カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

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第十一話 消えた「黄金在庫」

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     同日十六時三十分。終業ベルが鳴る直前。

     澄原重工・第三精密加工工場・製品倉庫。

高窓から差し込む夕日が、舞い上がる埃を金色に染めていた。

これは残業ではない。特命準備室が「業務効率監査権」を行使し、就業時間内の最後の三十分を使って敢行している、抜き打ちの倉庫検査だ。

毒島平八は、腕を組んで入口に立ち、鼻で笑った。

「三男坊。そろそろ終業時間ですよ。工員たちは一日中働きづめなんだ。探偵ごっこなら、手短にお願いします。うちは労基法をちゃんと守る主義でしてね。無意味な残業はご法度なんで」

「安心してください、毒島工場長」

龍立は腕時計を一瞥し、穏やかに笑った。

「私たちも、効率にはうるさい方ですから。三十分もあれば十分ですよ」

「鈴木さん、現物照合を。吉岡は在庫システムを掌握してくれ」

「了解です!」

鈴木彩音は作業着姿で棚と棚の間を素早く駆け回る。一方、吉岡俊介は、パソコンの前には座らなかった。代わりに、掌サイズの黒い小さな箱をいくつも取り出す。

自作のIoTセンサーだった。



「源田さん」

吉岡は、腕を組んで様子をうかがっていた源田鉄男に歩み寄る。

「このセンサーを、“廃棄品”ってラベルの貼られている箱に付けていただけますか? できれば、弟子の若い人たちにも手伝ってもらえれば」

「これを付ければ、何か変わるのか?」

源田は、訝しげに黒い箱をつまむ。

「金が湧くのか?」

「真実が湧きます」

吉岡はさらりと言ってのけた。

二十分後。

吉岡の手元のタブレットには、信じがたいデータが可視化されていた。彼は隠そうとはせず、倉庫の大型モニターに映し出す。下校前のように帰り支度をしていた工員たちも、自然と足を止め、画面を見上げた。

「皆さん、こちらをご覧ください」

吉岡は指先で画面を示す。

「毒島工場長は、『熟練工の腕が落ちたため、歩留まりが六割まで低下した』と説明していました」

「ですが、センサーが読み取ったバッチのバーコードを追うと──この“廃棄品”は、出荷前検査の時点では、全て規格値オールクリアの“Aランク品”と判定されていたことが分かりました」

「さらに興味深いのは、システムの裏側に隠されていた、この指示です」

画面上には、一つのコードが拡大される。

「『公差〇・〇一ミリ以内の最上級A品は、自動的にステータスを“廃棄”に書き換える』──そう、システムに仕込まれていました」

吉岡は、青ざめた顔の毒島へと視線を移す。

「そして、その『最高級の廃棄品』は、『黒金商事』という会社に、スクラップ価格で売り払われていた」

「その『黒金商事』の実質的なオーナーは──あなたの実弟ですね、毒島工場長」

どよめきが起こる。

若い工員たちは、ずっと「足手まとい」と見下してきた年配の職人たちを凝視する。自分たちが軽蔑していた「遅い仕事」は、実は粗悪な原材料をまともな製品に仕上げるための「手間」だったと、ようやく理解する。

鈴木彩音が、原材料の帳票を手に駆け寄ってきた。

「原材料の仕入れも調べました。工場が実際に購入していたのは低品質の鋼材です。でも経理には、ドイツ製の高級特殊鋼として計上されていた」

「工員さんたちが『非効率』に見えたのは、粗悪な素材を無理やり使えるレベルまで磨き上げるために、手間ひまかけていたからなんです」

空気が揺れた。

源田鉄男は、画面の数字とグラフを見つめ、濁った目に涙を浮かべた。

「そうか……震えていたのは、俺の手じゃなかったのか……」

源田は、自分の手をじっと見下ろす。

「本当に……もう駄目になったんだと思ってた。何十年もやってきた感覚が、全部ガラクタになったんだって……」

毒島の顔から血の気が失せ、次には醜く歪んだ。

秘密が暴かれた以上、ここで特命準備室の面々を潰さなければ、明日には自分の人生が終わる。それは彼にも分かっていた。

「で、デタラメだ!」

毒島は声を張り上げる。

「捏造だ! システムへの不正アクセスだ! そんなデータ、信用できるか!」

彼は一歩後ろへ跳び退くと、咄嗟に無線機を掴んだ。

「警備! すぐに倉庫に来い! いつもの見回りじゃなくて、“特別行動班”をだ! 早く!」

ガンッ、と激しい音を立てて、倉庫の脇の鉄扉が蹴破られた。

黒いタクティカルベストに伸縮式警棒を携えた大柄な男たちが十人以上、なだれ込んでくる。工場の常駐警備員ではない。毒島が裏で雇っていた、素性の怪しい私設の暴力要員だ。

「アイツらのPCを叩き壊せ!」

毒島は吉岡と鈴木を指さし、狂ったように叫ぶ。

「そいつらの足も折っとけ! 全部、俺が責任を取る!」

一人の巨漢がニヤリと笑い、風を切る勢いで警棒を振りかぶり、吉岡めがけて突進する。

「吉岡! 逃げろ!」

佐久間が絶叫し、飛び出そうとするが、距離が遠すぎる。

吉岡は足がすくんで、その場から動けなかった。振り下ろされる警棒が視界いっぱいに広がる。

──その瞬間。

黒い影が走った。

誰も悲鳴を上げなかった。ただ、鈍い衝撃音が一つ響いた。

次の瞬間、体重百キロはあろうかという巨漢が、ぼろ布のように宙を舞い、二メートル先のパレットに叩きつけられていた。気絶したのか、もう動かない。

吉岡の前に立つ男の背中が、ゆっくりと起き上がる。

澄原龍立。

完璧なフォームで、投げの姿勢を取ったまま静止していた。その表情には、感情の波ひとつ浮かんでいない。ゴミ袋でも放り投げたかのような無造作さだ。

「彼の手に傷がついたら、誰がコードを書く」

龍立は冷たく言い放つと、さっと乱れたスーツの襟を整えた。

残りの私設ガードマンたちは、完全に度肝を抜かれていた。

この「箱入り息子」が、実戦レベルの格闘技の使い手だと、誰が想像しただろう。

「い、行け! 皆でかかれば勝てる!」

毒島が後ろから喚き立てる。

我に返った男たちが、怒号を上げながら一斉に襲いかかってくる。

龍立は、一歩も退かなかった。



捌き、極め、肘を入れ、脚を払う。

動きは簡潔で、無駄がなく、容赦もない。長年叩き込まれたクラヴ・マガだ。出すたびに誰かが倒れる。手首を押さえうめき声を上げる者、膝を抱えて動けなくなる者。

一分も経たないうちに、先頭にいた三人が床の上でもだえ苦しんでいた。

残った連中は、警棒を握る手を震わせ、誰も前に出ようとしなかった。

「つ、つよ……」

吉岡と鈴木は、龍立の背中を呆然と見つめる。尊敬を通り越して、崇拝に近い何かが宿り始めていた。

その時、背後から、金属がぶつかり合う音が響いた。

振り向けば、源田鉄男が、年季の入った工員たちを引き連れて立っていた。全員がスパナやハンマーを手にしている。

「毒島ァ!」

源田がどなり声を上げる。

「三男坊に一人でも手を出してみろ! ……おい、お前ら!」

「おう!」

老職人たちが一斉に声を上げる。

「社長……じゃねえな、室長を守れ!」

倒れた私設ガードマン。赤くなった顔の毒島。緊張で固まる若い工員たち。全員の視線が入り乱れる。

毒島の背中を冷たい汗が伝った。自慢の「武力による威圧」が、龍立の前では完全に意味をなさなかった。

龍立は、手についた埃を払い落とした。

追い詰めるようなことはしない。ただ、腕時計を見やる。

「十七時ちょうど」

龍立は、青ざめた毒島に微笑みかけた。

「毒島工場長。終業の時間です」

「特命準備室は、労基法を厳守します。真実もゴミも片付いたことですし、これ以上皆さんのプライベートな時間を奪うつもりはありません」

龍立は振り返り、吉岡と鈴木に柔らかい声で呼びかける。

「吉岡、鈴木。怪我は?」

「い、いえ! 問題ありません、室長!」

二人は、やたらと背筋を伸ばして答えた。

「よし。データはクラウドに上げて、今日はここまで」

龍立は、うめき声を上げる私設ガードマンたちの間を、何事もなかったかのように歩き抜けていく。

毒島の横を通り過ぎる瞬間、彼は足を止め、低い声でささやいた。

「その部下たちは、あまりにも弱すぎる」

「明日の朝までに、ちゃんと労災の手続きをしてやれ。医療費は……自腹で」

そう言い残し、龍立は仲間たちを連れて、倉庫を後にした。

毒島は、その背中が見えなくなるまで、一歩も動けなかった。背広の背中は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
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