斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

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一章 ~異郷との格差~

陽出という国

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「あら、来てたの?」
 引っ叩かれた事など気にしてない──というか、無かったかのように顔を上げるキョーカ。そこには、冷たい目で睨むソーマがいた。
「たった今。つうか、ソロソロ終わるカラ浮揚車を回して荷物を乗せろって連絡寄越したの、アンタダロ」
 ソーマが取り出したのは、手の平大の板。表面は小さな光が規則的な明滅を繰り返し、その上の中空には、文面が幻影のように映し出されていた。陽出語なので分からないが、ソーマが言ったような内容だろう。
「何にしても、丁度良い時に来たわ」
 と、キョーカは指を鳴らし、
「括目せよっ! そして慄くがいいっ! アレクシアの真の姿をっ!」
 と、鳴らした指でアレクシアを示した。
「え、え~っと‥‥‥」
「‥‥‥」
 ソーマは、目を鋭く細めてアレクシアを上から下まで観察する。それはもう、小さな粗を一つとて見逃さないとばかりの厳しい眼光で検分すると、つまらなそうに肩をすくめ、
「‥‥‥コリャスゴイ。それ以外、言うことナシ‥‥‥陽出語コッチで言えば、××××××××、×××××」
 何と言ったかは分からないが、歓声を上げて飛び回るアゲハ達ケイセイの様子を見る限り、かなりの高評価らしい。
「良い事言ったわっ!」
 喜色満面のキョーカに背を叩かれ、ソーマは大きく噎せた。恐らく、不意打ちで引っ叩かれた意趣返しも兼ねているのだろう。
「ぜ~んぜんお洒落にからっきしで無頓着のバカ息子ソーマしては、だけどっ!」
「無頓着なバカ息子で結構。最低限、不衛生に見ラレなきゃ、そんなメンドー」
「そんな面倒が必要ないと思う?」
 と、キョーカはアレクシアを示す。ソーマは、改めてアレクシアを上から下まで観察し、諦めたように肩をすくめ、
「‥‥‥オレも、チョット気を遣っテミルかね。ソレにしてもマア、よくここまで化ケタもんダヨナ~」
 別に自分の容姿が人より優れているとは思わないが、何だか凄く失礼なことを言われている気がする。
「化けたんじゃなくて、これが本来のアレクシアちゃんなのよ。何度も言うけど」
 と、何故かキョーカがドヤ顔で自慢してきた。
「神聖帝国が誇る四大賢人ハイエレメンツはフローブラン家のご令嬢──つまり、本物の大貴族の〝お嬢様〟なのよ。下地とか素地とかは、充分すぎるでしょ」
「っ!」
 アレクシアは、思わず仰天した面をキョーカに向ける。しかし、キョーカはその時には踵を返して店の出入口を開けていた。
「それではお嬢様、参りましょう~」
「ほれ、アルケ」
 と、背中を小突かれて、アレクシアはアゲハ達の見送りを受けつつ、店を出た。
 その瞬間、道行く者達──主に人間の、特に男共の視線が一斉に向けられた。中には、明らかに何かの狙いを定めたような危ない視線もあり、アレクシアは思わず引いてしまった。
 おろおろするだけのアレクシアを、ソーマが路肩に停めたおいた浮揚車に押し込むと、キョーカはさっさと浮揚車を発進させた。
 どっと疲れるアレクシアの横で、ソーマが舌打ちし、
「確かにスゴイけど‥‥‥キレイ過ぎるのも考えモノだな。芸能人でもアルマイし、ここまで注目されたら歩きヅラクなる」
「フッフッフ‥‥‥こんなもんじゃないわ。まだまだ先があるわよ~」
 と、どこか怪し気な笑いを漏らすキョーカ。明らかに、今回だけでは済まない何かを企んでいた。
「まあ、それに関してはまた今度‥‥‥よっぽど大事な時に取っておきましょう」
 その〝大事な時〟というのが何なのか──非常に気になるところだが、キョーカの怪し気な笑みを見てると怖くて聞けない。
「さて、お目当ては済んだけど、このまま帰るのもつまらないわね。どっかに」
「××××~」
 どこか軽薄な調子の声がかけられ、キョーカは小さく舌打ちしながらも、そちらを振り返る。
 声音同様、やたら軽薄な笑みで歩み寄ってきたのは、年嵩の男──ただし、その背丈はアレクシアの膝にも届くか否か。
「コビトの一種だ。神聖帝国じゃ〝ホビット〟トカ呼ばれテタカ」
 小声で言いながら、ソーマは前に出る。アレクシアとあのホビットの間を塞ぐように。
「残念だけどお呼ばれしちゃったわ。ソーマ、悪いけど帰りの運転お願い」
「ヘイヘイ‥‥‥」
 面倒そうに頷きながら、ソーマは目線でアレクシアに浮揚機に乗るように促した。

                                  *****

 正直、動かせるのか半信半疑であったが、ソーマは何ら危なげなく浮揚機を運転した。無茶な動きをしないという意味では、むしろキョーカの運転よりも乗り心地は良い。
「‥‥‥ナニカ訊きたソウダな?」
 無言のアレクシアに、ソーマは不意に言った。後部確認のための鏡越しにソーマを見れば、向こうは半ば分かっているかのような目で見返してくる。
 一瞬迷うが、先ほどから気になっていた事を、アレクシアは訊ねることにした。
「貴方達、私の事を知ってた‥‥‥いえ、どこまで・・・・知ってるの?」
 キョーカは先ほど、〝フローブラン家のご令嬢〟と言っていた。アレクシア自身の口からは、名前以外は身の上について何も話していないのに。
「ソウダな‥‥‥」
 ソーマは勿体ぶるようにしばし考えるような素振りを見せ、
「名前は、アレクシア・フローブラン。フローブラン家の次女で三番メの子供。フローブラン家は〝四大賢人〟トカイウ、神聖帝国でモットモ力の強い四つの法術貴族のうちのヒトツ。由来は〝猛き劫炎の華〟ダッタカ? で、お前は一族じゃ落ちコボレで、〝出来損ない〟の扱い‥‥‥と、間違いはアルカ?」
「‥‥‥」
 訂正など一切無い、全て正解であった。唖然とするアレクシアに、ソーマは意地の悪い笑みを浮かべ、
「今時、正確ナ顔形の情報がアレバ、身の上くらいスグワカル。大貴族の娘なら、尚更ナ。お前が眠っテル間に、色々調ベタ。で、さっきのコビトは、言うなレバそういう仕事・・・・・・をしてるヤツだ」
「じゃあ、キョーカの用事って」
「ソレ関係の話と、後はお前に関スル経過報告ってトコダナ」
「私の経過報告?」
「休戦状態とはいえ、神聖帝国と陽出は敵対国同士。お前はソノ敵国から必要な手続きも手順も完全にスットバシてやってきた不法入国者、ケレド調べたら神聖帝国の重鎮のご令嬢‥‥‥陽出の偉い人タチは、扱いに困っテル。今のお前の立場は、トテモ微妙・・だからそのツモリで」
 アレクシアの行動次第では、預かっているキョーカやソーマにも大きな迷惑が掛かる──ソーマの言葉には、そういう意味も含まれていた。
 思わず身を固くするアレクシアに、ソーマはさもおかしそうに吹き出し、
「そんなにビビる必要はナイ。街中で大暴れデモしない限りハ、大丈夫。シバラクは、陽出の観光デモすれば良い。例えば、ホレ」
 ソーマに窓を示されて、それまでとは少々情景が異なっていることに気づいた。
 ソーマが言うには、今走っているのは浮揚機専用の道で、他の道路より高い位置に設けられているという。そして、その道を囲うように建てられた塀の向こうには、まさに空を突かんばかりの摩天楼が立ち並んでいた。高い位置にあるはずの今のアレクシア達すら、優々と見下ろす程に。
「陽出は島国ダカラ、土地はセマイ。狭い土地を上手に使うために、建物は縦に長くなっテル」
 窓に張り付いて建物の頂上を仰ごうとするアレクシアに、ソーマは誇るでもなく淡々と言った。分かり切った当たり前・・・・の事を語るように。
 つまり、この建造物とその街並みは、陽出では〝当たり前〟なのだ。
「ソウダな‥‥‥モット面白いモノ、見せル」
 と、ソーマは浮揚機を加速させた。

                                  *****

 専用道路を抜けて海沿いの道をしばらく進み、やってきたのは海を一望できる高台だった。
 茜に染まる夕空と海、水平線に沈んでいく太陽──その絶景は、内陸部出身の内陸部育ちで、生まれてこの方海など見たことのないアレクシアの目と心を奪うには、充分すぎる光景であった。
「ホラヨ」
 と、ソーマがアレクシアの眼前に差し出したのは、果物やら甘味物やらを薄く焼いた何かの生地で巻いた、何かの菓子──と思われる。
「クレープってイッテ‥‥‥物は試しダ、食エ」
「は、はあ‥‥‥」
 それはいいが、フォークもナイフも無しにどうやって食べるのかと思っていると、ソーマは、自分のをそのまま大きくかぶりついた。
 恐る恐る口に含んでみると、
「あ‥‥‥」
 経験したことのない味わいだが、なかなかどうして癖になりそうだった。二口目を付けようとしたところで、
「アソコ」
 と、ソーマがモゴモゴと口を動かしながら示した方向に目を向ければ、沖合に大きな島が見えた。
 否、それは島というより、
「‥‥‥木?」
 一見すれば木──ただし、〝巨木〟とか〝大樹〟と括れるかも怪しくなるほどに、恐ろしく巨大な。街中の高い建物も天を突くばかりだったが、それすらも小さく見える。周囲にいくつもの船らしきものが浮いているが、それもまるで玩具だ。
「ソッチノ言葉にすれば、〝海の庭園オルセナ・ガルデニ〟ってトコカ。狭スギル土地問題の解決ホウホウの一つトシて作られてイル、都市規模の船ダ」
「船って、あれが?」
「まだ完成シテナイけど、アノママ動き回ることが出来ル‥‥‥いずれは、アンナ風に」
 大樹の周辺に浮かぶ船団の中から、三隻の船が離れ、それらはやがて海面を離れた・・・
「っ?」
 海面を離れた三隻は、前進しながら高度を上げていき、やがて轟音と振動を放ちながらアレクシア達の頭上を過っていく。
「アマカゼ級高速突撃艦──陽出軍の、戦闘飛翔艦の一種ダ。これからさらに高度を上げて、空中哨戒任務ダナ」
 空飛ぶ船の轟音が収まったのを見計らって、ソーマは言った。
「‥‥‥一種? あんなモノが、他にも種類があるって言うの?」
「モチロン。今のは軍艦ダケド、旅客用トカ貨物用トカも色々アル。大きなさダケなら、五百ラーマくらいはザラだ」
「五百ラーマって‥‥‥」
 神聖帝国最大級といわれる皇衛艦ですら、六十ラーマそこら。
 そもそも、およそ〝船〟と名のつく代物が動き回る場所は水の上であって、空を飛ぶ乗り物など、飛行杖や飛行板くらいがせいぜいだ。
 神聖帝国では。
「‥‥‥おい、しっかりシロ」
 と、ソーマが肩をゆすられて、アレクシアは自失するほど愕然としていた事を、ようやく自覚した。
「あと、ほれ‥‥‥まだ半分以上残ってるのに落とすなよ」
 と、食べかけのクレープを差し出される。それで初めて、自分の手からクレープが消えていることに気づいた。
「知恵、技能、物資、意思‥‥‥様々な種族が様々なモノを出しアイ、補いアイ、ソシテより良いモノを築イテイく。コレが、陽出の共存共栄ってヤツだ」
 まるでキョーカのように偉そうに言って見せるソーマ。けれど、言っていることはアレクシアにとっては洒落になっていない。
 魔族とは、人類の怨敵であり、他を食らい滅ぼすだけの存在──神聖帝国ではそれが常識であり、アレクシア自身、そのことに疑問を抱いていなかった。
 魔族との共存共栄など、神聖帝国で唱えたら数時間で死刑台だ。
 分かってはいたが、改めて理解した。
 ここは神聖帝国ではない──いや、神聖帝国とは、根本的に違うのだと。
 思い出したようにクレープを口につけるが、味など感じられなくなっていた。
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