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「雌(おんな)」No.8
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間口が狭く、客の3,4人も入れば満席、その程度に思って中に入って藤子は驚いた。奥に長く通路があり、片側に障子で囲った座敷部屋が並び、酔客のガサツな声に混じって女たちの嬌声が賑やかに聞こえる、どの部屋も客がいて、その前の通路を通り抜けて、奥の調理場に案内された。
板前が忙し気に皿に料理を盛りつけ、仲居がそれを受け取って走る、板前の一人が手を休め、入って来た藤子を上から下へと、何か見惚れるふうに見る。
調理場の奥に、更に座敷が一つ、障子が開いていて、卓袱台に、白髪の坊主頭で、寺の住職が着るような黒の薄い羽織を着た男の背中が見え、男は手酌で酒を飲んでいる。
ふとその男が何かに気付いたように調理場を振り向き、藤子に気付き、そしてもう一度振り返って藤子を見直した。何だか驚いたふうな顔、だが、前掛け姿の、藤子を案内してきた女の視線に気付いて、目を逸らした、この動作で二人の関係が読めた。
藤子に、この男に、何処かで見たような記憶が、しかし、初めて見る調理場や店内の様子が、藤子の記憶を惑せて、何も思い当たらなかった。
前掛けの女は、店の女将で、里子と云った。藤子の話を特に詳しくも聞かず、すぐ雇ってくれた。こうした職を求める女の事情を心得てのことか。
「せやったら、住み込みで働いてくれたらええ、部屋用意しとくし、ここへいつでも来たらええ。住み込みやよって、飯は賄いで済ましてくれたらええ、風呂は近くの銭湯で」
と、これから住む家の地図を書いて渡してくれた。
何も考えずに飛び込みで入った全くの新しい世界だったが、その新しさのどれもが藤子には刺激的だった。料理の名前を仲居らから教えて貰い、その仲居らとのしゃべりも楽しく、そして何よりも、藤子は板前の包丁さばきに、自身も港で揚がった魚を三枚におろしたりして慣れている筈が、板前の捌きについつい見惚れてしまう程に、その時間が楽しくてならなかった。
板前の、白い帽子に割烹着姿、藤子は竜次の姿をそこに重ねて思い出す、竜次は、口癖のように、いつか店を持つんや、と云っていた。
(うち、いつか、あんたの代わりにこんな店持って、うちがあんたの代わりに割烹着着て、そいで、店の名前、うちな、もう店の名前、決めてんね、何んや思う?あんた、楽しみに待っててや)
仲居らはあけすけに色んな話をしてくれた、
女将の里子は、旦那、谷川のお妾さんで、元はミナミ界隈でパンパンやっていたが、その男勝りの器量と客扱いのうまさを買われて、店を任されるようになった、その他にも、ありそうななさそうなことを尾鰭を付けて面白可笑しく話してくれた。
旦那の谷川は、この寺町では、昔からの大寺の、そこの次男坊、若いころから結構やんちゃして、親から二度、三度勘当されていたが、兄が戦死して寺の跡継ぎになった。
が、親や他の兄弟と違って、子供の頃から、やくざとも付き合いがあり、その分、世間浮世のこと、よく心得ていて、商売にも丈け、この辺りでも、真っ先に、寺の敷地に飲み屋街作って、この店の隣に、進駐軍の兵隊さん専門のホテルまで建てて、こっちでも大儲け、している、と教えてくれた。
そんな旦那に見込まれて店を任され、大いに繁盛させていると云う女将の話を仲居らから聞きながら、そんな女将を、藤子は聞いているだけで女ながらに惚れてしまっていた。
実際、女将の、刃傷沙汰の二つ、三つも混じる噂話をする仲居ら自身も、女将のそんな男勝りの度胸の良さに惚れているような口ぶりで話すのだった。
「すごいな、女将さん、うちなんかとてもやないけどそんな真似出来ませんわ」
藤子のそのひとことで、仲居らに冷たい空気が流れた。
「ん?どうしたん?うち、何か要らんこと云いましたんやろか?」
仲居の一人が小声で云った、
「うちら、誰も女将さんに云うてないけど、この前、な、あんた、店出て来る前に、男が一人、まだ店開けてないのに、入ってきて、な、いきなりな、
(ここに、藤子って女、働いてるか?)
ていきなり尋きよんね、
(あんた、誰やね、店まだ開けてないんや、さっさと出てくれんか、うちら、忙しいね)
て云ってやったら、その男、うちのこと、下から睨め上げるようにうちを見て、
(ぐちゃぐちゃ抜かすな、いてこますぞ、ここに藤子がおるのかおらんのかだけ訊いてんねや)
いきなりそんなんやで、うちも負けてられへんや、
(フジちゃんに何の用事やね)
て、かましたってん、そしたら、何も云わんと出てったんや、あんた、何か、したん?ま、云うても、うちらもそこそこのことしてここに来てんねんから、あんたが何してきてようが、ええねんけど、な、せやけど何も心配せんでええねんで、うちら、何も女将に云わへんし」
藤子は仲居の話を聞きながら、竜次が殺された翌くる晩辺りから、藤子の方を鋭い目つきで、見張っていた男の姿を思い出した。
「どんな格好、しとった?」
聞けば、普通の会社員ふうに、カッターシャツ着ていた、と教えてくれた、
やっぱり、あの男、だった、
何者なんや、あいつ、うちに何か因縁有ねんやろか?
「ま、姉さんらにも負けんように、うちも、オイタ、何回か、してきてますんで」
茶化した口調で云うと仲居らもほっとしたように笑ってみせた。
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