわたしの周りを踊っているかのように漂う。
意識をその光に集中させると、歌っているような、話しているような?
(アリンガトウ~)
(ありんがとう~)
ありがとう? って言っているの?
お願い。
わたし、生まれてきて。
この世界にこられて。
セイやフレッドに出会えて。
とても、とても感謝しています。
ありがとうの思いでいっぱいです。
だから、彼等を助けたい。
助けたい、助けたい、助けたい。
感謝の思いと、助けたいという思いと、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって、ぐっと涙がこみ上げてくる。
光達は、キラキラと瞬いて、
(タスケタイ~)
(たすけたい~)
と歌い出す。
わたしに、正しい行いをさせてください。
大切な彼等を、取り戻させてください。
こうしてここで、お願いをさせてくださって、ありがとうございます。
きらきら、きらきら、ふわふわ、ふわふわ、沢山の光がわたしを取り囲む。
(アリンガトウ~)
(タスケタイ~)
歌うような囁きと、キラキラした瞬きが、とても心地よくわたしを包み込む。
何だか胸がぽかぽかと暖かいような、じわっとするような感覚があって、ふと見ると、わたしの胸の真ん中から少し右側にずれた辺りが、フワフワの光と同じようにポウっと光っていた。
(わたしの胸の中にも、小さな太陽がある)
ぽかぽか、じわじわと暖かいその胸の光からの、何ともいえない安らかな安心感。
その安心感と、暖かさに身を任せて、無数の光達と繰り返す。
(ありがとう、ありがとう、……ありがとうございます)
────────────────────────
……気が付くと。
わたしは、祭壇の前で眠り込んでいたようだ。
慌てて起き上がると、まだ祭壇の蝋燭はたくさん灯っている。
そして、わたしの横たわっていた場所に、赤い魔宝石の美しい腕輪がポツンと置いてある。
きょろきょろと辺りを見回すが、他に人はいない。
これは、わたしが授かったものなのだろうか?
わからないけれど、一応、持ち帰ってオズワルドさんに見てもらおう。
間違いだったら、返しにこなくちゃだけど。
改めて、
「ありがとうございました」
と声に出して、大きく礼をする。
外に出ると、もう真っ暗な夜だった。
魔法バッグの中で着替えて、外に出ると、オズワルドさんの小屋への帰還石に手を触れる。
ザザッと景色が流れ、オズワルドさんの小屋の前に着く。
「ただいま戻りましたー」
そう声をかけてドアをノックすると、中から出てきてくれたのはヒルダだった。
「マナ! よくぞ無事で! お帰りなのじゃ」
そう言って抱き付いてくる。
わたしも、ヒルダが起き上がっているのが嬉しくて、
「ただいま、ヒルダ、もう体の調子は大丈夫なの? 起きて平気?」
そう言いながら抱き返す。
「もう全部で5日は寝ておったから、大丈夫じゃ。 それよりも、あの時はすまなかったな、マナ」
「そんな事。 わたしこそ、あんな風にしか助けられなくてごめん」
「いや、できる限りの事をしてくれたと思っておる。 次は、フレッドとセイを助けねばな」
「うん」
そう言ってまた、しっかりと抱き締め合う。
「しかしお主、3日も帰ってこないとは、心配したぞ」
ん?
わたし的には1日で帰ってきたつもりだったんだけど、3日も経ってたの?
あの火の寺院の中で、3日間ものあいだ、眠りこけていたんだろうか。
でも蝋燭は、たくさん残っていたしなぁ。
誰かが、寝てるわたしをそのままに、蝋燭だけ供えていった、とか?
んー、よくわからないな。
とりあえず、もって帰った腕輪を見てもらわなければ。
「心配かけてごめんね、オズワルドさんは?」
「うむ。 師匠―! マナが帰ってきましたー!」
本当に元通りと言っていいくらいに、元気になっているみたい、よかった。
奥の作業部屋から例の車椅子に乗って、オズワルドさんが出てくる。
「マナ殿、ご無事で何より」
「ありがとうございます。 さっそくなんですが、火の寺院で感謝の儀式をしたら、いつの間にか寝てしまったようで、気付いたらこの腕輪があったのですが」
そう言いながら、赤い魔宝石の付いた腕輪を出して見せる。
「ふむ、おめでとうマナ殿。 無事に、プラヴァシの守護を受けられたようですな。 これはルビーの魔宝石の【退魔の腕輪】です」
その時、キラリと光った赤いルビーの、その煌めきの中に、火の寺院で見たあの無数の光が見えた気がした。
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