雌(おんな)

Tosagin-Ueco

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「雌(おんな)」No.19

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          19、
 物々交換実行日の前夜、藤子と並木は、谷川の実家の寺に隣接する寺の境内に、その日の夕からそこに侵入して隠れ、時間を見計らって木を登り、塀越しに谷川の寺へ忍び入った、モンペ姿に、頭と口を手拭いで包んだ藤子は機敏に動いた、当初、襲撃を計画した時、並木は単独で実行するつもりだったが、藤子は、
 (あかん、並木さん、全部持って逃げる)
 と拒否され、二人で侵入することにした、並木は案じたが、子供の頃から木登りや、走りには自信があると藤子は云ったが、足手まといにはならなかった、

 二人はその日の朝の内、藤子と竜次が暮らした長屋の一軒を訪れていた、
「あいつら、見張ってないやろか」
 藤子は心配したが、
「前に家探しして、ここに何もないと判っている、絶対安全だ」
 その通り、それらしき男の姿は無かった、
 家の中は何もかも破壊されて、物も散乱しているが、家の中のどこかから、竜次の体の匂いが臭ってくるようで、藤子はふと、二人で過ごした日々が思い出され、涙が出そうになった、
 並木に急かされ、元はその上に卓袱台を置いてあった床の、床板を一枚、そしてもう一枚をめくると、床下に、机の抽斗のような箱に、分厚く膨らんだ手帳が数冊、見つかった、
 並木はそれら手帳をぱらっとめくって中を確めると、用意してきた背負い袋にそれら手帳を詰め込んだ、
「多分、もうこれ、公けに使うことはないかも知れないが、万一の時の、二人の命の保障の役に立つ」
 と云った、
 それを聞いて、藤子は、並木にも、大金の有難みが解ったようで、奪った大金で、この後の人生を楽しく暮らしたいと、人並みの欲が出てきたと解って安心した、
 
 二人は、藤子が以前、谷川の妻ふみと面会した本堂裏の邸へと向かった、もう夜は更けていた、並木は、手帳の束を入れた背負い袋を背中に担いでいる、金を奪い取った後、その金もこの背負い袋に詰め込み、一目散に逃走する、
 並木は、大金の保管場所を、同じ邸内で、谷川の配下の者が泊まり込んでいる部屋がそうだと見込んでいた、
 邸内に忍び込むと、男達が警備する部屋はすぐに分かった、電灯が点いて明々とした部屋がひとつだけあった、、中から、男達の、酒を飲みかわす声が聞こえて来ていた、
 暫く待って男達の寝込みを襲うことにした、並木は懐から、筒の長い拳銃を取りだし、布で念入りに磨き始めた、藤子はこんな物騒な物、初めて見て驚いたが、並木がそれを察し、小声で、
「心配しなくていい、消音付きだ、撃っても音はしない、脅しに使うだけだ」
 と平然と云うのを聞き、それに拳銃を扱う様子が手慣れていて、藤子は、この男と組んで良かったと改めて思った、

 たらふく飲んで満足したか、男達の部屋は静かになった、電灯は点いたまま、だった、忍び足でその部屋の前で聞き耳立てると、男達のだらしない鼾が聞こえてくる、
 藤子を部屋の外で待たせ、手拭いで顔半分を隠した並木はそろりと中に入り、畳に寝転がる男達の奥の床の間に、鎮座している大きな金庫を見つけた、見たところ、数字合わせの盤はなく、大きな左右の扉に把手が付いていて、その下に鍵穴が見えた、ダイヤル合わせ式であれば、警備の男達が知らされている可能性は低い、もし知っていても、数字を合わせる手間が省ける、鍵だけなら、最悪、銃弾で壊すことも出来る、そして部屋は男達の飲み空けた酒瓶が転がり、饐えたような酒の匂いが充満していた、並木は今日の作戦の成功を確信した、
 足元に延びる一人の男の足を並木は蹴った、男は寝惚け眼で、電灯を眩しそうに見ながら起き上がったが、目の前に覆面した男の顔を見て、座ったまま声を出さずに後退りした、
「金庫の鍵を出せ」
 並木は厳しい口調で告げた、云われて男は初めて事態を把握し、他の男を揺り動かした、
「鍵を出せ、ボケ、撃ち殺すぞ」
 並木は懐から銃身の長い拳銃を出し、男の頭に銃口を向けた、
「鍵はここに無い、社長が持って行った」
「あるかないか、お前の頭に聞いてやる」
 並木は銃口を男のすぐ目の前に突き出した、
 男は慌ててズボンのポケットをまさぐる、だが怯えと焦りで、なかなかうまく鍵を出せないでいる、他の二人も目を覚まし、緊迫した事態に呑まれて声一つ上げられなかった、
「ぐずぐずするな、撃ち殺すぞ」
 鍵をポケットから出そうとする男の足を並木は蹴った、漸く男は鍵を取り出し、それを並木に見せた、
「開けろ、金庫を開けろ」
 男はどうして良いか躊躇い仲間の顔を見た、
 並木は、その仲間の一人の首根っこを捕まえ、その男の額に銃口を当てた、
「早く開けろ、こいつの脳天、ぶち抜くゾ」
 それでも鍵を持った男はぐずついた、業を煮やした並木は、銃口を、首根っこを捕まえた男の太腿に向け、引き金を引いた、空気を裂くような音が響き、太腿を撃ち抜かれた男が叫び転がった、
「うるさい、静かにしろ」
 並木はその男を捕まえ、頭を拳銃で殴った、男は頭を抱え、そしてミミズのように跳ね転ぶ、
「金庫を開けろ」
 鍵を持った男は、
「撃つな、撃たんといてくれ、今開ける、撃つな」
 金庫の鍵穴に鍵を差し込み、鍵を捻ると、扉が開いた、中に札束が見えた、
「ここへ、金、全部入れろ」
 並木は背負い袋を男に放り投げた、男は並木の方を何度も振り向きながら札束を袋に入れた、
 並木は金庫の中の札束が全部、袋に詰められたことを確認すると、鍵を開けた男ともう一人の男の太腿を拳銃で撃ち抜いた、二人は人間のものとは思えぬ叫び声を上げて、畳の上を転がった、

 部屋から飛び出して来た並木に手を引っ張られて、藤子も走った、邸の中を、元来た廊下を何処かで外れたか、別の廊下へ二人は迷い込んでしまった、
 その廊下の行き着く先に、ひとの影が立っている、並木は構わず突進した、立っていたのは、谷川の妻、ふみ、だった、男達の悲鳴を聞き、恐ろしい事態を察して、口に手を当て、怯えている、
 その前を並木は強引に藤子の手を引き、走った、藤子は足が縺れ、モンペの裾が何かに引っ掛かって、ふみの前で腹這いになって倒れた、モンペは膝の上から足許まで引き裂かれた、藤子の白い足がふみに丸見えになった、その時、ふみが
「あっ」
 と、息を飲むような小さな悲鳴を上げた、藤子は正体がばれたかと思ったが、とにかく顔を見られてはまずいとすぐ立ち上がり、並木の後を追った、
 振り返ると、ふみはまだそこに立って口に手を当てたまま、藤子達の方を見ていた、


          
 藤子と並木は、ほとぼりが冷めるのを待つことにした、500万円の強奪は、現場にその顔を見た者はいなかったが、谷川は全て藤子が仕組んだものと確信しているに違いない、藤子がその日から姿が消していることも藤子の仕業であることは明らかだ、
 拳銃で配下の男3人の足を撃ち抜き、現金を奪った男については、3人は、姿は見たがそれがどこの誰か、見当もつかなかった、だが、谷川は、以前、藤子を襲撃させた時に不意に現れたと云う男、その手際の良さから、その時と同じ男だろうと見ていた、

 藤子と並木の二人は事前に話し合って決めていた通り、藤子は里に戻り、並木は一旦、本来の警察部署に復帰することになった、金と手帳は藤子が、並木は当初渋っていたが、並木にそれらを隠せる場所がなく、藤子が並木の背負い袋をそのまま担いで里に戻ることに納得した、
 藤子の里のことは、大阪で暮らした数年、藤子は誰にも自分が何処で生まれ育ったか教えていなかったので、谷川に居場所を知られる恐れは無いと説明して並木を安心させた、
 当然、藤子は並木に、藤子の里の住所を教え、その隠れ住む家の地図も書いて渡した、お互いに、それぞれの場所で、身に危険が及ばなければ、半年後に藤子の隠れ処で再会して、奪った500万の金を山分けしようと決めていた、

 だが、並木は、金の無事を案じるのか、藤子の体が欲しくなるのか、それとも藤子を信用し切れないのか、月に2,3度、藤子の家にやってきた、そしてその顔は見る度次第と荒んでいく、

 三か月が過ぎた頃、訪ねて来た並木の顔は憔悴していた、酒を荒っぽく飲み干す様子に、訳を尋ねると、普段からその態度に不満を募らせていた上司と口論になり、上司を殴ったと云う、その翌日、並木は平巡査に降格され、その日の内に大阪南部の、山合いに在る駐在所勤務を命じられた、と云う、妻と子は、妻の実家に居ると云う、
 上司への不満、妻への愚痴を止めどなく口にする並木を観ながら、藤子は、この男の性根はただの会社員、夢や野心のない詰まらない男の正体を見るようで失望した、
 (この男には、出世することだけが望み、それしか見えてないんや)
 並木は、酔いが深まるにつれ、やはり藤子を信用出来ないと口にする、並木は云う、もうこれ以上待てない、この先3か月も待てない、今すぐ250万の金と、竜次の書き遺した手帳の束を渡せと執拗にせがむ、藤子はこんな男に250万もの大金を分け与えるのが惜しくなってきた、
 よくよく考えれば、元はと云えば、谷川が、並木が欲しがる手帳は、妹を殺された復讐に竜次が命を賭けて谷川から奪い取った物、それを還せと脅す谷川にハッタリ掛けて500万の金を用意させたのは藤子であり、その金を奪い取ろうと持ち掛けたのも藤子だった、並木に大金250万もの分け前を受け取る資格はない…
 藤子はそれでも並木を根気よく説得し、そしてその体で並木の苛立ちを慰めた、

 並木に会う度、藤子は谷川組の動向を訊ねた、谷川は、現金を強奪されたこと、配下の男らが銃で撃たれたことも警察には届けていない、と並木は云う、訴える筈がない、とも云った、訴えれば並木が元所属した特捜部が待ってましたとばかりに顔を出し、知られたくないことを根掘り葉掘り調べられて丸裸にされてしまう、それこそ藪蛇、になる、
 また、並木はこうも云った、
「谷川の欲しいのは、竜次が書き遺した手帳と、500万の金、これを奪い返すためには谷川は躍起になって自分達二人を探す、そのためにはどんなことでもする、警察は表の戸を叩いて訪ねて来るが、奴らは、裏戸を叩き割って押し入って来る、今も、谷川は配下の者を全国に撒き、まだ居残る進駐軍を通じて、自分らの居場所を探している、ここも安全ではない、あんたがここに戻って来て居ることはこんな狭い村、誰でも気付いている、あんたの噂話で持ち切りだろう、そんなところへ谷川の組の者が、あんたのことを地元の誰かに聞けば、お人好しに、ああ、その女なら、と教えてくれる、何れ、ここも近い内に見つかり、夜中に踏み込まれてあんたは嬲り殺しにされる」
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