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第七話 母親の形見
しおりを挟むその夜、アルノルトは私の部屋を訪ねてきた。
小さな両腕で抱えているのは、古びた木箱。
彼の顔はどこか決意を宿しながらも、震えていた。
「姉上……話したいことがあるんだ」
机に置かれた箱の蓋が開くと、中には銀の鎖に青い宝石をあしらったペンダントが眠っていた。
月明かりを受けて、淡い光を返す。
「母様の……形見だよ」
アルノルトの声はかすれていた。
◇
彼はそっと宝石に触れながら言葉を紡いだ。
「母様が亡くなった日のこと……僕、今でも覚えてる。
あの日、僕は友達に誘われて外に遊びに行ったんだ。母様は別の場所に出かけて……その先で事故に遭って……」
言葉が途切れる。
小さな拳が震え、涙が滲む。
「もし僕があの日、母様と一緒にいたら……何か違ってたのかもしれない。僕が、母様を守れたんじゃないかって……そう思うと、苦しくて」
押し殺した嗚咽が部屋に広がった。
◇
私はそっと弟の肩に手を置いた。
奴隷だった頃、誰も私の涙を受け止めてくれることはなかった。
だから今は、この子にとって「涙を許される場所」になろうと思った。
「アル……あなたはまだ幼かった。母様はきっと、あなたが元気で笑っていてくれることを一番に望んでいたわ」
彼は顔を上げる。涙で濡れた瞳に映るのは、私の姿。
「母様が事故に遭ったのは……誰のせいでもない。ましてや、あなたのせいじゃない」
私はペンダントを両手で包み、言葉を続けた。
「もし母様がここにいたら、こう言うと思うの。――『アルノルトが無事でよかった』って」
◇
アルノルトの瞳から、堰を切ったように涙が溢れた。
「……本当に、そう思ってくれるかな」
「ええ。母様は優しい人だったもの。だから、その思い出を二人で守ろう。
一人で苦しまなくても、これからは私が隣にいるから」
私は弟を抱き寄せ、彼の頭を撫でた。
その肩は小さく震えていたが、やがて力が抜けていく。
◇
しばらくして、彼は震える手でペンダントを私の首にかけてくれた。
「……これからは、姉上が持っていてほしい」
冷たい鎖が胸に触れ、宝石が心臓の上で静かに光った。
その温もりは、まるで母が二人を見守っているかのようだった。
◇
「母様がいなくても……姉上がいてくれるなら、僕はもう大丈夫」
アルノルトの言葉に、私の胸も熱くなる。
「私もよ。二人で母様の思い出を分かち合って、前を向いていこう」
窓から差し込む月明かりが、青い宝石を照らし、まるで母の微笑みのように姉弟を包み込んでいた。
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