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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

ずれているお姫様

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 エラはまだ怪我が治りきっていないため、シューラが軽く診察してから薬を処方して再び休んでもらうことになった。

 他の怪我人たちは起きなかったが、軽く様子を見たシューラがこのままで今は問題ないと判断した。



 なので、食事だけ作りおいて小屋から出て来た。



 ちなみに食事を作るのにミナミも協力した。

 鍋を混ぜることだけだが、できることが増えて嬉しい。



「いけ好かない奴だったね。典型的な魔術師だ。

 実力も大したことないと思うよ。」

 マルコムは吐き捨てるように言った。



 ミナミは一瞬なんのことだかわからなかったが、エラのことを言っていると分かった。



「そう言うなって。帝国を魔術師視点で見るとどうなのか…って気になるだろ?」



「気になるかもしれないけど、為になるとは別だよ。」



「まあ、それは否定しないけどさ。」



 イトもマルコムと同じような意見らしく、否定をせずなんとも言えない顔をしている。



 いけ好かないというのはわからないが、エラは自分の立場にプライドを持っているのはわかった。



「でも綺麗な人で、私に笑いかけてくれたからいい人だよ」

 ミナミは自分に微笑みかけてくれたエラに悪い印象は無い。



「悪い人ではないよ。ただ、根本的に厄介なだけ。」

 マルコムはミナミの言葉を否定しなかったが、何とも言えない顔でミナミを見ている。



「じゃあ、何か基準が違うんだね。常識が違うと善悪の問題じゃなくなるからね」

 ミナミはマルコムの言葉に納得した。



 エラは悪い人でないのはなんとなくわかる。

 ただ、何かの基準が違うのだ。いわば常識のようなベースとなる部分が違うと考えるべきなのだ…と。



 常識が違うと善悪の基準が変わる。

 善悪は変移する…

 ミナミだって王族の端くれだから、善悪を作る立場として教育を受けている。



「なんでこういう感覚はあるんだろうね…親の方針が見えるのがなんとも言えない」

 マルコムはミナミの言葉を聞き、呆れながらも皮肉そうに笑っていた。



「ミナミが気に入っているところ悪いけど、僕はあまりいい感じがしなかった。」

 シューラもマルコム達と同じような感覚を持っているらしい。



 もしかしたら三人とも最初からそう思っていたのか?

 だから美人のエラに見向きもしなかったのか?



 ミナミは納得して一人で頷いていた。



「あ、姫様。少し忠告するね。

 君は他人にあまり美人とか褒めない方がいいよ」

 イトはミナミに真面目な顔をして言った。



 ミナミはなんでそんなことを言われるのかわからず首を傾げた。



「今はまだ子どもだからあまり気に留められないかもしれないけど、

 褒めるなら顔立ちとかでなくて服とか髪の色、瞳の色とかの部位にしな。

 君のさっきの「綺麗」は瞳の色と思われたからよかったけど、下手したら嫌味に取られる。」

 マルコムはイトと同じ意見なのか、補足するように言った。



 ミナミは何故そんなことを言われるのかわからない。



 目を丸くして首を傾げるミナミにシューラは困ったような目を向けている。



「これは、君のお兄さんに相談しないといけない問題だな」

 マルコムはミナミの様子を見て困ったように言った。



「あと、ビャクシンのことは隠した方がいいね。隠せるかどうかの問題になるけど…この村の人たちにはシューラに懐くビャクシンを見られている」

 マルコムはイトを睨みながら言った。

 おそらく彼に対して口止めの意味を込めているのだろう。



「その辺は大丈夫だろ。プラミタの連中は完全に外の人間だ。おたくらもそうだけど、ガレリウス達をぶちのめした恩人に近い。それに物資を提供してくれたりとしている。

 だいたい、復興に協力してくれないプラミタの人間に滞在は許すけど、情報までは提供しないさ。

 俺は君たちを敵に回したくないから黙っているよ。商人は信頼が大事だから!」



「お前はともかく、言われてみれば、特殊な村だから口止めは守ってくれそう…ガイオさんを通して連絡してもらおう。」

 イトの言葉にマルコムは納得したらしく、ガイオに話を通すという形になったらしい。



 そこでミナミは思い出した。



「猫ちゃんの名前…付けないと!」

 ミナミは拳を握って言った。



 シューラとイトは驚いた顔をしている。

 マルコムは面倒くさそうな顔をしている。



「え?だって、ビャクシンは沢山いるんだよね?だから区別付けるために

 いつまでも猫ちゃんって呼ぶのも申し訳ないし…」

 ミナミはビャクシンに名前を付ける理由を述べた。



「そもそもビャクシンを猫ちゃんって呼ぶ奴いないから…」

 イトが呆れたように呟いた。



「君が勝手に考えればいいよ。そういうセンスは俺もシューラも無いし、イトはそもそもビャクシンと接しないだろ。」

 マルコムは本当に面倒なようで、投げやりに言った。



「それなら…

 金色のお目目と黒いお目目綺麗だったし、猫ちゃんはタマとかいうから



 キンタマクロ「シューラ何かいい名前は無いか?」

 ミナミが名前を考え呟きかけたときに、マルコムがそれをぶった切るように被せてシューラに尋ねた。



 なんだ。マルコムも考えようとしているじゃないか。



 ミナミは微妙に慌てた様子のマルコムを見て

 素直じゃないなーと思っていた。









 ビャクシンの名前は

 “コロ”になった。

 コロコロと転がって甘えたりお腹を向けたりするからだ。



「コロー。あなたコロって名前になったよ!」

 木の陰でシューラの様子をうかがっていたビャクシンを見つけてミナミは駆け寄って言った。



 ビャクシン改めコロは一瞬ビクリとしたが、大人しく座ってミナミになされるがままになった。



 ミナミはコロの頭や顎を撫ででぎゅっと抱き着いた。



「名前気に入ってくれた?」

 ミナミはコロに抱き着いたまま首を傾げて尋ねた。



「ガ…ニャウ…ニャ…ゥゥゥ」

 コロは消え入りそうな声で鳴いたが、その声には媚があったのでミナミは問題ないと判断して

 ニコニコとしながらコロに頷いた。



「名前の由来からしてビャクシンにとったら屈辱だろ。

 子どもだからまだわからないと思うが、大人になったらどうなるか…」

 コロとミナミの様子を見てイトが青い顔をしている。



 コロの名前の由来は、人間に下ったということを比喩するものだからだ。

 名づけ元はシューラとマルコムである。

 タマ、コロ、ゴロ、ヘソ、シマ

 という選択肢の中から選ばれた厳選された名前だ。



「あのクソ猫は思ったよりも賢い。おそらくわかったうえで名前を付けられるのを許容している。

 実際不満がありそうだけど、彼女にはばれないようにと取り繕っているだろ。」

 マルコムはミナミに抱き着かれて口元をピクピクさせているコロを指して言った。



「思ったけどさ、君もシューラ君も中々なセンスだよね。姫様と大して変わらない気がする。」



「外見で簡単に付けているからだよ。」



「シューラ君はともかく、君って貴族だよね。もっと情緒とか…」



「あそこにいるのも正真正銘のお姫様だけど?」



「うん。確かに…」



 イトとマルコムはコロの名前の事で何やら話している。

 あの二人は意外と気が合うのかわからないが、最近よく二人で話し込んでいるのを見る気がする。



 イトが帝国の事を探っているのもあるが、色々言いながらもマルコムはイトのことを気に入っていると思うのだ。



「ミナミ。こいつ臭いからあまり抱き着かない方がいいよ。」

 コロに抱き着くミナミを不安そうに見つめてシューラが言った。



 マルコムとは対称的にシューラはイトと距離を取っている。

 ウサギちゃんと言われたのが嫌なのか、それとも未成年に見られたのが嫌なのかわからないが。





「獣臭いのって新鮮だからつい…」

 ミナミはコロの毛をワシャワシャと撫でで笑った。



 毛をワシャっとすると、もわっと脂っぽいにおいと泥臭さと生臭さがある。これが獣の臭いなのだろう。



 臭いに対して毛はふわふわでさわり心地がいい。



「私、動物に好かれなかったから」

 ミナミは動物に恐ろしいほど好かれないのだ。



 そもそも野生の魔獣などに接する機会は無いが、

 馬、海鳥、猫、犬とことごとく懐かないのだ。



 全部逃げられる。



 昔、お城の裏の馬小屋にミナミが忍び込んだとたん、馬が達が一斉に逃げ出して大騒ぎになったことがあった。

 馬が全部逃げてしまってしょげているミナミにオリオンはしっかりと説教をしたが、なんとなく憐れむ様な目を向けていた。



 馬車とかの馬は平気だが、馬に乗ろうとするとダメだったりと難しいのだ。



 そんなことだからミナミはコロが大人しくなでられてくれるのが嬉しいのだ。



 ちなみにオリオンはものすごく動物に好かれて

 よく発情した猫に追い回されていた。





「…何となく懐かない理由がわかった気がするけど…

 でも、臭いからコロを触った後は手を洗おうよ」

 シューラはミナミを見て何とも言えない顔をした。



 シューラの言うことは一理ある。

 コロは臭いのは確かだ。手を洗うのは大事だ。



「じゃあ水浴びしよう!シューラも水浴びしたがっていたし、ちょうどいいよ!」

 ミナミは自分がまともなお風呂に入っていないことに気付いたのと、シューラが水浴びを検討していたことを思い出した。



 自分も綺麗になるし、臭いのもなくなる。

 どうせならコロも一緒に水浴びするのもいい。

 シューラだって水浴びできれば一石三鳥だ。



 ミナミはいいことを思いついたといき込んでシューラの手を握って走り出そうとした。

 もちろんコロをべたべた触って獣臭い手だ。



「おい!この手ちょっと獣臭いだろ」

 シューラは急に獣臭い手で握られて思わず言葉が荒くなっている。

 ただ、ミナミに手を引かれるまま歩き出した。



「マルコムも水浴び行こうよ!

 あ、イトさんは見張りお願い。」

 ミナミは呆気にとられるマルコムとイトに目を向けて言った。



「へ?」

 マルコムにしては珍しく間抜けな声を上げた。



「おい。まさか僕は見張り要員じゃなくて一緒のつもりなの?」

 シューラが顔を引きつらせて尋ねた。



 ミナミはなんでそんな当然の事を聞くのかわからず首を傾げた。



「君は一般常識から学んだ方がいい。」

 マルコムもシューラと同様に顔を引きつらせていた。



「俺は仲間はずれなのー?」

 イトは自分だけ見張りなのが寂しいみたいで拗ねるように尋ねた。

 ただ、揶揄いや冷やかしがある口調だったので、冗談交じりの軽口だ。



「だって、イトさんはよその人だからダメなの。はしたないって」

 ミナミは首を振って言った。



 そうだ。

 ミナミの中でイトはよその人でいわゆる他人だ。

 マルコムとシューラは身内認定なので別に平気なのだ。



 ミナミの中の基準は結構単純だ。



「そこはしっかりとしてんのかよ…」

 マルコムは呆れたように呟いた。



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