斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

文字の大きさ
6 / 29
二章 ~広がり始める世界~

静謐なる朝

しおりを挟む
 母屋から離れた建物──〝道場ドージョー〟という板張りの鍛錬場で、アレクシアは蒼真ソーマと対峙していた。得物は、〝竹刀シナイ〟と呼ばれる、竹という植物を加工して作った稽古用の剣。
「──っ!」
 先手はアレクシア──一気に間合いを詰め、短い裂帛の気勢を上げて、竹刀を振りおろす。対して蒼真は、竹刀を中腰から振り上げる。
 冷たく澄み切った朝の空気に、竹刀同士がぶつかる乾いた音が響き、
「っ?」
 蒼真の竹刀が弾かれ、硬い床板に音を立てて転がった。間髪入れずに、アレクシアは追い打ちをしかけようとして、
「ぶっ?」
 鼻先に衝撃を受けた。鼻の奥から来た強烈な痛みが、視界にいくつもの星を飛ばす。
「‥‥‥どうも詰めが甘いっつうか、正直過ぎるんだよ。なまじ鍛えて腕も良いから余計にな」
 面倒そうに言いながら、蒼真は蹴り上げていた左足を降ろす。
「~~~~~~~」
 言い返しかけて、何かが込み上げる感触と、鼻先から漏れ出そうな感触に、アレクシアは慌てて言葉ごと飲み込む。鉄臭い味と臭いに、思わず顔をしかめる。
「あ~あ~垂れてんぞったくっ」
 蒼真は、早足に隅に置いてあった箱を持ってきて、中から引っ張り出した薄い紙をアレクシアの鼻先に押さえつける。が、間に合わず二、三滴落ちて、〝道着(ドーギ)〟と呼ばれる鍛錬服の分厚い白い布地に、赤い点を描いた。
「二人とも、そろそろ‥‥‥あらら~今日は・・・鼻血ぶ~になっちゃったのね~」
 手拭いを持ってやってきた鏡華キョーカは、アレクシアの様を見るなり吹き出した。
「早く後片付け済ませなさい。蒼真、アンタは今日から」
「あ~そうだったな‥‥‥」
 放られた手拭で汗を拭きながら、蒼真は竹刀を壁掛けに戻すと、隅に立てかけてあるモップを手に取った。
「鼻血を撒かれたら面倒だ。今日の掃除はやっとくが、明日はお前がやれよな」
 面倒そうな悪態を吐きながらも、蒼真はテキパキと掃除にかかる。
 アレクシアは、一瞬迷ったものの、結局甘えることにして、鏡華と道場を後にした。
 態度こそだらけているが、蒼真は腕は確かである。それこそ、アレクシアと一緒にやるより、蒼真が一人でやった方が仕上がりが良いくらいには。

                                  *****

 朝の鍛錬の後は朝食──の前に風呂である。
「~~~~~」
 最初に、汗や汚れを軽く落とす──風呂に入る際に望ましいとされる、手順だが礼儀だかを踏んでから、アレクシアは湯船につかり、深々と息を吐きだした。
 アレクシアの怪我はすぐに治ったものの、療養生活と衰弱で体は鈍り切っていたため、その解消も兼ねて、高桐タカギリ家の早朝鍛錬に加わっていた。
 蒼真の言う通り、アレクシアは実戦剣術を学んでいる。学院では負け知らずだったし、異国の武術というのも興味が引かれた。
 なので、揚々と稽古の臨み──一本取るどころか、竹刀を掠めさせることすら達せられないまま、二週間が経過した。
 蒼真は掃除だけではなく、武術方面でも芸達者な上に非常に狡猾だった。剣技はもちろん、拳や蹴りはもちろん、投げ技やら固め技まで絶妙かつ柔軟に、そして躊躇なく使ってくる。
 鏡華に至っては、蒼真以上の達人だった。アレクシアの方を見向きもしないまま、得物を弾き飛ばされるだけ・・なら良い方で、気づいた時には、天井を仰ぐか床板を舐めていた。何をされたのかすら、分からないまま。
 分からないが、はっきりしているのは、
「上には上がいる、か‥‥‥」
 湯船に浸かったアレクシアは、深々と息を吐き出しながら、現実を噛み締めるように呟いた。
 武術だけではない。この風呂にしても、文明文化に大きな差異があった。温かい湯を満たした浴槽に浸かるのは共通しているが、取っ手を捻ったり指一本の操作で湯が出てきた時には、驚いたモノだ。しかも、必要量に達すれば、自然と止まるものだから便利なことこの上ない。
 神聖帝国では、浴槽に満たした水を法力によって温めるもので、規模によっては、数人がかりで沸かす必要があるため、専属の係もいるくらいである。もちろん、一人で入る分には、本人の法力だけで充分なのだが、それでも結構な手間になる。アレクシアの場合は、尚更だった。
「早くしろ~、後がつかえてんだ~」
 扉の向こうから蒼真に急かされた。いつもなら、もう少し位は入っていられるはずなのだが。
「今日は‥‥‥つうか、今日からはのんびり出来ねえんだ。幸せ気分のところ悪ぃが、もう上がってくれや」
「ハ~イ」
 アレクシアは物思いと入浴を中断し、風呂場から出ると、その音で気づいたか、蒼真が慌ただしく入りこんできた。
「え」
 凍り付いた丸裸のアレクシアなど見向きもせず、そもそも認識すらしてないかのように服を脱ぎ棄てて、風呂場に入った。
 悲鳴も文句を言う暇も無かった。
「‥‥‥」
 いや、蒼真がこういう奴だということは分かっている。似たようなことは、今まで何度かあったが、いつもこんな調子である。
 しかし、何と言うか──どうにも釈然としないというか、やるせないというか。
「アレクシアちゃん」
 そんなアレクシアの肩に、慈愛の笑みを浮かべた鏡華が優しく手を置いた。そして慈愛の笑みを浮かべたまま、静かに風呂場の扉を開けた。
「あ?」
 湯を頭から被っていた蒼真は、怪訝そうな顔で振り返り──すぐに鏡華が、後ろ手で扉を閉めたため、詳しい事は分からない。
「ちょ、なんだよおい、いやせめて顔はやめぇえええええぎあああああああっ!」
 蒼真の悲鳴と、その合間に聞こえる諸々の音が、全てを物語っていた。
 この後──顔以外・・・を痣と傷だらけにした丸裸の蒼真が、鏡華に踏みつけられる形でアレクシアに土下座したのは、言うまでもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...