九段の郭公【完結】

四葩

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3章

22【家移り】

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 大規模潜入作戦が大成に終わった、翌日。更科さらしなの宣言通り、丹生たんしょうの引越しが実施された。
 ちょうど日曜だったため、助っ人に神前かんざき生駒いこま相模さがみが駆け付けた。自分も行くと駄々をこねていた朝夷あさひなは、速攻で山形へ飛ばされ、丹生からは「佐藤錦」とだけメッセージが来たという。

「なんというか……意外と質素な暮らし振りだったんですね、丹生さん。デザイナーズとか、お洒落で個性的な所に住んでるイメージでした」
「あいつはよく引っ越すからな。家や物に頓着しないんだよ」
「エース調査官が住んでるとは思えないくらい、本当に普通のお宅ですね……」

 午前10時。丹生の自宅前へ到着した相模と生駒は、オートロックさえ付いていない、平凡なワンルームマンションに驚いていた。因みに、神前は前回の引っ越しも手伝ったので、知っている。

「皆おはよー。ごめんね、せっかくの休みなのに」
「良いよ、どうせ暇だったし」
「俺らも予定無かったので、大丈夫ですよ。生駒も俺も、丹生さんのお家って見てみたかったんで」

 2階の廊下から顔を出した丹生が笑う。

「超ボロ屋でしょ。中もまぁボロいから、一切、期待しないで上がってー」

 言われるまま皆は階段を上がり、丹生の部屋へ入った。

「なんだ、もう始めてたのか」
「うん。ゆうべ、帰ってからちょっとだけね」

 部屋には既に、段ボールがいくつか梱包されている。

「それにしても、生活感が無いですね。調理器具とか食器とか、全然無いし。服と帽子ばっかりで、丹生さんらしいです」
「本とディスクもたくさんあるなぁ……」

 家具はベッド、姿見、小さめの机のみで、丹生の持ち物のほとんどを、服などの装飾品と本、DVDやブルーレイが占めている。家電と言えば、テレビ、ノートパソコン、洗濯機、冷蔵庫、掃除機くらいだ。

璃津りつは映画とかアニメ好きだからな。結構、詳しいぞ」
「へえ、知らなかったです。だからテレビがやたら大きいんですね。50インチですか」
「そー。やっぱ大画面で見たくてさ」
「読書も好きなんですか? 近代文学が多いですね」
「うん。現代のはあんま読まないけど、近代は好きなの多いかな」

 ふと、神前が本棚から1冊を取り出し、驚いたような声を上げた。

「葉山嘉樹まで持ってたのか。コアだな」
「あ、それね。急に読みたくなって探したら、絶版になっててさぁ。国内に2冊しかなくて、速攻で取り寄せてもらったよ」
「そりゃ凄いな。今度貸してくれ」
「荷物になるのが嫌じゃなきゃ、今日持って帰って良いよ」
「まじか、サンキュ」

 聞いたこともない著者の話で盛り上がる2人を、生駒は憧憬の眼差しでうっとり見つめている。

「凄い……会話がハイスペック……!」
「ナナちゃんはともかく、俺は単に好きなだけだよ。知ってるかもだけど、大学中退だし。しかも、専攻は日本文学だったから、英語もろくに話せないしさ。馬鹿の極みだから、ホント」
「えっ!? その噂って本当だったんですか? てっきり、ただのデマだとばかり……」
「丹生さんは20歳くらいで入庁されたんですよね。確かに卒業してるはずない年齢ですけど、それでここまで仕事できるとは……。間違いなく天賦てんぷの才ですね」

 丹生のぶっちゃけ話に、生駒と相模は心底、驚いていた。そんな2人をよそに、神前は「学歴なんて大した問題じゃない」と鼻であしらう。

「官界は、学歴ばかり高くて鼻持ちならない馬鹿が多い。大事なのは知識と教養、それを活かせる機転力だ」
「学歴イコール知識と教養だろ、世の中は。エリート様たちに囲まれて、肩身が狭いんだわ、俺。まあ、公安庁は、他所よりキャリアとノンキャリの差が薄めだし、特別局は実力至上主義だから、なんとか息してるって感じだな」
「はいはい、よく言う。さて、そろそろ本腰入れるぞ」
「ういー。相模、本系の重いやつ頼んでも大丈夫?」
「はい! もう詰め終わってる物は、全部運び出しますね」
「後は詰めながら出していけば良いですか?」
「うん、お願い。服とかテキトーに突っ込んで良いから。あ、帽子だけは潰さないでくれると有難い」
「はい、もちろん……って、うわ! この帽子、めちゃくちゃ高いやつばっかりじゃないですか! 個別の箱とかに入れなくて良いんですか!?」
「いいよ、そんな面倒なことしなくて。たかが帽子だし」
「で、でも……」
「生駒、良いから黙って続けろ。言っただろ、無頓着だって。こういう奴なんだよ」

 そうして、大学生の引っ越し並みの、緩い作業が始まった。テキパキと梱包作業をしながら、神前が問う。

「で、今回はどこなんだ?」
「それがさー、俺も知らないんだよな。ワンの動向が分かるまでは、友人にも職員にも知らせるなって、部長に言われてて。終わったら宅飲みしようと思ってたのに、つまんないの」
「相手は巨大マフィアですからね……。仕方ないですよ」
「しかし、本人にも知らせないとなると、どうやって引っ越せと言うんだろうな」
「なんか、12時頃にトラックが来るから、それに乗せれば運んでくれるって」
「お前は?」
「荷物と一緒に荷台」
「は?」

 あっけらかんと言う丹生に、神前と生駒は唖然とした。

「い、いくらなんでも、酷くないですか、それは……」
「鬼畜の所業だな。お前も少しは怒ったほうがいいぞ」
「いやまぁ、移動してるとことか、見られないほうが良いからなんじゃない? 多分」
「丹生さん、懐が深すぎです……」

 しばらく作業していると、丹生の私用携帯が鳴った。

「あ、噂をすればの部長だ。はい、おはようございます。……ああ、はい。今、ナナちゃん達に手伝ってもらって……え? なんで? ……あ、そうなの? ちょっと待って、テレビは嫌だ! ……ええ!? 高かったのにぃ……。分かったよー……じゃあゴミどうするの? ……いや、無理だよ。それ不法投棄だから、法律違反だから。部長、ゴミ捨てたことないでしょ。……あはは! ごめん、ごめん。うん、了解。……分かってるって、それさっき伝えたから。うん、じゃあまた」

 通話が終わると、怪訝な顔をする神前たちと目が合った。

「お前これ、ゴミなんてあるの?」
「なんか、家具は備え付けらしくて、ベッドとか要らないから持って行くなって。あとテレビとか、洗濯機とか、鏡と机も駄目だって」
「だからテレビでゴネてたのか。こだわってるもんな、アレだけは」
「そうなんだよ。もっとデカいのあるから、邪魔になるってさ。まだ買って1年も経ってないのに、もったいない……。ナナちゃん要らない?」
「そうだな……寝室用にもう1台あっても良いな。もらうよ」
「生駒は? なんか欲しいものある? って言っても、たかが知れてるけど」
「えっ、良いんですか!?」
「どうせ捨てなきゃいけないからね」

 生駒は遠慮がちに周囲を見渡し、木製の扉付きの姿見を指さした。

「じゃあ、あのお洒落な姿見が頂ければ……」
「もちろん。むしろ、もらってくれて助かるよ。アンティークで気に入ってたんだ、アレ」
「有難うございます……! それにしても、凄いですね。そんなに良質な家具が揃ってる部屋なんて、どんな所か気になります」
「えー、俺は怖いよ。部長のことだから、絶対バカ高いとこ取ってるもん。あの人、金銭感覚おかしいから。俺、家賃払えるのかな……」
「ヤバかったら払ってもらえよ。勝手に取ったほうが悪い。と言うか、その感じだとホテルかなんかじゃないのか? ビルトンか、キールトン辺りのさ」

 神前が挙げた有名ホテルに、丹生は膝を打って納得する。

「ああ! それ有り得る!」
「なるほど。ホテルなら家具付いてますもんね」
「……え、ちょっと待って。もしビルトンクラスだとして、1泊いくら……? 俺の記憶が正しかったら、確か最低でも10万以上……」
「やめろ、考えるな。そこまでいくともう経費だ、経費」
「生駒ぁあー! 怖いよぉおー!」
「お、俺も怖いですよぉ!」

 涼しい顔で言う神前に、これから月に何十万の出費になるか分からぬ恐怖で、丹生は生駒に抱きついて震えあがる。そこへ、荷物を運び終えた相模が顔を出した。

「おお、いつの間にか仲良し? 抱き合ってどうしたんですか?」
「うるせー! ボンボン相模には分かんねーよ! ぺっ!」
「ええっ!? なんの八つ当たりですか!?」

 相模の実家は旧華族で、日本でも有数の資産家だ。相模に限った話ではないが、官界には議員や官僚、財閥の子息が多く、特別調査官も、生家が裕福な者は多い。そうした者を登用することで、各所にツテやコネクションが作りやすいからだ。
 そんなこんなで無事に荷造りは終わり、必要無いと言われたベッド類は、廃品回収業者に引き取ってもらうこととなった。
 神前と生駒へ譲る家具は、すぐに相模が配送業者を手配し、更に丹生の反感を買ったことは言うまでもない。

「丹生さーん、トラック来たみたいですよー」
「はーい」

 あらかじめ外へ出しておいた荷物を、にこりともしない作業員がてきぱきと積み込み、あっという間に作業は終了した。荷台へ乗り込みながら、丹生は改めて礼を言う。

「皆、ありがとね! このお礼は今度ご飯で返すから! 予定調整しようねー」
「ああ。荷ほどきは手伝えないが、頑張れよ」
「姿見、有難うございました!」
「また何かあったら呼んで下さいね」
「うん! じゃ、またオフィスで」

 そうして荷台の扉が閉められた。真っ暗な中で荷物と共に揺られること、小一時間。トラックが停車して荷台の扉が開かれた。日光に目が慣れ、到着した建物を視認した瞬間、丹生たんしょうは絶句した。かつて、何度となく通い、連泊した記憶が、まざまざと蘇る。

「……ここって……」

 ぽかんと突っ立ったままの丹生に構わず、作業員達はまたもや黙々と荷物を降ろし、迷わず眼前の高層マンションへ運び始めた。仕方がないので、丹生もその後に続く。
 そして予想通りの階、予想通りの部屋の前で止まった。インターホンが鳴らされ、出てきたのはこれまた予想通りの人物で。

「よお」
「よお、じゃないわ! 何これ!? どういうこと!?」
「おー、珍しく朝から元気だな。まぁ入れよ。作業員の邪魔になるだろ」

 にやりと口角を上げて笑う更科さらしなは、あっけらかんと言い放って部屋の奥へ戻っていく。丹生は憤慨しつつも、作業員達の無言の圧に負け、覚悟を決めて靴を脱いだ。

「お、お邪魔します……!」
「ただいま、だろ?」

 奥から愉快そうな笑い声が響き、丹生はほとほと面白くない気分になる。荷物がすべて運び込まれると、作業員は軍人のように一礼して帰っていった。

「荷ほどきは後にして、まず座れ」
「……うん」
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