九段の郭公【完結】

四葩

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7章

67【厭離多幸、欣求破綻】※

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 やがて丹生たんしょうは体を起こし、朝夷あさひなまたがって、壮絶な色気を放つ笑みを向けた。

「ちょっと早いかもだけど、もういいや」
「……り、璃津りつ? ちょっと待って……」

 制止を無視して先端を後孔へあてがい、ソファへしがみついてゆっくり腰を落としていく。

「くっ……ぅ……璃津、駄目だ……っ! やめてくれ……ッ」
「なんで……?」

 泣きそうな声で懇願する朝夷に、丹生は荒く息を吐きながら首をかしげた。

「嫌だ、嫌だッ……! そんな……優しくしないでよ……。耐えられない……」
「ぅ……るさい……なっ。優しくしてるんじゃない……。俺の、したいようにしてるだけ……ァ、うぅ……っ!」

 上気した頬で眉根を寄せ、必死でそれを飲み込もうとする。しかし、まだ広がりきっていなかったせいか、張り詰めた物を受け入れるのに苦労している。

「はっ……長門ながと、なんか……いつもより張ってない? これ……っ、思ったより、キツイ……」

 辛そうな顔で見下ろされ、朝夷は興奮と歓喜で視界が明滅し、腰の奥から込み上げる激情に、理性が押し流されるのを自覚した。

「……もう無理……。ごめん、璃津……抑えられない……」

 言い終わった瞬間、ほとんど無意識に下から突き上げ、同時に丹生の腰を掴んで引き下ろしていた。丹生は朝夷の胸に手を付き、高い嬌声を上げて体をしならせる。無理矢理、押し入られる感覚に、僅かな痛みと強烈な快感が、電流のように駆け抜けた。

「ア゙、ァ゙っ! そ、んな……っ! いきなり……ぃッ」
「ごめんね……。我慢できない……」

 細い腰をがっちり掴まえたまま、優しい言葉とは裏腹に、凶暴な突き上げを繰り返す。やがて、上体を起こしていられなくなった丹生をソファへ押し倒し、体位が逆転した。

「あっ、んん! なが、と……熱い……っ!」
「璃津の中も、すごく熱いよ……。初めて、直接お前を感じてる……っ。まずい、すぐイきそう……」
「ッ、いって……何度でも……好きなだけ、だして……ッ」

 朝夷は激しく腰を打ち付けながら、頭の片隅で未だに受け入れきれない現状に混乱していた。

(これは何だ……? こんな璃津は知らない。見たことがない。聞いたこともない。何か考えがあるのか? それともただの気まぐれか? あの船で一体、何があったんだろう……。何かおかしい……。たまらなく嬉しいけど、とてつもなく怖い……。この後、どんな絶望が襲ってくるのかと思うと……死ぬよりも恐ろしい……)

 朝夷は、無意識に涙を流していた。とろけた顔で喘ぎながら、丹生はその涙を指先でぬぐってやった。

 朝夷にとって、幸福とは長く続かないものの象徴だ。幸せだと思った次の瞬間、不幸のどん底へ叩き落とされる。その代わり、不幸は長く永く、果てしなく続く。
 そんな経験をしたわけではない。そもそも、幸せだと思うこと自体、ほとんどなかった。幸せを感じそうになるたびに、様々な悪い結果が脳裏を駆け巡り、拒絶してしまう。本能で感じるのだ、幸福など仮初かりそめだと。
 丹生はこれを、幸せ恐怖症だという。幸福を得ることに恐怖し、自身が幸福になるのを許容できない。幸せを脅威だと感じて、遠ざけるようになる。自己防衛の一種で、これ以上、辛い思いをしないように、己の精神を守っているのだと、ずいぶん前に話してくれた。

「長門は典型的だよ。子どもの頃から受け続けた過剰な愛と期待、プレッシャー、孤独感。そのせいで、幸せになることを怖がって、成功や達成感へ、喜びをすり替えるんだ。成果を出すことだけを追い求めて、幸福になると、すべて失うような気になるのさ。誰よりも優しさと幸せを求めていながら、それを受け入れるのが、怖くて堪らないんだろ」

 反論の余地は無かった。まったくその通りだった。丹生にそれを言われたのは、もうかれこれ10年以上前になる。彼が朝夷のバックグラウンドを知った、直後のことだった。

「どうしてそんなことが分かるの?」

 そう問うた朝夷に、丹生はからりと笑って答えた。

「俺も、似たようなものだから。ただし俺の場合、自分で自分を不幸にするんだけどな。要するに、破滅願望だ。俺には0か100しかなくて、中途半端になるくらいなら、いっそ壊れてしまえば良いと思う。何もかもどうでもよくて、でも傷付くのが怖くて、壊される前に壊す。離れられる前に離れる。綺麗でいるのが嫌で、汚されると安心する。俺は、俺を不幸にするようなものばかり選ぶんだよ」

 幸福を拒絶する朝夷と、不幸を追い求める丹生。特殊な環境で育ち、およそ平凡とはかけ離れた2人の根幹は、よく似ていた。
 朝夷は、この国を統べる国帝として、大義のために犠牲を厭わぬ冷徹と無情、数手先まで見通す思考力と想像力、大局を見る広い視野を求められた。
 丹生は、日本の第三勢力となりつつある宗教組織の宗主として、大衆を動かす人心掌握、人心操作、カリスマ性、美しさと気高さ、崇高と神性、自己犠牲と自己抑制を強いられた。
 皆、丹生らの能力は天性のものと思っているが、それは大きな間違いだ。朝夷も丹生も、産まれながらにそれぞれの帝王学を叩き込まれ、擦り込まれてきた結果だった。

「じゃあ、俺が璃津を不幸にしてあげる。徹底的に汚して、として、ぜんぶ壊してあげる」
「だったら俺は、お前を絶対、幸せにしてやらない」

 こうして、歪に絡み合った連理の枝は、どちらかが息絶えるまで育ち続ける。いつまでも変わらない。そう思っていた。
 しかし、今のこの状況はなんだ、と困惑する。丹生が、自ら朝夷の元へ来ることを選び、共に過ごし、進んで体を繋げている。これまでとは正反対の行動だ。それとも、と朝夷は考えた。

(あの人の元へ戻らないことが、この子の不幸なのか? ここに居る選択こそ、不幸なのか? 俺に身を差し出すことが……? いや、きっと違う……。だってこの子は、俺を独りにするのが1番怖かったと言った。俺たちは嘘つきで狂ってるが、互いにだけは嘘をつかない。だとしたら、これは……)

 冷静な思考とは反対に、体はどんどんたかぶっていく。ソファから転がるように床へ降り、持ち上げて壁に押し付け、もつれるように風呂場へ行く。互いに服を脱がせ合い、繋がったままシャワーに濡れる。行為が始まってから一度も抜かず、もう何度、射精したのかも覚えていない。

「ア゙っ、そこっ! それ、やば……あっ、ぁう……ッ!」
「……っ、ここ? これが良い?」
「んっ、ぅ゙んッ! あァ! そんな……されたら……も、ッい、く……!」
「いいよ……。俺もイく……っ」

 短く喘ぎ、丹生は体を小刻みに震わせる。それに伴って内部が収縮し、朝夷も込み上げる吐精感のままに放った。降り注ぐぬるい湯に打たれ、2人はしばらく、荒い息を吐きながら抱き合っていた。

「あー……すご……。お前、何回出したの?」
「……分かんない……」

 やがて、硬さを無くした物が自然と抜け、どろりと白濁が溢れて丹生が笑った。

「何人分の無駄打ちだろうな? 記念に数えときゃ良かったわ」

 散々、吐き出された物をいきみながら掻き出し始める丹生に、朝夷は慌てて手を伸ばす。

「お、俺がやるよ……。ごめん、気が利かなくて……」
「気にするなって。初めてだもんな」

 朝夷は恥ずかしいような、苦々しいような、面白くない気分になる。腹いせに前立腺の辺りを引っ掻くと、丹生から非難めいた声が上がった。

「ちょ……怒るなよ。馬鹿にしたわけじゃないって。俺、長門の初めて貰うの2回目だなって思ったら、なんか感慨深くてさ」

 2回どころじゃない、と朝夷はひっそり思った。自分にとって、丹生はあらゆる意味で初めてだらけの相手だ。
 朝夷は丹生と出逢うまで、誰とも経験が無く、正真正銘、童貞だったのだ。それどころか、一度も射精したことが無かった。
 2人がインターコース・トレーニングを行った初日、それを知った丹生は、目をまん丸にして驚いた。次に「初めてが俺なんかで、良いんですか?」と困った顔で問われたことを、今でもよく覚えている。



 朝夷は入庁以来、バディが13人も代わった。いずれも朝夷は無反応で、相手は滅茶苦茶に弄ばれ、まったくトレーニングにならなかったからだ。
 宛てがわれた男は皆、家柄も学歴も容姿も、選び抜かれたエリートで、自信に満ち溢れ、自分こそ朝夷家次期当主の相手に相応しいと、自負していた。
 誰も彼もが朝夷自身ではなく、その背景を見ているのが不快で堪らず、体どころか精神まで萎えさせた。イントレ後、意気消沈して去って行くクロス達は、酷く滑稽だった。
 もうバディは必要ないと伝えに行こうと思っていた矢先、丹生に引き合わされた。第一印象は『世間知らずの青二才』だった。見るからに官界とは縁遠く、野心も目的も無いような、浮世離れした覚束無おぼつかなさで、なぜこんな人物がここに居るのかと、胡乱に思った。

(総務も、いよいよ手当り次第になってきたな。確かに毛色が違って面白いとは思うが、こんな子どもが使い物になるのか? まぁ良いさ。どうせすぐに辞めていくだろう)

 そんなことを思いながら、イントレを開始した。いつものように適当になぶっていると、丹生がおずおずと遠慮がちな声を上げた。

「あのぉ……えーと、朝夷サン? 俺、別にこういうの初めてじゃないし、やれって言われたから来ただけなんで、この辺にしときます? 朝夷サンは先輩ですし、トレーニングなんて必要ないですよね。すみません、俺のために手ぇ煩わせちゃって」

 ぺこりと頭を下げる丹生に、朝夷は驚愕した。適当にと言っても、これまでの相手なら口もきけないほどよがり狂う程度のことはしていたはずなのに、平然と起き上がって身繕いを始めたのだ。
 なるほど、そういうことか、と朝夷は口角を引きつらせて思った。自分の物を使わずとも、相手を陥落させることなど容易だと、高々だった鼻っ柱を、へし折られた気分だった。
 朝夷にとっての初体験と、これまでにない獣欲じゅうよく火箭かせんが射られた瞬間だった。
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