九段の郭公【完結】

四葩

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7章

70【三日見ぬ間の秋桜】

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 休暇2日目。正午過ぎに起き出した2人は宣言通り、家から1歩も出ずに過ごした。
 髪を無造作に結び、音楽をかけてコーヒーをいれ、卵を茹でながらトーストを焼く。シンプルで平凡な朝食兼昼食の支度だ。
 食パンを焼いているあいだ、丹生たんしょうはトースターの前で自ら選曲したスローテンポのR&Bに合わせて踊っていた。朝夷あさひなが借したロングTシャツの裾が、動きに合わせてワンピースのようにひらひらと舞う。
 そんな丹生をカウンター越しに見つめ、朝夷は微笑を浮かべて問いかけた。

「凄く可愛い。どうしてそんなところで踊ってるの?」
「んー、寝起きの体操。どうせすぐ焼けるし、踊りながら待ってようと思って。卵も見てるし」

 焼きあがったトーストを、オニグルミのパン皿に取り出してバターを塗り、たっぷり蜂蜜をかける。脇に冷蔵庫で見つけたルビーロマンとイチゴとオレンジ、買い溜めていたアイスを盛りつけた。
 半熟に茹で上がった卵を、バカラのエッグスタンドに乗せ、カウンターで頬杖をついて待つ朝夷の前へ置く。自分の分も隣へ並べ、揃って「いただきます」をした。朝夷は嬉しそうに携帯で写真を撮っている。

「ご飯まで可愛いね、甘党の璃津りつらしいメニューだ。記念に残しとかなきゃ」
「盛り付けただけじゃん、大袈裟だな。早く食べないとアイス溶けるぞ」

 トーストを頬張りながら、丹生はぼんやり思った。

(そういえば、戻ってきてからコイツ、俺のこと〝りっちゃん〟って呼ばなくなったな。単に2人きりだからか? まぁどっちでもいいけど。それにしても、さすがは朝夷家の跡取り。食材から食器に至るまで、めちゃくちゃ高いモンばっかじゃん。このパンも、びっくりするくらい美味いし、どこのだろ……)

 そんなことを考えながら、まったりと食事を終え、空になった食器を食洗機へ入れる。木製のパン皿だけは手洗いしていると、背後から朝夷が抱きついてきた。

「洗い物してる姿なんて、想像したこともなかった。たまらないよ」
「まぁ言いたいことは分かる。でも、長門ながとが洗い物とか洗濯してるの想像したら、なんか可愛いぞ。意外と、主夫も似合うんじゃないのか?」
「そんなこと初めて言われたよ。やっぱりお前は特別だね」

 ちゅ、と音を立ててうなじや首に口付けられる。丹生はくすくすと笑いながら洗い物を終え、振り返って朝夷の首に腕を回した。
 1回戦はキッチンで始まり、2回戦はパウダールーム、3回戦はバスルーム、4回戦はルーフバルコニー……と、転々と場所を変えながら絡み合う。丹生は、まるで朝夷がこの家のいたる所に、痕跡を残したがっているような気がした。
 すっかり日が暮れた頃、ようやく休戦となった。事後処理を済ませて汗を流し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、リビングのソファに身を沈める。

「ふいー、さすがに腰がやばい。足ガクガクだわ」
「ごめんね、つい夢中になっちゃって。大丈夫?」
「お前こそ、よくそんなに出せるな。途中から空打ちだったんじゃないのか?」
「そんなことないよ。ちゃんと出してるから安心して」
「いや、そんな心配はしてない」

 丹生は口角を引きつらせ、優雅に煙草をくゆらせる朝夷を横目で睨む。水を飲んでひと息つくと、朝夷の膝の上に頭を乗せた。

「晩メシ何にする? 出前取るか……冷蔵庫になんかあったら作るか……」
「璃津の手料理は食べてみたいけど、ご飯になるような食材は、買い出しに行かなきゃ無いかな。ピザでも取って映画見る?」
「ああ、良いなそれ。長門はいつもどんな映画見てんの?」
「テレビ自体あまり見ないんだけど、強いて言うならアクションとかパニック系かな。璃津は映画好きだから、たくさん見てるだろうね」
「そうだなぁ。多分、人並み以上には見てると思う」
「何かオススメある?」
「あー、アクションならこの前、映画館で見たヤツが面白かったな。ストーリー性は薄いけど、アクションは派手だし俳優も豪華で、気楽に見れる。オンデマンドに入ってると思うよ」
「じゃあそれにしよう。無ければまた考えれば良いし。あ、先にピザ注文しないとね」
「俺、トロピカル」
「とことん甘党なところも可愛い。大好きだよ、璃津」
「ピザの好みくらいで、いちいち大袈裟なんだよ。お前は何にすんの?」
「うーん、ペパロニかな」
「長門らしい」

 携帯で宅配の注文をしながら、朝夷が感慨深そうに言う。

「前にも言ったけど、やっぱり俺たち、細かい好みとか知らないことが多いよね」
「そうだなぁ。プライベートで過ごしたの、これが初めてだし。12年バディやってても、生活趣向って分かんないもんだよな」
「嫌いな食べ物は?」
「ひじき、もち米、餡子あんこ系の菓子全般」
「へえ。甘党なのに苦手なんだ、餡子」
「まぁな。子どもの頃に食わされ過ぎて、嫌になったんだよ。長門は?」
茄子なすと納豆と漬物」
「なんで?」
「茄子は食感が苦手でね。納豆と漬物は臭いが駄目」
「なんか子どもみたいだな」

 朝夷は照れたような、ややムスッとした顔で丹生を見る。

「拗ねるなよ。良いじゃん、それくらいのほうが人間味あって。しかし、納豆と漬物が駄目って、純和食で育ってそうなのに意外」
「確かに和食が多かったけど、それだけは残してたね。無理に食べなくてもいい物だし」
「漬物は別として、納豆は体に良いんだぞ。発酵食品ってのは、積極的に摂るべきだと思うけどな」

 至極、真面目な顔で言う丹生に、朝夷は紫煙を吐きながら笑った。

「不摂生を極めてる璃津からそんな台詞が出てくるなんて、驚いたな。1日1食以下で、ほとんど煙草とコーヒーで生きてるくせに」
「昔は普通に食ってたよ。胃が縮んだのは、なんつーか、修行みたいな? 17、8くらいの頃、穀断ちで体内を浄化するんだーとか何とかでやらされた断食の結果よ」
「ああ……。ごめん、嫌なこと思い出させたね」

 朝夷は目を伏せて声を落とした。丹生の生家が〝多生教たしょうきょう〟の本家だということや、そこでの生活に耐えかねて逃げたことは、もちろん朝夷も知っている。

「良いって、気にすんな。むしろ痩せられたし、燃費良くなってラッキーだと思ってるから」
「璃津は痩せすぎだよ。もう少し太っても良いくらいだ」
「いやそれがさぁ、やっぱ三十路の壁ってあるんだな。年々、痩せにくくなって、体のラインが崩れてくの。ひしひしと老化を感じて鬱だわ。白髪もけっこう出てきたしさ。歳は取りたくないよなぁ」
「それ、アラフォーの俺に言うの?」
「だってお前、全然老けないじゃん。とても36には見えないよ。白髪もシミもシワも無いし、腹筋割れてるし、イケメンだし。俺と同い歳って言っても、誰も疑わないぞ」
「待って、それくらいにして。璃津に褒められると、嬉しすぎて調子に乗っちゃいそうだから」

 丹生は含むように笑い、朝夷の首に腕を回してすがりついた。

「調子に乗るとどうなる?」

 角度を変えながら口付け合い、唇を触れ合わせながら朝夷が囁くように答える。

「ピザが受け取れなくなる」
「そりゃマズイな」

 それからしばらく、じゃれるようなキスを繰り返して笑い合った。
 届いたピザを頬張りながら、他愛ない話しをして、寄り添って映画を見る。まるで相思相愛の、普通の恋人同士のような、甘く穏やかなひと時を過ごした。
 
「明日の美容院、俺の行きつけで良ければ予約しておこうか?」

 ソファの肘掛に頭を乗せて横になっていた丹生に、朝夷が携帯片手に問う。

「んー、お願い」
「トリートメントもしてもらおう。かなり傷むから」
「それ有難い。美容院で1日潰れるな」
「時間かかるものばかりだからね、仕方ないさ。ディナーはイタリアンにしようか。好きでしょ?」
「うん。長門に任せる」
「19時にはご飯にしたいから、美容院の予約13時で良い?」
「良いよ。やば、アラーム掛けとかないと、起きらんない」
「最近、昼夜逆転してたもんね。もう少ししたら寝ようか」
「うん。歯磨きしてくる」

 その夜も共にベッドへ入り、どちらからともなく手を繋いだ。その手の温もりが何とも心地よく、丹生は眠りに落ちる寸前、ますます出て行きたくなくなるな、と思った。



 休暇最終日。10時のアラームで寝ぼけまなこをこすり、朝夷がいれてくれたコーヒーをすする。

(あっというまだったな、この3日。明日から仕事かぁ……。長門と居るのは即バレしてるだろうし、色々言われんだろうな……めんどくさい……。まぁ、ややこしくしたのは自分自身なんだけど……)

「どうしたの、元気ないけど大丈夫?」
「……ああ、うん。ちょっと考え事してただけ」
「そう。連日、無理させちゃったから、具合悪いのかと思った」
「あれで? 今まで散々、めちゃくちゃしてきたくせに」

 心配そうに覗き込んできた朝夷に、笑って答えた。

(明日のことは明日考えれば良いか。近々、逢坂おうさかさんとこにも顔出さなきゃいけないし、優先順位つけないとな)

 そうして予定通り美容院に行き、夕食を済ませて再び朝夷のマンションへ戻ってくる。
 丹生は強めのスパイラルカールに、カラーはアッシュベージュ。朝夷は緩いピンパーマでカラーはブルーブラックだ。
 初日に着ていたシャツとスラックスをクリーニングの袋から出し、明日へ向けて身支度を整える。

「やっぱりパーマも凄く似合うね。新しい髪色も季節感があって良いよ」
「ありがと。さすが長門の行きつけだけあって、腕が良いな。トリートメントのおかげで、パサつかずに済んだわ」

 朝夷は、ソファで寛ぐ丹生の頭を撫でて笑う。丹生も朝夷の髪へ指を絡ませた。

「お前の癖毛風もよく似合ってる。ちょっと貫禄あって、色気に重みが出たな。若々しいのも良いけど、こういう大人の艶っぽさのほうが好き」
「お前に好かれるなら、何だってするよ」

 いつもの甘い言葉も、今夜はやけに胸に染みる気がした。そんな思いを振り切るように、丹生は朝夷の腕の中で大きく伸びをし、何でもない調子で言った。

「長門って、不動産屋にツテある? 安くて局から近い物件、探したいんだよな」
「え……なんで……? あの人の家は……?」
「もうあそこには帰る気はないよ。元々、なし崩し的だったし、引っ越すにはいい機会だろ。あっちにある荷物は、部屋借りてから取りに……」

 唐突に強く抱きしめられ、丹生は言葉を切った。耳元で朝夷の震える声が囁いた。

「……良い物件なら、もう知ってる……」

 丹生は、みぞおちの辺りがきゅっと締め付けられるような切なさを感じながら、自分でも驚くほどか細い声で問うた。

「どこ……?」
「……ここ」

 相変わらず震えているその答えに、なぜか鼻の奥がツンと痛み、目頭が熱くなった。それが歓喜なのだと理解するより早く、丹生は朝夷の頬を両手で包み、深く口付けた。朝夷も苦しそうに眉根を寄せ、激しく応えてくる。
 幸福恐怖症と破滅願望、それぞれ厄介な荷物を抱えた2人は、大きな転換期を迎えたのだった。
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