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第五十八話 湾岸デスレース
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時刻:二時間後
場所:F区廃棄工事現場/コンテナ迷路
重機のダンプが入口を塞ぎ、隙間もない。法で排除しようとすれば、少なくとも一か月は揉める。台風の季節はまだ終わっていない。社員はホテル暮らし。龍立は一日たりとも待てなかった。
「法律が遅いなら、湾岸のルールでやる」
鬼島は目を細め、背後の廃墟を指した。深い穴、放置されたコンテナ、錆びたパイプ――工業の墓場。
「レースだ。この廃土を一周。お前が勝ったらバリケードを三日撤去してやる。負けたら――権利証を置いて、人ごと消えろ」
吉岡が青くなって龍立の腕を掴む。
「社長!やめてください!あいつは元プロのラリーで、地形も危険すぎる!命懸けです!」
「受ける」
龍立は吉岡の手を振りほどき、シャツの第一ボタンを外した。目に、久しく眠っていた狂熱が点る。
「車を下ろせ」
澄心物流のトラックから、帆布を被せた一台が降ろされる。帆布が外れる――。全身カーボン、誇張された極太タイヤ、マットブラックの凶相。獣のようなオフロード車。
吉岡は喉を鳴らす。
「……サイバートラック? いや、骨格が違う……」
龍立は車体を撫で、口角を上げた。
「違う。GIGA-X Prototype――“キメラ”だ。俺はテスラの初期投資家として許諾を取った。だが、この車には澄心の独自開発が入っている。――澄心グループの工業力、初の実戦テストだ」
「3、2、1、GO!」
鬼島のV8改造マッスルカーが狂牛のように飛び出し、土煙を巻き上げる。龍立が踏む。轟音はない。モーターの高周波が唸る。だが起動の瞬間、四基のモーターが吐き出すトルクが、黒い怪物を弾丸のように射出した。鬼島の車尾に一瞬で噛みつく。
第一周。鬼島は亡命者の本性を晒した。砂利のカーブで減速しない。むしろ横から体当たりしてくる。
「死ね!坊っちゃん!」
「ガン!」
火花。車体が揺れ、断崖の縁でタイヤが悲鳴を上げる。龍立はハンドルを握り潰すように保持した。
「吉岡。地形スキャンを起動」
「了解。LiDAR、全開!」
センターディスプレイに、前方の3D地形が瞬時に立ち上がる。
「前方左、コンテナ隙間。幅2.2メートル。通過可能」
龍立は加速する。鬼島が“絶対に無理”と踏んだ死角へ、車体がほとんど横立ちになるほどの姿勢で滑り込み、遠心力のままコンテナの隙間を抜けた。まるで曲芸師。
決着の地点。崩落した高架橋。中央に十五メートルの欠損。下は錆びた鉄筋の奈落と海水。鬼島は本能の恐怖でアクセルを離し、急制動した。
「狂ってる……死に道だ!」
だが龍立の車は、ブレーキランプを点けない。代わりに、モーターが金切り声を上げ、全トルクが解放された。黒い車は黒鷹のように断橋を飛び、宙へ。
時間が止まる。奈落を見下ろしながら、龍立の眼は一片も揺れない。
「ドンッ!」
着地。サスが潰れ、反発し、車体が立ち直る。龍立は美しくドリフトし、崖の端で180度反転、対岸の鬼島を見下ろす位置で停止した。
鬼島の車は此岸で止まり、崖まであと半メートル。十五メートルの虚空を挟んで。龍立は窓を下ろし、サングラスを外した。言葉はない。ただ指で――「3」と示した。
鬼島の背に冷汗が走る。歯を食いしばり、無線を握る。
「……バリケードを撤去しろ」
だが、部下へは唇だけで囁いた。
「三日だ。三日後、思い知らせる。道が通っても――ここは死地だとな」
場所:F区廃棄工事現場/コンテナ迷路
重機のダンプが入口を塞ぎ、隙間もない。法で排除しようとすれば、少なくとも一か月は揉める。台風の季節はまだ終わっていない。社員はホテル暮らし。龍立は一日たりとも待てなかった。
「法律が遅いなら、湾岸のルールでやる」
鬼島は目を細め、背後の廃墟を指した。深い穴、放置されたコンテナ、錆びたパイプ――工業の墓場。
「レースだ。この廃土を一周。お前が勝ったらバリケードを三日撤去してやる。負けたら――権利証を置いて、人ごと消えろ」
吉岡が青くなって龍立の腕を掴む。
「社長!やめてください!あいつは元プロのラリーで、地形も危険すぎる!命懸けです!」
「受ける」
龍立は吉岡の手を振りほどき、シャツの第一ボタンを外した。目に、久しく眠っていた狂熱が点る。
「車を下ろせ」
澄心物流のトラックから、帆布を被せた一台が降ろされる。帆布が外れる――。全身カーボン、誇張された極太タイヤ、マットブラックの凶相。獣のようなオフロード車。
吉岡は喉を鳴らす。
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龍立は車体を撫で、口角を上げた。
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「3、2、1、GO!」
鬼島のV8改造マッスルカーが狂牛のように飛び出し、土煙を巻き上げる。龍立が踏む。轟音はない。モーターの高周波が唸る。だが起動の瞬間、四基のモーターが吐き出すトルクが、黒い怪物を弾丸のように射出した。鬼島の車尾に一瞬で噛みつく。
第一周。鬼島は亡命者の本性を晒した。砂利のカーブで減速しない。むしろ横から体当たりしてくる。
「死ね!坊っちゃん!」
「ガン!」
火花。車体が揺れ、断崖の縁でタイヤが悲鳴を上げる。龍立はハンドルを握り潰すように保持した。
「吉岡。地形スキャンを起動」
「了解。LiDAR、全開!」
センターディスプレイに、前方の3D地形が瞬時に立ち上がる。
「前方左、コンテナ隙間。幅2.2メートル。通過可能」
龍立は加速する。鬼島が“絶対に無理”と踏んだ死角へ、車体がほとんど横立ちになるほどの姿勢で滑り込み、遠心力のままコンテナの隙間を抜けた。まるで曲芸師。
決着の地点。崩落した高架橋。中央に十五メートルの欠損。下は錆びた鉄筋の奈落と海水。鬼島は本能の恐怖でアクセルを離し、急制動した。
「狂ってる……死に道だ!」
だが龍立の車は、ブレーキランプを点けない。代わりに、モーターが金切り声を上げ、全トルクが解放された。黒い車は黒鷹のように断橋を飛び、宙へ。
時間が止まる。奈落を見下ろしながら、龍立の眼は一片も揺れない。
「ドンッ!」
着地。サスが潰れ、反発し、車体が立ち直る。龍立は美しくドリフトし、崖の端で180度反転、対岸の鬼島を見下ろす位置で停止した。
鬼島の車は此岸で止まり、崖まであと半メートル。十五メートルの虚空を挟んで。龍立は窓を下ろし、サングラスを外した。言葉はない。ただ指で――「3」と示した。
鬼島の背に冷汗が走る。歯を食いしばり、無線を握る。
「……バリケードを撤去しろ」
だが、部下へは唇だけで囁いた。
「三日だ。三日後、思い知らせる。道が通っても――ここは死地だとな」
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