雌(おんな)

Tosagin-Ueco

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「雌(おんな)」No.23

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               23、
 藤子からの聞き取りは二手に分けて実施された、藤子には担当が入れ代わっても質問されることに素直に、知っているかぎりに応じていたが、藤子自身、何故、担当が、その名前や所属を告げずに交代しても同じ質問することに特に気にはしていなかった、
「竜次さんは谷川組の男に殺された、どうして竜次さんが殺されたのか、殺した男が
(落とし前、つけろ)
とか云うてたが、どんないざこざがあったのか、うちは知らない、竜次さんからそんな話、一度も聞いたことがない、
 竜次さんが殺されて暫くして、並木が、谷川組の男にうちが襲われた時、うちを助けてくれた、並木は、竜次さんから何か預っていないかとうちに訊いたが、うちは何も聞いていないし、何も渡されていない、並木は、竜次さんが何故、谷川に殺されたか理由を教えてくれた、うちと並木は竜次さんの家から谷川が捜していた手帳の束を見つけた、
それを見た並木がうちに云った、
(谷川に、竜次さんの書き遺した手帳を渡す、その代り、500万を出せ、と云え)
うちは谷川に直接会って並木に云われた通りに云った、谷川は、うちの話を了承した、
 並木は、金を奪い、手帳も渡さない計画を立て、谷川の実家から、そこに居た組員3人を撃って、金庫から500万の金を奪い、二人で逃げた、
 うちは手帳は要らない、500万の金は山分けしようと決めていた、けど、並木は500万の金、全部欲しくなって、全部渡せと云い出した、うちは、金を別の所に隠してあった、いついつ渡すと約束して、並木は帰った、うちは、並木が何処に住んで、どこで何をしているのか一度も聞いたことはない、ただ、警官やというのだけは判っていた、
その並木が、それ以後、一度もうちのところに訪ねて来なくなった、手帳は先に渡してある、もう金は要らなくなったんやと、思っていた、
今、初めて聞いて知った、並木が殺されたこと、うちらあと少しで一緒に暮らすつもりしていた、そやのに、並木、うちのこと捨てたんやと、うち、恨んでいた…
 ごめん、やで、並木さん、うち、知らんかった、あんたに嫌われた、棄てられたと、うち、あんたを本当に恨んでいた、

 耕三さん、薬を飲むようになって、体が少しは動くようになっていた、うちも嬉しくなって、うち、隠してあるお金で、耕三さんを大きな病院連れて行って、ええ先生に頼んで直して貰うつもりしてた、うちの取り分、250万もあればすぐにでも入院出来る、
その、隠してあったお金を捜しに行ったら、裏の墓地、埋めたところに埋めたお金がない、うち、まさかと思って、春猪ばあに、訊いてみた、春猪婆は、
(そんなん、知らん、そんな大金、生まれてこの方、見たことも触ったこともない)
と笑った、
 うちは大阪へ戻った、もしかして、並木が、うちがお金隠した場所知ってて、お金掘り出して、それで、行方くらました、第一、それが証拠に、分け前の250万も、あれから受け取りに来ていない、並木が全部持って逃げたと、うちはそう信じて、並木を捜すことに決めて大阪へ行った、
そやから、うちの家が火事になって耕三さんが死んだことも、春猪ばあの家が焼けて春猪ばあが焼け死んだこともうちは大阪から帰って来て知った、耕三さん、あと少し待っててくれたら、病気直ったのに、それに春猪ばあ、うちが留守中、耕三さんによくしてくれた、お礼もしようとおもっていたのに)

           
 並木が元所属した、進駐軍物資横流し特捜部は、この時既に解体されており、当時の並木の元上司は、竜次の手書きの記録が、生玉神社で寝ていた浮浪者が持っていた、と通報を受けた時、進駐軍が去ってしまった今となってはもう何の役にも立たない、手帳で名指しされている関係各社、関係役人、また個人等への聞き取り調査は悪戯に世間を騒がすだけだと、即座にその破棄を決めていた、ただ公の人間以外の、ただ金の匂いに集まって来ただけの虫けら共は生かしておいて碌なことはない、何らかの方法で始末することにした、
 藤子への尋問もこの元上司が担当したが、破棄、無視することを決定済みの方針に沿って、元上司は、藤子が、この手帳の内容をどれだけ理解しているか、他にこのことを知る者がいないか確認する必要があった、だが初対面で人定尋問しただけで、字もまともに読み書き出来ないと知って、その日の内に、手帳数冊、本庁のごみ焼却場の釜に投げ込み、ほんの数分で灰にした、元上司にただ一つ気がかりなのは、竜次が書き記した進駐軍物資横流しの手帳がこれで全部だったのかどうか、何故なら竜次の日誌の記録の日付が、飛び飛びになっていたことに元上司は気付いていた、
だが元上司は思い直した、時代は変わった、何もかも変わった、今更、こんなものがどこかから出て来ても、古代の遺跡、いや化石のようなもの、何の役にも立つはずがない、

 一方、耕三、春猪ばあ放火殺人事件について聴取した地元署刑事は、藤子の供述の何一つ藤子にとって有利に証明する目撃、物的証拠がなく、全てが口から出任せの云い繕いであると見抜き、アリバイ等の反証をたっぷり揃えて、公判に臨んだ、
「死刑」 
が言い渡された、
         
 頭髪の殆どが白くなった藤子、明日の死刑執行を言い渡された朝、何か云い遺すこと、誰かに伝えて欲しいことはないかと尋ねられたが、明日の死刑を、何だか子供が遠足の日を待ち侘びるような顔をして、
「ありません、あるとしたら、出来たら、今からでも、うち、ええねんけど」
と笑みを浮かべて答えた、
 担当看守は気付いていた、判決から既に数年、死刑囚なら誰もが陥る、毎朝、死の宣告を怖れて拘禁ノイローゼになる、藤子もこの一、二年、何を聞いても、全てが上の空だった、その以前は大体、下の話で看守をからかっていた、
 看守は思う、死刑は残酷だ、と、しかしその恐怖に耐え切れずにノイローゼ症状になってしまうことは、却って人道的といえるのかも知れない、とも思う、死への恐怖から少しでも解放される、事実そうなのかどうかは看守にも判らない、しかし何十年、死刑囚に向き合って、最近になってそう思えるようになった、いや、思うようにしていた、
 執行を云い伝えて戻る看守は、ふと違和感をもった、藤子のあの、軽口をたたいて笑みを浮かべた藤子の表情は、一、二年前までごく普通に云っていた冗談を、ごく普通に云って笑みを藤子は顔に浮かべた、この一年間に観えた、ノイローゼ症状の患者のものではなかった、
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