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「怨霊首 僧玄昉」N.4
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二、三階仏法
玄昉様が、或る日、師から命じられて数冊の経典を借り出しに法興寺(元興寺)書庫を初めて訪ねた時のことにござります。
案内された書庫でその経典を探していました玄昉様は、ふと或る一冊の書物に気を引かれました。多くの仏典、経典を既に読破なさってござります玄昉様は、その書物の著者名に見慣れぬ名を見たのでござります。
この書庫は、道昭和尚が大唐滞在十年、玄奘三蔵に師事して究めました法相の仏典を帰朝と共に持ち帰った大量の書物の一切を保管なされている書庫にござります。滅多と、例え師・義淵様の七上足のお一人と雖も、私的には絶対入室不可の、指さえ触れることの出来ない、どれひとつとっても国宝たる図書の庫にござります。
玄昉様がふと見つけたその書には
「明三階仏法」と銘され、一巻、二巻の二冊が並んでござりました。
「三階仏法」?
玄昉様にして初めて目にする経典でござります。そしてこの書の隣に、
「略明法界衆生根機浅深法」
とこれも初めて見る書が並んでござりました。
未知未見の書への興味が俄かに湧いて参りました。玄昉様はこの二つの書にいったい何が説かれているのか読みたくてなりません。ですが、全て国宝の書、指一本触れることはなりません。その日は諦めて翌朝、借り出してきました書籍数冊を師にお渡しされた時、玄昉様はお訊ねになりました
「成程の、これは面白い。その昔、行基が当寺にて修行中、わが師・道昭様の禅院に此度と同じく書籍数点を借り出しに行かせたことがある。その時、行基は帰って来るなりそなたと同じことをこの坊に訊ねた。
(三階仏法とは如何なるお教えにござりますか?)
坊は答えた、
(三階とは、釈迦の死後、始めの千年を第一階正法、次の千年を第二階像法、そしてその後の万年を第三階末法とする。今我らが生きるこの世は第三階、末法の世、末法とは釈迦の教えが衰え、衆生相争い、やがて地上一切から釈迦の教えが、釈迦の功徳が生滅すると説く)
行基は問うた。
(ならば末法の世にあっては衆生は救われぬのでござりますか?)
坊は答えた、
(救われると三階仏法は説いている。末法の世に在って衆生救われる道はただひたすら普仏、普法、普敬、即ち全ての仏に、全ての経典、全ての僧侶に帰依せよと三階仏法は教える。
第三階、即ち末法の濁世に生きる者こそ、普仏・普法・普敬に依らなければ救われないと説いた。その実践は乞食行である。
乞食行とは是れ、即ち六波羅蜜の一つ、布施波羅蜜を謂う。
是は法相教学の根本にも同じである。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六波羅蜜こそ修行僧たる菩薩の実践徳目であり、その第一の根本が衆生に求める布施波羅蜜であり、布施波羅蜜とは財施、無畏施、法施を謂う。
三階仏法における布施波羅蜜行の根本は無尽蔵行(法)也、上は三宝、下は貧窮者に普く布施を実践するを求める。
「无盡蔵法釈」に説く、
「衆生悉く無始以来の宿債有り。官に在りては法を枉げて財を取り、商となりては他を誑かして利を貪り、農となりては諸蟲を殺し、工師となりては仏物を竊む等、百生千生百却千却その罪あげて数うべからず、唯だ
行者今因無盡蔵施、无始宿債一時頓停…
父母兄弟六親眷属頓出三塗、豈非大益
の無盡蔵施によりて無始以来の業障報障を頓減せしむべきのみ…」
三階仏法に於いては布施波羅蜜こそ業障を除減し祖先の霊を三悪道から救出し、父母兄弟六親眷属を冥界の苦患から救済し、末法に生きる我が身に往生を享ける重要な行である」)
行基は問うた。
(往生とは?)
坊は答えた、
「成仏、即ち悟りを得るを謂う。」
(参考:日本霊異記下巻
諾楽右京薬師寺沙門景戒録
夫善悪因果者、著於内経、吉凶得失、載諸外典、今探是賢却釈迦一代教文、有三時、一正法五百年、二像法千年、三末法万年、自仏涅槃以来、迄于延暦六年歳次丁卯、而逕一千七百廿二年、過正像二、而入末法、然日本従仏法伝適以還、迄于延暦六年、而逕二百卅六歳也、夫花咲無声、鶏鳴無涙、観代、修善之者、若石峯花、作悪之者、似土山毛、匪繕因果作罪、嗜名利殺生、疑善根悪種以此無目之人履 尾叵失之兮託鬼之人抱毒蛇莫朽之兮、悪報遄来、如水鏡向之即現、幸力 被、如谷響喚之必応、現報若之、鳥人不慎乎、此生空過、後悔無益、暫爾身、詎眉存之、泛爾命、孰常恃之、既)
師・義淵様は玄昉様に、次の書籍を紹介しました。それは何れも、かの道昭和尚が玄奘三蔵から授かり我が朝に持ち帰って、法興寺禅院書庫に保管するものばかりでした。
玄昉様が先にその書名を見つけた二籍に加え、次の二籍を紹介されました。
「十輪経抄三巻 大乗昉撰」
「大乗十輪経鈔二巻 大乗昉撰」
そして師・義淵様は玄昉様に特別な許可を与えました。法興寺禅院書庫でこれら書籍の閲覧を許可するものでした。
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