九段の郭公【完結】

四葩

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7章

66【余暇ビギニング】※

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 休暇1日目。

「おはよう、璃津りつ
「おはよー」

 正午近くに起き出した丹生たんしょうは、だだっ広いリビングのソファで新聞を読む朝夷あさひなの横を通り過ぎ、キッチンでコーヒーを入れる。
 カップを持って朝夷の隣へ腰を下ろし、電子タバコをつけながら携帯を触ろうとして、思い出した。

「あー、くそ……携帯ないんだったわ……。あれさぁ、データ戻るんだよな?」
「バックアップ取ってれば戻るよ。まず携帯買いに行く?」
「んー。ついでにキャリアも変えようかな」
「なんで?」
「ほとんどWiFiある所でしか使わないし、いっそSIMフリーのほうが良い気がしてさ。安いし」
「なるほどね。でも一旦、今のところ行かないと、それこそデータとか困るよ」

 仕事関係の連絡先は、社用携帯に入っている。私用にある連絡先など、重要なものは無いに等しい。

(よく考えると、切れて困るような友達なんて、居ないんだよな。写真とかごっそり消えるのは、ちょっともったいない気がするけど……。改めて世間との繋がりの薄さが身に染みるわ……)

 溜め息と紫煙を吐いて、ふと朝夷を見る。
 白無地のVネックロングスリーブに淡いブルーのカーディガンを羽織り、ライトグレーのスウェットパンツを履いている。長い足を組んでコーヒーを飲む姿は、珍しく気の抜けた雰囲気を醸していた。夕べ感じた生活感の無さや侘しさが、今は随分、和らいでいて、安堵する。
 そんな丹生の視線に気付いた朝夷が、いつものように綺麗な微笑でこちらを見返す。

「どうしたの?」
「私服……っていうか部屋着、初めて見たなと思って」
「璃津のそんな無防備な格好こそ、初めて見るよ。あんまり見てると、我慢できなくなりそう」
「なに言ってんだか、寝る前にさんざん見ただろ。ところで、俺の服は?」
「クリーニングに出したよ」

 あっさり言われ、丹生は「は?」と間の抜けた声を上げて固まった。着の身着のままでここへ来たのだから、無理もない。現在、朝夷のナイトウェアを借りているのだが、ウエストが大きすぎて落ちてしまうため、上だけ着た彼シャツ状態なのだ。

「じゃあ俺、なに着て出掛けりゃいいんだよ」
「俺の服かな」
「いやいや、上はまだしも、下は無理だろ。ウエストも丈も、全然合わないって」
「ハーフパンツでベルトすれば、大丈夫でしょ」
「まじ……?」

 10センチ近い身長差に、筋肉量も段違いなのだから、体格に差が出るのは当然である。不安そうに眉をひそめる丹生に、朝夷は笑って立ち上がる。

「クローゼット見に行こうか。好きに選んで」

 しぶしぶ朝夷についていくと、クローゼットと呼ぶにはあまりに広く、一面に服や帽子、小物類が所狭しと並んでいる部屋へ案内された。

(もうクローゼットじゃないだろ、コレ。ウォークイン通り越して、衣装部屋じゃねぇか……。金持ちってのは、何から何まで企画が違いすぎるんだよなぁ……)

 そんなことを思いながら、なんとか着られそうな七分袖のネイビーニットと、エクリュのハーフパンツを選び出す。朝夷には七分袖でも、丹生には普通の長袖で、丈も腰が隠れる長さになる。ハーフパンツもクロップドになる有様で、姿見で確認しながら溜め息が出た。
 そんな丹生を見て、朝夷は愉快そうに言う。

「ぴったりだね、よく似合ってるよ。すごく可愛い」
「うるさいな。お前もさっさと着替えろよ」
「じゃあ、俺もニットにしようかな」
「天気悪いし、結構寒いもんな。秋が終わるのも、あっという間だわ。あー、冬来るの嫌すぎる。まじ冬嫌い」
「璃津は寒いの苦手だもんね」

 そんな話をしながら身支度を整え、揃ってマンションを出た。
 まずは携帯ショップへ行き、新たな私用携帯を取り直す。対応してくれた女性店員は、丹生と朝夷を交互に見ながら頬を赤らめており、他のスタッフらも、ひそひそと囁き合っているのが聞こえた。

「なに、あの2人。すっごいイケメン」
「芸能人かな?」
「えー、でもテレビで見たことないよ」
「じゃあモデルとか? なんにしてもヤバいよねー。担当したかったなぁ」

(そりゃ目立つよな……。あんな職場に居るせいで、こいつの顔面偏差値の高さを失念してた。帽子か、伊達メガネでもさせりゃ良かったな……。まあ、ギャーギャー騒がれないだけマシか)

 朝夷を連れてきたことを若干、後悔しつつも、諦めて無視を決め込んだ。当の本人は丹生しか見ておらず、周囲の反応などまったく気にしていない。
 無事に新たな携帯を手に入れ、ショップを出る。車へ乗り込むと、朝夷が問うてきた。

「次は病院だね。お腹空いてない? なにか食べてから行く?」
「いや、俺はいい。今食うと、夜食えなくなるから。長門ながとが減ってるなら、どっか寄って良いよ」
「大丈夫だよ。じゃ、病院に直行するね」
「うん、お願い。俺は初期設定やら何やら、めんどくさいのやらなきゃだから」
「前の携帯があれば移行も楽なんだけど、今回ばかりは仕方ないね」

 そうして、朝夷は車を目的地へ向けて走らせた。
 マスコミ対策や、個人情報の漏洩を防ぐため、政治家や官僚、諜報員の対応に特化した、官界御用達の病院がある。今回、丹生がお世話になるのもそこだ。厳重なセキュリティに徹底した情報管理、検査や治療も一般病院より遥かに迅速で、他ならぬ朝夷も、何度となく通った場所である。
 受け付けでは保険証ではなく、公安調査庁の証票を見せる。すると、すぐさま訳知り顔の案内係がやってきて、簡単な問診を口頭で済ませ、泌尿器科へ連れて行かれた。
 検査に必要な血液や尿、分泌物を採取された後、プライバシー保護のため、個室仕様になっている待合室で結果を待つ。ソファへ並んで座ると、朝夷がうんざりしたような声を上げた。

「何年経っても変わらないなぁ、ここは。あの壁にかかった絵、見るだけで憂鬱になるよ」
「お前にとっちゃ、二度と来たくない場所だよな。無理に付き添わなくても、車で待っててくれて良かったのに」

 朝夷は少し考えた後、なにか思いついたように丹生を抱き寄せた。

「じゃあさ、良い思い出に塗り替えてくれる?」

 問いかけながら、頬へ手を添えて口付けてくる。丹生も朝夷の首に腕を回し、漏らすように笑った。

「これ見たらお前の主治医、完治したって誤解するんじゃないか?」
「完治したも同然だよ、お前が居る限りはね」
「どうだかな。いつか、俺にも反応しなくなるかもしれないぞ」
「それは絶対に無い」

 ニットの裾から滑り込んできた手を、丹生はやんわり押さえる。

「焦るなよ。まだ休暇は始まったばかりだろ?」
「3日なんてあっという間さ。1分1秒でも長く触れていたい」

 再び唇を重ねて睦みあっていると、待合室のドアがノックされた。さっと体を離し、何食わぬ顔で検査結果を聞く丹生の隣で、笑いをこらえる朝夷は小刻みに肩を震わせていた。
 結果はすべて陰性で、丹生はどっと肩の荷がおりて脱力する。その場で会計を済ませ、車へ戻ると、丹生は晴れやかな顔で伸びをしながら言った。

「あー、良かったー。やっと人心地ついたわ」
「これで思う存分、楽しめるね」

 丹生は首をかたむけ、妖しく微笑んで見せる。

「それで、まず何がしたいんだ? 付き合ってくれた礼、してやるよ」

 朝夷は優美な笑みを返し、無言でアクセルを踏んだ。
 着いた先は、ブラックボックスのような外観の、セレクトショップだった。

「買い物に付き合えってこと?」
「近いけど、ちょっと違うかな。買うのは璃津の服だよ」
「え? それじゃ、礼にならないじゃん」
「それは後でゆっくりね。買い物が済んだら、ディナーにしよう」
「おお、なんか王道デートって感じになってきたな」
「俺は最初からデートのつもりだったけど、違った?」
「病院は確実に違うと思うぞ」
「そんなことはないよ。璃津のおかげで、あの待合室も嫌いじゃなくなった」
「そりゃ何より。じゃ、お言葉に甘えるかな」

 朝夷は満足そうに微笑み、丹生が「もういい」と言っても聞かず、抱えきれないほどの服と小物を買い与えた。
 その後、和洋美が折衷した雰囲気の良い店で、極上の肉と鉄板料理を楽しみ、丹生お気に入りのアイスクリームを買い込んで、帰路に着いた。

「はぁー、食った食ったー。めちゃくちゃ美味かったなぁ、あそこの肉」

 帰り着くなりソファに転がった丹生は、腹をさすりながらご満悦だ。朝夷はキッチンでコーヒーをいれつつ、買ってきたアイスを冷凍庫へしまっている。
 やがて、両手にカップを持った朝夷が、丹生の転がるソファへ腰をおろした。

「気に入ってもらえて良かったよ。はい、コーヒー」
「ありがと」

 丹生の足を膝の上に乗せ、ふくらはぎをマッサージしながら穏やかに問う。

「疲れた?」
「全然。お前こそ、ずっと運転して疲れただろ。付き合ってくれてありがとな」
「平気だよ。璃津と居られるだけで幸せだから」

 丹生はつま先で朝夷の胸元をつつきながら「ふうん?」と口角を上げる。

「居るだけで良いの? 待合室では、あんなにたぎってたくせに」

 朝夷は困ったような笑みを浮かべて視線を逸らし、声のトーンを落とした。

「……今、この時が、俺にとってどれほど奇跡的で幸福な瞬間か、きっと璃津には分からないよ。これ以上は、本当に怖い……」
「分かってるよ、それくらい。何年、お前のバディしてると思ってるんだ。馬鹿にするな」
「馬鹿になんてしてないよ。ただ、あまりに恵まれ過ぎてて……。つい思うんだ……これは夢で、目が覚めたら、お前はまだ戻ってないんじゃないかって……」

 丹生は身を起こし、朝夷の首にすがりついて囁いた。

「なら、ずっと覚めない夢にしてやるよ」

 朝夷の上に乗り、頬へ両手を添えて優しく口付ける。繰り返し、角度を変えて深め合う。
 やがて、ゆっくり丹生の頭部が降りていき、ズボンの前を開かれた。下着越しに甘く歯を立てられ、朝夷から低い吐息が漏れる。器用に口で下着をずらすと、猛った朝夷自身があらわになり、丹生はすかさずその先端を含んだ。
 ゆるゆると丁寧に舐めながら、自分でハーフパンツと下着を脱ぎ、朝夷の物に添えた指にも唾液を絡ませていく。充分、指が濡れたところで、自ら後孔を慣らし始め、朝夷は思わず丹生の肩に手を置いた。

「っ……璃津、待って……。お前はそんなことしなくていい……。俺がするから……」
「じっとしてろ。これは夢なんだから、お前はされるがままになってりゃいいんだ……」

 一生懸命、朝夷の物を咥えながら受け入れる準備をする丹生の姿に、背筋をぞわぞわと強烈な欲情が駆け抜けた。
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