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第九話 「断頭台」と呼ばれる男
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「壁ぶち抜き事件」から二時間後。
場所は三十二階・特命準備室。
本来なら「食堂革命」の勝利を祝っているはずのこの部屋は、今や息が詰まるような冷気に支配されていた。
警察も、検察もいない。
澄原龍立の前に立っているのは、塵一つ付いていない黒いスーツに身を包み、胸に「内部監査」のバッジを付けた男たちだった。
その先頭に立つ男は、五十前後。髪は一本たりとも乱れを許さぬほどきっちり撫で付けられ、銀縁の眼鏡の奥の視線は、まるでメスのように冷たい。
葛城宗一郎。
澄原グループ首席コンプライアンス責任者(CCO)。社内では、全ての役員を震え上がらせるあだ名を持っている──「断頭台」。
彼には血縁も情も通用しない。信じるのはルールだけだ。長兄・龍仁でさえ、経費精算書の小数点を一つ打ち間違えただけで、容赦なく差し戻されたという噂がある。
「澄原龍立室長」
葛城の声には、抑揚というものが一切ない。まるで判決文を朗読しているかのようだった。
「内部告発に基づき、特命準備室が巨額の資金(一人当たり五十万円)を用いて社内の人心を買収し、『グループ従業員倫理規定』第十八条──社内における利益供与および派閥結成の禁止──に重大に違反した疑いがある」
「加えて、あなたの暴力的破壊行為(社員食堂の柵の破壊)および、最近相次いで露呈した役員不祥事の一連の引き金となった行動は、『ハイリスク経営行為』と認定された」
葛城は手にしていたファイルをぱたんと閉じる。その音が、やけに澄んで響いた。
「取締役会の権限に基づき、直ちに特命準備室の全ての権限を凍結する。全員停職。コンプライアンス審査を受けてもらう」
龍立の背後に立つ佐久間拓也の顔から血の気が引いた。吉岡俊介の指先は、かすかに震えている。ついさっき仲間入りしたばかりの鈴木彩音などは、怯えきって言葉も出ない。
彼らは、次兄のような「悪い大人」は怖くない。だが、葛城のように「絶対正義」と「ルール」を体現する怪物の前では、どうしようもない無力感に襲われるのだ。
二十八階の専務室では、その様子がモニター越しに映し出されていた。
龍雅は、口元に残酷な笑みを浮かべる。
「ふん……葛城の刃を借りて人を斬る。龍立、お前はもう終わりだ。あの融通の利かない石頭は、親父の顔でさえ立てたりはしねえ」
だが、嵐の真ん中に立つ龍立の表情は、異様なほど静かだった。
彼は優雅にコーヒーカップを取り上げ、一口含む。
「人心を買収、ですか」
カップを置くと、ソーサーに小さな音が鳴る。
「葛城部長。そのお金の性質について、根本的な誤解をされているようですね」
「誤解だと?」
葛城は冷ややかに眼鏡を押し上げる。
「帳簿によれば、あなたは空港での一件の後、三十名の従業員に対して一人五十万円を支給している。どの監査人の目から見ても、これは紛れもない賄賂だ」
「いいえ」
龍立は、机の引き出しから一枚の書類を取り出し、葛城の前に滑らせた。
全員がスマホアプリ上でタップしていた「入金確認」の電子レシートだ。
「ここに記載されている、入金用途の説明をご覧ください」
葛城は視線を落とし、細かな文字を追った。
入金用途:コンプライアンス協力金
説明:業務時間外に強制された接待業務に対する補償、および上位者による「強制労働」違反命令の証拠(録音・メール・シフト表)提供に対する証拠収集費。
葛城の眉が、ほんのわずかにぴくりと動いた。
「葛城部長。あなたはコンプライアンスの神様だ。私よりもはるかによくご存知のはずです」
龍立は立ち上がり、燃えるような視線で葛城を見据えた。
「あの夜、専務室からの違法な指示で、三十人の社員が業務時間外に空港へ駆り出され、肉体労働を強いられた。しかも残業代はゼロ。これは『労働基準法』違反です」
「私が支払った五十万円は、人を買ったのではない。彼らの手元にある『違法な強制労働』の証拠──録音やメールやシフト表──を買ったのです」
「私はグループ内部の腐敗の証拠を集め、風紀を立て直すために動いたに過ぎません」
龍立は、無防備なほど隙のない笑みを浮かべした。
「お伺いします、葛城部長。特命準備室長として、コンプライアンス情報の取得に資金を投じ、会社の法的リスクを守る──これは、私の職務そのものではありませんか?」
静寂。
葛城の背後に並ぶ監査員たちは、互いに顔を見合わせた。
ロジックの輪は、あまりに完璧だった。龍立は「人」を買ったのではなく、「証拠」を買った。金を受け取った者は「同じ穴のムジナ」ではなく、「内部協力者」「証人」という立場に変わる。
法理上、これは完全に成立してしまう。
葛城は十秒近く沈黙した。
やがて顔を上げ、その目に、ごく微かな賞賛の光を宿した。しかし、その光は一瞬にして氷のような無機質な冷たさに戻る。
「資金の使途がコンプライアンス上許容されるとしても──」
葛城は二枚目のファイルを取り出した。
「では、最近あなたが引き起こした一連の混乱はどう説明する?」
「システム部、営業部、宣伝部、総務部……この一週間で、あなたは四人の部長クラスを相次いで失脚させた。彼らに非があったのは事実だとしても、そのような『自爆型の暴露』は、グループの株価の安定を著しく脅かす行為だ」
「株価が下落すれば、あなたは社長との賭けに敗れることになる」
株価という言葉に、佐久間の心臓がぎゅっと縮む。そこだけは、確かに彼らの弱点だった。
「株価、ですか」
龍立は笑った。指を鳴らす。
「吉岡。今日の株価チャート、出してくれ」
モニターが点灯する。
そこには、わずかに右肩上がりの赤いラインが映し出されていた。
澄原グループ:+0.32%
「あり得ない……」
一人の監査員が思わず声を上げる。
「これだけ不祥事が連発しているのに、株価が下がるどころか、むしろ上がっているだと?」
「不祥事が表面化するたびに、私は必ず『相殺するための好材料』を同時に出しています」
龍立は画面に近づき、ニュースのピンをなぞる。
「鬼瓦の接待費横領を暴いたときには、『新しい透明性の高い購買システム導入』を同時に発表しました。市場は『悪材料出尽くし、マネジメント刷新』と受け取る」
「西園寺の盗作騒動の際には、『グローバルブランド再構築プロジェクト』と、里中静香による新デザインを公開した。市場の目に映るのは『新たな天才デザイナーの登場』です」
「そして今日の食堂の件……」
龍立は、葛城に視線を戻す。
「今、SNSのトレンドはこうです。『#澄原グループ、階級の壁をぶち壊す』『#派遣社員にも目を向ける良心企業』」
「葛城部長。資本市場が恐れるものは、不祥事そのものではない。彼らが本当に恐れるのは、『隠蔽』と『無能』です」
「私は今、投資家にこう示している。澄原グループには、自らを浄化する強力なシステムがある、と」
ぱたん。
葛城はファイルを全て閉じた。
背後の監査員たちは、もはや言葉を失っていた。この男は、法的リスクと市場の反応を、一手先どころか十手先まで読み切っている。
「見事だ」
ようやく葛城が口を開く。
「やり方は乱暴だが、法理とビジネスロジックの上では、あなたに『有罪』を貼ることはできない」
彼は軽く手を振った。
「封鎖を解け。警戒レベルを解除する」
監査員たちは素早く機材を片付け、部屋を後にした。
佐久間や工藤たちは、へなへなとその場にへたり込み、心底ほっとした表情で互いに顔を見合わせる。
それでも、葛城はその場を去らなかった。
彼は出口まで歩きかけ、ふと足を止めると、ゆっくりと振り返る。その目は、龍立を深く射抜いていた。
「三男坊」
葛城は珍しく、血の通った呼び方をする。
「今回は、確かに君の勝ちだ。だが、忠告しておかなければならない」
「君が『遊休資産活用条例』を利用して、このフロアを占拠したこと──あれは合法だ。だが、あまりにも“見苦しい”」
「私はルールの番人だ。抜け穴が見つかれば、塞がねばならない」
葛城はポケットから、真っ赤な表紙の新しい通達文を取り出し、机の上に置く。
「明日付で、取締役会は『遊休資産の臨時占用権』を廃止する。特命準備室は三ヶ月以内に三十二階から退去しなければならない。ただし──」
「ただし?」
「ただし、君がこのフロアの賃料に見合うだけの『プラスの利益』を生み出せると証明できれば話は別だ」
葛城の視線が鋭くなる。
「来月、グループ子会社の四半期決算会議がある」
「取締役会からの伝言だ。──『ネズミを捕まえるだけなら誰にでもできる。本当に評価に値するのは、利益を生むネズミ取りだ』」
「長年赤字を垂れ流している子会社を、一つでいい。黒字転換してみせろ。このフロアは正式に君のものになる」
「できなければ、『経営不振』を理由に特命準備室は解体だ」
そう言い残し、葛城はきっちりと一礼し、背を向けた。
「断頭台」と呼ばれる男は、龍立の首を落とすことはしなかった。
だが代わりに、もっと重い枷──「収益」という名の鎖を、その首にかけていった。
特命準備室は、一斉に悲鳴に包まれる。
「り、利益ぃ……?」
工藤孝太は頭を抱え込んだ。
「俺たちって改革担当部署でしょ? そもそも火消しと仕組み作りが仕事で、基本“コストセンター”なんですけど!? どうやって稼げっていうんだよ!」
「よりによって、赤字子会社の再建か……」
吉岡俊介は眼鏡を押し上げる。
「ああいう所って、大抵どうしようもない不良資産の巣窟ですよ。神様だって嫌がりますよ、あれは」
龍立は、葛城が残していったファイルを手に取った。
そこには、今回の「公開処刑」の対象が記されている。
【澄原重工・第三精密加工工場】
状態:五年連続赤字。
備考:強大な「旧来型労組」と、頑固な「職人集団」が存在。
「澄原重工……」
佐久間は息を呑む。
「あそこはグループの原点であり、最大の“鬼門”ですよ。あそこの年配の職人たちは、社長の顔だって平気で潰します。歴代工場長の何人も、奴らに追い出されてきたんです」
「『昭和の遺物』って呼ばれてて、あらゆる改革者の墓場ですよ」
全員が龍立を見つめる。その表情を待っている。
龍立は、真っ赤な赤字の列が並ぶ損益計算書を眺め……その目に、かつてない光を宿した。
「墓場?」
龍立は、ふっと笑う。
「いや──」
「宝の山だ」
「荷物をまとめろ、諸君。次の目的地は──」
龍立は、錆びついた鉄と油の匂いのする未来を見据えながら、宣言した。
「ハンマーを握るオジサンたちと、『これからの時代』について、じっくり語り合いに行く」
場所は三十二階・特命準備室。
本来なら「食堂革命」の勝利を祝っているはずのこの部屋は、今や息が詰まるような冷気に支配されていた。
警察も、検察もいない。
澄原龍立の前に立っているのは、塵一つ付いていない黒いスーツに身を包み、胸に「内部監査」のバッジを付けた男たちだった。
その先頭に立つ男は、五十前後。髪は一本たりとも乱れを許さぬほどきっちり撫で付けられ、銀縁の眼鏡の奥の視線は、まるでメスのように冷たい。
葛城宗一郎。
澄原グループ首席コンプライアンス責任者(CCO)。社内では、全ての役員を震え上がらせるあだ名を持っている──「断頭台」。
彼には血縁も情も通用しない。信じるのはルールだけだ。長兄・龍仁でさえ、経費精算書の小数点を一つ打ち間違えただけで、容赦なく差し戻されたという噂がある。
「澄原龍立室長」
葛城の声には、抑揚というものが一切ない。まるで判決文を朗読しているかのようだった。
「内部告発に基づき、特命準備室が巨額の資金(一人当たり五十万円)を用いて社内の人心を買収し、『グループ従業員倫理規定』第十八条──社内における利益供与および派閥結成の禁止──に重大に違反した疑いがある」
「加えて、あなたの暴力的破壊行為(社員食堂の柵の破壊)および、最近相次いで露呈した役員不祥事の一連の引き金となった行動は、『ハイリスク経営行為』と認定された」
葛城は手にしていたファイルをぱたんと閉じる。その音が、やけに澄んで響いた。
「取締役会の権限に基づき、直ちに特命準備室の全ての権限を凍結する。全員停職。コンプライアンス審査を受けてもらう」
龍立の背後に立つ佐久間拓也の顔から血の気が引いた。吉岡俊介の指先は、かすかに震えている。ついさっき仲間入りしたばかりの鈴木彩音などは、怯えきって言葉も出ない。
彼らは、次兄のような「悪い大人」は怖くない。だが、葛城のように「絶対正義」と「ルール」を体現する怪物の前では、どうしようもない無力感に襲われるのだ。
二十八階の専務室では、その様子がモニター越しに映し出されていた。
龍雅は、口元に残酷な笑みを浮かべる。
「ふん……葛城の刃を借りて人を斬る。龍立、お前はもう終わりだ。あの融通の利かない石頭は、親父の顔でさえ立てたりはしねえ」
だが、嵐の真ん中に立つ龍立の表情は、異様なほど静かだった。
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「誤解だと?」
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「いいえ」
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「ここに記載されている、入金用途の説明をご覧ください」
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入金用途:コンプライアンス協力金
説明:業務時間外に強制された接待業務に対する補償、および上位者による「強制労働」違反命令の証拠(録音・メール・シフト表)提供に対する証拠収集費。
葛城の眉が、ほんのわずかにぴくりと動いた。
「葛城部長。あなたはコンプライアンスの神様だ。私よりもはるかによくご存知のはずです」
龍立は立ち上がり、燃えるような視線で葛城を見据えた。
「あの夜、専務室からの違法な指示で、三十人の社員が業務時間外に空港へ駆り出され、肉体労働を強いられた。しかも残業代はゼロ。これは『労働基準法』違反です」
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「お伺いします、葛城部長。特命準備室長として、コンプライアンス情報の取得に資金を投じ、会社の法的リスクを守る──これは、私の職務そのものではありませんか?」
静寂。
葛城の背後に並ぶ監査員たちは、互いに顔を見合わせた。
ロジックの輪は、あまりに完璧だった。龍立は「人」を買ったのではなく、「証拠」を買った。金を受け取った者は「同じ穴のムジナ」ではなく、「内部協力者」「証人」という立場に変わる。
法理上、これは完全に成立してしまう。
葛城は十秒近く沈黙した。
やがて顔を上げ、その目に、ごく微かな賞賛の光を宿した。しかし、その光は一瞬にして氷のような無機質な冷たさに戻る。
「資金の使途がコンプライアンス上許容されるとしても──」
葛城は二枚目のファイルを取り出した。
「では、最近あなたが引き起こした一連の混乱はどう説明する?」
「システム部、営業部、宣伝部、総務部……この一週間で、あなたは四人の部長クラスを相次いで失脚させた。彼らに非があったのは事実だとしても、そのような『自爆型の暴露』は、グループの株価の安定を著しく脅かす行為だ」
「株価が下落すれば、あなたは社長との賭けに敗れることになる」
株価という言葉に、佐久間の心臓がぎゅっと縮む。そこだけは、確かに彼らの弱点だった。
「株価、ですか」
龍立は笑った。指を鳴らす。
「吉岡。今日の株価チャート、出してくれ」
モニターが点灯する。
そこには、わずかに右肩上がりの赤いラインが映し出されていた。
澄原グループ:+0.32%
「あり得ない……」
一人の監査員が思わず声を上げる。
「これだけ不祥事が連発しているのに、株価が下がるどころか、むしろ上がっているだと?」
「不祥事が表面化するたびに、私は必ず『相殺するための好材料』を同時に出しています」
龍立は画面に近づき、ニュースのピンをなぞる。
「鬼瓦の接待費横領を暴いたときには、『新しい透明性の高い購買システム導入』を同時に発表しました。市場は『悪材料出尽くし、マネジメント刷新』と受け取る」
「西園寺の盗作騒動の際には、『グローバルブランド再構築プロジェクト』と、里中静香による新デザインを公開した。市場の目に映るのは『新たな天才デザイナーの登場』です」
「そして今日の食堂の件……」
龍立は、葛城に視線を戻す。
「今、SNSのトレンドはこうです。『#澄原グループ、階級の壁をぶち壊す』『#派遣社員にも目を向ける良心企業』」
「葛城部長。資本市場が恐れるものは、不祥事そのものではない。彼らが本当に恐れるのは、『隠蔽』と『無能』です」
「私は今、投資家にこう示している。澄原グループには、自らを浄化する強力なシステムがある、と」
ぱたん。
葛城はファイルを全て閉じた。
背後の監査員たちは、もはや言葉を失っていた。この男は、法的リスクと市場の反応を、一手先どころか十手先まで読み切っている。
「見事だ」
ようやく葛城が口を開く。
「やり方は乱暴だが、法理とビジネスロジックの上では、あなたに『有罪』を貼ることはできない」
彼は軽く手を振った。
「封鎖を解け。警戒レベルを解除する」
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それでも、葛城はその場を去らなかった。
彼は出口まで歩きかけ、ふと足を止めると、ゆっくりと振り返る。その目は、龍立を深く射抜いていた。
「三男坊」
葛城は珍しく、血の通った呼び方をする。
「今回は、確かに君の勝ちだ。だが、忠告しておかなければならない」
「君が『遊休資産活用条例』を利用して、このフロアを占拠したこと──あれは合法だ。だが、あまりにも“見苦しい”」
「私はルールの番人だ。抜け穴が見つかれば、塞がねばならない」
葛城はポケットから、真っ赤な表紙の新しい通達文を取り出し、机の上に置く。
「明日付で、取締役会は『遊休資産の臨時占用権』を廃止する。特命準備室は三ヶ月以内に三十二階から退去しなければならない。ただし──」
「ただし?」
「ただし、君がこのフロアの賃料に見合うだけの『プラスの利益』を生み出せると証明できれば話は別だ」
葛城の視線が鋭くなる。
「来月、グループ子会社の四半期決算会議がある」
「取締役会からの伝言だ。──『ネズミを捕まえるだけなら誰にでもできる。本当に評価に値するのは、利益を生むネズミ取りだ』」
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「できなければ、『経営不振』を理由に特命準備室は解体だ」
そう言い残し、葛城はきっちりと一礼し、背を向けた。
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だが代わりに、もっと重い枷──「収益」という名の鎖を、その首にかけていった。
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「り、利益ぃ……?」
工藤孝太は頭を抱え込んだ。
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吉岡俊介は眼鏡を押し上げる。
「ああいう所って、大抵どうしようもない不良資産の巣窟ですよ。神様だって嫌がりますよ、あれは」
龍立は、葛城が残していったファイルを手に取った。
そこには、今回の「公開処刑」の対象が記されている。
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備考:強大な「旧来型労組」と、頑固な「職人集団」が存在。
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佐久間は息を呑む。
「あそこはグループの原点であり、最大の“鬼門”ですよ。あそこの年配の職人たちは、社長の顔だって平気で潰します。歴代工場長の何人も、奴らに追い出されてきたんです」
「『昭和の遺物』って呼ばれてて、あらゆる改革者の墓場ですよ」
全員が龍立を見つめる。その表情を待っている。
龍立は、真っ赤な赤字の列が並ぶ損益計算書を眺め……その目に、かつてない光を宿した。
「墓場?」
龍立は、ふっと笑う。
「いや──」
「宝の山だ」
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