斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

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一章 ~異郷との格差~

魔境

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 もはや、揺れを通り越した衝撃で掻き回された末に、ようやくキョーカが浮揚機を止めたのは、リッタイチュウシャジョウとか言うらしい多層構造の建物だった。どうやら、神聖帝国で言う共用停車場のようなものらしいが、共用の便所まで設けられているのは、何とも奇妙だ。
 奇妙ではあるが──今は、とてもありがたかった。
「~~~~~っ、う、げほっ」
 便器に顔を突っ込み、口の中でどうにかせき止めていた腹の中身・・・・を盛大にぶち撒けた。走ってる最中は衝撃に打ちのめされてそれどころではなかったが、停車して気を抜いた瞬間、腹の奥からこみあげてきたのだった。
「‥‥‥そりゃ、病みアガリで無茶すればこうナルヨな~」
 と、ソーマは同情的な視線を向けつつ、便所から這い出たアレクシアに手拭いを渡す。
 ちなみに、アレクシアをこんな風にした元凶キョーカは停車場を使う手続きをしているとのこと。
「シバラクすれば治るけど、それまでは気ヲツケ‥‥‥て、言ってるソバからっ!」
 ソーマが何やら喚いているが、分からない。きっと、言葉は拙いか陽出語で喋っているのだろう。それにしても、真っ直ぐ歩けない。幻術にでも掛かったのだろうか。
「っ?」
 横合いから現れた巨大な何かぶつかり、アレクシアは尻餅をついた。
 そこにいたのは、身の丈はアレクシアの軽く五倍以上、頭には二つの角を生やした赤い肌の巨躯。
「──っ」
 出かかった悲鳴は、〝詰まった〟と言うべきだろう。腰が抜けてしまい、立てなくなった。
「×××、××××××」
 赤肌の巨躯は、何かを呟きながら、摘まむようにアレクシアの手を取った。
 見るからに太くて強そうな指は、しかしアレクシアの手を潰すことなく、器用に引き起こす。
「何やっテンだお前‥‥‥×××、××××、××」
 駆け寄ってきたソーマが、陽出語で会話をしながら赤い巨人に何度も頭を下げつつ、アレクシアの頭を掴んで強引に下げさせた。
「××××××。×××」
 赤い巨人は、口の端を釣り上げ、鋭い牙を覗かせながら言葉を返すと、重たい足音を連れて立ち去った。
「コウキ──ソッチの言葉なら、オーガに近い種族カナ」
「オーガって‥‥‥」
 アレクシアは丸くした目を、立ち去った巨人に向ける。
「何だ? 問答無用でツカマッテ、頭からボリボリ食われるトデモ思ったか?」
「だって‥‥‥」
 ソーマは茶化すように言うが、アレクシアにしてみれば冗談ではなかった。
 オーガとは、凶暴で知性が低い人食いの魔族──今の今まで、その教えを疑っていなかった。しかし、今のコウキというオーガの態度は、ともすれば紳士的とも言える穏やかなモノ。今までの印象とは、似ても似つかない
 そして、巨人だけに限らない。改めて通りを見れば、巨人や小人はもちろん、獣人や魔獣が闊歩し、空を仰げば大小の鳥や翼竜、更には妖精や霊体までが平然と飛び回っている。
「‥‥‥おい、今度はナンダヨ?」
 気づけば、ソーマに支えられていた。そしてようやく、自分の足がもつれていたことに気づいた。
 改めて理解した──自分が足を踏み入れたのは、異国どころか別世界だった。

                                  *****

 支えこそ必要なかったが、ソーマやキョーカの背中を追っていただけで、どこをどう歩いたのか覚えていない。
「×××××~」
 キョーカの声で我に返った時には、建物の中にいた。立ち並ぶ品を見る限りでは、ここは服屋であるようだ。しかし、この店に充満するのは魔族の気配。
「××××××××~」
「っ!」
 頭上からの声──その姿を確かめた瞬間、アレクシアは身構える。
「あ、アラクネ‥‥‥っ」
 上半身は、紛れもない人間の女性。けれど下半身は──八本の足も禍々しい、蜘蛛の体。
 幾何状に張り巡らされた巣にぶら下がる魔族が、八つの瞳で見下ろしていた。
「××××、×××××××××、×××?」
「‥‥‥いきなりそういう反応されると、さすがに傷つくと言ってるわよ。何度も言うけど、ここは神聖帝国じゃないし、少なくもココの魔族や魔族は、ちゃんと市民権を持ってるからね。無闇に攻撃したら捕まるからね」
「あ、うん‥‥‥ごめんなさい」
「それを言う相手は、私じゃなくてそちら‥‥‥ちなみに、ツチグモっていう種族で名前はアミね」
「ごめんなさい、アミ」
 陽出語の謝罪をアレクシアが知ってるはずもなく、キョーカが陽出語に訳して伝えた。アラクネ改めツチグモゾクの女は、尾部から伸ばした糸でスルスルと降り立つと、笑みを浮かべてアレクシアに手を振って見せる。
「気にしないで、だそうよ‥‥‥アミチャン、×××××、×××××」
 キョーカとアミは何やら話を始め、すぐに話がついたのかアレクシアに向き直り、
「というわけで、既製品を何着か見繕いつつ特注品もいくつか作ってもらうわ」
 何故だろう、やけに目が光って見える。それに、どうして手を何度も開閉するのだろうか。その危うい気配に思わず後ずさるが、体に巻き付いた紐に止められた。その出所を辿れば、八つの瞳をやたらに光らせるアミの姿。
「精々ガンバレよ。俺は、他の買い出しに回ってクル」
 と、ソーマは薄情にも店を出ていった。残ったのは、がらん締めの少女と、
「お着替えしましょ~脱ぎ脱ぎしましょ~おめかししましょ~」
「××××、×××××~」
「アミもいい仕事が出来そうだと喜んでるわよ~」
 などとほざく、怪しい目つきの人類と魔族のみ。アレクシアに逃げ場は無く、あっという間に裏へと引きずり込まれた。
 キョーカの通訳によれば、久々に良い仕事が出来そうだと、アミは大喜びらしい。実際、商売をそっちのけで〝休業中〟の看板を店先に出したらしいから、嘘ではないのだろう。
 ともあれ──アレクシアは、アミによって全身を余すところなく計測され、キョーカによって着せ替え人形にされた。
 あーでもないこーでもないと引っ張り出してきたモノの中には、そもそも服なのか布の切れ端なのか判別しかねるものまであった。
 キョーカ曰く、
「勝負下着よ。これを着れば、あら不思議、人類の男共はコロリと魅了されて理性という服をかなぐり捨て、正に盛りのついたオスの獣と化して群がり──」
 上着はおろか下着に至るまであれこれ選ぼうとするのはどうかと思うが、残念なことに、アレクシアに拒否権はなく、最大限の妥協と譲歩として、その時・・・が来るまで厳重封印とした。
 ともあれ──じっくり小一時間かけて在庫を厳選して仕入れた服は合わせて二十を超え、後日引き取る特注品も同じくらいになるとのこと。やたら嬉しそうなアミが言うには──正確には、通訳したキョーカによれば──久々に気合が入るため、五日とかからないそうだ。さすがは糸の扱いに長けた蜘蛛というところか。
「もう少し選びたいとこだけど‥‥‥今は我慢して、次行くわよ。と言っても、隣だけど」

                                  *****

 アミへの挨拶もそこそこに、キョーカは買い込んだ品を置き去りにして隣の店にアレクシアを引っ張り込む。
 こちらも、人間ではなく魔族の店だった。先ほどのアミに比べればまだ人間に近い姿ではある──人間の肩に座れそうな、小鳥並みの大きさしかないが。
「ケイセイ‥‥‥神聖帝国では、フェアリーとかピクシーとかって呼ばれてたかしら。ちなみにここの主は、そのアゲハ」
 アゲハと呼ばれたケイセイは、蝶のような翼を揺らしながら、アレクシアの前に飛んでくる。しばらくアレクシアの顔を眺めると、今度はアレクシアの周囲を飛び回りながら上から下までじっくりと観察し、
「×××、×××××××。×××、×××××っ!」
 何やら楽しそうな顔で、他のケイセイ達に何かを指示する。指示を受けたらしい三体が、アレクシアの手を引いて鏡の前の席に座らせる。
「服はあくまでも飾り。元を磨かなければ、飾りなどただの小物」
 キョーカは、腕など組んで歩きながら、もっともらしく何かの言い回しをそれっぽく語ると、いきなりアレクシアを指さし、
「元を磨く‥‥‥そうだっ! アレクシアよっ! 今日、ここで、君は真の輝きを取り戻すのだだっ! ×××××、×××××っ!」
 徹底的にやれ──陽出語は分からないが、そんな檄を飛ばしたことだけは伝わった。その証拠に、
「「「「「×××××、×××××っ!」」」」」
 アゲハを始めとするケイセイ達が、それぞれの化粧品得物を掲げて呼応した。

 そこから更に小一時間ばかり──ようやく、ケイセイ達の忙しない動きが止まり、アレクシアから離れていく。それはもう、達成感に満ちた清々しい笑顔で。
「いや、もうね‥‥‥感無量かしら」
 キョーカは、それはもう、深々と頷いてみせた。
「そう‥‥‥今日、ここで、君の輝きは真の姿を取り戻したのでうぁ~るっ!」
 何故だろう、キョーカの目から滂沱の感涙が流れているような気がする。
「む? 何かねその疑わしげな目は? ならば己が目で確かめるがいいっ!」
 アレクシアの生暖かい視線をどう受け取ったか、キョーカは姿見を引っ張ってきてアレクシアの正面に置いた。
「‥‥‥ぇ‥‥‥」
 自分だと一瞬分からなかった──というより、自分だという認識を、拒否した。
 鏡に映っているのが、自分の知る自分自身とは似ても似つかない、美しい娘であったから。
「紛れもなく貴方よ」
 それまでの熱い調子とは打って変わり、キョーカは穏やかにアレクシアの肩を叩く。
 が、キョーカのお墨付きを貰っても、アレクシアは鏡に映っているのが、本当に自分か自信が無い。アゲハ達の幻術ではないかと疑ってしまう。幻の類は、ピクシーやフェアリーの得意技だ。
 疑わしげに見据えている鏡の表情は、確かに自分の今の心情だろうが。
「アゲハ達にしてもアミにしても、元(・)を潰すようなやり方はしないわ。あくまでもその人の〝美しさ〟を引き出そうとするの。そういうのって、付け焼刃の飾りつけじゃ絶対に現れないものよ」
「×××××、×××××」
 アレクシアの前に飛んできたアゲハが、何かを言って頭を下げる。
「良い仕事をさせてくれて有難う──だそうよ。胸を張りなさい‥‥‥せっかくご立派なモノなんだから」
 と、キョーカはアレクシアの背後に回り込み、
「わ、ひゃぁあっ?」
 豊かな胸を、揉みしだくのだった。それはもう、手慣れた手つきで、優しく、しかし容赦なく。
「ちょ、や‥‥‥はう‥‥‥っ」
「ほほう、ここがエエんか? これがエエんか?」
 アゲハ達が、何やらキャーキャー言って飛び回っているが、止める様子はない。どころか、喜色満面で目を爛々と光らせていた。
「×××××、××××」
 吐き捨てるような言い様と共に、キョーカの頭が引っ叩かれた。
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