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【足あと売りのアシ】
【昼・12時11分】
しおりを挟む大きなテーブルを囲んで、施設に暮らす子供たちが食事をする。その中には当然、アウィーもミタンも座っていた。
「──えっ? アウィーちゃんの部屋、鍵が壊れてるの?」
ミタンは驚き、スプーンにのせていたニンジンを皿に落とす。
アウィーは眉尻を下げて、悲し気に頷いた。
「えぇ、そうなの。実は数日前から鍵が閉められなくて、不安で……」
「それは大変だよ! えぇっと、えーっと……あっ! 施設長~っ!」
ミタンは大声を出して、一人の青年を呼ぶ。
大きな声で呼ばれた小太りなその青年──施設長であるマチルチは、ミタンとアウィーに近寄った。
「どうしたのですか、ミタン?」
「アウィーちゃんの部屋、鍵が壊れてるんだって! 鍵って、すぐに直せますか?」
「まぁ、それは大変ですね」
「すみません、マチルチ施設長。急な申し出をしてしまって……」
頭を下げながらも落ち込むアウィーを見て、マチルチはニコリと優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。今から頼めば、明日の朝には業者さんが来ると思います。……それまで待てますか、アウィー?」
「はい、マチルチ施設長。どうぞ、よろしくお願いいたします」
アウィーは座ったまま、マチルチに頭を下げた。
まるで自分のことのように心配していたミタンは、ホッと胸を撫で下ろす。そんなミタンに、アウィーは微笑みを向けた。
「ありがとう、ミタン。マチルチ施設長を呼んでくれて」
「ううんっ、気にしないで! それよりも、今日はあたしの部屋で寝る?」
「ふふっ、大丈夫よ。こうしてミタンが大きな声で言ってくれたのだから、誰も私の部屋になんて来ないわ。……これで不法侵入するなんて、かなりのおバカさんよ?」
「それもそっか!」
笑い合うも、それはほんの数秒だけ。突如として、ミタンはキッと鋭い眼差しを、自らの隣に座る少年に素早く向けたのだから。
「ゲッネ! アウィーちゃんの部屋に入ったら、明日から『ヘンタイ』って呼ぶからね! もう一緒に遊んでもあげないから!」
「アホか、行かないっての……」
ゲッネはそう言い、スープを飲み干す。ミタンは依然として、今にも噛みつきそうな勢いでゲッネを睨んでいた。
アウィーは笑顔を浮かべながら、ゲッネとミタンを眺める。そして、心の中でほくそ笑むのだ。
これだけ大きな声で話題にしてくれたのであれば、アウィーの部屋に誰も来ない。来るはずがないのだ。
アウィーの部屋の鍵が、壊れている。そんな中でアウィーの部屋に侵入したとバレたら、施設内の全員から白い目で見られるのは必至だ。
だから今夜、アウィーの部屋にやって来る人物は【おバカさん】。そこまで考えたアウィーは、高笑いしそうになるのをなんとか堪える。
季節は、冬。土足で部屋に入るこの国の風習では、雪や泥で床が汚れることなんて日常茶飯事。
──だからこそ、アウィーは足あと売りに興味を持った。
ゲッネは、アウィーの想い人。アウィーはずっと、ゲッネという男を自分のものにしたかった。
今晩、ゲッネがアウィーの部屋に来るのは既に仕込み済み。深夜に交わした足あと売りとのやり取りを思い出すと、アウィーの口角はさらに上がった。
──今日の夜、二十三時五十分。ゲッネの足あとは【ゲッネの部屋からアウィーの部屋まで】言い逃れできないくらいハッキリと、鮮明に刻まれるのだから。
アウィーは、ゲッネに恋をしていた。だからこそアウィーはどうしても、ゲッネに自分を見てもらいたかったのだ。
しかし、どれだけ魅力的な美貌を持っていても、ゲッネはウブなのかアウィーに振り向いてくれなかった。
そんな日々が続き、いつしか可愛らしい恋心は歪んでいき、ついにアウィーは【ゲッネの人生を自分一色に染め上げたい】と願うようになってしまったのだ。
ゲッネは今夜、アウィーの部屋に訪れない。しかし、アウィーは既にゲッネの足あとを購入している。
真実なんて、どうだっていい。アウィーが『誰かが私の部屋に入ってきた』と施設内全員の目の前で告発すれば真実の有無に関わらず、自らの足と一致する足あとが残るゲッネは永久に、施設内で変質者扱いされるだろう。そうすれば、ゲッネはアウィーだけの愛しい犯罪者になる。
「信じているわよ、ゲッネ」
アウィーが微笑み続ける本当の理由を、ミタンとゲッネは見破れなかった。
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