九段の郭公【完結】

四葩

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2章

12【新人研修】

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 仮眠室事件で、心身共に心配されていた丹生たんしょうだが、翌日からは一転して、仕事の鬼と化した。
 現場任務はもちろん、デスクワークやその他の雑務に至るまで、ありとあらゆるスケジュールを詰め込み、自ら多忙を極めていた。
 更科さらしなを徹底的に避け、誰とも先日の件に関する話はしなかった。
 2週間後。ようやく周囲もそんな丹生を見慣れてきた頃、新人研修の教官を担っていた神前かんざき郡司ぐんじに、どうしても外せない任務が入り、丹生たちに代理教官が持ち掛けられた。

「いやいやいや、待って。無理だよ、できないよ。だって俺、そんな研修受けてないもん。可愛い新入りくんたちと話せるのは楽しそうだけど、教官ってのはいくらなんでも、荷が重すぎるって」
「そこをなんとか、お願いできないだろうか。研修を遅らせるわけにはいかないんだ。教官を頼めるレベルに達しているのは、君たちしか居ない」

 丹生のオフィスにて、椎奈しいなに頼み込まれる丹生は、全力で断っていた。今回の研修内容は色仕掛けであり、成績トップクラスの2人に、御鉢が回ってきたというわけだ。

「そもそも、俺らで良いの? 数字だけ見りゃあ、確かにそれなりだけど……バディとしては、お世辞にも良いお手本とは言えないでしょ。むしろ、こんなバディになるなって見本じゃん。悪影響しか与えないじゃん」
「謙遜はよしてくれ。君たちは任務実績が高いだけじゃなく、人望もある。研修官たちも、是非にと言っているんだ」

 断言して揺るがない椎奈に、丹生は顔をひきつらせる。

「ええ……? よりにもよって、なんでうち選ぶかなぁ……。まぁ、慧斗けいとなつめんとこも大概ヤバいし、選択肢なんてほぼ無いんだろうけど……。それなら、椎奈さんたちがやれば良くない? 2人とも成績良いし、うちの班じゃ、1番の仲良しバディだしさ」
「無理だ。私も阿久里あぐりも、午後から任務がある。頼む、引き受けてくれ」

 要請に熱が入る椎奈はデスクに両手をつき、かなりの前傾姿勢だ。反対に、丹生はデスクチェアを仰け反らせ、ほぼ無意味な後退姿勢になっている。朝夷あさひなは優美な笑みを浮かべ、デスクに浅く腰掛けて成り行きを見守っていた。
 それから数分、しつこく食い下がる椎奈に、弱りきった丹生の肩を、朝夷が優しく叩いた。

「まぁまぁ、たまにはこういう仕事も良いんじゃない? 分からない所は俺がフォローするから。椎奈も相当、困ってるみたいだし、人助けだと思ってさ」
「朝夷さん、そう言って頂けると、非常に有難い。丹生君も、どうか承諾してくれないだろうか。この通りだ」

 普段は凛として勝気な椎奈に、すがるような目で迫られ、挙句に深々と頭まで下げられてしまっては、さすがの丹生も、苦渋ながら頷くしかないのだった。

「……しかたない。椎奈さんにそこまでされちゃあ、断れないな。ただし、上手くできなくても怒らないでね? 俺、指導とかそういうの、ホントに向いてないから」
「そんな心配は微塵もしていない。君が間違うことなど、万が一にもあり得ないからな」
「椎奈サマ……それ、逆にプレッシャー……」

 そして、昼休憩明けの14時。新人研修が始まった。

「えー、本日、神前と郡司の代理を務めることになった丹生と朝夷でーす。みんなよろしくー」
「よろしくお願いします!」

 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、気怠げに挨拶する丹生に、感動と憧憬の眼差しが注がれる。入庁したばかりの初々しい調査官たちは、花形バディが眼前に立っている状況に、研修そっちのけで興奮していた。局内注目度ナンバーワンのバディとあっては、テンションの上がりかたも、尋常ではない。

「うわー。俺、こんなに近くで丹生さん見るの、初めてかも。すっげぇ美人、雰囲気あるわー」
「俺も朝夷さんの顔、ちゃんと見たことなかった。なんか、完璧すぎて作り物みたい……」
「あの2人に指導してもらえるとか、俺たち超ラッキーじゃね!?」

 直属の部下を持たない2人は普段、研修官とほとんど関わりがないため、こうして顔をつき合わせて話すことは稀だ。
 新人たちの膨らみ続ける期待などつゆ知らず、丹生は首を少しかたむけ、緩慢に話を続けた。

「基本的なことや実践的な内容は、もう神前たちに教えてもらってるだろうから、今日はちょっとした色仕掛けのポイント説明と、基礎訓練にしまーす。堅苦しいのは苦手なんで、気楽にいきましょー」

 良く言えばフレンドリーな、研修としてはゆる過ぎる丹生の提案に、全員から喜びの声が上がった。

「色仕掛けって言うからには、皆はターゲットの気を引く演技をしなきゃいけないよね。要は、自分の魅力を武器にした誘惑だ。いきなりやれって言われて出来るものじゃないから、ユーバとクロスには、バディって制度があるわけ。自分なりの武器を自覚して磨き、最大限に活用するための措置だな。特に、クロスの子たちね」

 おもむろに、丹生は近くに居たユーバ研修官の土岐ときへ近づき、肩が触れるか触れないかの距離で止まった。
 土岐は棗直属の部下である。シャープな面立ちの中に、微妙なずる賢さを滲ませる美男で、将来有望な調査官の1人だ。
 急接近された土岐は、いったい何をされるのかと、ガチガチに緊張して固まっている。

「クロスはこうしてターゲットに接近、接触しなければならない。しかも相手は男性で、こっちは性別から偽ってる場合がほとんどなワケだ。偽装の量が増えれば、見破られるリスクも上がる。少しでもぎこちなさを出せば、相手の警戒心を招き、任務遂行が難しくなってしまう」

 丹生は土岐へにっこり微笑みかけ、いつの間にスったのか、土岐の財布を差し出しながら、「落としましたよ」と小首をかしげて見せた。更に、受け渡しの際、指先で相手の指を僅かに撫でる。すると土岐はボッと顔を赤らめ、あっさり鼻の下を伸ばした。
 ほんの数秒のあいだに見せられた、スリと色仕掛けの早業に、研修官から感嘆の声が漏れた。

「まぁこんな感じで、懐柔する方法は場当たり的にいくらでもある。むしろ要人の場合、初見で警戒されるのは当たり前だしな。自然と近づかなきゃならないのは、クロス以外も同じだ。相手が予想通りに動いてくれるとは限らないし、フォローしてくれる仲間が居る保証もない。だから皆はまず、ちょっとしたことで動じないよう、メンタルを強靭に保たなきゃならない。冷静さを失わなければ、的確な判断や行動ができるからね」

 言いながら丹生は元いた位置へ戻り、後ろのほうに居たクロス研修官、雪村ゆきむらを呼んだ。
 雪村は羽咲うさきの部下だが、当の羽咲が海外を飛び回っているため、あまり指導をあおげていない、不憫な研修官である。羽咲に似たタイプの、若見えする童顔で、子犬のような愛らしい顔と控えめな性格をしている、おとなしいクロスだ。
 神前と椎奈には「羽咲の指導なら受けないほうがマシ」と言われており、普段は小鳥遊たかなしに様々な雑務を教わっている。

「ここをパーティ会場だと思って、適当に朝夷調査官と談笑してみて」

 背を押された雪村は、オロオロと朝夷へ近づくが、目が合うと途端に赤面し、うつむいてしまう。

「そう赤くなられると、なんだか俺まで恥ずかしくなっちゃうな」

 朝夷の優しい笑みと言葉に、皆からも和やかな笑いが起こった。丹生は軽く手を打ちながら、柔らかい声音でたしなめる。

「ほーら、笑わない。こんなふうに、よく知らない人とすぐ打ち解けろって言われても、なかなか難しいよね。というわけで、今日の課題はターゲットと自然に10分間談笑し、距離を縮めること。設定はさっきと同じパーティ会場、お互い初対面ってことで。いかに親しくなれるかを試してみて。バディ同士じゃ意味ないから、組み合わせはクジで決めるぞー。バディ引いたらやり直しな」
「はい!」

 そうして、研修官たちは課題に取り組み始め、丹生はソファに腰掛けながら息を吐いた。朝夷も微笑みながら隣へ座る。

「なんだかんだ言ってたわりに、立派にやってるじゃないの、璃津先生。フォローなんて、まったく必要なかったね」
「やめろ。先生なんて呼ぶな、気持ち悪い。今日の課題、あとは見てるだけでラッキーだったわ。みんな、こういうの受けてから現場出てたんだなぁ。なんて親切なんだ、うらやましい」
「そうでもないよ。俺が前にいた班の研修は、筋トレばかりの脳筋地獄で、最悪だったよ。当たりが悪いと怠いだけさ。まぁ、何年か前に研修の基礎要項が改定されたらしいから、昔より新人に優しい環境にはなってるかもね」
「へえ。班でけっこう、違うもんなんだな」

 朝夷は丹生たちより2年先輩のため、元々アグリ班の所属ではなかった。基本知識の座学や基礎訓練は同じだが、班の方針によって、細かい研修内容や期間の長短が変わってくる。

「さっきのお手本、ちょっと妬けちゃったな。あの新人ユーバくん、絶対りっちゃんに惚れたね」
「なに言ってんだ。お前こそクロスの子、赤面させてたろ」
「失敗狙って、わざと大人しそうな子を選んだでしょ、バレてるよ。なんだか、りっちゃんの新しい一面を見た気がするな」
「新しい一面って?」
「後輩の指導してる姿、初めて見たから。やっぱり、りっちゃんは何やらせても最高だなと思って」
「煽てても何も出ないぞ」
「俺からは出るかも」
「まじ? 具体的にいくら出んの? それによって煽て度が変わるぞ」
「わお、ハナから金銭だと決めてかかってくるスタイル、斬新だね。守銭奴なりっちゃんも素直で可愛い」

 和やかな雰囲気で話す2人は、丹生の心配とは裏腹に、研修官への良い手本となれたようだった。



 後日談。
 丹生、朝夷バディの講義は研修官らにすこぶる好評だったらしく、「また代理が必要になった際はよろしく頼む」と椎奈が頭を下げに来たと言う。
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