妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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混乱の東京

333 オールクリエイト ~新宿抗争 その3~

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「三島さん。本当に大丈夫なんですか?」
「問題ありませんよ総理。寧ろ、問題が有るとすれば、対処を間違えた時でしょう」
「これだけ世間を騒がせる事態になっているんです。何を呑気な事を!」
「官房長官。これは単なる余興に過ぎません」
「三島さん、何を!」
「いいですか、御両名。以前から度々申し上げている、能力者の集団について。これは、ほとんど何も判明していないのが現状です。問題なのは、その集団に洗脳が出来る能力者が存在する事です」
「それは先程も貴方の口から聞いた。だが能力者への対応は、不鮮明な部分が多い」
「総理。だから事を大きくする訳にはいかないんです。洗脳能力者が一番に狙うのは、誰だかわかりますよね」

 首相官邸の総理執務室には、急遽招集された内閣官房長官と特霊局局長である三島健三の姿が有った。
 局長と言えど、単なる官僚に過ぎない三島が、総理執務室に呼ばれたのは、新宿で起きている抗争の説明をさせる為。ただ、それは表向きの招集理由に過ぎない。三島の要望により、首相に急遽時間を作らせたというのが実情である。
 
 三島は抗争に至る経緯を細かに説明した上で、警告を行っていた。それは、これまで何度か報告を上げていた、一部の能力者が暗躍する組織についてである。現状では正体どころか、構成人数すら判然としていない能力者の組織。だが日本の根幹を揺るがしかねない、危険性をはらんでいる。

 ただでさえ人権問題等が枷となり、対能力者に関する法整備は遅れている。今まで法整備の遅れが、深刻な事態として取り沙汰されて来なかったのは、能力者が起こす多くの事件が、どれも小規模だったからである。
 今回の様に、日本全国を巻き込む大事件として報道された裏に、能力者の関与が有ったと知られれば、単なる反社会的勢力同士の抗争どころでは収まらなくなる。

 急ぎ閣議を開かなければならない事態である。場合によっては、臨時国会を開かねばならない事態でもある。ただそれ以前に、事の概要すら把握していないのでは話にならない。日本のトップとも言える二名が、今更ながら事態の深刻さを思い知らされたのは間違いあるまい。

 仮に今回の騒動が、反社会的勢力同士の抗争で片が付けば、それに越したことはない。だが、もし能力者に唆され世論が敵に回れば、日本はひっくり返る。世界でもトップクラスの戦力を持つ自衛隊が、能力者組織側につき、他国と戦争を始める事態になれば、目も当てられない。

 そうでなくても、これから深刻化するだろう能力者が起こす問題は、経済に大きな打撃を与える。社会情勢の危うい東アジア地域は更に不安定となり、欧米諸国にも幾ばくかの影響を与えるだろう。
 もし国内で問題を治める事が出来なければ、助力と言う名目をつけた諸外国の侵攻を許す事態へと発展していくはずだ。
 もう、その時点では自分達の席は、議会の中には無い。

「三島さん。議員の中に、既に洗脳を受けた者が存在する可能性は?」
「あるでしょうね。もしかしたら、身内に寝首を掻かれる可能性だってありますよ、総理」
「どうしたらいい、三島さん」
「そうですね」

 三島は足元に置いてあるカバンに手をやり、幾つかの資料を取り出すと、机の上に置いた。各資料は、数十枚に及ぶ厚さになっている。そして、資料の一覧とも言える一枚の紙を、首相が見易い様に差し出す。
 
「先ずは、この一覧に乗る議員達を、全て処分して下さい。処分の理由と証拠は、資料にまとめてあります。これを餌に、野党と取引をしてもいい。野党からの追求も抑えられるはずです」
「馬鹿な! ここに乗ってる議員は、野党だけじゃないぞ!」
「官房長官、当然ですよ。この際、肉を切らせて骨を断たねば、世論の目を逸らす事は出来ません」
「三島さん。何もそこまでやらなくても」
「いいですか総理。今まで通りのらりくらりとかわせるとは、思わないで下さい。相手は、喉元に刃を突き立てているんです」
「わかっている」
「いいや。総理、貴方は何もご理解されてない! これは、やり場の無い能力者達の怒りの声でも有るんです。わかりますか? 彼らも日本人なんです。法で守られるべき者が、迫害を受ける世の中にしているのは、政治家でしょうが! 私は、能力者達の人権を守る為にも、戦わなくてはならない! 政治家が何もしないなら、私はあなた方を敵に回しても、彼らを救う為に戦います!」

 能力者組織の者達も、世に巣食う鬼がいる事を理解していない。それは、世界的に影響力を持つ資本家か、それとも大国の政治家か。どちらとも言えるし、どちらとも言えない。真に恐ろしいのは、盲目的な民衆なのだから。
 
 首相と官房長官は、三島の言葉に従う他は無かった。そしてこれからが、三島の独壇場であった。三島は次々と、事後の対処法を指示していった。そして最後に一つの紙袋を渡す。

「三島さん、これは?」
「総理、これはお守りですよ。一度だけ、異能力を破る力が籠ってます。それを常に見つけて下さい。勿論、各大臣の方々にもお渡しください」
 
 こうして三島は首相官邸を後にする。日本のトップが能力者について、考えを改めたのは言うまでもないだろう。ただ両名が、三島という人物に対し真に恐怖するのは、去り際の一言を聞いたからに他ならない。

「政治家なんてのは、幾らでも変わりがきく。総理大臣も同じです。政治家は公僕である事を、努々お忘れなきよう」

 ☆ ☆ ☆ 
 
 そのころ新宿では、激化する抗争にやや辟易としながらも、アルキエルと肩を並べて戦う冬也の姿があった。
 冬也であればアルキエルを諫め、抗争を沈静化する事も可能であったろう。しかし、冬也はそれをしなかった。アルキエルを止めるのが面倒というよりも、このままの流れに乗って、一掃した方が楽だと考えたからである。

 アルキエルと冬也の顔は、TVの中継で晒されている。その為、今後は動き辛くなる事も有るだろう。かつて、暴力団と事を構えた時と同じく、ネット上では誹謗中傷の類が書き込まれるだろう。
 だが、冬也はそれらを一切、気にしていなかった。ただ当時は、それをネタにペスカをからかった連中を、全て病院送りにした。今回も、矛先がペスカに向かわなければ、大した問題ではないと冬也は捉えていた。
 
 恐らくアルキエルの行動理念を、一番理解しているのは冬也であろう。戦いにおける冬也の本質を、一番理解しているのもアルキエルなのだろう。
 かつて互いに命をかけて戦い、今は家族として生活を共にしている。どれだけ拳を交えて来たか、その数だけ信頼を重ねて来た。戦いにおいて、最大の理解者が傍にいるのなら、これほど心強いものはあるまい。
 例え、何千の敵を前にしても、気力は増すだけだろう。辟易とした風を装っても、多勢に無勢であるこの状況を、密かに楽しんでいるのは隠せまい。

「冬也ぁ。お前も楽しんでる様で何よりだなぁ」
「馬鹿言え、俺は時間稼ぎをしてるだけだ。山中さんが来るまでのな」
「山中ぁ? 誰だそりゃあ?」
「山中美咲。俺達の新しい仲間だ!」
「そいつはあれか? お前が捕まえた能力者か? こんな所にのこのこやって来るなんて、度胸の据わった野郎じゃねぇかぁ」
「野郎じゃねぇ! 女だ!」
「はぁ? 何言ってやがる! 馬鹿猫だって女だったろうが! 男だぁ女だぁ、そんなのは戦いを拒む理由にならねぇよ! ここに群がって来る雑魚共より、ましってもんじゃねぇかよ」
「そりゃそうだな」

 アルキエルの言葉に、冬也は笑みを浮かべた。戦いの中で笑うなど不謹慎か? 否、本当の強者は、絶望の淵でも笑みを浮かべられる。
 冬也はそれだけの修羅場を潜って来た。それはアルキエルもだろう。死すら乗り越えたその先で、掴んだ強さが彼らには有るのだ。
 
 そして、程なく到着するであろう山中美咲。彼女の戦いは、まだ始まっていない。だが、冬也は信じて止まなかった。彼女は、絶対にこの場へ来ることを。そして、必ず乗り越える事を。
 何故なら、彼女は心の底から願い、冬也の袖を掴んだのだから。
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