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四章 ~決意と決別~
挑戦
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高桐邸から頂上へ通ずる山道は整備されているが、見通しが良くなるため使えない。なので、今朝方蒼真が手伝いついでに教えてくれた獣道を駆け上がる。
しかし〝獣道〟とは、あくまでも獣が通る道であり、人間の体格では硬い藪の中を強引に突っ切るようなもの。しかも上り坂で、休まず全速力──体力自慢で早朝鍛錬もしていたというのに、既にアレクシアの息は絶え絶えになっていた。
対して、エリッサは頭上を陣取ったまま優々と追いすがり、雷撃を放ってきた。
法具の補助なしでは制御の難しい、〝飛翔〟の法術を維持したまま、である。
『逃げるにせよ、せめて姿くらいは見せたらどうだっ? 少しでも誇りが残っているならなっ!』
上から、嘲笑と共に雷撃が放たれ、アレクシアの傍を掠める──掠めるばかりで、ただの一度も直撃しなかった。
見通しが悪いとはいえ、こちらの位置は明らかなのに。
その気になれば、直撃など簡単なのに。
その気になれば、一帯ごと吹き飛ばせるはずなのに。
エリッサは完全に遊んでいた──学院にいた頃のように。
性格の悪さは相変わらず──頭の中でそんな悪態をついて、しかし思わず笑みが漏れた。
嫌悪の塊と言って良い思い出ながら、妙な懐かしさがあった。そして、懐かしさを感じるほど自分の中で〝過去〟になっていることを、アレクシアは自覚した。
「っ!」
思わず足がもつれ、支え切れずに転倒した。
「~~~~~っ」
足の痙攣を強引に抑え込んで無理やり体を起こして、口に入った砂やら土やらを吐き捨たアレクシアは、藪を抜けてしまっていたことに気づいた。
そこは裏山の頂上付近──の一つ下の、開けた岩場だった。ここからは、硬い岩壁がほぼ垂直に十メートルばかり伸びており、頂上へは宙を飛んでいくか、縄や梯子を使わないと登れない。
アレクシアは、岩壁に立てかけていた木刀と呼ばれる木製の剣を掴む。作業の始める前にここに置いていた物で、刀身も錬成法術で強化済みである。
『‥‥‥出来損ないにしては良い度胸、と取れなくもないがな
頭上から見下ろしたまま、エリッサは呆れたように吐き捨てる。その手には、長剣が握られていた。
『この期に及んでそれとはな』
エリッサは術を解除し、落下の勢いで剣を振り下ろした。アレクシアが飛び退いたことで剣は空を切るが、エリッサはすかさず踏み出しながら斬り上げる。
『その剣‥‥‥っ』
やむなく木刀で受け止め、結果としてエリッサの剣を眼前にしたアレクシアは目を剥いた。
不純物の無しのミスリルを名だたる鍛冶師によって鍛えられ、その工程の一つ一つに高位の神官が全霊の祈りが込めたことで、絶大な力を秘めた法具にして武具──シュトルメア家が代々秘法術と併せて伝えてきた家宝にして、俗に〝聖剣〟と称される邪悪を討滅するための刃。
その銘は、
『〝祓魔の嵐〟っ? 何でそんなモノを?』
『全くだっ!』
危険を察知して、アレクシアは飛び退く。その鼻先を、鋭利な切っ先が通り過ぎた。申し訳程度に強化された木刀の切っ先を、あっさり斬り落として。
『私もいらないと言ったのだがなっ!』
たたみかけるつもりか、エリッサは踏み込んで振り下ろす。アレクシアは短くなった木刀を構えるが、剣同士の衝突と硬直は一瞬──乾いた音を立てて、木刀は更に短くなった。
『穢れた地に立ち入るのだからっ!』
強化されているとはいえ、聖剣の前では所詮棒切れ。剣筋を逸らせるのみで、受ける度に木刀は大きく削り取られていく。
『邪悪な瘴気からの護符代わりと、父上から押し付けられてなっ!』
頭を狙った振り下ろしを、アレクシアは飛び退いて回避──が、僅かに間に合わず、、剣の切っ先は胸元を切りつけた。
『っ!』
胸の痛みと背中の衝撃に、アレクシアは呻く。背後は岩壁がぶつかっていた。そして眼前には、聖剣の切っ先が突きつけられる。それを辿れば、勝ち誇ったエリッサの顔があった。
『なるほど、そんな粗末な棒切れで聖剣を凌ぐのだから、唯一の取り柄である剣の才覚は本物だったのだろう。だが惜しいかな、所詮はそれだけのモノだ』
相変わらずの嘲笑。
相変わらずの侮蔑。
だが、
『それだけしかない〝出来損ない〟など、この世には不要だ。その用を成さなくなった棒切れこそが、貴様の価値だ』
エリッサの朗々とした罵倒に、奇妙な喜悦が僅かに滲み出たのを、アレクシアは敏感に、そして他人事のように感じた。それを見極めようと、突きつけられた鋭利な切っ先には目もくれず、アレクシアはエリッサを見据える。
『? 何だその目は? 言いたいことがあるなら、言ってみろ。聞くだけは聞いてやらないでもないぞ』
『‥‥‥それじゃ、お言葉に甘えて』
大きく息を吐きだしながら、アレクシアは淡々と言葉を述べた。
『何をそんなに怯えているの?』
冷静に──燐耀の言葉を、常に頭に思い浮かべながら。
『‥‥‥怯える?』
エリッサは、唖然としたようにその言葉を繰り返した。
『私が怯えるだとっ? 貴様如きにかっ?』
言い終わるころには、吹き出すような笑いになっていた。さも可笑しそうに高々と哄笑する。
『何を血迷ったか知らんが、まさか最期になってそんな言葉が出てくるとはなっ! いや、最期を前にしたからこそ、血迷ったのかっ?』
『私には、貴方の方が血迷ってるように見えるわね』
耳障りな哄笑を聞き流しながら、アレクシアは淡々とした態度を心がける。
『いくらフローブラン家とシュトルメア家がお互いを目の敵にしてると言ったって、あくまでも御家の問題。それに、〝出来損ない〟の私は、貴方にしてみれば落ちこぼれも良いところの、いちいち相手にするまでもない取るに足らない存在のはずよ』
自分で言って情けなくなってくるが、それは紛れもない事実。だからこそ、それが疑問だった。
『私は、少なくとも自分から貴方に絡んだことは無いし、近づかないようにしていた。いつも絡んできたのは、貴方の方からだったわ』
『それでも視界に入ってくる。貴様は、いるだけで目障り極まりないんだ』
エリッサの哄笑が急に萎んでいき、苛立つような声音になる。そんなエリッサの変化を、アレクシアは見逃さない。
『貴様の唯一の取り柄は剣‥‥‥今、貴方はそんなことを言ってたわね?』
冷静に──否、
『それは貴方なりに認めていたということかしら?』
冷酷に。
『〝出来損ない〟に、剣じゃ勝てない‥‥‥棒切れ相手に聖剣でも持ちださないと太刀打ちも出来ないって』
エリッサの侮蔑の表情が、音も立てんばかりに凍り付いた。
しかし〝獣道〟とは、あくまでも獣が通る道であり、人間の体格では硬い藪の中を強引に突っ切るようなもの。しかも上り坂で、休まず全速力──体力自慢で早朝鍛錬もしていたというのに、既にアレクシアの息は絶え絶えになっていた。
対して、エリッサは頭上を陣取ったまま優々と追いすがり、雷撃を放ってきた。
法具の補助なしでは制御の難しい、〝飛翔〟の法術を維持したまま、である。
『逃げるにせよ、せめて姿くらいは見せたらどうだっ? 少しでも誇りが残っているならなっ!』
上から、嘲笑と共に雷撃が放たれ、アレクシアの傍を掠める──掠めるばかりで、ただの一度も直撃しなかった。
見通しが悪いとはいえ、こちらの位置は明らかなのに。
その気になれば、直撃など簡単なのに。
その気になれば、一帯ごと吹き飛ばせるはずなのに。
エリッサは完全に遊んでいた──学院にいた頃のように。
性格の悪さは相変わらず──頭の中でそんな悪態をついて、しかし思わず笑みが漏れた。
嫌悪の塊と言って良い思い出ながら、妙な懐かしさがあった。そして、懐かしさを感じるほど自分の中で〝過去〟になっていることを、アレクシアは自覚した。
「っ!」
思わず足がもつれ、支え切れずに転倒した。
「~~~~~っ」
足の痙攣を強引に抑え込んで無理やり体を起こして、口に入った砂やら土やらを吐き捨たアレクシアは、藪を抜けてしまっていたことに気づいた。
そこは裏山の頂上付近──の一つ下の、開けた岩場だった。ここからは、硬い岩壁がほぼ垂直に十メートルばかり伸びており、頂上へは宙を飛んでいくか、縄や梯子を使わないと登れない。
アレクシアは、岩壁に立てかけていた木刀と呼ばれる木製の剣を掴む。作業の始める前にここに置いていた物で、刀身も錬成法術で強化済みである。
『‥‥‥出来損ないにしては良い度胸、と取れなくもないがな
頭上から見下ろしたまま、エリッサは呆れたように吐き捨てる。その手には、長剣が握られていた。
『この期に及んでそれとはな』
エリッサは術を解除し、落下の勢いで剣を振り下ろした。アレクシアが飛び退いたことで剣は空を切るが、エリッサはすかさず踏み出しながら斬り上げる。
『その剣‥‥‥っ』
やむなく木刀で受け止め、結果としてエリッサの剣を眼前にしたアレクシアは目を剥いた。
不純物の無しのミスリルを名だたる鍛冶師によって鍛えられ、その工程の一つ一つに高位の神官が全霊の祈りが込めたことで、絶大な力を秘めた法具にして武具──シュトルメア家が代々秘法術と併せて伝えてきた家宝にして、俗に〝聖剣〟と称される邪悪を討滅するための刃。
その銘は、
『〝祓魔の嵐〟っ? 何でそんなモノを?』
『全くだっ!』
危険を察知して、アレクシアは飛び退く。その鼻先を、鋭利な切っ先が通り過ぎた。申し訳程度に強化された木刀の切っ先を、あっさり斬り落として。
『私もいらないと言ったのだがなっ!』
たたみかけるつもりか、エリッサは踏み込んで振り下ろす。アレクシアは短くなった木刀を構えるが、剣同士の衝突と硬直は一瞬──乾いた音を立てて、木刀は更に短くなった。
『穢れた地に立ち入るのだからっ!』
強化されているとはいえ、聖剣の前では所詮棒切れ。剣筋を逸らせるのみで、受ける度に木刀は大きく削り取られていく。
『邪悪な瘴気からの護符代わりと、父上から押し付けられてなっ!』
頭を狙った振り下ろしを、アレクシアは飛び退いて回避──が、僅かに間に合わず、、剣の切っ先は胸元を切りつけた。
『っ!』
胸の痛みと背中の衝撃に、アレクシアは呻く。背後は岩壁がぶつかっていた。そして眼前には、聖剣の切っ先が突きつけられる。それを辿れば、勝ち誇ったエリッサの顔があった。
『なるほど、そんな粗末な棒切れで聖剣を凌ぐのだから、唯一の取り柄である剣の才覚は本物だったのだろう。だが惜しいかな、所詮はそれだけのモノだ』
相変わらずの嘲笑。
相変わらずの侮蔑。
だが、
『それだけしかない〝出来損ない〟など、この世には不要だ。その用を成さなくなった棒切れこそが、貴様の価値だ』
エリッサの朗々とした罵倒に、奇妙な喜悦が僅かに滲み出たのを、アレクシアは敏感に、そして他人事のように感じた。それを見極めようと、突きつけられた鋭利な切っ先には目もくれず、アレクシアはエリッサを見据える。
『? 何だその目は? 言いたいことがあるなら、言ってみろ。聞くだけは聞いてやらないでもないぞ』
『‥‥‥それじゃ、お言葉に甘えて』
大きく息を吐きだしながら、アレクシアは淡々と言葉を述べた。
『何をそんなに怯えているの?』
冷静に──燐耀の言葉を、常に頭に思い浮かべながら。
『‥‥‥怯える?』
エリッサは、唖然としたようにその言葉を繰り返した。
『私が怯えるだとっ? 貴様如きにかっ?』
言い終わるころには、吹き出すような笑いになっていた。さも可笑しそうに高々と哄笑する。
『何を血迷ったか知らんが、まさか最期になってそんな言葉が出てくるとはなっ! いや、最期を前にしたからこそ、血迷ったのかっ?』
『私には、貴方の方が血迷ってるように見えるわね』
耳障りな哄笑を聞き流しながら、アレクシアは淡々とした態度を心がける。
『いくらフローブラン家とシュトルメア家がお互いを目の敵にしてると言ったって、あくまでも御家の問題。それに、〝出来損ない〟の私は、貴方にしてみれば落ちこぼれも良いところの、いちいち相手にするまでもない取るに足らない存在のはずよ』
自分で言って情けなくなってくるが、それは紛れもない事実。だからこそ、それが疑問だった。
『私は、少なくとも自分から貴方に絡んだことは無いし、近づかないようにしていた。いつも絡んできたのは、貴方の方からだったわ』
『それでも視界に入ってくる。貴様は、いるだけで目障り極まりないんだ』
エリッサの哄笑が急に萎んでいき、苛立つような声音になる。そんなエリッサの変化を、アレクシアは見逃さない。
『貴様の唯一の取り柄は剣‥‥‥今、貴方はそんなことを言ってたわね?』
冷静に──否、
『それは貴方なりに認めていたということかしら?』
冷酷に。
『〝出来損ない〟に、剣じゃ勝てない‥‥‥棒切れ相手に聖剣でも持ちださないと太刀打ちも出来ないって』
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