六音一揮

うてな

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3章 即興間奏

第41音 多事多難

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【多事多難】たじたなん
事件や困難が多いさま。

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ルネア達に呼ばれた為、シナはラムとルネアの前にやって来る。

「で、私に笛を教えて欲しいと」

二人は首を縦に数回振る。
可愛らしいのだが、シナはそんなのはお構いなし。

「笛を教えると言ってもね、気分も乗らないしめんどくさいわ。」

「なんだよっ、だからお願いしてるのに!」

ラムが言うと、ルネアは苦笑いで言った。

「仕方ないよ。
う~んと、やる気出るまで雑談でもしておく?」

その言葉に、シナは笑顔で答えた。

「いいわね!雑談~」

ラムは微妙な表情を浮かべた。

「それ、完全教える気ないだろ」

その言葉は、シナにサラッと無視されてしまった。



ルネアはボーッとしつつも、シナに聞いてみる。

「あの、最近アールさんを虐めてるの?」

これは前から気になっていた事で、やはり今でも続けているのだろうか。
突然の爆弾ワードに、シナは表情を歪める。
ラムも冷や汗なのだが。

「…そうね、最近は少なくなった…と言うかほぼない。
でもやっぱり時々来るのよね~」

(まだ来ているのか…)

ルネアはそう思いつつ、小声で呟いた。

「やっぱりレイさんがアールさんの事好きで、付きまとっちゃうせいなんですかね?」

ラムも深く考えており、悲しそうにしている。
するとシナは、微妙な表情をした。
真剣に考えてはいたが、やっと口を開いた。

「ねえ、あんまり言いたくないけどラムのために…」

その言葉に、二人共シナの方を向く。

「バリカンも……レイちゃんの事好きかも…」

シナが呟くと、ラムは思わず声を上げた。

「ええっ!?どういう事だっ!?」

そしてあたふたと混乱し始める。
ルネアは正直微妙なので黙っていた。
シナはラムから目線を逸らしながら言う。

「手…繋いでいるところ見ちゃったのよ…。」

その言葉にラムは絶句する。
しかしルネアは難しい顔。

(指示されただけだろうなぁ…。)

「アール…アールが……」

と急に落ち込むラム。
シナは少し困った顔をしながらも言う。

「アイツ、誰かと手を繋いだりとかしないと思って…
だからちょっと怪しいと思ったの…」

するとラムは、嘆くように言った。

「簡単にしねぇよアイツはっ!
きっと…きっとレイの事が好きなんだ…。」

ラムはしくしくと泣いてしまった。
ラムの悲しそうな様子に、ルネアは心がグッと痛む。
でも、それはラムの表情だけのせいではない。
自分は知っている、アールは従う事しかできない事を。
契約のせいで、刃向かう事さえできないだけだと。
本当であればもしかしたら、親友のラムともっと一緒にいたのではと考えている。

――…何があっても絶対に守りたい…。――

その言葉がふと、ルネアの頭に過る。
ちなみに、ラムも丁度その言葉を思い出した。
ラムは涙を溜め、アールの事を考えていた。

(あの言葉はなんだったんだろう…。
やっぱり友人として…って事なのかな…。)

その時だ、ルネアはピンと閃く。

(そう言えば僕がいた未来では、ラムが魔物に狙われていた…。
ラムが狙われているから、アールさんは魔物に付き従うしかないんだ…!
なんで今までそんな事気付かなかったんだろう…!
アールさんは毎日精一杯で…
魔物の言う事に従わされても、ラムの為に魔物達を監視しているんだ。
そして未来、ラムを守る為に封印するんだ…。)

急にルネアの目が潤ってくる。
大好きな友人の為にと言っても、裏切りの疑惑を重ねられ、
ラムは心が折れかけ、今にもアールからから離れそうだ。
それを考える、ルネアの心が痛んでくる。

今すぐにでもラムに、アールの本当にしたい事、思っている事を、
ただの仮説であっても聞いて欲しいと思った。
でも、ルネアは彼に強く口止めされている身。

(ラムに…仮説でもいいから全部伝えたい。
…でも、言えない。
口止めされた事を…簡単に言えない…!)

ここで言えば、自分とアールの距離が一気に離れる気がした。
ルネアは言いたくなっても、必死になってその気持ちを抑えた。

(今言えば、やっと縮まってきたアールさんとの仲はどうなる?
ただでさえ板挟みになっているアールさんを、助けられるのってきっとそれらを知っている僕だけ…!)

ルネアはそう深く思うのであった。

(黙ってる…黙る……ごめんラム…っ…)

ルネアは心の中で謝罪をするが、ラムには伝わらない。
ただ、頬につたわりそうな涙をこらえるだけ。
シナは急に二人共泣き出したので驚いていた。

「ラム…は仕方ないけど、ルネアは一体どうしたの?」

ルネアは我に戻り、涙を拭いた。
ラムもルネアが泣いていると聞いて、顔を上げたのだった。
二度もラムに涙を見せたくはないと思った。

今、ルネアがラムに言える事は一つ。

「大丈夫、泣かないで。僕は君の泣くところを見たくない。
……大丈夫。僕はアールさんを信じているから。
きっと何かあったんだって…ラムも信じようよ…。
あまり関わった事ない人に好意寄せるかな?あの人。」

言葉は変だが、精一杯笑顔で言ってみせた。
ラムはその言葉の意味をよくは理解できなかったが、自分を勇気づけてくれているのだと思い、嬉しくなった。

「ありがとうルネア…。ありがとう……」

ラムはルネアに涙を見せまいと、涙を拭った。
ルネアはまだ目に涙を溜めながらも、俯いてしまう。

(違う…そういう意味じゃないんだ…そうじゃないよ……。)

と表は笑顔でも、心の中では訴えていた。
ルネアの心は、窮屈していた。
シナは気を使って言う。

「暗い話した私が言う事じゃないけど、別に決まった事じゃないでしょ!
決定的な証拠がないと信じられないくせして!」

そうラムに言うと、ラムはクスッと笑ってから言った。

「おう!証拠が無ければ手を繋いだってのも信じねぇ!」

シナはそれに笑っている。
ルネアもクスクスと笑うフリをしていた。
心の海に何かが崩れ沈んでいく。そんな感覚がした。

~+~~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+

アールは廊下の窓から、雪が降り始めているのに気づく。
これからの寒さ、毎年我慢するのが辛い。
しかし、今年はもっと我慢しなければいけない。
なぜかと言うと、占い師の言われた事を未だ調べていない為である。
せめてレイがいなくなればと思いつつ、憂鬱な部屋へと入っていく。
アールはレイのいる方向へと目をやった。
彼女はアールの机の椅子に、一人ポツンと座っていた。

レイはどうやら、反省と葛藤をしている様子だった。

(アールさんは、私がいるから不安定なのよね…。)

レイでも、自分の責任だと理解していたようだ。

(アールさんの幸せを願うなら、私はアールさんを諦めた方がいいのよね…。)

窓から見える粉雪。
ふと、アールは二年前を思い出す。
彼女と初めて出会った時の事。
確か雪の降る中、居酒屋かバーにいた記憶。

(あの日のレイの無感情。
何もかも失いきった、あの表情を忘れられない。
抜け殻のような彼女と、自分を照り合わせて…。
あの日の親近感は言うまでもない、彼女を初対面でも守りたいと思った理由がそれだ。
…今ではその想いが、憎しみで満たされている。)

アールはそう思いつつも、レイの横顔を眺めていた。
彼女はポツンと、抜け殻のようになって写真立てをジッと見つめている。
写真立ての【右往左往】の文字を見つめる彼女。
可愛らしい人形のようだった。

その姿に心が苦しめられる。
親近感を感じる毎に、罪悪感を感じていた。

レイを愛せば本物の裏切り者。

(レイから離れたい。離れたいけど離れられない。
ラムに近づきたい。近づきたいけど近づけない。
彼女に近づけば近づくほど、自分に似ていると知ってしまう。
だから逃げたいのに…!)

アールも葛藤している様子だった。
レイは扉の前でずっと佇んでいるアールに気づいた。

「アール…さん…。ごめんなさい…。何でしょう……私やっぱり…。」

それを聞いたアールは、思わず眉を潜めた。

(なぜこんな時に限って、そんな事を言うのか。
これもこの狡賢い女の策略か…?)

アールはそう疑ってみるが、レイの純粋に悲しく思う様子を嘘だとは思えない。

(彼女はいつも一人ぼっちで、親戚にもロクな扱いをされていない。
人には魔物の血が混ざっていると阻まれ、魔物には不完全と拒まれた。
家族に拒まれ、周りに疎まれる…そんな気持ちを、私もわかってしまうから…。)

体が勝手にレイに近づく。
そしてアールはレイを優しく抱きしめた。
急に近づく、温かく優しい両腕。

「アール…さん?」

レイは信じられなくて呟く。
アールは黙っていた。もう何も言いたくはない。

(彼女を一人にしておけない…。)

ただそう思った。
対し、レイは嬉しかった。
本当なら距離を離される。
離せばよかったものの、その瞬間を彼は止めてくれた。
彼女はそんな彼の優しさに依存している。

だからこそ離したくないのだ。
深くまで愛し合いたい。
彼だけでいいのだ。
もう、彼しかいないのだと彼女は思っている。

(やっぱり…、私には彼しかいない。)

そして彼女は、彼を手に入れたいと再び火をつけた。



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