『最弱スキルで追放されたけど、結果だけなぜか最強扱い!? 王女も魔王の娘も惚れてきて、因果がバグってます』

Kei_Ogami

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1章

2話 王女のひざと謎の香り

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 馬車の中は、思った以上に豪華だった。
 深い藍色のカーテン、ふかふかのクッション、そして白檀と蜜柑を仄かに混ぜたような甘く落ち着く香りが漂っている。

 「……こ、こんな高級馬車、郷里(さと)のお貴族様でも乗らねぇぞ……」

 カイルは隅っこに縮こまり、声を潜めて呟いた。腰掛けた革の座席が思いのほかふかふかで、警戒心と睡魔が拮抗している。
 
 窓から朝の光が差し込み、藍色のカーテンに淡い縞模様を描いていた。
 風に揺れるカーテンとともに、くすんだ木の香りが混ざり合い、ほんのりと安心感が生まれる。

 ——ウトウト……

 「あなた、なんだか危なっかしい顔をしてるわ」

 優しい声が頬に触れるように響いた。
 目を開けるとその先に、思いがけないほど穏やかな、赤く綺麗な瞳が存在した。

 リュミエールがにっこりと笑いかけ、傍らから大きなクッションを差し出すと、そのまま自分の膝を向けた。

 「――あの、これって、どういう......」

 膝枕を勧められるという、ありえなさすぎる状況に、カイルは思わず声を詰まらせた。
 しかし、リュミエールの目に嘘はなく、むしろ純粋な“心配”の色が濃い。

 「……ごめん、断れない」

 顔が熱くなりながら、カイルはそっと膝に頭を乗せた。
 その瞬間、世界が少しだけ緩んだ気がした。

 ——ちょっ!? 俺、王女様の膝に頭、乗せてる?!

 馬車の窓越しに、騎士団員たちがざわめいているのがかいま見えた。

 「見ろよ……殿下が……膝を、頭に……」

 「お、おい、無礼じゃ……!」

 騎士たちの困惑が、カーテンの隙間から伝わってくる。

 カイルは、ゆっくり目を閉じた。
 リュミエールの柔らかな体温、香り、――そして、自分が安心しているという感覚。

 リュミエールはそっと指先でカイルの髪を撫で、そのまま独り言めいた声を漏らした。

 「この香り……どこかで……前にも嗅いだ気がする……」

 言葉は途切れていたが、リュミエールの眉間に一瞬、遠い時間を思い出すような影が揺れた。

 “偶然”ではない“何か”を、リュミエールが感知し始めているという兆しーー
   それに、まだカイルは気づかなかった。


カイル・エルグランド
【状態効果】:
頭部:王女の膝枕中
心情:驚愕・警戒→徐々に安心
香り:夜風+蜜柑

≪因果律干渉(カオスリンク)>
微妙に発動?(効果:癒し寄与?)





 馬車は、昼を回ったころに小さな河畔の林で休憩を取った。

 澄んだ水の音と、小鳥のさえずり。
 焚き火の周囲では、騎士たちが交代で見張りや休息をとっていた。

 その端で、カイルは焚き火をぼんやりと眺めていた。
 何がどうしてこうなったのか、いまだに整理がつかない。

 その時、一人の中年の騎士が静かに隣に腰を下ろした。

 灰色の髪を短く刈り、鋼のような眼差しを持つ男だった。
 鎧の肩章には、銀の二本線――副団長の証が輝いている。

 「……副団長殿、でしたっけ?」

 カイルが気まずそうに声をかけると、男は小さく頷いた。

 「リヴェルト・カルダ。王国近衛第二隊、騎士副団長だ。緊張せずともいい」

 声は低く、落ち着いていたが、どこか疲れたような響きもあった。

 「殿下が……あそこまで懐くのは、我々から見ても異常です」

 焚き火を見つめたまま、リヴェルトがぽつりと言った。

 「正直……今のうちに逃げた方がいいとさえ、思いますよ」

 「……は?」

 カイルは、ぽかんと目を見開いた。

 「いや、俺……ほんとに、靴の話しかしてないんですけど!?」

 「ええ。聞きましたよ。“靴、逆ですよ”――でしたか」

 リヴェルトの口元が、かすかに引きつる。

 「殿下が一人で出歩くこと自体、前代未聞なんです。あのお方は……周囲との距離を保つ方でしてね。あの笑顔を、我々は……今朝、初めて見ました」

 「……え、そんなに?」

 「そんなに、です」

 焚き火の火がはぜ、赤い火花が宙に踊った。

 「たまにいるんですよ。何もしていないのに、なにかを“呼ぶ”者が。――風向きが変わった、とでも言うべきか」

 「……風向き?」

 「まあ、気にしないでください。……少なくとも、あなたが今“中心”にいることは、否定しませんが」

 「それにしても……香りまで言われるとはな」

 リヴェルトは小さく首を振った。

 「夜風と蜜柑、だったか。――殿下の記憶に残っていたものか、それとも……」

 「……俺、そんな高級フレグランス、使ってないっすよ」

 「ええ。だからこそ、厄介なんです」

 リヴェルトはそう言って、ふっと立ち上がった。

 「……願わくば、あなたが“波風”ではなく、“風の行方”を知る者でありますように」

 背中越しに、どこか予感めいた言葉を残して、騎士は去っていった。


カイル・エルグランド
【注視対象】副団長リヴェルト・カルダ
【評価】:危険度不明/因果不定/殿下特異反応あり
【備考】:王女リュミエールの“再会”暗示あり?





 馬車に戻ると、王女――リュミエールはゆったりと座席に腰かけ、何やら果物の皮を器用に剥いていた。

 透き通った白い指先が、ナイフを滑らせるたびに、果実の皮が薄くくるくると丸まっていく。
 それを見ているだけで、なんだか時間がゆっくり流れているような気がした。

 「お腹、空いてない? 一緒に食べましょう」

 そう言って、剥き終わった果実をひとつ差し出される。

 「……いや、待って。俺、ただの旅人なんですけど?」

 思わず警戒するような声が出た。こんな丁重に扱われる覚えはない。

 「それにあなた、王女様なんでしょ? こんな庶民に……っていうか、そもそも靴の話しかしてませんよ、俺」

 すると、彼女はぷっと頬をふくらませて、ふわりと微笑んだ。

 「うん。でも、あなたは――ただの旅人じゃない、気がするの」

 その言い方は、冗談めいているようで、どこか本気だった。

 「運命の人って、案外、道端で靴を指摘してくるものかもしれないでしょ?」

 カイルは言葉を失った。
 茶化しているのか、本気で言っているのか――彼女の表情は、どこまでも柔らかく、どこまでも真剣だった。

 (……な、なんなんだこの人。距離感、近すぎない?)

 しかし、その香り――ほんのり漂う果実と香草の香りに混じって、どこか懐かしいような感覚があった。
 まるで、子どものころ、誰かに優しくされた記憶がふいに蘇るような、不思議な感覚。

 王女リュミエールは、そんな空気の中で、さらりと一言を添える。

 「それにね……あなたの隣にいると、風が心地いいの。不思議よね」

 カイルはまた、ぽりぽりと頬をかいた。

 ――おれ、靴の話しかしてないのに。
 なんかもう、いろんな意味でおかしくなってきた気がする。


 果実をひとくち口に運びながら、リュミエールはふと窓の外へ視線を向けた。
 遠くで風が葉を揺らす音がした。日差しは柔らかく、まだ朝の涼しさを残している。

 「……あなたの香りを感じたとき、ほんの少しだけ、夢を見たような気がしたの」

 「夢……ですか?」

 カイルが眉をひそめると、リュミエールは少しだけ笑って、でも瞳には真剣な色を浮かべた。

 「そう……夜風に揺れる柑橘の木。誰かの声。手を伸ばしても届かない、でも懐かしい……そんな夢。おかしいわよね、そんな記憶、私にはないのに」

 (……待て、なんかそれ、妙に既視感ある)

 カイルは心のどこかが、ざわりと震えるのを感じていた。

 「俺も、似たような夢……というか、記憶っていうか、最近……ふと、見た気がします。
 森の中で果実を拾った時とか、荷物が軽くなった時とか……」

 「ふふ、それって運命かしら?」

 そう言ってリュミエールが微笑む。
 けれどその笑みの奥には、どこか“確信”めいた光があった。

 「ねぇ、カイル。もし、私が昔あなたと出会っていたら……って、考えたことある?」

 「……昔?」

 「うん。ほんの小さな偶然の連なりで、道が交差する。
 そんな因果の糸って……本当にあるんじゃないかって、あなたといると、そう思えるの」

 その言葉に、カイルは胸の奥にふわりと引っかかるものを感じた。

 ──《因果律干渉》
 ──そのスキル名が、脳裏でぼんやりと光を放つ。

 (まさか……スキルの影響で、“出会い”すら引き寄せた……?)

 けれど、確かめようがない。
 ただ、目の前の王女の赤い瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた



 一夜明けてーーカイルは、やけに早く目を覚ました。

 馬車の天井は見慣れない装飾で、外はまだ朝靄に包まれている。だが、不思議なことに――身体がやけに軽い。

 「……あれ? こんなに寝起きがいいの、久しぶりだな……」

 関節はすんなり動き、視界も澄んでいる。まるで目の前の空気が、少しだけ薄く、明るくなったような感覚すらあった。

 (なんか……世界が、ちょっとだけ“簡単”になった感じ、っていうのか?)

 ふと、胸元の“ステータスカード”を取り出す。冒険者登録時にもらった、魔導式の自己情報記録札だ。

 昨夜までは何の変化もなかったはずだが、今朝は微妙に、数値が動いていた。


【冒険者記録カード】
■ 名前:カイル・エルグランド
■ 種族:人間
■ 年齢:17
■ スキル:《因果律干渉》
■ ステータス:
・筋力:12 → 13
・敏捷:14
・魅力:10 → 12
・幸運:9 → 12


 「……え? なんか地味に上がってるぞ?」

 昨夜、訓練も戦闘もしていない。特別な修練も、アイテムの使用も記憶にない。

 だが、思い当たる節は――ひとつだけ。

 (まさか……あの王女様?)

 リュミエールと過ごした時間。
 泣いていた彼女に声をかけ、なぜか騎士団に囲まれ、なぜか膝枕され……そして、まるで昔から知っているような言葉と笑み。

 「……あの人に、“関わった”から?」

 《因果律干渉》ーーこれまで、「微妙な幸運」や「拾い物」でしか発動を実感できなかったスキルが、“人間関係”によって、作用する――?

 (ほんとに、"因果”に干渉してるなら……あり得ない話じゃない、のか?)

 戸惑いながらも、カイルは小さくため息をついた。

 「……にしても、魅力と幸運って、どんな“上がり方”だよ」

 苦笑しながら身支度を始める。
 だがその笑みにも、どこか光が差していた。



 朝の林は、しっとりとした冷気に包まれていた。
 淡い霧が草の上を撫で、まだ昇りきらぬ太陽の光が斜めに差し込んでいる。

 野営地の中央では、騎士たちが焚き火を囲み、各々朝食をとっていた。
 旅路の途中にしては異様なほど豪勢な食事──さすがは王族の随行といったところか。

 その中で、俺は一人、木の根元に腰かけて、昨夜の余韻を引きずっていた。

 (……寝起きなのに、なんか身体が軽い。いや、気のせいか?)

 感覚的には、目の奥がすっきりしているというか……
 ほんのわずかに視界が明るくなったような、不思議な感覚があった。

 「おはよう、カイル」

 ふいに、やわらかな声が降ってくる。
 顔を上げると、王女リュミエールが湯気が立つ木製の器を手に、俺の隣に腰を下ろしていた。

 「今朝、少し雰囲気が変わってないかな。......なんとなく、だけど」

 「えっと、それは……昨夜の膝枕の気まずさじゃなくて?」

 冗談めかして返すと、リュミエールは小さく笑った。

   「ふふ、そうかもしれないわね。でも、それだけじゃない気がするの」

 彼女の指先が、器を差し出すときにふわりと揺れたカーテンに触れ、そのまま俺の手元の布に絡んだ。

 ……そして、その布越しに、俺の指と彼女の手が――ぴたり、と触れ合った。

 「ーーあ」

 同時に、視界がふっと暗転した。



 どこか知らない、大きな果樹園。
 光がきらきらと降り注ぐ午後のような空。
 色とりどりの果実が実った一本の大樹。その下に、幼い子どもたちが並んで立っている。

 少女が、笑って言う。

   「約束よ。大きくなったら、もう一度……絶対、また会いましょう」

 少年が、すこし恥ずかしそうに頷いた。

   「うん。絶対に。……靴、ちゃんと履いてきてね」

 ふたりは笑いあって、そして──視界がぼやけ、夢のように溶けていった。


 「今の、なんだ......?」

 俺はぼそりと呟いた。

 視界が戻ったときには、まだリュミエールが目の前にいて、器を手に笑っていた。

 「カイル?」

    「い、いや……なんでも……ない……ような、あるような……」

 言いながら、自然と手元に視線が落ちた。

 そこには、いつの間にか開かれていた、俺の【ステータスカード】。淡い光を帯びながら、微妙に変化していた。


【冒険者記録カード】
■ 名前:カイル・エルグランド
■ 種族:人間
■ 年齢:17
■ スキル:《因果律干渉》
※新たな派生効果を検出
《補助能力:幻視触媒》
効果:特定因縁対象との接触時、失われた記憶または運命に関する幻視を得る可能性。
■ ステータス:
・筋力:13
・敏捷:14
・魅力:12
・幸運:12


   「ねえ、カイル」

 リュミエールが、器を置いて俺の顔を覗き込む。

 「わたしたち……どこかで会ったこと、あるかしら?」

 その問いかけに、俺は――言葉に詰まった。
 けれど、心の奥がざわつく。

 さっきの記憶が、ただの夢だとは思えない。

 「うん。多分、ある。昔……どこかで」

 「やっぱり。そう思ったの。……この香りを嗅いだの、初めてじゃない気がする」

 リュミエールが、また少しだけ微笑んだ。
 そして風が、果樹の香りのような甘い匂いを運んできた。

 (……俺、もしかして、王女様と“とんでもない約束”してたんじゃ……?)



 馬車が、最後の丘を越えたときだった。

 視界がふいに開け、眩い日に照らされた白亜の城壁が姿を現した。
 天を突くような尖塔が何本も並び、遠くからでも王都の荘厳さが伝わってくる。

 「……うわ、すげえ……本物の王都って、こんなにデカいのか……」

 圧倒されている俺の隣で、リュミエールがふっと笑う。

 「着いたわ、カイル。ようこそ、王都エルメリアへ」

 そして、さらりと言った。

 「あなたを、お父様に紹介するね」

 「………………」

 「……国王陛下ってことですよね?」

 「ええ」

 俺は即座に、背後の森に視線を向けた。

 (……いまなら、茂みを抜けて、馬車の陰に隠れて……いや、ワンチャンいけるか?)

 すっと腰を浮かせたところで、馬の手綱を引いていた騎士が、低い声で忠告してきた。

 「逃げたら射られますよ」

 「即答!? こっちの心読んだ!?」

 「経験上、そういう男はだいたい逃げようとするので」

 「誰だよ、その前例!」

 そのやり取りを聞いていたリュミエールが、くすくすと笑いながらこちらを振り返った。

 「ふふ、大丈夫よカイル。……逃がさないわよ?」

 その瞳は、真っ直ぐに俺を見つめていて――
 赤く、優しく、そしてどこか“知っているような”光を宿していた。

 (……マジで、どうしてこうなったんだ俺)

 逃げ道は、もうなかった。
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