上 下
7 / 48
1話【オキジョーという男】

3

しおりを挟む



 微睡みからオレを現実へ引き戻したのは、強引な手だった。


「愛山城さんッ! 朝礼始まるッスけど!」
「ん、あぁ……ッ?」


 肩を強く掴まれ、揺さぶられる。
 夢の世界が遠ざかるも、オレはいったいなんの夢を見ていたのか。思い出そうと思案する前に、つんざくような音が鼓膜を震わせた。それは、朝礼を始める前に鳴らすブザーの音だ。

 相当ギリギリにオレを起こしたらしいセンを睨みつつ、オレは席を立つ。デスクを挟んだ正面で、オキジョーが困ったように笑いながらオレを見ていた。

 各課の報告事項をその課のお偉いさんが発表する中、オレはぼんやりとオキジョーを眺め……夢を思い出す。

 あの頃に比べて、オキジョーは大きくなった。同じくらいの身長だったのに、気付けば十センチ以上抜かれている。
 饅頭みたいに可愛かったほっぺは、今じゃただの皮だ。

 情けなく泣いていたのは別人だったのか、シャンと背筋を伸ばしてお偉いさんを見ているオキジョーの表情は、明るい。朝礼が楽しいとかじゃなく、あのよく分かんねぇ笑顔がデフォなんだ。

 まん丸だった目も、今では男らしい細い形になっている。……体も、随分と立派になった。
 なんだ、あの胸板と四肢は。子供の頃はもう少し可愛げのある体だったのに、今じゃあモテそうなルックスに変わってやがる。


「ちょっと、愛山城さん。なに沖縄先輩をジロジロ見てるんスか」


 思わずオキジョーを眺め続けていると、ファンクラブの過激派みたいなセンが、オレに小声で噛み付いてきた。すかさず、オレは睨みで応戦だ。

 朝礼が終わると同時に、センがオレに向かって吠えてくる。


「沖縄先輩の手を煩わせないように俺が起こしてあげたのに、なんなんスかマジで!」
「なまらウゼェ。オキジョー、コイツ黙らせて」
「二人共、静かにしましょうね」


 一緒くたに黙らされた。釈然としねぇ。

 オレがオキジョーに見惚れているとでも思ったのか、センはご立腹だ。センは相当、オキジョーのことが好きらしい。なんだなんだ、ホモか。偏見はないが、オレを当てウマ的ポジションに設定するのはやめてくれ。

 イスに座ったオレとセンが、無言でバチバチと睨み合う。すると全くこの戦いには関係がない、人の女性職員が、オレたちのそばにそっと寄って来た。


「コレ。再来週までに提出お願いします」


 そう言って渡されたのは、なんだか小難しいことが書いてある紙だ。オキジョーが女性職員に礼を言う中、オレとセンは渡された書類をジッと眺めた。


「「年末調整……」」


 そのまま紙に書いてあることを、センと二人で揃って呟く。

 今は、十二月。もうそんな書類の時期だ。確か保険金とかの、控除? とか、そんな申請をするための書類。……だった、気がする。

 妙に薄っぺらい紙をしばらく眺めた後、オレは正面に座るオキジョーに視線を移した。


「オキジョー」
「はいはい」


 女性職員から貰った紙を、オキジョーの名を呼びながら素早く手渡す。
 笑みを浮かべて受け取るオキジョーを見て、センがまたしてもキャンキャンと吠えてきた。


「沖縄先輩! あんまりこの人を甘やかしたら駄目ッスよ!」


 なんなんだこの後輩は。仮にもオレは先輩だってのに、まるで友達みたいに扱いやがって。
 ……いや、まぁ。変に敬われるのも、期待とやらには応えてやれないのでメイワクだが。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:646

僕、逃亡中。

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:60

よくある話で恐縮ですが

BL / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:2,443

燃える魔術の書

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:5

【BL】できそこないΩは先祖返りαに愛されたい

BL / 完結 24h.ポイント:596pt お気に入り:562

【完結】あなたの妻(Ω)辞めます!

BL / 完結 24h.ポイント:468pt お気に入り:2,175

【完結】悪の華は死に戻りを希望しない

BL / 完結 24h.ポイント:830pt お気に入り:1,529

待って!悪役令息だよ?

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:226

処理中です...