雌(おんな)

Tosagin-Ueco

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「雌(おんな)」No.24(最終回)

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            24(最終回)
 藤子に面会があった、刑務官が、同じ人物から、以前から申し込みがあった、が藤子との血縁的関連性もはっきりせず、また面会を希望する理由もはっきりしなかったため、許可されなかった、と経緯を話してくれた、
 だが今回は、執行前日で本人の感情の昂りも憂慮されて不許可とするつもりだったが、教誨師からの身元保証と、絶っての推薦があり、許可することに成った、と云った、
 藤子も、面会希望者の名前を聞くと、あっさりと、
「会ってみたい、な」
 と笑みを見せたので、実現することになった、

 看守と教誨師に付き添われて、一人の、やせ形の、僧衣に身を包んだ女が、面会室に入って来た、鉄格子の前で待つ間、女が、俯いたまま、しかし異常な緊張を抑えきれないのか、膝の上に載せた細い手が震えているのを看守は観た、
 
 藤子が、特別に許されて、普段着を着て、面会室の格子の向こうに現れた、
 看守は、予想していた、いつも見慣れた、死刑囚と家族との、悲愴な別れの儀式、泣き喚く声が面会室に響き渡る、そんな景色を看守は予想していた、だが、死刑囚、しかも明日に処刑される死刑囚藤子の明るい声が看守の予想を打ち砕いた、
「ふみ、さん、やな、谷川組長の、奥さん、ふみさん、やな、うわあ、懐かしい、うわ、ふみさんも、頭、真っ白、やん、で、どうしたん、お坊さんの格好して、うち、未だ、死んでないんやで、ちょっと、気、早すぎるんちゃうん?済んでから来てくれても良かったんちゃうん」
 突拍子もなく明るい声、面会者谷川ふみも、付き添いの教誨師も、呆気に取られて二人暫し見合っていた、
「おおきに、な、ふみさん、うち、いらんことしてしもうて、あんたに迷惑かけてしもた、その罰で、明日、うち死刑やて、ホンマ、笑うてまうわ」
 教誨師が風呂敷包みを開けて一冊の日記帳を取り出し、その表紙を藤子に見せた、難しい漢字が書いてあり、看守も読めずにいたが、ふみが顔を上げて云った、
「藤子さん、うちの谷川が、藤子さんに大変なご迷惑をかけていたこと、本人が首を吊って死んでから会社のひとから聞いて知りました、私の方こそ、藤子さんに謝らなければなりません、お許し下さい」
「谷川の旦那さん、死んだん、え、ほんま?辛いな、そんな話、うち明日死ぬ前の日に聞くの、そんなん、辛いわ」
「済みません、今日、藤子さんに是非お会いしなければ、と、本当は、何も、知らせない方が、とも思ったのですが、やっぱり、どうしても、と」
「何?何んやの、何か気になるな、何でもええよ、教えてくれたら、明日にはうち、この世から消えてまうんで」
「これ、私の父の日記、なんです、父が老衰で、死に向かう前に、私に、一冊の日記帳、これを私に見せて云いました、
 (ふみよ、勘の良いお前のこと、儂がお前の実の父親じゃないこと、とっくに気付いていたと思う、済まなかった、それでもお前はけなげに実の娘のように儂に接してくれた、本当に礼を云う、この日記に、昔、儂ら夫婦の若い頃、なかなか子に恵まれず、これは、きっとお大師様が儂の徳の薄さをお叱りに成って子を授けてくれないからだと思い、母さんと一緒に四国へ巡礼の旅に出た、その遍路の旅の途中…

 そこから、ふみは、父・遍照の日誌の一頁を、朗読した、
 (二三番札所薬王寺から南へ、次の二四番最御崎寺へ向かう途中、薬王寺からほぼ半日、海岸伝いに、磯の景色を眺めながら二人、白い杖をついて歩いていた、母さんが突然激しい腹痛に襲われ、熱にも浮かされて一歩も動けず、その場で気を失ってしまった、
 周囲見渡しても、ただ磯の岩場が続くだけ、ひとの住む家は一軒もない、途方に暮れ、狼狽えていると、岩場の間から、男のひとが現れ、土地の人だと思い、妻の状況を云って、近くに体を休めるところはないかと尋ねた、が、その人は何も云わず、私に母さんを背負わせ、ついてくるように手で仕草をした、
 そのひとについて行くと、切り立った崖、その裾の、波がその近くまで荒々しく打ち寄せる辺りに、岩壁を掘って作ったような祠が有った、そこに辿り着くさえ、足を滑らせれば岩場を転がって海に転落してしまいかねず、私は躊躇っていたが、その男に手招きされ、男が示す足の踏み場に沿って後を付いて行き、その祠に辿り着いた、
 祠と云っても中は狭く、柱も、壁板も、汐風に曝されて今にも朽ちてしまいそうに、海苔に塗れてみすぼらしく、しかし私は、もしかして、この祠こそ、千数百年も昔、お大師様が修行の為、立ち寄られ、ここで荒海に向かって読経に明け暮れなされた、それこそ何百年も人の眼に触れず、ひとの口にも噂されず、幻の祠かと、もしや、その巡り合わせをお大師様から頂いたのではと深く感謝して、私は、手を合わせて、念仏を暗誦した、
 男は何も云わず、磯の岩場で火を起こし、その火で谷の水を沸かして粥を炊いて、母さんの口に入れた、信じられないことが起こった、気を失っていた母さんが、目を覚まし、そしてその額に手を当てると、先程迄触れるさえ火傷しそうだった熱が、噴き出た汗でひんやりとして、母さんは起き上がって、ここはどこなのと、尋ねた、
 暫くして、子供の声、それも乳飲み子のような声が聞こえ、この祠の奥にもう一つ部屋があり、そちらを見遣ると、世話をしてくれた男と女のひと、男の妻か、そして二人の子供、一人は四つか五つの女の子、もうひとりも二つぐらいの女の子、女の背中に一人、乳飲み子がおぶさっている、
 夫婦は、どこかで物乞いでもしながら生きているような様子、私が、助けてくれたことに感謝の言葉を述べると、男は恥ずかしそうに笑みを見せたが、女のひとはまるで反応はありませんでした、
 それで殆ど、この夫婦、そしてこの家族の悲惨な状況を私は察した、
 私は母さんと相談した、
 この出遭いは、私ら夫婦の仏罰をお大師様がお許し下さり、私ら夫婦にこの哀れな子供らを授けて下さっているのだ、私らがこの子らを、このまま放っておけばやがて、飢え死にするか病に罹って死んでしまう、無事生き延びてもこの子らに、幸せが来るとは思えない、私ら二人で私らの子供として大事に育ててやったらどうかと、話し合ってそうすることに決めた、
 そして男に、手の動きで私ら夫婦の想いを伝えた、男は長い間考えていましたが、決心してくれたのか頷いてくれた、そして小さな二歳ぐらいの女の子と女の背中に負ぶった乳飲み子を指さした、女は、私と男が何を話しているのか理解したのか、声を出さず、暴れ出したが、男に目で説得され、やがて頷き、そして床に額をくっつけて泣いた、
 私は持っていたお金の全てを男に渡した、金など街道に戻れば何処かの寺を頼れば何うにでもなる、私が二歳の女の子を手を引き、母さんが乳飲み子を背負って祠を出た、
 残された四、五歳ぐらいの女の子が私たちの後を追っかけて来るのが分かった、そしてようやく磯の岩場から抜けた私たちの前に、手を広げて通せんぼ、した、私は、女の子にこの子たち二人は、私たちが必ず幸せにする、大事に育てると、説得した、
 女の子は理解してくれたのか、私たちに背を向けて、振り返り振り返りしながら戻って行った、泣いているのかその背中が震えていた、その女の子の、右足の脛の裏に、黒い大きな痣が見えた、よく見ると、蜘蛛の形をしていた、
 私たち夫婦は、女の子の小さな背中を見送りながら、こう願った、
 (いつか、お前たち兄弟が生き延びて、この世でもう一度相見える機会が有れば、その機会を見逃さぬ様、お大師様が去ってゆく女の子の足に、痣を造って目印にして下さった、必ず再び、この哀れな兄弟たちが巡り会い、必ず幸せが訪れますように)」

「私は父に訊ねました、その時の赤ちゃんは?父は悔しそうに顔を歪めて云いました、
 (こっち連れて来てすぐに流行り病に罹って死んでしまった、私ら夫婦が、殺したかもしれないと今でも悔やんでいる、私らが勝手な事をしたんじゃないか、親子を引き裂く飛んでも無いことをした、それでお大師様が、私らに天罰を)」
「私は、父の臨終を見送ってから、父の日誌に書いてあった場所を探しすため、巡礼に旅立ちました、23番札所から国道を離れ、海岸線伝いの、時に道は岩場で途切れ、海に消え、そして山の道へと迷い込みました、
 私は、宗教的なことは何も知りません、ですが道に迷って崖の上に立ち、磯の岩場で途方に暮れて、足を汐に洗われている内、私の心が次第と清浄されていくのが判りました、 
 初めは、ここに来てしまったことをやはり後悔していました、今更、と思う気持ちが有りました、ですが、歩くうち、私の心から邪念が消えて、ただひたすら、そこにまだ生きているかも知れない、父や母、そして私たちから引き離された姉が、今もそこで暮らしているかも知れない、早く会いたいと思う心が強くなりました、
 私は、あちこち尋ねて歩きました、そして、或るひとが、昔、この向こう、磯の岩場に祠らしきものが在ったと云う場所を教えてくれました、
 岩場で足を滑らせ、何度か海に落ち乍ら、そして、私は見つけました、ですが、時は残酷でした、無情でした、切り立った岩壁の裾に、祠の跡らしき、木の柱や板壁の残骸が、崩れ落ちた屋根が磯の岩場に散乱し、打ち寄せる波に洗われていました、
 出会った漁師の方に聞きました、
「えらい古い話やな、せやけどはっきりとは判らん、いつの間にか、誰も居なくなったなあ、もう何十年も前の話やけんなあ、儂らあの近くまでさざえやアワビを取りに行く、いつも祠が見えとって、時々誰か、なんか親子で住んでるようやったけんが、いつか大きな台風が来て、粉々になっているのを見たが、それからそこに誰も見掛けんなって、どっか別のところに逃げて行ったんやろと別に気にもせんかった、
 そう云や、一人きれいな娘さんが居たな、そうや、フジちゃんや、大きい成って、港の市場で暫く働いとったが、行商の、そや、徳田のあそこ切って、逃げた、いう話があったな、嘘かほんまか知らんけど」
 話疲れたか、ふみは暫く俯いていた、が顔を上げて、云った、
「藤子さん、あの晩、逃げて行く藤子さんが、私の前で、躓いて転んだ時、藤子さんが履いていたもんぺが破けて、私、目の前で、藤子さんの脛の裏に、蜘蛛の形をした痣を…見たんです」


 その夜、明日早朝死刑執行の前夜、藤子は夢を見ていた、
 藤子は、磯の、波が激しく打ち砕ける、切り立った崖の裾、そこに張り付くように建つ小さな祠の中で、屋根裏を見上げて、屋根裏に張り付いた蜘蛛の巣を見ていた、
 そこに小さな蜘蛛が一匹、そして蜘蛛の巣の中央に別の大きな蜘蛛が一匹、互いに睨み合って動かない、ふと吹いた風に巣の網が煽られた瞬間、小さな蜘蛛が大きな蜘蛛の後ろに素早く回り込み、大きな蜘蛛の腹を数本の足で絡めると交尾を始めた、
 しかしそのほんの一瞬の後、抱え込まれていた蜘蛛が暴れて小さな蜘蛛を跳ね返すと、小さな雄蜘蛛は仰向けにされ、雌蜘蛛の糸に巻かれて身動きできなくなった、暫くもがいていたが、その腹に雌蜘蛛が喰らいつき、むしゃむしゃと音立てて喰い始めた、その音は藤子にも聞こえた、小さな蜘蛛は足を丸めてもがいていたが、やがてぴくりとも動かなくなった、
 雄の腹を食い破った雌蜘蛛、眼下の藤子に気付いたか、八つの、冷たく光る眼で藤子を睨み据える、藤子は、恐ろしくなって、寝床から這って逃げ出した、その藤子の背中に、雌蜘蛛、舞い降りて、鋭い牙で、藤子の首に喰らいついた…

 藤子の心は、激しく動揺した、数時間後に迫る死への恐怖に戦慄した、手が、足が、そして体が震えた、ふと藤子の耳奥に、ふみの言葉が聞こえた、
 (姉さん、私、あの日を境に、大日如来様に身を委ねました、そして今、ここに来て姉さんにお会いして、これも如来様のお導きと思います、そして、姉さん、私は、ずっと姉さんのこと、如来様と一緒にお祈りしております、何も恐れることはありません、私たちが傍にいます…
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