悪役に徹しなければ。

いたう

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2.鍛錬

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2.鍛錬








「もう良い…下がれ」






侍女が礼をしながら恭しく扉を閉めたのを確認すると、嘆息を漏らす。湯浴み後の少し湿気た髪を、後ろで一纏めにくくると、漸く自分の時間というやつで。

やることは決まっている。鍛錬だ。





奥の棚に視線を向け、右手を向ける。呼び寄せる仕草でくいっと指先を手繰ると、透明化をかけていた分厚い書物が、空中に引っ張り出される。

ふわふわと寄ってきたそれを掴み、机に放る。
指を鳴らし、魔法を解除した。

ーー魔法の詠唱などはもはや必要ない。
フェリクスには、魔術師としての才がある。


姿を現した黒い表紙には、何も書かれていない、闇魔法書らしい闇魔法書。
その表紙を愛でるように一撫ですると、個人の魔力に反応して微細に光り、昨日読み続けた項まで、自動で開けてゆく。


パラパラと捲られていく本からの風が、束ね損ねた自身の横髪を揺らす。
肩につく程度の長髪だが、本を読むのには少し邪魔だ。プライベートの空間になると、つい一纏めに括ってしまう。

本当は、"フェリクス様は髪など縛らない"…のだが。今、彼を見ている人物は居ないので、妥協して構わないだろう。


「…幻覚と悪夢か…」


("記憶消し"に続けて、また試し難い項だわ…)と内心だけで愚痴を吐くと、気だるげに頬杖をつく。

視線は書物に落としたまま、指先で記載された古語を空間に描いていく。それらは流線状にもつれながら薄緑色の光として広がって、自身の瞳孔に幻覚魔法を焼き付けていく。



「ハッキリと描くには魔力消費あり。……これを、時間差で発動するには……」

問題なく目前に木の魔物がいるが、幻覚を具体的に動かすのに、魔力の消費を感じる。
また、使用する事態に備え、時間差で映らせる工夫ができないか試していきたいものだ。

「…3日で習得する」

誰に宣言するわけではないが、覚悟は必要だ。
午前中に基礎剣技と貴族マナー、日中に教養と政治と音楽を手習し、夕は薬草を管理・育てて調合、宵は呪いや発禁の書の類に向き合うのだから。それをもう、4年は続けてきた。
抜かりないつもりだ、必要なものは寝る時間さえ削って頭に叩き込んできた。


(学園入学まで、あと1ヶ月ね…)

気を抜けない。この分厚い書物を全て試し終わらせてから、学園に行きたいのだから。


焦る必要がないくらいやってきたつもりだ。けれど上手く立ち回れるか不安が拭えず、もどかしくなって、髪をくしゃくしゃに掻く。

「大丈夫だ、落ち着け…」



(絶対、やってやるんだから…!!最強の魔術師と謳われないと、私の大好きなフェリクス様じゃ、ないんだからッ…!!!!)


魔法も薬学も本来ならば15歳から習うのを、ひっそりと実施してきた。自信を保とうと息を詰め、指先に込める魔力出力を上げていく。



部屋が一寸眩く緑に光り、窓から覗く月はそれを涼しげに眺めていた。

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