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「怨霊首 僧玄昉」N.3
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秦氏には別の一面もあり、蘇我氏のような圧権的な勢力とは別に、その農耕、酒造技術、また養蚕技術などで倭国の経済を発展させ、また更に、大唐の文化や宗教、芸術にも通じて、漢籍の輸入、仏像の製作、仏典経典の講釈などで倭国での文化、仏教の興隆に大きく貢献していたのでござります。
特に義淵様と同じ阿刀氏のお坊様達が数多くご活躍なされておりました。そうなのです、秦氏の力は倭国にまるで雲の巣のように縦横に、そして密に張り巡らされていたのでござります。しかし秦氏統領は決して表に出て威を張るような真似はなさりませんでした。何故なら秦氏は長い一族流浪の歴史の中で奢れる者には必ず悲惨な末路が訪れることを知っていたからではないでしょうか。
ただ蘇我氏は道を換え、結果、蝦夷、入鹿の親子の時に、消滅してしまいます。
さて、そんな秀才犇めく義淵様のお弟子様の中でも、玄昉様はその才更に高く、その将来を羨望されるほどのお坊様でござりました。
ですが、玄昉様は、同じ阿刀氏のご出身ながらその家柄が低く、悲しいことに、朝鮮からの渡来系の人々は何よりも、その人の能力云々よりも、その家柄を、血統を、そして事の順序をのみ何よりも尊ぶ人々でござりました。
仏典経典を諳んじる程の秀才にござります玄昉様は、師が教えるところ、教義が指し示すところに無我夢中になられていた間はそれで良かったのですが、或る時ふと玄昉様は気付かれたのでござります。
「我にいったい何がある?」
そうです、玄昉様は仏典経典を究めれば究める程、我にいったい何がある?と悩まれるようになったのです。
「何がある?」
とは、突き詰めますと、
「何もない」
ことを自覚することに過ぎません。
玄昉様は悩まれました。これ程に、誰にも負けぬ程、仏の教えを究め乍ら、果たして我は一体何を得たのか、我には果たしていったい「何がある?」と悩み続けてござりました。
玄昉様は、他の「七上足」の境遇を羨みました。他の者たちは生まれたその時からその将来は約束された者たちばかりであることを知っていました。岡寺での修行は必ず彼らの将来の名声と地位に花となって装飾してくれるのです。
「我にいったい何がある?」
その時、玄昉様はふと或る人物のこが気になりました、
それは同じ「七上足」の一人と尊ばれてござります行基様のことにござります。行基様はこの頃、義淵様の更にその師たる、法興寺禅院の道昭和尚様のご遺志を継ぎ、京の内外で行き倒れる哀れな労役民の為に布施屋を建て、農民の病や傷を治療し、飢えていれば飯を食わせ、そして野に山に棄てられ無残な姿を曝す農民の屍体を埋葬したり、それだけではござりません、役民が、運脚夫が渡るに難儀する川に橋を架け、旱魃で飢えに苦しむ農民の為に池を掘り、溝を通して水を貯め、そしてその水を流し、そして望まれれば農民たちに仏の教えを易しい言葉で教えておいででした。玄昉様はしかし行基様のお顔を、遠目にちらと見たぐらいでしかありません。
行基様の為されることは朝廷の意に逆らうことであり、特に右大臣・藤原不比等様の怒りを買い、「あの小僧めが」と罵られて迫害を受けてござりました(書記にも禄されてござります)、玄昉様には理解できません。行基様の為されていることの意味がまるで理解出来なかったのでござります。
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