カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

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第十話 捨てられた「鋼鉄の墓場」

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      翌朝九時。

      川崎・京浜臨海工業地帯。

ここは東京本社から電車で四十分ほどの距離にありながら、まるで別世界だった。

車窓から見える景色は、片方が最新のガラス張りタワーマンション群と再開発中の商業施設、もう片方が、錆びた鉄と高い塀に囲まれた「昭和の残骸」。

澄原重工・第三精密加工工場。

そこは埋立地の一等地に位置し、すぐ横には運河が走り、顔を上げれば羽田空港に離着陸する飛行機が見える。

「すげえ……この立地は反則だろ」

工藤孝太は、窓の外を見て思わず声を漏らした。

「すぐ隣が最新の『フューチャーハーバー』再開発区ですよ? この工場を更地にして売り払えば、それだけで天文学的な数字が動くはずです」

「そうだ」

龍立は、錆び付いた巨大な門を見上げ、眼光を鋭くした。

「だからこそ、次兄が必死でここを殺そうとしている」

「澄原不動産の目には、ここで作られる精密ベアリングなんて一円の値打ちもない。でも、この地面の土は──一センチ単位で金塊だ」

車が構内へと滑り込む。

ドアを開けた瞬間、鼻を刺すような油の臭いと、金属を削る耳障りな音が飛び込んできた。

塀の外の光り輝く再開発区とは対照的に、ここは灰色一色だ。

工場棟は古び、床には黒い油染みがそこかしこに広がっている。汚れた青い作業着を着た工員たちは、無表情のまま黙々と荷を運んでいた。

「ここが……俺たちが救うっていう場所?」

里中静香は鼻を押さえながら、その廃墟のような光景を見回した。

吉岡俊介も、新品のグレーの作業着に着替えてはいるものの、どうにも落ち着かない様子だ。

「これはこれは、特命準備室のエリートの皆さんじゃありませんか!」

わざとらしい快活さがにじむ声が飛んできた。

白いワイシャツにノーネクタイ姿の管理職たちがぞろぞろと現れる。その先頭に立つ、痩せぎすで蛇のような目をした男が口の端を上げた。

毒島平八。

第三工場工場長。龍雅と大学時代からの友人であり、典型的な「資産清算派」の人間だ。

「第三工場長の毒島平八です」

毒島は愛想よく龍立の手を握った。その掌は、妙に冷たく湿っている。

「三男坊が直々にご視察とは、光栄の至りです。こんな油臭いところしかお見せできませんが……おもてなしの心だけは忘れていませんので」

「もてなしはいりません」

龍立はその手をさらりと振りほどき、白い手袋をはめた。

「決算書は確認しました。ここにはグループ最高水準の旋盤設備があり、立地も一等地。それでいて、五年連続赤字。……毒島工場長、その理由は?」

毒島は、いかにも残念そうに肩を落とし、わざとらしくため息をついた。そして、工場の外の高層ビル群を指さす。

「時代の流れですよ、三男坊。モノづくりはもう儲からない。加えて──人の問題も大きい」

毒島は声を潜め、いかにも「苦労人」と言わんばかりの顔を作る。

「ここには強すぎる労組がありましてね。特に五十歳以上の“昭和オヤジ”どもは、年功序列賃金を盾に、頑として新技術の習得を拒んでいる」

「工場は赤字続き。私はここを潰さないために、若い者たちの雇用を守るために、涙を飲んで『痛みを伴う改革』を進めているんです」

「改革?」

龍立が眉をひそめる。

「そう、改革ですよ。コスパの悪い老害を切り捨てなければならない。彼らを整理できれば、この工場はまだ生き残れる──いや、いざとなれば、澄原不動産に土地を渡して、グループ全体の損失を最小化する手だって取れる」

毒島は、工場の隅にある赤煉瓦の古びた小屋を指さした。

「三男坊にも、ぜひ“彼ら”を見ていただきたいですね。……この工場の存続を邪魔している連中を」

一行は毒島に導かれ、その小屋の前に立たされた。

扉には、一枚のプレートが掛かっている。

人材開発室。

立派な名前とは裏腹に、扉を開いた瞬間、重苦しい空気が一気に押し寄せてきた。

窓は一つもなく、白色蛍光灯が容赦なく照りつける。

そこには機械も工具もなく、まともな机や椅子すらほとんどなかった。

髪の白い、ゴツゴツした手を持つ老人たちが十数人。長机に肩を並べ、小学生のようにうなだれながら座っている。

彼らは、書いていた。

机の上には、『会社安全規則』や『企業精神ハンドブック』が山のように積まれている。

「何を……させてるんですか、これ」

佐久間が思わず口にする。

「『追放部屋』ですよ」

毒島は悪びれもせず言う。

「ああ、すみません、“精神再構築研修”と言い直しましょうか」

「自動化ラインが入って、彼らの古い技術はもう時代遅れです。でも本人たちは早期退職も拒む」

「だから、ここで反省文を書かせているんです。『自分は効率が悪く、会社の足手まといであることを深く恥じています』ってね。最後のチャンスですよ。会社だって、タダ飯食いを養う余裕はないでしょう?」

龍立は、老人たちを見つめた。

その手は、節くれ立ち、傷とタコに覆われている。一生、ノギスとバイトを握ってきた手だ。

今、その手には鉛筆が握られ、意味のない懺悔文を延々と書かされている。

クビを切るより残酷な仕打ちだ。

職人の魂を踏みにじる行為だった。

「ひどすぎる……」

里中は思わず口元を押さえる。

「こんなの、精神的虐待じゃないですか……」

その時、一人の老人が、鉛筆を机に叩きつけた。

「こんなもん、やってられるか!!」

大柄で、無精髭を蓄えた男が勢いよく立ち上がる。血走った目が毒島を射抜いた。

源田鉄男。六十歳。第三工場労組委員長にして、伝説の「首席旋盤工」。

「毒島ァ!」

源田は毒島の胸ぐらをつかみあげ、怒号をぶつける。

「俺は旋盤工だ! この手は、一生鉄を削るためにあるんだ! こんなクソみたいな反省文を書くためじゃねえ!」

「お前は工場長を潰すために、わざと儲かる仕事を断ってる! 俺たちをこの暗い箱に閉じ込めて、わざと干上がらせてるんだろ!」

「全部ぶっ壊して、更地にして、澄原不動産に売り飛ばす気なんだ! 違うか、毒島!」

毒島の眼差しから、仮面のような笑みが消える。氷のような冷たさだけが残った。

「源田さん。口は災いの元ですよ」

毒島は源田の手を乱暴に払う。

「工場が赤字なのは、あなた方の生産性が低いからだ。私が『痛みを伴う改革』をやってあげなければ、とっくに倒産して全員路頭に迷っている」

「仮に澄原不動産が土地を引き取るとしても、それはグループの損切りに過ぎない。文句を言う資格なんて、あなた方にはない」

「嫌なら、これにサインして出ていけばいい」

毒島は、一枚の『自己都合退職願』をテーブルにたたきつける。

「今すぐ、“自主的に”辞めればいい」

「て、てめえ……!」

源田の全身が怒りに震える。拳を振り上げた、その瞬間──

「やめてください」

龍立の声が、その場に割って入った。

源田は動きを止め、龍立をにらみつける。

「あんたは誰だ。……本社から来た、もう一人の“吸血鬼”か?」

「毒島の手先になって、土地の値段を査定しに来たのかよ」

源田は唾を吐き捨てる。

「さっさとオフィス街に帰りな。ここは、表計算しかできねえボンボンが来るところじゃねえ」

龍立は怒らなかった。彼は、折れた鉛筆を拾い上げると、静かに毒島を振り返った。

「毒島工場長」

「なんでしょう」

「あなたは、彼らが不良品を量産し、生産効率を落としていると言いましたね?」

「ええ。倉庫には、彼らが作った“粗悪な精密ベアリング”が山のように積まれている」

「そうですか」

龍立は白い手袋を外し、机の上に放り出した。

「吉岡。倉庫を封鎖しろ。『不良品』とやらは、私の目で直接確かめる」

そして、怒りに任せてしかめ面をしている源田を、まっすぐに見た。

「源田さん。今すぐ怒鳴らなくて結構です」

「もし──もし私が証明してみせたらどうです?」

「あなたの手は、機械よりもなお精密だ、と」

「そうなれば、この工場でいちばん価値が高いのは、毒島工場長の算盤じゃなくて、あなたの“手”になる」

「その賭けに、乗っていただけますか?」
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