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第三十八話 一億円の自由
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時間:翌日 10:00
場所:星光エンターテインメント(Starlight Agency)本社・社長室
ここは、日本の芸能界の半分を支配している巨大プロダクション――星光エンターテインメントの本丸だった。
社長・九条 霸(くじょう・ば) は、本革のソファにふんぞり返りながら、昨夜東京ドームを埋めた「Honey Girls」のメンバーを叱りつけていた。
「昨日の口パク、口の動きズレまくりだろうが。役立たずが」
「お前らなんか、凛ってバカが裏で歌ってくれてなきゃ、とっくに正体バレてんだよ」
その時、重々しい扉が開く。龍立に連れられた凛が入ってくる。着替えたばかりの清潔なワンピースに身を包んでいても、九条の前に立つだけで、彼女の身体は小刻みに震えていた――三年間、徹底的にパワハラとガスライティングを受け続けた結果、条件反射のように刻み込まれた恐怖だった。
「おやおや、これはこれは。うちの“影武者歌姫”じゃないか」
九条は、嘲笑を含ませた煙を吐き出す。
「昨日は同伴サボってどこ行ってたんだ? お、新しいパトロン見つけたのか?」
龍立は九条の前まで歩いて行くと、彼の許可も待たずに対面の椅子に腰を下ろした。
「契約を切りに来た」
「契約解除?」
九条は、心の底からおかしそうに笑い出す。
「澄原社長、あんたに金があるのは知ってるよ。だがな、このガキがサインしたのは“終身専属芸能契約”だ」
「三年前、うちの方針に逆らって――」
(枕営業を拒んだことを指している)
「干した時点で、違約金一億円が発生してる」
「それにな」
九条は椅子から身を乗り出し、声を潜める。
「こいつは俺の“声帯資産”なんだよ。こいつの声がなきゃ、うちの花瓶アイドル共はどうやって生きていく?」
「逃がすわけねえだろ」
龍立は何も言わない。内ポケットからチェックブックを取り出し、鋼のペン先で、ためらいなく数字を書き連ねる。
――パチン。一枚の小切手が、九条の顔面に叩きつけられた。
「ここに二億円ある」
龍立の声は、春一番より冷たかった。
「一億は、彼女の違約金だ」
「もう一億は、ここ三年間、お前らが盗んだすべての楽曲の“買い取り代”だ」
「この瞬間から、彼女はフリーだ。彼女の声は、彼女以外の誰のものでもない」
九条は、一瞬言葉を失った。二億円――ただの“落ち目のアイドル”一人に、ここまで積む馬鹿がいるとは思っていなかった。だが、商人としては理解できる数字だった。これだけもらえるなら、捨て駒を一人手放しても痛くはない。
「気前がいいじゃねえか」
九条はニヤニヤしながら小切手をポケットにねじ込み、内線ボタンを押した。
「法務部、解約書類を持ってこい」
書類へのサインが終わると、九条の口元には、さらにいやらしい笑みが浮かぶ。
「澄原社長。人は好きに連れて行きな」
「ただ、一つ忠告してやるよ」
「俺は、日本の芸能界の“皇帝”だ。テレビ局、ラジオ局、雑誌社――全部、俺の顔色をうかがってる」
「こいつを“全面出禁”にするって通達を出せばな。日本中で、こいつを使う番組は一つもなくなる。どのステージもこいつには貸さない」
「二億かけてお前が買ったのは――」
九条は、冷たい笑いと共に言い放つ。
「一人の“口の利けない女”だよ」
凛の顔から血の気が引いていく。絶望の眼差しが、助けを求めるように龍立を見上げた。だが、龍立は逆に、ふっと笑った。彼は立ち上がり、凛の襟元を軽く整える。
「九条――」
「お前の頭の中、まだブラウン管テレビで止まってるのか?」
「俺たちが向かうのは、お前の“古びた舞台”なんかじゃない」
「お前には見えもしない、“これからの時代”だ」
場所:星光エンターテインメント(Starlight Agency)本社・社長室
ここは、日本の芸能界の半分を支配している巨大プロダクション――星光エンターテインメントの本丸だった。
社長・九条 霸(くじょう・ば) は、本革のソファにふんぞり返りながら、昨夜東京ドームを埋めた「Honey Girls」のメンバーを叱りつけていた。
「昨日の口パク、口の動きズレまくりだろうが。役立たずが」
「お前らなんか、凛ってバカが裏で歌ってくれてなきゃ、とっくに正体バレてんだよ」
その時、重々しい扉が開く。龍立に連れられた凛が入ってくる。着替えたばかりの清潔なワンピースに身を包んでいても、九条の前に立つだけで、彼女の身体は小刻みに震えていた――三年間、徹底的にパワハラとガスライティングを受け続けた結果、条件反射のように刻み込まれた恐怖だった。
「おやおや、これはこれは。うちの“影武者歌姫”じゃないか」
九条は、嘲笑を含ませた煙を吐き出す。
「昨日は同伴サボってどこ行ってたんだ? お、新しいパトロン見つけたのか?」
龍立は九条の前まで歩いて行くと、彼の許可も待たずに対面の椅子に腰を下ろした。
「契約を切りに来た」
「契約解除?」
九条は、心の底からおかしそうに笑い出す。
「澄原社長、あんたに金があるのは知ってるよ。だがな、このガキがサインしたのは“終身専属芸能契約”だ」
「三年前、うちの方針に逆らって――」
(枕営業を拒んだことを指している)
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「それにな」
九条は椅子から身を乗り出し、声を潜める。
「こいつは俺の“声帯資産”なんだよ。こいつの声がなきゃ、うちの花瓶アイドル共はどうやって生きていく?」
「逃がすわけねえだろ」
龍立は何も言わない。内ポケットからチェックブックを取り出し、鋼のペン先で、ためらいなく数字を書き連ねる。
――パチン。一枚の小切手が、九条の顔面に叩きつけられた。
「ここに二億円ある」
龍立の声は、春一番より冷たかった。
「一億は、彼女の違約金だ」
「もう一億は、ここ三年間、お前らが盗んだすべての楽曲の“買い取り代”だ」
「この瞬間から、彼女はフリーだ。彼女の声は、彼女以外の誰のものでもない」
九条は、一瞬言葉を失った。二億円――ただの“落ち目のアイドル”一人に、ここまで積む馬鹿がいるとは思っていなかった。だが、商人としては理解できる数字だった。これだけもらえるなら、捨て駒を一人手放しても痛くはない。
「気前がいいじゃねえか」
九条はニヤニヤしながら小切手をポケットにねじ込み、内線ボタンを押した。
「法務部、解約書類を持ってこい」
書類へのサインが終わると、九条の口元には、さらにいやらしい笑みが浮かぶ。
「澄原社長。人は好きに連れて行きな」
「ただ、一つ忠告してやるよ」
「俺は、日本の芸能界の“皇帝”だ。テレビ局、ラジオ局、雑誌社――全部、俺の顔色をうかがってる」
「こいつを“全面出禁”にするって通達を出せばな。日本中で、こいつを使う番組は一つもなくなる。どのステージもこいつには貸さない」
「二億かけてお前が買ったのは――」
九条は、冷たい笑いと共に言い放つ。
「一人の“口の利けない女”だよ」
凛の顔から血の気が引いていく。絶望の眼差しが、助けを求めるように龍立を見上げた。だが、龍立は逆に、ふっと笑った。彼は立ち上がり、凛の襟元を軽く整える。
「九条――」
「お前の頭の中、まだブラウン管テレビで止まってるのか?」
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