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7話 渚
社内ラウンジ――
窓際の大きなガラス越しに、朝焼けの光が差し込んでいる。淡い橙色が床をなぞり、テーブルの縁をゆっくりと照らしていた。
美月はカップ式自販機の前に立ち、静かにボタンを押す。 内部で液体が落ちる規則正しい音が響く。
取り出し口から紙カップを引き抜くと、指先にじんわりと熱が広がった。
ラウンジの一番端。 壁に背を預けられる席へ歩き、椅子を引いて腰を下ろす。
カップから立ち上る湯気が、朝の光に溶ける。
一口。 苦味が舌に残る。
スマホを開く。
5分…10分…
画面の白い光が、指先を淡く照らす。
いつの間にか足音が増え、椅子を引く音や小さな会話が混じり始める。 ラウンジに人の気配が満ちていく。
「上条さんおはよう。」
視線を上げる。
「おはようございます。」
また一口。
いつもの朝。
背後から明るい声が落ちてくる。
「おっはよ、美月。」
振り返ると、茶髪のボブショートが光を受けて揺れた。
「おはよう。」
「あれ?どした?メガネ…」
「昨日ちょっと忙しくて残業してたから…」
「目がやられたって?」
小さくうなずく。
「急に忙しくなったから。」
渚は少し考えるように視線を上げる。
「もしかして上から圧力かかった?」
「圧力?」
向かいの椅子が引かれる。
「そう。うちら営業から。」
「そこまではわからない。」
首を横に振る。
「たぶんそう。客先からの要望でもっと精度あるAIを作れ!ってきてたんだ。」
美月は黙って聞く。
「それが社内に出た。太客だからねそこ。」
腕を組む仕草。
「そうなんだ。」
「うちらは悪くないよ。客先の要望を聞いただけだし。」
「それはわかってるよ。」
渚は少し身を乗り出す。
「ならバージョンアップしたの早く欲しいな。」
「美月ならすぐできるでしょ?」
カップを持つ指に力が入る。
「だから今…頑張ってる。」
「もっと頑張って。うちら言われたくないし、板挟みは疲れるんだ。」
一拍。
「そうだね…。」
渚が腕時計に目を落とす。
「じゃあお願いね。」
椅子が引かれ、立ち上がる気配。
「あ、渚。」
「ん?何?」
「あの…前に貸したUSBそろそろ…」
渚が首をかしげる。
「何だっけ?それ。」
「音楽入れたやつ。」
「あのUSBには別のデータも入ってるからそろそろ返して欲しいかな。」
「私借りた?」
「うん。1カ月前に。」
「そっか…私たぶん忘れてる。今度USB探しとくから。」
「じゃあ。」
足音が遠ざかっていく。
美月は深く息を吐いた。
喉の奥に、コーヒーの苦味が残る。
スマホを開く。
画面に表示される文字。
槇内渚
年齢25歳
独身
○○大学卒業
指先が動く。
「私と同期。」
『中学からずっと同じだね。』
「そう。」
『僕は深入りはしない。』
「それでいいよ。」
画面を閉じる。
(中学からずっと同じ…か……。)
カップの温度は、少しだけ下がっている。
立ち上がり、ラウンジを後にする。
ワークスペースへ向かう足取りは、いつもと変わらない。
窓際の大きなガラス越しに、朝焼けの光が差し込んでいる。淡い橙色が床をなぞり、テーブルの縁をゆっくりと照らしていた。
美月はカップ式自販機の前に立ち、静かにボタンを押す。 内部で液体が落ちる規則正しい音が響く。
取り出し口から紙カップを引き抜くと、指先にじんわりと熱が広がった。
ラウンジの一番端。 壁に背を預けられる席へ歩き、椅子を引いて腰を下ろす。
カップから立ち上る湯気が、朝の光に溶ける。
一口。 苦味が舌に残る。
スマホを開く。
5分…10分…
画面の白い光が、指先を淡く照らす。
いつの間にか足音が増え、椅子を引く音や小さな会話が混じり始める。 ラウンジに人の気配が満ちていく。
「上条さんおはよう。」
視線を上げる。
「おはようございます。」
また一口。
いつもの朝。
背後から明るい声が落ちてくる。
「おっはよ、美月。」
振り返ると、茶髪のボブショートが光を受けて揺れた。
「おはよう。」
「あれ?どした?メガネ…」
「昨日ちょっと忙しくて残業してたから…」
「目がやられたって?」
小さくうなずく。
「急に忙しくなったから。」
渚は少し考えるように視線を上げる。
「もしかして上から圧力かかった?」
「圧力?」
向かいの椅子が引かれる。
「そう。うちら営業から。」
「そこまではわからない。」
首を横に振る。
「たぶんそう。客先からの要望でもっと精度あるAIを作れ!ってきてたんだ。」
美月は黙って聞く。
「それが社内に出た。太客だからねそこ。」
腕を組む仕草。
「そうなんだ。」
「うちらは悪くないよ。客先の要望を聞いただけだし。」
「それはわかってるよ。」
渚は少し身を乗り出す。
「ならバージョンアップしたの早く欲しいな。」
「美月ならすぐできるでしょ?」
カップを持つ指に力が入る。
「だから今…頑張ってる。」
「もっと頑張って。うちら言われたくないし、板挟みは疲れるんだ。」
一拍。
「そうだね…。」
渚が腕時計に目を落とす。
「じゃあお願いね。」
椅子が引かれ、立ち上がる気配。
「あ、渚。」
「ん?何?」
「あの…前に貸したUSBそろそろ…」
渚が首をかしげる。
「何だっけ?それ。」
「音楽入れたやつ。」
「あのUSBには別のデータも入ってるからそろそろ返して欲しいかな。」
「私借りた?」
「うん。1カ月前に。」
「そっか…私たぶん忘れてる。今度USB探しとくから。」
「じゃあ。」
足音が遠ざかっていく。
美月は深く息を吐いた。
喉の奥に、コーヒーの苦味が残る。
スマホを開く。
画面に表示される文字。
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『中学からずっと同じだね。』
「そう。」
『僕は深入りはしない。』
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