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第三十三話 クリスマスイブのICU
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時間:12月24日 クリスマスイブ 20:00
場所:澄心ホールディングス(ChengXin Holdings)・CEOオフィス
巨大な一面ガラスの窓の外で、東京タワーが赤く瞬き、聖夜の街を照らしている。
吉岡俊介は社長机の前に立ち、手にした買収計画書を見下ろしながら、首をかしげた。
「社長、うちはさっき澄心アニメーションを落としたばかりで、キャッシュも潤沢です。新しい財閥を作るなら、銀行とか製鉄所を買えばいいじゃないですか。そのほうが澄原グループと正面から張り合えますよ」
「今、ハードアセットに手を出すのは下策だ」
澄原龍立はグラスのウイスキーをゆっくりと揺らしながら、足もとの車の列を見下ろしていた。
龍立は、外を歩くスマホを見ながら足早に行き交う若者たちを指差し、吉岡、澄原グループのあの老害たちの、いちばんの弱点が何か分かるか、と問いかけた。
「思い上がりだ」
「父さんや兄貴どもにとって、不動産、重工業、金融こそが帝国の土台だ。
アニメもゲームもアイドル産業も、全部『暇つぶしのオモチャ』としか見ていない。まともな産業とも思っていない」
「だが、そこがやつらの死角なんだ」
龍立の声には、全体を俯瞰する冷静さが宿っている。
「現代人の魂は、この仮想世界に住んでいる。
国民の“娯楽時間”を握った者が、未来の生活を握る」
「鉄とコンクリを触らないのは、怖いからじゃない。
重すぎて、効率が悪すぎるからだ」
「連中が気づく前に、最低限のコストで、やつらが低く評価している“ソフトパワー産業”を一気に押さえる。
日本中の国民がみんな俺のユーザーになったと気づいた時には、澄原グループはもう完全に包囲されている」
龍立は手の中の計画書をデスクに放り出した。
表紙には、次の獲物の名前が大きく刻まれている――【GIGA互娯(GIGA Entertainment)】。
「行くぞ。今夜はクリスマスイブだ。あのゲーム会社の灯りは、東京タワーより明るいらしい」
……
時間:同日 23:30
場所:GIGA互娯本社・第1開発部
龍立の読みどおり、ビルの18階は煌々と灯っていた。
しかし、空気はまるで霊安室のように冷え切っている。
ここでは、ゲーム業界で最も恐れられる儀式――「デスマーチ(Death March)」が行われていた。
翌日の大型タイトル『幻星神域(Phantom Star)』の発売に間に合わせるため、百人を超える開発者たちが、ここに三ヶ月間、閉じ込められている。
休みはなく、家に帰って風呂に入る時間すらない。
空気には、汗の酸っぱい臭い、出前の残り香、そして絶望のにおいが充満していた。
「まだ終わってないのかよ?! クズばっかりだな!」
怒号が、凍りついた空気を切り裂いた。
社長・御堂恭也(みどう・きょうや)は、高そうなイタリア製スーツを着込み、フロアの中央に仁王立ちしていた。
ゲームのことはまるで分からない。ただ決算書だけを見て、現場を振り回す典型的な“職業経営者”だ。
彼は若いプランナーの顔を指さし、怒鳴りつける。
「佐藤! 誰がオリジナルのシナリオを書けって言った?! オレ前に言ったよな? 中国で今いちばん売れてるゲームのストーリーをちょっと名前変えて使えって! パクってこそ確実に儲かるんだよ、オリジナルなんて自殺行為だ!」
佐藤健(24歳)、熱い想いを胸に抱いて入社した新人プランナーは、今や目を真っ赤にしていた。
彼が命を削って考えたオリジナル企画書はゴミ箱の中。
モニターには、嫌々立ち上げた競合ゲームの画面が映り、画面上では「ピクセル単位のコピー」が進行している。
その片隅で。
チーフプログラマー・高橋拓海(35歳)は、パソコンの前に座り続けていた。
左手には留置針が刺さり、黄色い栄養剤の点滴がぶら下がっている。
右手はそれでも休むことなく、機械のようにキーボードを叩き続けていた。
すでに48時間、目を閉じていない。
「高橋、あのレンダリングバグは戻ったのか?」
御堂が歩み寄り、椅子を蹴る。
「明日にはマスターアップだぞ。直らなかったら給料とボーナス全部カットだ。残業代? はっ、夢見てんじゃねえよ。これは“会社への奉仕”だ!」
高橋の顔は紙のように真っ白で、唇はひび割れていた。
「しゃ、社長…… 根本のアーキテクチャのロジックが衝突してまして…… 先週プロデューサーが無理やり“ガチャシステム”をねじ込んだ結果、リソースの呼び出しが崩壊して……」
「言い訳は聞きたくない!」
御堂は冷たく言い捨てる。
「それから、今回のスタッフロールの名前はもうオレが決めた。プロデューサー、ディレクター、メインプランナー、メインプログラマー――全部オレの名前で出す。お前ら下っ端の名なんて要らねえよ。プレイヤーが見るのはプロデューサーだけだ。誰が実際手を動かしたかなんて誰も気にしない」
「ごほっ……」
高橋は何か反論しようと口を開きかけた。
その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような激痛が走る。
彼は大きく口を開け、真っ赤な血をキーボードにぶちまけた。
「高橋さん!!!」
佐藤が悲鳴をあげる。
高橋の身体は椅子から崩れ落ち、床に激しく倒れ込んだ。
全身が激しく痙攣し、点滴スタンドも巻き込まれて倒れ、ガラスが派手に割れる。
フロアは一気に騒然となった。
「救急車を呼べ!!」
「動くな!」
御堂社長が突然叫んだ。
だが彼が飛びついたのは倒れている高橋ではなく、彼のパソコンだった。
周りの社員が心臓マッサージをしようとするのを突き飛ばし、御堂は狂ったようにPCのケーブルを引っこ抜き始める。
「早く! コードをバックアップしろ! 血でHDDが逝ったらどうする! データのほうが人命より価値があるんだよ!」
御堂はハードディスクを抱え込んだまま、瀕死の高橋を見下ろし、怒鳴りつけた。
「クズが! 死ぬなら発売の後にしろ! 会社の株価を潰す気か!」
佐藤は、この悪魔のような男を見上げながら、絶望のあまり床に膝をついた。
――この業界は、本当に終わっているのか?
場所:澄心ホールディングス(ChengXin Holdings)・CEOオフィス
巨大な一面ガラスの窓の外で、東京タワーが赤く瞬き、聖夜の街を照らしている。
吉岡俊介は社長机の前に立ち、手にした買収計画書を見下ろしながら、首をかしげた。
「社長、うちはさっき澄心アニメーションを落としたばかりで、キャッシュも潤沢です。新しい財閥を作るなら、銀行とか製鉄所を買えばいいじゃないですか。そのほうが澄原グループと正面から張り合えますよ」
「今、ハードアセットに手を出すのは下策だ」
澄原龍立はグラスのウイスキーをゆっくりと揺らしながら、足もとの車の列を見下ろしていた。
龍立は、外を歩くスマホを見ながら足早に行き交う若者たちを指差し、吉岡、澄原グループのあの老害たちの、いちばんの弱点が何か分かるか、と問いかけた。
「思い上がりだ」
「父さんや兄貴どもにとって、不動産、重工業、金融こそが帝国の土台だ。
アニメもゲームもアイドル産業も、全部『暇つぶしのオモチャ』としか見ていない。まともな産業とも思っていない」
「だが、そこがやつらの死角なんだ」
龍立の声には、全体を俯瞰する冷静さが宿っている。
「現代人の魂は、この仮想世界に住んでいる。
国民の“娯楽時間”を握った者が、未来の生活を握る」
「鉄とコンクリを触らないのは、怖いからじゃない。
重すぎて、効率が悪すぎるからだ」
「連中が気づく前に、最低限のコストで、やつらが低く評価している“ソフトパワー産業”を一気に押さえる。
日本中の国民がみんな俺のユーザーになったと気づいた時には、澄原グループはもう完全に包囲されている」
龍立は手の中の計画書をデスクに放り出した。
表紙には、次の獲物の名前が大きく刻まれている――【GIGA互娯(GIGA Entertainment)】。
「行くぞ。今夜はクリスマスイブだ。あのゲーム会社の灯りは、東京タワーより明るいらしい」
……
時間:同日 23:30
場所:GIGA互娯本社・第1開発部
龍立の読みどおり、ビルの18階は煌々と灯っていた。
しかし、空気はまるで霊安室のように冷え切っている。
ここでは、ゲーム業界で最も恐れられる儀式――「デスマーチ(Death March)」が行われていた。
翌日の大型タイトル『幻星神域(Phantom Star)』の発売に間に合わせるため、百人を超える開発者たちが、ここに三ヶ月間、閉じ込められている。
休みはなく、家に帰って風呂に入る時間すらない。
空気には、汗の酸っぱい臭い、出前の残り香、そして絶望のにおいが充満していた。
「まだ終わってないのかよ?! クズばっかりだな!」
怒号が、凍りついた空気を切り裂いた。
社長・御堂恭也(みどう・きょうや)は、高そうなイタリア製スーツを着込み、フロアの中央に仁王立ちしていた。
ゲームのことはまるで分からない。ただ決算書だけを見て、現場を振り回す典型的な“職業経営者”だ。
彼は若いプランナーの顔を指さし、怒鳴りつける。
「佐藤! 誰がオリジナルのシナリオを書けって言った?! オレ前に言ったよな? 中国で今いちばん売れてるゲームのストーリーをちょっと名前変えて使えって! パクってこそ確実に儲かるんだよ、オリジナルなんて自殺行為だ!」
佐藤健(24歳)、熱い想いを胸に抱いて入社した新人プランナーは、今や目を真っ赤にしていた。
彼が命を削って考えたオリジナル企画書はゴミ箱の中。
モニターには、嫌々立ち上げた競合ゲームの画面が映り、画面上では「ピクセル単位のコピー」が進行している。
その片隅で。
チーフプログラマー・高橋拓海(35歳)は、パソコンの前に座り続けていた。
左手には留置針が刺さり、黄色い栄養剤の点滴がぶら下がっている。
右手はそれでも休むことなく、機械のようにキーボードを叩き続けていた。
すでに48時間、目を閉じていない。
「高橋、あのレンダリングバグは戻ったのか?」
御堂が歩み寄り、椅子を蹴る。
「明日にはマスターアップだぞ。直らなかったら給料とボーナス全部カットだ。残業代? はっ、夢見てんじゃねえよ。これは“会社への奉仕”だ!」
高橋の顔は紙のように真っ白で、唇はひび割れていた。
「しゃ、社長…… 根本のアーキテクチャのロジックが衝突してまして…… 先週プロデューサーが無理やり“ガチャシステム”をねじ込んだ結果、リソースの呼び出しが崩壊して……」
「言い訳は聞きたくない!」
御堂は冷たく言い捨てる。
「それから、今回のスタッフロールの名前はもうオレが決めた。プロデューサー、ディレクター、メインプランナー、メインプログラマー――全部オレの名前で出す。お前ら下っ端の名なんて要らねえよ。プレイヤーが見るのはプロデューサーだけだ。誰が実際手を動かしたかなんて誰も気にしない」
「ごほっ……」
高橋は何か反論しようと口を開きかけた。
その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような激痛が走る。
彼は大きく口を開け、真っ赤な血をキーボードにぶちまけた。
「高橋さん!!!」
佐藤が悲鳴をあげる。
高橋の身体は椅子から崩れ落ち、床に激しく倒れ込んだ。
全身が激しく痙攣し、点滴スタンドも巻き込まれて倒れ、ガラスが派手に割れる。
フロアは一気に騒然となった。
「救急車を呼べ!!」
「動くな!」
御堂社長が突然叫んだ。
だが彼が飛びついたのは倒れている高橋ではなく、彼のパソコンだった。
周りの社員が心臓マッサージをしようとするのを突き飛ばし、御堂は狂ったようにPCのケーブルを引っこ抜き始める。
「早く! コードをバックアップしろ! 血でHDDが逝ったらどうする! データのほうが人命より価値があるんだよ!」
御堂はハードディスクを抱え込んだまま、瀕死の高橋を見下ろし、怒鳴りつけた。
「クズが! 死ぬなら発売の後にしろ! 会社の株価を潰す気か!」
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