カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

文字の大きさ
2 / 140

第二話 「この国は病んでいる」

しおりを挟む
    時間:23時40分

    場所:東京都内一等地・澄原グループ本邸

    ダイニングの扉は固く閉ざされていた。

身内だけの食事会であっても、空気には窒息しそうな階級意識が漂っている。

上座には、父・澄原惟宗。

皿の肉を切り分ける手つきは静かだが、視線は冷え切っていて、不本意な決算書に目を通しているかのようだ。

龍立の右隣には、長兄・澄原龍仁。

グループ副社長。

席に着いてから一言も発していない。精密に動き続ける時計のように、澄原グループの絶対的な「秩序」と「安定」を体現している。

龍立の正面には、次兄・澄原龍雅。

人事と財務を握る専務取締役だ。

龍雅は口元を拭い、優越感に満ちた笑みを浮かべた。

「龍立。空港では派手にやってくれたね。“民を愛する三男坊”ってところか」

彼は首を振り、聞き分けのない子どもを諭すような口調になる。

「だが、お前はまだ甘い。若いのを押さえつけるのには、理由があるんだ。

自尊心を徹底的に踏み砕かなきゃ、“言うことを聞く歯車”にはならない」

手にしたワイングラスを揺らしながら、当然のように続ける。

「恐怖こそが、最も効率の良いマネジメントだ。

金をやって、尊厳まで持たせたら、自分の立場をわきまえなくなるだけだよ」

「それが、澄原グループの離職率18%の理由ですか?」

龍立はナイフとフォークを置き、二兄を真っ直ぐ見据えた。

「兄さん、今の日本を見てください」

「若者は押さえつけられ、どれだけ努力しても上がれない。先輩たちは惰性で居座り、後輩たちは消耗品扱い。社会全体が、澱んだ水たまりみたいに淀みきっている」

「兄さんの言う“効率”は、この国の未来を食いつぶしているだけだ」

「子どもじみているな」

黙っていた長兄・龍仁が、ようやく口を開いた。

声は大きくない。

しかし父親よりも直接的な圧力がある。

「龍立。澄原グループは世界中で二十五万人を雇っている。その背後には、二十五万の家庭がある。日本のGDPの3%を担っている」

龍仁はカトラリーを置き、古井のように静かな眼差しを向けた。

「この巨大な船を安定して進ませるためには、犠牲が必要だ。黙って燃料になる者も、口を閉じる者も。そういう存在が不可欠なんだ。

それが“大局”だ。お前が海外で学んだ人権だの何だのでは、この数字は支えられない」

龍立は兄を見つめる。

――これが澄原の後継者。

完全に「体制そのもの」となった怪物。

「兄さん。もしその“安定”が、人を燃料としてくべることでしか保てないのだとしたら」

龍立の声は低い。だが、硬かった。

「そんな安定そのものが、罪だ」

テーブルの空気が、一瞬で凍りついた。

父・惟宗が、ようやくナイフとフォークを置く。

「よせ」

七年ぶりに顔を合わせる末子を、じっと見つめる。

「龍立。お前はこの家が病んでいると思っている。

この“当たり前”の文化が、間違っていると?」

「大きな間違いです」

「では、機会をやろう。特命準備室長だ」

父は、長女・澪に目配せをし、一枚の書類を取り出させる。

《特命準備室 設置案》

「ただし――」

父は三本の指を立てた。その一本一本が、鉄格子のようだ。

一、期限九十日。

二、予算ゼロ。社内に味方はいない。全ての部署がお前を排除しようとする。

三、少しでも混乱を招き株価を下げたら、その瞬間お前はカナダに送り返す。二度と澄原グループに足を踏み入れることは許さん。

龍雅が笑う。

これはチェックメイトだ。

予算なし、味方なし。二十五万人を抱える澄原という巨大帝国の中で改革をしろ?

夢物語というより、愚か者の妄想だ。

「どうした、救世主様? サインする勇気もないのか?」

龍立は、書類を見つめる。

脳裏に、空港で倒れた少女の蒼白な顔が浮かぶ。

佐久間の、涙をこらえた眼差しが蘇る。

ここでサインをしなければ、

彼らは明日も地獄のような現場に戻るだけだ。

龍立はペンを取り、力強く自分の名前を書き込んだ。

「お受けします」

椅子から立ち上がり、父と兄たちを順に見渡す。

「この時代、“恐怖”より“人の心”のほうが、はるかに強いことを証明してみせます」

龍立が部屋を出ていく。

その背中が見えなくなったあとで、龍雅は龍仁の耳元でそっと言った。

「兄さん。明日、全社集会でちょっと授業をしようか。

あいつが、どれほど子どもじみた考え方をしているか、身に染みてわからせてやる」

龍仁は何も答えない。

ただ、ナイフとフォークを取り直し、皿の上の肉をいつも通り正確な厚みに切り続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...