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第十八話 暴走する不眠トラック
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時間:九十日間の賭け 二十三日目。
場所:東京湾岸高速道路。
百貨店の火種をどうにか消し止めたものの、龍立に休息の時間はなかった。
深夜二時。
龍立と佐久間拓也は、本社への帰路につき、高速道路を走っていた。
雨。
視界は最悪だった。
そのとき、背後から耳をつんざくようなエンジン音が迫る。
巨大なコンテナトラック――側面には「澄原物流」の巨大なロゴ。
まるで正気を失った獣のような速度で、後方から迫ってくる。
「坊ちゃま、危ない!」
佐久間が急ハンドルを切る。
トラックは乗用車すれすれの距離で追い抜き、そのまま一切減速することなく前方のカーブへ突っ込んでいった。
次の瞬間――
ギャリッ、とタイヤが悲鳴を上げ、トラックの車体がありえないS字を描く。
そして。
ドオォン!!
ガードレールをねじ切り、路肩の植え込みに激突。
車体は横倒しになり、フロントから黒い煙が噴き出した。
「止めろ!」
龍立は叫ぶやいなや、佐久間の制止も振り切って雨の中へ飛び出した。
キャビンはひしゃげ、運転席は鉄板に押し潰されている。
運転手は顔中血まみれで、ハンドルとシートの間に挟まれたまま意識を失いかけていた。
ドアをこじ開けた瞬間、鼻を刺す匂いが襲ってきた。
アルコールではない。
安物のエナジードリンクを何十倍にも濃縮したような、化学薬品じみた匂い。
若い運転手の右手には、空になったボトルが握り締められていた。
闇市場で出回っている違法な強力覚醒ドリンク――通称《レッド・デーモン》。
砕けたメーターには、走行データがかろうじて残っている。
連続運転時間:四十八時間十五分。
「た、すけ……」
運転手が白い泡を吐きながら、かすれ声を漏らす。
だが、龍立の胸元の社章に気付いた瞬間、怯えたように身を強張らせた。
「や、やめてください……給料、減らさないで……俺、まだ走れます……荷物、絶対に遅らせませんから……」
龍立の拳が、怒りに震える。
これは事故ではない。
ほとんど殺人だ。
翌朝九時。
澄原物流・東京湾総合配車センター。
ここは、グループ全体の「血管」にあたる場所だ。
工場と百貨店を結ぶ数千台のトラックが、赤血球のように出入りしている。
龍立は、吉岡と工藤を連れて、最上階にある本部長室へと踏み込んだ。
部屋の中は煙草の煙でよどみ、まるでヤクザの事務所だった。
壁には巨大な日本刀、床には虎の毛皮。
澄原物流本部長――荒垣雷蔵。
元・暴走族総長。
鉄塔のような体躯に、背中一面の入れ墨。
いまは上半身裸でソファに寝そべり、ほとんど生に近いステーキにかぶりついていた。口の端から滴る血は、肉のものか、彼自身のものか判然としない。
「おやおや、心理学がご専門の三坊ちゃまじゃありませんか。」
荒垣は立ち上がりもしない。
フォークの先で入り口をぞんざいに指し示す。
「ここは物流港、汗と鉄とガソリンの匂いしかしない世界です。
高級な香水を撒き散らすお坊ちゃまには、ちょっと場違いですよ。ご用があるなら秘書を通してもらわないと。」
「昨夜、ある運転手が連続四十八時間運転の末、高速で死にかけた。」
龍立は、机の上へ《レッド・デーモン》のボトルを叩きつけた。
「その手に、これを握っていた。荒垣――お前、運転手に“毒”を飲ませているな。」
荒垣はボトルを一瞥し、喉の奥から下品な笑い声を漏らした。
「毒? 違いますよ、少爺。これは“燃料”だ。」
血の滴る肉片をフォークで刺し、無造作に口へ放り込む。
「法律の話は、弁護士とやってください。ここは物流の“裏社会”。
今の日本じゃ、トラックドライバーはパンダより貴重なんですよ?
これくらい飲ませて、休み無しで回してやらないと――関東一円に明日の荷物なんて届きません。」
「荷物が届かなけりゃ、違約金でグループごと吹っ飛ぶ。
一人か二人死んだくらいで、車輪を止めろって? そんな贅沢、誰が許します?」
荒垣はゆっくりと立ち上がり、その巨体で龍立を見下ろした。
むせ返るような血と汗とタバコの匂い。
「タイヤが回っている限り、多少死のうが構わない――それが物流の“掟”だ。」
龍立は、真上からの圧力を正面から受け止めながら、目だけで刃を突き立てるように睨み返した。
「掟、ね。」
「荒垣。お前の車輪は、回りすぎている。
このままいけば――澄原という車体ごと、溝に叩き込む。」
「止まるつもりがないなら、仕方がない。」
「その前に、まずはその腐った歯車を、一本残らず抜き取る。」
場所:東京湾岸高速道路。
百貨店の火種をどうにか消し止めたものの、龍立に休息の時間はなかった。
深夜二時。
龍立と佐久間拓也は、本社への帰路につき、高速道路を走っていた。
雨。
視界は最悪だった。
そのとき、背後から耳をつんざくようなエンジン音が迫る。
巨大なコンテナトラック――側面には「澄原物流」の巨大なロゴ。
まるで正気を失った獣のような速度で、後方から迫ってくる。
「坊ちゃま、危ない!」
佐久間が急ハンドルを切る。
トラックは乗用車すれすれの距離で追い抜き、そのまま一切減速することなく前方のカーブへ突っ込んでいった。
次の瞬間――
ギャリッ、とタイヤが悲鳴を上げ、トラックの車体がありえないS字を描く。
そして。
ドオォン!!
ガードレールをねじ切り、路肩の植え込みに激突。
車体は横倒しになり、フロントから黒い煙が噴き出した。
「止めろ!」
龍立は叫ぶやいなや、佐久間の制止も振り切って雨の中へ飛び出した。
キャビンはひしゃげ、運転席は鉄板に押し潰されている。
運転手は顔中血まみれで、ハンドルとシートの間に挟まれたまま意識を失いかけていた。
ドアをこじ開けた瞬間、鼻を刺す匂いが襲ってきた。
アルコールではない。
安物のエナジードリンクを何十倍にも濃縮したような、化学薬品じみた匂い。
若い運転手の右手には、空になったボトルが握り締められていた。
闇市場で出回っている違法な強力覚醒ドリンク――通称《レッド・デーモン》。
砕けたメーターには、走行データがかろうじて残っている。
連続運転時間:四十八時間十五分。
「た、すけ……」
運転手が白い泡を吐きながら、かすれ声を漏らす。
だが、龍立の胸元の社章に気付いた瞬間、怯えたように身を強張らせた。
「や、やめてください……給料、減らさないで……俺、まだ走れます……荷物、絶対に遅らせませんから……」
龍立の拳が、怒りに震える。
これは事故ではない。
ほとんど殺人だ。
翌朝九時。
澄原物流・東京湾総合配車センター。
ここは、グループ全体の「血管」にあたる場所だ。
工場と百貨店を結ぶ数千台のトラックが、赤血球のように出入りしている。
龍立は、吉岡と工藤を連れて、最上階にある本部長室へと踏み込んだ。
部屋の中は煙草の煙でよどみ、まるでヤクザの事務所だった。
壁には巨大な日本刀、床には虎の毛皮。
澄原物流本部長――荒垣雷蔵。
元・暴走族総長。
鉄塔のような体躯に、背中一面の入れ墨。
いまは上半身裸でソファに寝そべり、ほとんど生に近いステーキにかぶりついていた。口の端から滴る血は、肉のものか、彼自身のものか判然としない。
「おやおや、心理学がご専門の三坊ちゃまじゃありませんか。」
荒垣は立ち上がりもしない。
フォークの先で入り口をぞんざいに指し示す。
「ここは物流港、汗と鉄とガソリンの匂いしかしない世界です。
高級な香水を撒き散らすお坊ちゃまには、ちょっと場違いですよ。ご用があるなら秘書を通してもらわないと。」
「昨夜、ある運転手が連続四十八時間運転の末、高速で死にかけた。」
龍立は、机の上へ《レッド・デーモン》のボトルを叩きつけた。
「その手に、これを握っていた。荒垣――お前、運転手に“毒”を飲ませているな。」
荒垣はボトルを一瞥し、喉の奥から下品な笑い声を漏らした。
「毒? 違いますよ、少爺。これは“燃料”だ。」
血の滴る肉片をフォークで刺し、無造作に口へ放り込む。
「法律の話は、弁護士とやってください。ここは物流の“裏社会”。
今の日本じゃ、トラックドライバーはパンダより貴重なんですよ?
これくらい飲ませて、休み無しで回してやらないと――関東一円に明日の荷物なんて届きません。」
「荷物が届かなけりゃ、違約金でグループごと吹っ飛ぶ。
一人か二人死んだくらいで、車輪を止めろって? そんな贅沢、誰が許します?」
荒垣はゆっくりと立ち上がり、その巨体で龍立を見下ろした。
むせ返るような血と汗とタバコの匂い。
「タイヤが回っている限り、多少死のうが構わない――それが物流の“掟”だ。」
龍立は、真上からの圧力を正面から受け止めながら、目だけで刃を突き立てるように睨み返した。
「掟、ね。」
「荒垣。お前の車輪は、回りすぎている。
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