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3巻

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 第一章 エリダナの街



 第一話 到着と別れ


『落ち人』の俺――アリトことありひとは、仲間とともにエルフの国エリンフォードにある、エリダナの街にやって来た。
『落ち人』とは、他の世界からこのアーレンティアという世界に落ちてきた人を指す。
『死の森』に落ちた俺は、そこに住むエルフのオースト爺さんに運良く助けられ、この世界について学ぶことができた。そして自分と同じ境遇の『落ち人』について調べるため、旅に出たのだ。
 オースト爺さんの助言に従い、爺さんの故郷であるエリンフォードまで来たのはよかったのだが――

「よく来たね、アリト君! 待っていたんだよ! さあさあ、早く話を聞かせておくれ。オーストから君を保護したという手紙をもらってから、アリト君と会いたい、話したいって何度も手紙を送ったのに、あいつは全部無視してくれたからね! しかも、今度は君を旅に放り出したなんて言ってさ。その時の手紙には、エリダナへもいつかは行くだろうとあったから、もう、君に会いたくてずっと待っていたんだよ!」

 あまりの勢いに圧倒されてしまった。
 森と平原の境にあるエリダナの街に着くやいなや、あれよあれよという間に立派な屋敷に連れてこられた。すると、門の前でこのエルフの男性が待ち構えていたのだ。
「さあさあ!」とエルフの男性に腕を引かれ、そのままの勢いで背中を押されて屋敷に連れ込まれそうになったところで、やっと声を出す。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! あ、あのっ、まだ旅の連れがいるので、ちょっと待ってくださいっ!」

 俺の後ろにいる旅仲間のエルフ――リナさんと、精霊族の血を引く少女のティンファは、エルフの男性の勢いに呆然としている。
 俺の従魔のスノーことスノーティアとレラルは、エルフの男性を見上げながらちょろちょろしていた。

「ん? ああ、アリト君のお友達かな。どうぞ君たちも入りなさい。今日はもう遅いから、今晩は皆で泊まっていくといいよ。アリト君はこっちだ! さあさあ!」

 エルフの男性は二人に視線を向けて頷くと、またニコニコと笑いながら俺の手を握り、屋敷の庭へ向かって歩き出した。

「えっ、うわっ、ちょっと待ってくださいっ!!」

 ぐいぐいと、見かけによらない強い力で男性が屋敷へ連れ込もうとするのを、俺は何とか必死に足を踏ん張って耐える。

貴方あなたはキーリエフさん、ですか?」

 恐らく間違いないと思うが、この男性が、オースト爺さんがエリダナに行ったら会うといいと紹介してくれた人物なのだろうか。まずはそこを確認しないと。

「ん? そうだよ。僕はキーリエフ・エルデ・エリダナートだよ。君を保護したオーストとは古い馴染みでね。よろしく頼むよ。というわけで、さあ行こう、アリト君!」

 そう名乗るやいなや、再び俺の手をぐいぐいと引いて奥に連れて行こうとした。
 キーリエフさんの見た目は、どこか神経質そうな顔立ちの、細身の初老紳士だ。
 それなのに、目をキラキラさせていたずらっ子みたいな表情で俺の手を引く姿は、とてもオースト爺さんと同じ長い時を重ねているようには思えない。
 顔は、ロマンスグレーな美形のおじ様、って感じなのに。
 なんだ、この人は!
 俺がエリダナの街のことを考えると嫌な予感がしていたのは、絶対この人が原因だよなっ!

「いやいや、とりあえず一度落ち着いて話をしましょう!!」


 ◆ ◆ ◆


 エリダナの街が見えたのは、夕暮れが近づいてきた頃だった。
 ロンドの町を出ていくつか森や林を抜け、草原を歩いていると、遠くに森と街の姿が見えてきたのだ。

「うわぁ、なんかいかにもエルフの街って感じだな! すごい……」

 目を見開きながら、思わず言葉が口から出ていた。
 街の周囲の壁は今まで訪れた街よりも低く、恐らく二メートルほどだろう。ただ、街壁の上には間隔をおいていくつかの塔があり、その上には警戒する兵の姿が遠くからでも見てとれた。
 近づいていくにつれて赤茶の屋根が街壁の上からのぞき、その奥には街壁よりも遥かに高いたくさんの大木がそびえ立っている。
 大木の森の木々の合間には、樹上に建てられた家々やそれらを結ぶ通路があり、それは圧巻の景色だった。
 その家々も、ミランの森でお世話になったリアーナさんの家よりかなり大きく、恐らく二階、三階建てのものもあるだろう。

「ふふふ。ここはエリンフォードが建国されてから、王都の次に作られた街なの。それまではエルフも妖精族も精霊族も、森や霊山にそれぞれ集落を作って一族で住んでいたのよ。でもキーリエフ・エルデ・エリダナート様が、外の世界も知るべきだと森の境界に街を作ったの。それが、このエリダナの街の始まりね。そして後からエルフの知識を求めて来た外部の人たちが草原側に街を作ったの。だから、この街は森と草原とにかかる街なのよ」

 エリダナの街は、エリンフォードの国の中でも特殊だってことか。この街ができて森から出てきたエルフたちが少しずつ暮らしの範囲を広げていって、今のエリンフォードまで発展した、ということだな。

「ふわぁ。凄いですね! 聞いたことはあったのですが、こんな街だとは思いませんでした!」

 ティンファも目を輝かせている。
 エリンフォードでも、こんな街はエリダナだけだものな。なんかわくわくしてきた!

『アリト、見えないからだっこして?』
「お、レラル。ほら、見えるか?」

 小首を傾げながら見上げておねだりしてきたレラルを抱き上げ、街が見えるようにする。
 レラルは妖精族ケットシーと魔獣チェンダの血を引く珍しい子で、二足歩行になったり、獣姿になったりできる。今は森を出たので猫を一回り大きくしたような獣姿だ。

『うわぁ! ここも大きな街だね。なんだか面白いよ。中に入るのが楽しみだね』

 ミランの森から出たことのなかったレラルは、耳をピンと立てて初めての街に興奮していた。
 まあ、俺も街の姿が見えて、わくわくしてきているけどな!

「うん、どんな街か楽しみだよな! よし、さっさと街へ入ろうか!」

 こうして俺たちは遠くに街を見ながら急ぎ足で歩き、暗くなる前に無事に門のところまでたどり着いた。

「エリダナの街へようこそ。身分証明書とギルドカードを見せてください。入街料金は銅貨一枚になります」

 フェンリルであるスノーや、レラル、鳥型魔獣のウィラールであるアディーことアディーロを見てもにこやかに笑って迎えてくれた門番の人の耳はとがっていた。
 スノー、レラル、アディーは皆俺の従魔だが、子供が従魔を連れていると怪しまれたり、従魔自体を警戒されたりするのが普通だ。
 でも、ここは多種族が暮らす街だからか、スノーたちを見てもまったく驚かない。もちろん、スノーとレラルは種族がバレないように姿を一般的な獣サイズに変えているけどな。
 さて、身分証明書は、どちらを出せばよいか。
 オースト爺さんが用意してくれた身分証明書は、俺の本名のヒビノ姓と、オースト爺さんのエルグラード姓の二つがある。
 悩んでいる間に、リナさんとティンファが手続きを済ませた。

「アリト君?」
「あ、あの。じゃあこれを」

 ヒビノ姓のほうを出しても、すぐに爺さんの関係者だとバレる気がするんだよな……。あとで騒ぎになるのも面倒だし、だったら……。
 おずおずと、ギルドカードと一緒に初めて『アリト・エルグラード』の身分証明書を差し出した。

「!! こ、これは……」

 ああ、やっぱり。なんとなく門番には俺が来ることが通達されているような気がしていたよ……。
 オースト爺さんは、キーリエフさんに手紙を出していたみたいだし。
 まったく、指名手配か!

「し、失礼しましたっ!! すみません、どうぞこちらへお越しください」
「え、いや。とりあえず、キーリエフさんには明日うかがいますとお伝えいただけますか? 今は同行者もいますし、街で宿をとりますので」

 うわあ。スノーたちを見ても余裕だったのに、エルグラード姓の身分証明書で門番さんが慌てるって。
 リナさんは「あちゃー」って表情で見ているし。ティンファはぽかーんってしているけどな……。

「いや、そういうわけにはいきませんので! ちょっと失礼します」
「えっ?」

「じゃあ、これで」と適当に挨拶してさっさと退散しようかな、とか考えていたら、門番がふところから小さな横笛のようなものを取り出し、思いっきり吹いた。
 ええっ! 何をしたの? ……ん? でも音が出ていないよな。

「あの、通ってもいいですか? 後ろに待っている人もいますので」
「ああ、申し訳ありません。どうぞこちらへ」

 俺が後ろの順番待ちの列を示すと、門番は門の脇へ誘導しようとした。

「いえいえ。街の中へ入れてくれたらそれで……」

 俺はそう言って手を振り遠慮する。
 そんな押し問答をしていると、バサバサという音とともに大きな鳥型魔獣が一羽、門の脇の開けた場所に下りてきた。
 嫌な予感がしながら魔獣を見ると、その背からタキシードのような黒い服を着た初老の人が飛び降りた。

「貴方がアリト様ですね? お待ちしておりました。どうぞこちらにお乗りください」

 真っすぐに俺の前に来て、執事のごとく折り目正しく一礼したその人を見て、嫌な予感が当たったことを知る。

「えっ? いや、あの、旅の同行者もおりますから、明日こちらから伺わせていただきます」
「いえ。主人がお待ちですので、どうか今すぐお越しください。皆様もご一緒に」
「いや、あのっ!」

 門番の時から俺は、ずっと断っているんだけど!

「さあお乗りください。主人が首を長くして待っておりますので。失礼いたします」

 魔獣に乗る気はないのに、迎えに来た執事らしき人が再度一礼して頭を上げた時には、俺の身体が浮いていた。

「うわあっ!?」
「えっ? きゃあっ」
「きゃっ! う、浮いていますっ!?」

 俺が声を上げたと同時に後ろからも慌てる声が聞こえたので、リナさんとティンファも一緒に宙に浮いたのだろう。

『ぐるるる。アリト、この人悪い人? スノー、やっつけてもいい?』
「うわっ、ダメ! ダメだスノー! とりあえず大人しくしていて!」

 恐らく魔法だろう。ふわっと身体が宙へ浮いたと思ったら、俺たちはあっという間に鳥型魔獣の背にいた。レラルも一緒だ。スノーは最初こそ抵抗していたが、俺がなだめると自ら魔獣の背に飛び乗る。

「すみません、強制的に乗せさせていただきました。ゆっくり飛びますが、立たないようにお願いします。では行きますよ」

 返事をする前に、あっという間に空へ飛び立つ。オースト爺さんの従魔ロクスのようにビュンッとではなく、ゆっくりとだったが。

「……飛んでいるわ」
「凄いです! 空を飛んだのは初めてですね! うわぁ! とっても高いです! 街の人があんなに小さく見えますよ!」

 ……ティンファって凄く肝がわっているよな。俺たちは無理やり連行されている最中だっていうのに。
 呆然としている間に草原に広がる街の上を過ぎ、木々の間の建物を見下ろす。
 空から見た樹上の街は、遠くから見た時よりもさらに幻想的だった。木々の間にはいくつもの通路が掛けられ、それにつながれた家々がはっきりと見える。
 日本では考えられない光景に圧倒されていると、あっという間に街の奥側にある街壁までたどり着き、地面へと降りていった。
 降り立ったのは街壁のすぐそばにある、木の下に造られた大きな屋敷の前の開けた場所。
 そして、そこで待ち構えていたキーリエフさんに捕まって今に至るわけだ。


 ◆ ◆ ◆


「ほお、これは美味しそうだね! では、いただくとしようか。礼儀作法は気にしなくていいから、皆さんも好きに食べなさい」

 キーリエフさんが屋敷の食堂のテーブルに並んだ料理を見て笑顔になる。

「おうおう! これは美味うまそうだな! 魚とは、いいねぇ。酒が進むってもんだぜ」

 ガハハハハ! と笑いながらジョッキに入った酒を片手に、焼いた魚の干物を食べだしたのはドワーフのドルムダさんだ。
 この人にもオースト爺さんが紹介状を書いてくれていた。でも、爺さんの手紙にはツウェンドの街にいるって書いてあったのだけどな。
 屋敷の前でキーリエフさんと押し問答していたところに、あの後ドルムダさんが乱入してきたのだ。
 ドルムダさんには、オースト爺さんがマジックバッグなど、俺と作った物の品定めを頼んでいたそうだ。俺がこれからエリダナの街へ行くと爺さんに伝えたので、爺さんは手紙にそのことを書いてドルムダさんに送ったらしい。
 俺の訪問を待ちわびていたドルムダさんは、それを読んで、すぐにエリダナの街へ来たという。キーリエフさんとも古い知り合いなのだそうだ。

「俺のほうがずっとこいつを待っていたんだから、俺が先だ!」
「なんだと! この街へは僕を訪ねて来たんだから、僕が優先に決まっているだろう!」

 どちらの用事が先かとドルムダさんとキーリエフさんが屋敷の玄関でめ始めた時に、もう面倒になって二人にこうささやいた。

『もうすぐ夕食の時間ですよね。俺が今からの料理を作りますので、皆でとりあえず夕食にしましょう』

 俺が『落ち人』であることは爺さんから伝わっているはずだから、きっと食いついてくると思ったのだ。
 予想通り効果は抜群で、即座に争いをやめた二人は揃って屋敷の食堂まで案内してくれた。
 今日は宿で旅の疲れをいやしたかったのだが、仕方なくキーリエフさんたちに付き合うことにしたよ。もちろん、リナさんとティンファもだ。諦めが肝心だよな……。
 屋敷の料理人に許可を取って、もう仕込み始めていた料理はそのままに、俺が何品かおかずを追加で作らせてもらった。
 料理長のゲーリクさんは一見、気難しそうだったからどうしようかと思ったけれど、俺が料理を作っている間、熱心に質問してきた。話してみたら気のいい人だったよ。
 作ったのは湖でった魚で作った干し魚を焼いたものと、マヨネーズを使ったポテトサラダ。あとはハンバーグだ。
 ハンバーグのたれは、ロンドの街で買ったマトンの実を細かく切って煮込んだトマトソース。マトンの実は熟していないトマトよりもさらに青臭さがあったが、甘めの玉ねぎのような根菜と煮込むことで、なんとかトマトソースに近い味になった。

「美味い! これは何を使って味付けをしているんだい? こんな味は初めて食べたよ」

 ポテトサラダを食べて興奮しているキーリエフさんは、オースト爺さんと同じくマヨラーになりそうだ。

「うめーな、これは! 美味いさかながあると酒が進むってものよなっ! ガハハハハハッ」

 ドルムダさんは干し魚とハンバーグを食べながら、ガブガブと酒を飲んでいる。
 ドワーフのドルムダさんは小柄な俺よりもさらに背が低く、がっちりとした体格だ。
 腕は筋肉が盛り上がり、たるのような腹まで伸びた長い髭を三つ編みにしていた。
 やはりドワーフは酒が好きな種族なのだろうか。酒の肴になる料理はまだ他にもある。ガーガ豆を塩ゆでしたら枝豆のような味だったし。あとはジャガイモと似た味の芋もあるから、フライドポテトとかも作れる。まあ、これから小出しに作っていこう。
 俺とリナさん、ティンファにレラルとも同じテーブルで、キーリエフさんは色々食べては満面の笑みを浮かべた。

「ちょっと、アリト君。今までこんなの作ってくれたことなかったじゃない! すっごく美味しいわね!」
「ほわぁ。何ですかこれ? 何を使ったらこんな味になるのかさっぱりですが、美味しいです!」

 最初リナさんやティンファは、貴族だというキーリエフさんたちと同じテーブルで緊張して落ち着かない様子だったが、今は夢中で料理を食べている。
 まあ、屋敷前に現れたキーリエフさんの態度からは、気難しい感じなんてまったくしなかったしな。

「アリト! とっても美味しいよ! 焼肉もいいけど、これも好き!」

 うれしそうにそう言ったレラルの口の周りは、トマトソースだらけだ。
 ニコニコなレラルを撫でながら、そっと口の周りを拭いてあげたら、にぱあって笑った。うん、可愛い。
 俺が食事を作っている間に、皆は改めて自己紹介をしたそうだ。
 レラルはケットシーとチェンダの混血だと、初めに伝えてある。リアーナさんから、キーリエフさんには言って大丈夫だと聞いていたからだ。今のレラルは獣姿からケットシーの姿になり、椅子に座ってスプーンやフォークを使って食べている。
 俺を街の門まで迎えに来た人は、やはりこの家の執事だったらしく、料理をしている間に挨拶してくれた。ゼラスさんというそうだ。
 無理やり連れてきたことに対してお詫びしてくれたのだが、まあ、キーリエフさんのあの様子では仕方ないことだったと謝罪を受け入れたよ。
 その時に、リナさんとティンファは客室に案内したと報告もしてくれた。
 とりあえず今日のところは食事で気を逸らすことに成功したみたいだし。明日も何とかごまかして、ティンファをおばあさんの家に送っていこう。
 故郷に向かう途中だからと付き合ってくれたリナさんも、エリダナの街を明日つかはわからないけれど、少なくともこの屋敷は出ていくだろうしな。
 俺も本当はこんな大きな貴族のお屋敷にずっと滞在するのは遠慮したいが、たぶん離れるのは無理だろうと諦めた。
 レラルも好きに過ごせるし、スノーも自由にしていられるのはありがたいけど。
 これからどうなることやら。
 とりあえず今晩はゆっくりスノーをもふもふして癒されたい。なんだか凄く疲れたよ……。


 昨晩は部屋へ案内された後、スノーとレラルを存分にもふもふしてから眠りについた。
 用意してもらった部屋は、品の良さが漂うおもむきのある部屋だった。それとなく置かれている家具は、恐らく名のある人が作った物だろう。
 大きなベッドもあったが、床にスノー用のクッションと布団を敷いて、いつものようにスノーのお腹で寝た。お屋敷の部屋なんて、庶民には居心地が悪いよな。
 そして、今日は普段通り早朝に目が覚めた。
 視界に見慣れない天井が映り、今自分がいる場所を思い出す。
 それと同時に昨日の騒ぎを思い起こしてげんなりし、今日は何としても、キーリエフさんたちに捕まる前に、ティンファやリナさんと一緒に街へ行こうと決意した。

「よし! とりあえず朝食を作って、ゼラスさんに言って街へ案内してもらおう」

 料理長のゲーリクさんに頼めば調理場を使わせてくれるよな。さっさと支度をしよう!

『おはようなの、アリト』
「おはよう、スノー。アディーもおはよう。今調理場へ行ってご飯を用意するから、一緒に来てくれ」
『ふん。仕方ないな』

 アディーは相変わらず無愛想だ。まぁ、それでも付き合ってくれるあたり、優しいのだけどな。
 着替えてから浄化の魔法を掛けて身ぎれいにすると、すぐさま部屋を出て調理場へ向かう。

「おはようございます、アリト様」
「おはようございます、ゼラスさん。様はやめてください。この通り若造なので、呼び捨てでお願いします。それですみませんが、朝食を作らせてもらってもいいですか? それと、食べたらすぐ街へ出て、ティンファをおばあさんの家まで送っていきたいのですけど」
「ゲーリクに言ってくだされば、調理場はご自由にお使いいただいてかまいませんよ。食事の支度までお気遣いくださりありがとうございます。申し訳ありません、あの通り興味を持った方に対しては子供のように振る舞う主ですので。街へはご案内がてら、私が馬車で送らせていただきます。ではお二方が起きられましたら、調理場の脇にあるダイニングへ案内しましょう」
「ありがとうございます。街までよろしくお願いします。では調理場へ行きますね」

 ゼラスさんには、朝食でキーリエフさんとドルムダさんの気を引いた隙にこっそり出かけようという俺の意図が通じているな。さすが執事さんだ!
 広い廊下の真ん中を、両端にある調度品に触らないようにスノーとアディーを連れて進む。調理場へ着くと、朝食の支度を始めていたゲーリクさんに声を掛けた。
 スノーたちは自分で浄化を掛けていつも身ぎれいにしているが、さすがに調理場へは入れられないので、入り口で待っていてもらう。

「おはようございます、ゲーリクさん。すみませんが、朝食のおかずを足してもいいですか?」
「おはよう。……キーリエフ様か?」
「はい。連れを街まで送っていきたいので……。昼の分のおかずも作りますから、温めて出してもらえませんか?」
「まあいいだろう。その代わり俺も一緒に作るぞ」
「はい。素人しろうと仕事で恐縮ですが。あ、スノーとアディーのご飯を先に作らせてもらいますね」
「ああ」

 ゲーリクさんの口調はぶっきらぼうだけど、いい人だ。体形が、今まで見たどのエルフの人よりも大柄でゴツイ。胸板は分厚い筋肉に覆われ、まくり上げたそでから覗く腕もたくましい。もしかするとエルフ系の混血なのかもしれないな。
 まあ、もう俺は「エルフ=クールで知的な美形」なんて幻想は抱いていないぞ。

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