屍人の陰陽師

うてな

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ヨスガ編

036 一歩も動けない

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歪が解かれたと思った瞬間、その場に現れた巨大な龍。
龍は霊体とアスファルトを悍ましい音を立てて咀嚼しながら、一同を見下ろした。ケンは驚いた様子だったが、冷静にも翔太郎を抱えて安全な場所へ運ぶ。運んでいる途中、翔太郎は目を覚ました。目覚めた早々、想像上の生き物が視界に入った為に、再び眠りにつこうとする。

「龍…。あ、夢か…。」

「部長!夢じゃありません!!」

「え!?」

翔太郎は飛び起きて、周囲の様子を見る。みんなは無事で、大きな龍が突如現れたという状況を理解できた。

「この龍は…?」

「わからん…!」

と言ったのは星夜だった。星夜の視線は一瞬だけ、海美の方へ向かった。海美も龍が見えているらしく、驚いて足が竦んでいる様子。翔太郎はそこで、星夜がそう言った理由がわかった。

(こういう不可思議な生き物の場合、妖である事が多い。でもこの龍は、妖が見えないはずの海美やケンくんにも見えている。つまり、この龍は妖でない可能性が高い。)

龍が舞い降りた際に、建物が多く半壊状態になった。そして半壊した建物から、人が避難しようと顔を出していた。龍はそれを見ると、避難しようとしていた人達を食べてしまう。あちらこちら、人を見る度に噛み付いて飲み込む。血飛沫が辺りに飛び、人の悲鳴や泣き叫ぶ声が響いた。その光景に、翔太郎やケンや海美はショックを受ける。そしてただ一人、星夜だけは物怖じしなかった。

星夜は龍を睨むと、全身に光を纏って龍に攻撃を仕掛けた。顔面に拳を一発当てると、龍の身体はいとも簡単に傷ついた。顔の殆どが星夜の攻撃で失われると、星夜は言う。

「倒すのは容易そうだが…ん?」

星夜は龍の様子がおかしい事に気づく。すると龍の胴体から、頭が新しく伸びてきた。星夜はそれを見て目を剥く。

「新しく顔を作った…!?こやつ、本物の化物か!?」

すると更に、龍の胴体から数え切れないほどの触手が伸びてきた。触手は星夜に向かって猛スピードで伸びてくるので、星夜は拳で触手を破壊し続ける。しかし次の瞬間、一つの触手が星夜の攻撃を凌いで星夜を捕らえた。

「琴爪くんっ!!」

翔太郎はそう言って、龍を見上げた。星夜は全身に光を纏って触手を攻撃するも、触手には全くダメージが入っていなかった。星夜は触手に締め付けられ、歯を食いしばりながらも言う。

「こやつ…!触手に強力なバリアを…!」

すると龍は、やっと声を出した。

〔ハァ…人間ってこんなに美味しいんだぁ…!幽霊はその次に美味しくて…お前はもっと美味そうだなぁ…!〕

口角の上がった龍の口から、だらしなく血の混ざった唾液が垂れる。星夜はその言葉を聞きながらも、龍の翡翠色に光る瞳を見つめていた。強かった星夜が呆気なく捕まったのを見て、翔太郎は絶望を感じた。足が震えるのを感じながら、翔太郎は思う。

(こ、この龍の心象世界へ…!僕なら止められるかもしれない…!)

手を伸ばしたが、脚が動かない。手も震えだすと、そこへ触手が翔太郎に向かってくる。薙ぎ払おうとしているようだ。翔太郎は動けず呆然としていると、そこへ海美が飛び込んできた。翔太郎が名前を呼ぶより先に、海美が触手によって薙ぎ払われる。
そのまま海美は、建物の壁に全身を打ち付けた。が、それは式神らしく、ポンッと元の紙の姿になってハラリと落ちる。翔太郎はそれを見て足を竦ませると、海美は言った。

「ボッとすんな!!弱腰兄貴!!」

そして海美は、札を片手に式神を呼ぶ。

「干支の式神、戌の刻に顕現せよ!…【バザラ】!」

すると海美の持つ札から、犬耳のお兄さんが出現する。着物を着ており、額に札を貼り付けていて顔が見えない。

〔唵三髯髯索娑嚩賀(おんさんざんざんさくそわか)〕

バザラはそう言った。海美はバザラを見ると頭を抱えた。

「こんな時にバザラ!?くっそー!コイツは結界しか取り柄ねぇよぉ!!」

バザラはそれを黙って聞いていた。
一方ケンは、水道管が破裂してしまった場所を見つけて水を浴びていた。水を肌から吸うケンの身体が膨れていく。

(星夜さんが危ない…!絶対に助けないと!!)

ケンは巨大なイカになると、こちらも触手を使って星夜を捕まえている触手を強く握った。龍はケンに気づくと言う。

〔お前も妖…?なんか…美味しそう。〕

〔食いしん坊…ですか、妖らしい。〕

ケンはそう言って触手の先から大量の水を龍に当てると、龍はその水に圧倒される。その瞬間に星夜を捕まえる触手が緩んだので、星夜は脱出して龍に光の拳をお見舞いした。かなり力を込めたらしく、周囲に強力な衝撃波が轟いた。人なら飛ばされるほどの暴風とも言える衝撃波、建物は簡単に崩れていく。ケンは触手を伸ばして、周囲の人間を守っていた。すると海美と式神のバザラは言う。

「バザラ、守れ!!」

〔唵三髯髯索娑嚩賀(おんさんざんざんさくそわか)〕

その言葉を唱えると、飛ばされそうになっていた他の人々に結界が貼られた。



そしてそれを、マンションの上で見ていたユリア。ユリアは暴風に身体を煽られて空に浮くと、札を出して結界を貼った。全身を包み込むような円形の結界。その結界はゆっくりと重力通りに降りて行き、ユリアはそれらを見ながら呟く。

「…ヨスガが身体を乗っ取ったって言う妖、ただの妖じゃなさそうね。さて、耐えられるかしら。」


星夜が攻撃した後。龍の身体は跡形もなく消えていた。龍の居た場所と周辺は、大きなクレーターになっている。星夜は体力が限界なのか息を荒くしており、膝をついた。星夜は胸を押さえながらも思う。

(くっ…力を使い過ぎた…!)

翔太郎は結局見ている事しかできず、未だに呆然としていた。そこへ海美がやって来て、翔太郎を揺すりながら言う。

「おい兄貴!!しっかりしろ!」

しかし翔太郎は涙を流し、恐怖に怯えた表情で言った。

「人って…あんなふうに死ぬんだ……」

弱りきった、掠れた声。海美はそれを聞くと、思わず涙が浮いてくる。そして海美も震えると、拳を強く握って言った。

「やめろっ…言うなよっ…!」

どうやら海美も堪えている様子だった。
そしてケンはと言うと、全身から水を抜いて元の姿へ戻る。真っ先に星夜の方へ向かうと、ケンは星夜に肩を貸した。

「大丈夫ですか?星夜さん。」

「すまん…」

星夜の憔悴しかけた表情を見ると、ケンは心配の表情を浮かべる。そしてケンは翔太郎の方へと向かった。

「部長!」

その声に翔太郎は反応すると、星夜とケンに駆け寄った。

「ケンくんに琴爪くん…怪我はない?」

「ええ、俺は平気です。星夜さんにも幸い怪我はないです。」

「良かった…」

翔太郎は安堵の溜息を吐いた。星夜はそれを見ながら、眉を潜める。

「もう泣くな、翔太郎。」

その言葉に翔太郎は反応すると、星夜は続けた。

「私の力も、いつまで持つかわからん。次同じような敵が出てきたら、貴様達の力でどうにかせねばならん。」

翔太郎は息が詰まりそうなのを我慢して、静かに頷く。

「ごめん琴爪くん…。そして、みんなを助けてくれてありがとう。」

それに対し、星夜は目を閉じて何も言わない。こうして、今日は解散となった。





マンションの屋上にて、ユリアは一同が解散するのを眺めていた。そこへヨスガがやって来る。ユリアは言った。

「あら、龍に変身してそのまま消し飛ばされたかと思った。」

「欠片さえあればそこから身体を新しく作る事が可能だ。…でも、さっきの電気男ヤベぇな!お陰で食って手に入れた力も全部パー!暫くはあんなデカイのに変身できないな。」

「…そう。今までの戦いで一番良かったって、黄泉様に伝えておいてあげる。」

「ホント!?やったぜ!」

ヨスガは陽気に喜んだ。ユリアが立ち去ろうとすると、ヨスガはユリアの行く手を阻む。ユリアが足を止めると、ヨスガは言った。

「お前、本当は黄泉に忠誠誓ってるフリしてんだろ?他に目的があって…その為に黄泉を利用してる。」

「だったら何?」

「いやいや、俺もそうだからよ!一緒に手を組まねぇか?って話!」

「貴方の事だから、黄泉の身体でも狙っているんでしょうね。でも残念、私は貴方とは組まない。私の本当の目的を知ったら、きっと貴方とも敵になっちゃうもの。」

「あ…?」

ヨスガは首を傾げた。そのままユリアが立ち去るので、ヨスガは思わず笑みを浮かべた。

「断られたんなら仕方ねぇ。…んじゃ俺はっと…」

ヨスガはそう言って、星夜が作ったクレーターを眺める。

「あの歪を解いちゃう屍人が厄介だし、潜入と行きますかな?」
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