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三章 ~静寂にして不穏な一夜~
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「トコろで‥‥‥〝原生文化保護の精神〟ダケド」
今度は噛まずに言えたことを内心安堵しつつ、アレクシアは気になっていたことを訊ねた。
「蒼真が言っテタ、『手を出したくナイ』っていうのは、本当ナノ?」
「蒼真も言っておったろ。知った上でいらん面倒を背負い込むモノ好きなど、そうはいないじゃろうて」
つまり本当らしい。だとすれば、
「じゃあ‥‥‥陽出が神聖帝国に侵略シタって話は、嘘なの?」
図書館で歴史の本に目を通した時から抱えていた疑問を投げると、燐耀は驚いたように目を開くが、すぐに何かを理解したような苦笑を浮かべ、
「そんな図式は寡聞にして聞いたことはない。その逆であれば、いくらでも聞かされたがのう」
まずは──遠回しながら、実に分かり易い答えを返した。
「もし仮に、じゃ」
次いで、皮肉も込めて問いかける。
「陽出が神聖帝国を侵略して、その労力に見合うだけの得があるかえ?」
戦争というものは、多大な負担が掛かる。ましてや〝侵略〟となれば、その負担は〝防衛〟の倍以上。つまり、それに見合う〝価値〟が侵略相手に無ければ、極めて無駄な浪費となってしまう。加えて、およそ〝戦争〟というものは、得てして戦時中よりも戦後の方が、処理に困る案件が圧倒的に多い。
これらを踏まえ、双方の国力や文明の差異、そして先ほどの〝原生文化保護の精神〟の話も合わせて考えると、
「‥‥‥無イ」
アレクシアが断言で答えると、燐耀は頷き、
「そうじゃ。神聖帝国を侵略しても、陽出にとっては多大で無意味な徒労でしかない。もっとも、そなたに故郷では、陽出はどこまでも〝悪しき加害者〟となっとるようじゃがな?」
意地悪く言いながら、茶請けの急須に手にとって、茶碗に傾ける。
「まあ確かに、〝正義の名の元に悪を討つ〟という大義名分で戦うのは、さぞや気分の良いものじゃろうがの‥‥‥て、あら?」
皮肉気な燐耀の笑みが、急に曇る。
茶碗に注がれたのは茶ではなく、茶渋塗れで冷めきった、濃い緑を通り越してどす黒くなった液体。死にはしないだろうが、見るからに不味そう。
「‥‥‥飲むか?」
茶を差し出す燐耀の態度は、念のために訊ねてみただけと言いたげ。
「イタダキマス」
「え」
アレクシアが少しも迷わず茶碗を受け取って一気に煽ったものだから、燐耀は止める暇も無かった。
「~~~~っ」
苦味なのか辛味なのか、あるいは甘味なのか──〝不味い〟という表現も形容も通り越した、〝味〟と呼んで良いのかも怪しい感触に、アレクシアは激しく噎せ返った。
「‥‥‥す、済まぬ。単なる冗句じゃったのじゃが、まさか間に受けるとは」
「大丈夫。毒みたいなクスリを飲まされたこと、あるカラ」
燐耀は、慌てて布巾を差し出す。それでアレクシアは口元を拭って、苦い息を大きく吐きだしながら笑って見せた。
燐耀は引き攣りながらも笑みを返し、しかしすぐにそれが顰められる。
「その、〝毒みたいな薬〟というのも、あのシュトルメアの娘の仕業か?」
「チガウ。父や兄」
強力な薬で、しかも原液に近いモノだった。もっとも、その効果は〝法力強化〟であり、法力量が元より常人離れしていたアレクシアには全く効果は無く、そのくせ副作用はしっかりと働いて、一週間絶対安静となった。
「法術を至上とする文化や価値観というのは、まあ理解は示そう。だが‥‥‥やはり、共感は出来ん。それで才覚を潰すようでは、尚更な」
燐耀は、嫌悪感を隠さなかった。
「妾だけではない。蒼真は、態度こそアレだが、何やかんやと自分から首を突っ込んでるのじゃて」
「‥‥‥蒼真ガ?」
てっきり、鏡華に蹴りつけられ燐耀に引っ張られて仕方なくやっているのだとばかり思っていたものだから、冗談抜きで驚いた。
「あの男、あれでかなりの激情家じゃ。先の襲撃に加え、話を聞いて、だいぶ腹に据えかねておるようでの」
アレクシアは、ふと蒼真のことを考えてみる。確かに、あの男はやる気無さそうに見えるが、するべき事はきちんとするし、しめるべき筋はきちんと守る。
しかし──今回の場合は、どちらかといえば、
「蒼真の事ダカラ、お祭り気分ダト思う」
「‥‥‥まあ、そうじゃろうのう」
「ダカラ、燐耀と同じだとオモウ」
「‥‥‥そなたも、中々言うのう」
感心と呆れを半々した燐耀の言い様と表情に、アレクシアは思わず吹き出した。それに釣られたのか、燐耀も吹き出した。
「おい」
勢いよく開かれた障子の音と、蒼真の不機嫌そうな声で、それは遮られる。
「風呂を沸かした。寝ぼけたことをベチャクチャくっちゃべってねえで、とっとと入って目を覚まして来い」
明らかに強がるような響きに、アレクシアと燐耀は思わず顔を見合わせ、もう一度吹き出した。
*
風呂で眠気と疲労を可能な限り落とし、朝食で鋭気を整え、茶をすすりつつしばしの静養を経て、再び皆は動きだす。
「くどいようじゃが、兎にも角にも冷静にの」
言いながら席を立った燐耀は、より一層凛とした気配に満ちていた。それは、取り澄ました制服のせいだけではないだろう。
一方、
「これ蒼真‥‥‥何を呑気に寝とる?」
うとうと──どころか、立ったままで器用に寝息を立ている蒼真は、取り澄ました制服を着ても、一層だらけていた。慣れない徹夜のせいだろう。
「あ~?」
「あ~ではなかろう。ほれ、檄の一つでも飛ばしてやらんか」
燐耀に耳を引っ張られて、蒼真はようやくのそのそと立ち上がり、
「‥‥‥もう俺たちは蚊帳の外だろ。今更言うことなんざ何も無え~」
などと、欠伸と一緒に吐き捨て、
「だから、ここから先は自分で何とかしろ~。舐めた選民気取りをぶちのめして来~い」
さも面倒そうに、居間を出ていった。何故か、こちらに顔を向けないまま。
「少しは素直になれば良いモノを、柄にもなく照れおって」
燐耀は、忍び笑いで肩を揺らし、
「が、捻くれているなりに良いことを言うたわ。稀代の天才とやらを、見事出し抜いて見せい。吉報を楽しみにしておるぞ」
蒼真を負うべく踵を返す。
「アノ‥‥‥」
「礼なら後にせい」
ありがとう──その言葉を、燐耀は振り返らず遮り、
「あるいは‥‥‥そなたの成功を以て、謝礼とするがよい」
颯爽と出かけていった。
二人の激励は、少々重圧ではあるものの、悪意は一切含まれていなかった。悪意の無い激励が、とても嬉しいものであり、とても力になるものだと、初めて知った。
しかし、喜ぶのはまだ早い。蒼真たちの言うように、事はまだ終わっていないし、そのための〝仕込み〟すら、まだ済んでいないのだから。
今度は噛まずに言えたことを内心安堵しつつ、アレクシアは気になっていたことを訊ねた。
「蒼真が言っテタ、『手を出したくナイ』っていうのは、本当ナノ?」
「蒼真も言っておったろ。知った上でいらん面倒を背負い込むモノ好きなど、そうはいないじゃろうて」
つまり本当らしい。だとすれば、
「じゃあ‥‥‥陽出が神聖帝国に侵略シタって話は、嘘なの?」
図書館で歴史の本に目を通した時から抱えていた疑問を投げると、燐耀は驚いたように目を開くが、すぐに何かを理解したような苦笑を浮かべ、
「そんな図式は寡聞にして聞いたことはない。その逆であれば、いくらでも聞かされたがのう」
まずは──遠回しながら、実に分かり易い答えを返した。
「もし仮に、じゃ」
次いで、皮肉も込めて問いかける。
「陽出が神聖帝国を侵略して、その労力に見合うだけの得があるかえ?」
戦争というものは、多大な負担が掛かる。ましてや〝侵略〟となれば、その負担は〝防衛〟の倍以上。つまり、それに見合う〝価値〟が侵略相手に無ければ、極めて無駄な浪費となってしまう。加えて、およそ〝戦争〟というものは、得てして戦時中よりも戦後の方が、処理に困る案件が圧倒的に多い。
これらを踏まえ、双方の国力や文明の差異、そして先ほどの〝原生文化保護の精神〟の話も合わせて考えると、
「‥‥‥無イ」
アレクシアが断言で答えると、燐耀は頷き、
「そうじゃ。神聖帝国を侵略しても、陽出にとっては多大で無意味な徒労でしかない。もっとも、そなたに故郷では、陽出はどこまでも〝悪しき加害者〟となっとるようじゃがな?」
意地悪く言いながら、茶請けの急須に手にとって、茶碗に傾ける。
「まあ確かに、〝正義の名の元に悪を討つ〟という大義名分で戦うのは、さぞや気分の良いものじゃろうがの‥‥‥て、あら?」
皮肉気な燐耀の笑みが、急に曇る。
茶碗に注がれたのは茶ではなく、茶渋塗れで冷めきった、濃い緑を通り越してどす黒くなった液体。死にはしないだろうが、見るからに不味そう。
「‥‥‥飲むか?」
茶を差し出す燐耀の態度は、念のために訊ねてみただけと言いたげ。
「イタダキマス」
「え」
アレクシアが少しも迷わず茶碗を受け取って一気に煽ったものだから、燐耀は止める暇も無かった。
「~~~~っ」
苦味なのか辛味なのか、あるいは甘味なのか──〝不味い〟という表現も形容も通り越した、〝味〟と呼んで良いのかも怪しい感触に、アレクシアは激しく噎せ返った。
「‥‥‥す、済まぬ。単なる冗句じゃったのじゃが、まさか間に受けるとは」
「大丈夫。毒みたいなクスリを飲まされたこと、あるカラ」
燐耀は、慌てて布巾を差し出す。それでアレクシアは口元を拭って、苦い息を大きく吐きだしながら笑って見せた。
燐耀は引き攣りながらも笑みを返し、しかしすぐにそれが顰められる。
「その、〝毒みたいな薬〟というのも、あのシュトルメアの娘の仕業か?」
「チガウ。父や兄」
強力な薬で、しかも原液に近いモノだった。もっとも、その効果は〝法力強化〟であり、法力量が元より常人離れしていたアレクシアには全く効果は無く、そのくせ副作用はしっかりと働いて、一週間絶対安静となった。
「法術を至上とする文化や価値観というのは、まあ理解は示そう。だが‥‥‥やはり、共感は出来ん。それで才覚を潰すようでは、尚更な」
燐耀は、嫌悪感を隠さなかった。
「妾だけではない。蒼真は、態度こそアレだが、何やかんやと自分から首を突っ込んでるのじゃて」
「‥‥‥蒼真ガ?」
てっきり、鏡華に蹴りつけられ燐耀に引っ張られて仕方なくやっているのだとばかり思っていたものだから、冗談抜きで驚いた。
「あの男、あれでかなりの激情家じゃ。先の襲撃に加え、話を聞いて、だいぶ腹に据えかねておるようでの」
アレクシアは、ふと蒼真のことを考えてみる。確かに、あの男はやる気無さそうに見えるが、するべき事はきちんとするし、しめるべき筋はきちんと守る。
しかし──今回の場合は、どちらかといえば、
「蒼真の事ダカラ、お祭り気分ダト思う」
「‥‥‥まあ、そうじゃろうのう」
「ダカラ、燐耀と同じだとオモウ」
「‥‥‥そなたも、中々言うのう」
感心と呆れを半々した燐耀の言い様と表情に、アレクシアは思わず吹き出した。それに釣られたのか、燐耀も吹き出した。
「おい」
勢いよく開かれた障子の音と、蒼真の不機嫌そうな声で、それは遮られる。
「風呂を沸かした。寝ぼけたことをベチャクチャくっちゃべってねえで、とっとと入って目を覚まして来い」
明らかに強がるような響きに、アレクシアと燐耀は思わず顔を見合わせ、もう一度吹き出した。
*
風呂で眠気と疲労を可能な限り落とし、朝食で鋭気を整え、茶をすすりつつしばしの静養を経て、再び皆は動きだす。
「くどいようじゃが、兎にも角にも冷静にの」
言いながら席を立った燐耀は、より一層凛とした気配に満ちていた。それは、取り澄ました制服のせいだけではないだろう。
一方、
「これ蒼真‥‥‥何を呑気に寝とる?」
うとうと──どころか、立ったままで器用に寝息を立ている蒼真は、取り澄ました制服を着ても、一層だらけていた。慣れない徹夜のせいだろう。
「あ~?」
「あ~ではなかろう。ほれ、檄の一つでも飛ばしてやらんか」
燐耀に耳を引っ張られて、蒼真はようやくのそのそと立ち上がり、
「‥‥‥もう俺たちは蚊帳の外だろ。今更言うことなんざ何も無え~」
などと、欠伸と一緒に吐き捨て、
「だから、ここから先は自分で何とかしろ~。舐めた選民気取りをぶちのめして来~い」
さも面倒そうに、居間を出ていった。何故か、こちらに顔を向けないまま。
「少しは素直になれば良いモノを、柄にもなく照れおって」
燐耀は、忍び笑いで肩を揺らし、
「が、捻くれているなりに良いことを言うたわ。稀代の天才とやらを、見事出し抜いて見せい。吉報を楽しみにしておるぞ」
蒼真を負うべく踵を返す。
「アノ‥‥‥」
「礼なら後にせい」
ありがとう──その言葉を、燐耀は振り返らず遮り、
「あるいは‥‥‥そなたの成功を以て、謝礼とするがよい」
颯爽と出かけていった。
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