六音一揮

うてな

文字の大きさ
10 / 95
1章 序奏前奏

第8音 吃驚仰天

しおりを挟む
【吃驚仰天】きっきょうぎょうてん
突然の出来事に、たいへん驚く事。

============

パートリーダーの六人は衝撃を受けた。

ルネアの歌は、想像以上に下手なのだ。

ノノはポカンとし、リートは失神してしまうほど。
テナーは手で耳を押さえ、アールは平然としていた。

「あー!」

とシナは止めようとするが止まらず、ラムは大きな声を出して止める。

「待ってルネア!死人が出る!」

ルネアは歌をやめると、六人の反応を見て落ち込んだ。
ラムは冷や汗を流しながらぜぇぜぇとしている。

「ごめんなさい…僕のせいでみんなが…」

「いや、リートは絶対音感持ちだから辛かっただけ…」

ラムはそう呟くと、ルネアは涙目。

「なんじゃ、さっきのは歌か?」

ノノは呆然としていて、ルネアは涙を流してしまった。

「ノノさん~酷いです~」

いつも笑顔のテナーさえも深刻な顔をしていた。
シナも機嫌を損ねたのか黙っていて、ルネアは完全に落ち込んでしまう。

「すいません…みなさんの邪魔をして…」

するとアールは言った。

「みんなが大袈裟なだけだ、…気にするな。
…でもこの音痴はなかなか治らない…かも。」

アールは持ってきていた本を読み始める。
シナはそんなアールが気に障ったのか、アールの本を取り上げた。

「アンタもよ!いつも読書や工作してるから、いつまで経っても歌が上達しないのよ。」

「アールさんも音痴なんですか?」

ルネアは目を光らせると、ラムは困った顔を見せる。

「上手いっちゃ上手いんだけど、練習を怠っているんだよ。
最近は同じパートのダニエルに先を越されそうになってて、もしかしたらアールはリーダーを降りるかもしれないんだ…。」

ラムの残念そうな表情に、ルネアは理解を示した。

(あ…アールさんが降りたらショックだもんね…)

ルネアはそう思っていると、アールはシナに言った。

「どうでもいい、私はしたい事をする…。」

やる気のないアールを見たシナは、プチンと切れてしまう。
そして、アールに本を投げつけてしまう。

「は!?ふざけないでよ!
私達がどんな思いで六人一緒に合唱やってると思ってんのよ!」

その投げた本はアールのこめかみに当たっており、ノノはシナに言った。

「シナ!何をしとるんじゃ!」

シナはふと正気に戻ると俯いてしまう。
ラムはアールに駆け寄ると言った。

「大丈夫か?」

「…生きている…から大丈夫…。」

「そういう問題じゃないだろ!」

アールの淡々とした反応にラムは言い返すが、アールは立ち上がる。
そしてアールはシナの前まで歩いてきた。
シナは俯いたまま言う。

「何よ…嫌いなら殴ればいいじゃない。
私の事、昔から憎かったでしょ?いっつもアンタの嫌がる事する私なんて…
今だって…!」

シナの言葉にテナーは驚き、ラムはなぜか震え上がった。
ルネアは何事かと思っているが、今は聞く空気ではない。
ずっと立っているだけのアールに、シナは言い放つ。

「いつまで立ってんのっ!言いたい事あるなら早く言いなさい!!」

アールは驚いて口を開けるが、すぐにまた閉じてしまった。
そこでラムは優しく言った。

「アール、無理すんなよ。」

それに対しアールは返答せず、シナに言う。

「姉さん…怒らないで…。姉さんは笑ってる方が……」

アールはそこまで言うと黙り込んでしまった。
シナは顔を上げると、今でも涙がこぼれるくらいに目が潤っていた。
それを見たアールはシナの耳元で何か囁く。
シナはアールの言葉を聞くと、溜めた涙を流し始めたのだった。
それだけではない、シナは悔しそうに拳を握っている。
アールはラムの方に来ると、

「練習…するか。」

と言った。

「お、おう!」

ラムは返答をすると、ノノは手を叩いて言う。

「はいはい!練習じゃ練習!」

すると各自、男声と女声で練習を開始した。
ちなみにリートは気絶していたので、ルネアは木陰に連れて行き様子を見る事に。



リートは暫くすると目が覚めた。

「リートさん…」

「ルネア。…あの後どうなったの…?」

ルネアはさっきまでの出来事を、リートに話した。



「そうなの…」

リートはそう呟くと、歌練習している五人を見つめて言う。

「シナが怒るのも仕方ないわ。
児童園ができて、私達が初めてのパートリーダーで合唱団なんだから。
いつもこのメンバーで頑張ってきたもの、一人が欠けるだなんて聞いたら私もちょっと嫌だな…。」

ルネアはその言葉を聞くと、未来のラムを思い出した。
リートの切なそうな表情が、未来のラムと重なった気がした。

(欠ける、辛さ…。)

そして、アルネが吸血鬼に襲われた事を思い出すのである。

すると、ノノの高く美しい歌声が聞こえる。
それに負けじと、シナも楽しそうな歌声を響かせていた。

「あの二人、仲悪いんですかね。」

ルネアは苦笑して言うと、リートは微笑む。

「仲が悪いというより、お互いに高め合ってる様に見えるわ。」

それからリートは更に話した。

「ノノとシナはお互いに高め合い、ノノとテナーはお互いの力量をシェアして、
テナーはラムとアールに沢山指導するのよ。
ラムとアールは切磋琢磨しながら上手くなっていくの。
もっと言えばアールはシナから歌を習う事もあるし、
…そう、お互い気づかされながら歌を練習しているの、いつも。」

ルネアはリートの観察眼に感心する。

「凄い…!リートさん、皆さんの事をちゃんと見ているんですね…!」

それを聴いたリートは照れてしまった。

「でも、ルネアもきっとわかるわ。本当に、彼等は仲が良いの。
ルネアもさっきアールにあんな事言われちゃったけど、気にせず沢山仲良くして。」

ルネアは深く頷くと、そこにラムがやってきた。

「おーい!これ、ルネアに!」

そしてラムはルネアに一本の木の棒をパスする。

「これは?」

木をキャッチしたルネアがそう言うと、ラムは笑った。

「お前は当分歌えないんだから指揮でもやってみろよ!」

少々小馬鹿にしている為か、ルネアは頭に来る。
それからその場で歩きながら指揮の練習を始めた。

「おい肘!」

ラムに指摘されると、ルネアはムッとする。
そして、シナはリートに気づくと駆け寄ってきた。

「調子はどうリート?」

「ええ、良くなってきたわ。」

リートはシナに微笑んで答え、シナは安堵の溜息をつく。

テナーとアールは二人で歌を合わせていると、バスパートの声が聞こえずにラムのいる隣を見た。
しかし、いるべき場所にラムはいない。ラムの姿が見えず、二人はポカンとしていた。

それを見てルネアは苦笑い。

そしてノノが一人で歌っていると、ルネアはノノの背後にルカが来ている事に気づく。

「あ、ルカくんだ。」

ノノはルカに気づいておらず、ルネアはルカを呼ぼうと思った。
しかしルネアは気づいてしまう。

ルカの左手にナイフがある事に。

ルカはいつもの笑顔がなく、恐ろしい形相を浮かべていた。
ルネアは何がなんだかわからなくなる。
昨夜まで仲良くお喋りし、ノノの自慢話をしていたルカがノノにナイフを向けていた。
その目は本気だ。
しかし、ルネアの体は動かなかった。

あの時と同じだ。
アルネが襲われた時と全く同じ。
ルネアはそんな自分に、苛立ちさえ感じ始めていた。

(動け…!なんで…僕の足はいつも動かないんだ…!
またアルネの様に…!誰かを見殺しにするのかよ…!)

すると、アールの言葉を思い出した。


――「信用を得るにはそれ層の事をしなければならない。
…お前は変えるべき過去に遡ってきたのだろう?ならわかるはずだ。
悲劇は近い。…私はそう考える。」――


(これが…悲劇なのかな…、これを阻止できなかったら…!)

ルネアの脳裏に、未来のラムの悲しそうな表情が浮かぶ。

(僕は…何もできないの…?)

ルネアは再び悔しい感情に支配されてしまう。
その時だ。

「ノノッ!!」

突如、ルネアの耳に入った声。
その声にルネアは不思議と鼓舞され、自分の持った木の棒を握り締めて走った。

近くにいたパートリーダーの視線は、一度はアールに向いた。
それを見ていたルネアは、今の声の主はアールなんだと気づく。

緩んだ気を奮い立たすような声。
普段のアールからじゃ想像もできないくらい力強い声だった。

そしてみんなの視線が一気にルネアに向くと、ナイフを持っていたルカがナイフを振り上げる。

「ノノさんしゃがんでぇえっ!!」

ルネアが木を構えてそう叫ぶと、ノノは咄嗟にしゃがんだ。
ルネアは意外と足が速く、ルカのナイフを木の棒で受け止める事に成功する。

ルネアはナイフを受け止めた瞬間、目の前がブレた。
そして、謎の記憶が流れた。


――目の前に恐怖で叫びそうなラム、表情に乏しいアールが驚いた顔をして絶句していた。
リートはシナに隠れ、シナはリートを庇う。
テナーは絶望に包まれた表情をしていた。

ふと、目の前の地面に倒れる赤髪が見える。
すると視線は自分の手にいき、両手は血で濡れていた。

「ああ…ノノ様ぁ…俺…お…れ…」

と聞こえたのはルカの声だった。――


不思議なビジョンを見たルネア。
目の前には恨みのこもった表情のルカ。
気のせいか、牙や耳がいつもより鋭い気がした。
ルネアは肘で急所を狙って気絶させようと試みるが、手違いで失敗。

「ありゃ」

目が点になるルネア。
今度はルネアにナイフを振りかざすルカ。

終わりだ。

その時、突然鈍い音が聞こえてルカが倒れる。
倒れるルカを見ていたルネアは、ゆっくりと顔を上げると目の前にはダニエルがいた。

「あ~らいないと思ったら大変な事に。大丈ー夫?」

(痛そう…)

ルネアはそう思いつつも、ダニエルにお礼を言う。

「大丈夫です、ありがとう。」

ダニエルはお礼を言われると、照れまくり腰を左右に揺らしていた。
更にツウが駆けつけ、ルカに駆け寄る。

「ルカ兄!起きて!
…ダニエル…ちょっとさ、やりすぎ。」

「仕方ないじゃない~」

パートリーダー達が集まると、ルカの様子を観察。
シナは言った。

「耳が尖ってる、きっと魔法にかかったのね。
ルカは魔法にかかると、耳や歯が鋭くなる体質なのよ。」

「ほう、私はもうすぐで殺されていたんじゃな。」

ノノはあまり気にしていない様子。
その様子に一同は溜息をついた。

「魔法でルカを操ったってなら、犯人はノノを恨んでいるのか?」

と言ったのはラム。
みんなは考えている中、アールはいつもより険しい顔を見せていた。
テナーは手を叩きアールの気を引く、するとアールはテナーの通訳をする。

「ルネア、ありがとう。君のお陰でノノが助かったよ。」

ルネアはそれに照れながらも言った。

「いえ、でもあの時アールさんが声を出してなかったら何もできなかったです、僕。
足がすくんで動けなかったので…。」

しかしアールは何も反応を見せず、黙ってルネアを見つめるだけだった。
妙な視線にルネアは冷や汗。
ノノもルネアの前に来ると言った。

「うむ、ありがとな!命の恩人よ!」

そしてパートリーダーやツウ達に囲まれるルネア。
ルネアは胸の中が暖かくなり、孤児のみんなに一つ認められた事を感じたのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...